野爪のお鹿渡し

野爪の鹿嶋神社 野爪にある鹿嶋神社の祭礼は,毎年陰暦の9月19,20日に開かれるのが,古くからの習わしです。その日は遠く鹿嶋本宮より,神の使いとして雄雌二頭の神鹿がそろってお祭りの前々日,すなわち17日の晩に,鬼怒川を渡っておいでになると言うことでした。
 その晩は,鹿が渡るための特別の船が用意されました。まず,船頭は船の中をきれいにはき清め,船底には砂を敷いてならしました。こうして一般の船とは別にしつらえた特別の船でお迎えするのが古くからの習わしでもあったのです。お使いの鹿は決して人の前に姿を現すことはありませんでしたが,翌朝,船の中をよく見てみると,不思議なことには船底の砂の上には,お鹿の足跡がはっきりと残されていたと言うことです。
 そしてお鹿は,その夜の内に再びいづこからか川を渡ると,関城町犬塚と下館市西方のふたつの鹿嶋神社をまわって,もとの本宮へ戻ると言うことでした。

 ところが,ある年のことです。無事に野爪の鹿嶋神社を離れた神鹿のうち一頭が,なんと桐ケ瀬(今の下妻市桐ケ瀬)の川岸で,その土地に住む猟師によって射止められてしまいました。そのため無事だったもう一頭の鹿は,しかたなく野爪まで舞い戻ってきました。
 まもなく,残された一頭は重い病にかかりました。氏子たちの手厚い介抱のかいもなく,やがて残されたお鹿は息を引き取りました。
 
 さて,そんな悲しい出来事のあった祭礼の翌々日の夜のことです。
 神社のお社の中から叫び声とも,うめき声ともつかぬ不思議な声が聞こえてきました。恐る恐る近所に住む村人たちがのぞいてみると,社の前にあった御神井の中の榊の根に,一人の男が吊されているではありませんか。
 いそいで井戸から引き上げて,事情をくわしく聞いてみたところ,この男こそ桐ヶ瀬で神鹿を射た狩人でした。神のお使いを射殺してしまったために男は良心がとがめ,鹿嶋神社におわびに参ったところ,拝殿前の広場に大蛇が横たわっているのに気づきました。神社にお参りすることもできず,まごまごしているうちにふっと意識が遠のいてしまいました。そして,目が覚めてみると井戸の中に吊されていたというわけです。

 不思議な出来事があったものだと,村人たちは噂しあいましたが,そのできごとがあってから後は,神鹿のお使いはもう二度と現れなくなってしまったと言うことです。

 それから数百年の年月が過ぎました。鹿嶋神社の祭礼は昭和25年から,太陽暦の11月23,24日に執り行われるようになりました。真壁郡十六カ村の総鎮守として,今もおごそかな神事は続けられています。