松に化けたムジナ

 むかし,芦ケ谷の里に源助というおじいさんが住んでいました。このおじいさんは肝っ玉がでかく,少しのことではこわがったりするような人ではありませんでした。
 
ある晩のこと,源助じいさんは月も出ない真っ暗闇の中を,隣村の兄の所へ出かけました。途中,小栗神社のそばの一面雑木林の坂道ににさしかかりました。するとその時です。


 「じいさん,こんな暗闇を,どこさいぐんだ」
 突然現れた若い男がたずねました。


 「おらは,隣村のあんちゃんのうちさいぐところだ。そういうおめえはこの辺じゃ見かけねえ顔だが,どこのもんだ。」

 じいさんも不思議に思ってたずねました。ところがその問いかけには何も答えず,男は何も言わずに黙ったままでいました。おかしな野郎だなあと思いながらも,いつまでそうしているわけにもいかず,源助はふたたび歩き出しました。
 やがて坂を下った十字路にさしかかりました。するとその時,それまで姿を隠していた月がふいに顔を出し,辺りが急に明るくなり出しました。そして目の前には見たこともない松の大木がにょっきりと現れたではありませんか。「こりゃあ,ちっとへんだぞ。急にお月さんは出てくるし,見たこともない松まで現れるなんて。」といぶかりました。そして,はたと思いつきました。

 「ははん。さてはムジナのしわざだな。」そう気づいた源助じいさんですが,まったく知らん顔でこうつぶやきました。

 「あれえ,おかしいな。この松にゃたしか右の方に枝があったはずなんだがなあ。」
 すると,突然にょきっと右に枝が飛び出しました。
 「左の方にも,いや,右の下にもあったかな」そうとぼけながら源助じいさんは続けました。それからしばらくの間,じいさんがひとりごとをつぶやくたびに,松からは次々に枝が飛び出してきました。

 やがてじいさんが最後に「たしか左の下にもあったなあ。」と言った途端,突然どったーんと真っ黒いけものが落ちてきました。そしてそれまでこうこうと照らし出していた月もふつと消えて,辺り一面もとの暗闇にもどりました。