| 心の穴を埋めに行こう-2 Written by 昼休 |
2章
夏の終わり秋の始まり
夏の匂いがした。セミは耳をつんざくような叫び声を上げ、夏の日差しが顔や腕を紫外線で焼く。雨が降ればアスファルトに落ちたしずくが蒸発する匂いがし、草むらは草のいい匂いがした。どの季節でも味わえない夏の匂いだった。それは写真では残すことが出来ない。なにを使っても無理だった。記憶の中でかすかに匂う思い出の匂いだった。 あの夏の匂いはなにか違った。どの匂いにもなにかほかの匂いが混ざって、その匂いは僕を孤独にした。1人で寂しく過ごす夏だった。
御通夜には親戚や先生、母の友達や父の友達が来た。僕は父の部屋でうずくまっていた。たまに窓の外の星を見て、父の星はどれだろうと探していた。自分の部屋から父からもらったカメラを持ってきて丁寧に手入れをした。ただでさえ新品同様にピカピカなカメラは、まるで1つの星のように輝いた。
次の日は葬式だった。朝から空は濃い灰色で雨が降ってじめじめとした湿気が体にはりついてきた。葬式にはたくさんの人が来た。父の会社の人たちや古くからの仲間、父の母と父。いわゆるじいちゃんとばあちゃんだ。他にもたくさんの人が集まった。やはり子供の僕は「これからがんばりなよ」とか「お母さんを支えていくんだよ」とか同情を受けた。がんばりなよ、とか言われてもなにをがんばればいいのかわからない。がんばって何をやるのか、どうやって母を支えればいいのかなんてわからなかった。僕は努めて明るく答えた。いや、明るいのが普通なのかもしれない。こんな時暗く答える人なんてそんなにいないと思う。それが人という生き物なんだ。
葬式のことは覚えていない。ただ呆然と父の写真を見ていたような、うつむいて床を見ていたような。いつのまにか葬式は終わっていた。
父がかまどの中に入れられた。父の顔は生きてるみたいだった。少なくとも死んではいなかった。だから僕は言った。
「父さん、死んでないよ。生きてるよ。なんで燃やすの?生きてるよ!ダメだよ燃やしちゃ!!」声は異様に震えていた。僕は父にとびつこうとした。でも、周りにいる人によって止められた。僕はその手を振りほどこうともがいた。でも、振りほどくことは出来なかった。
いつのまにかどこかの部屋に寝かされていた。僕はさっきのことを思い出していた。やっぱり僕にとって父は大切な人だったみたいだ。僕は父がいたからここまでこれたんだ。父は心の支えだったんだ。そんなことを考えていると母が部屋に入ってきた。
「気が付いた?お父さんの遺骨、明日埋めに行くからね。あと、特別にお父さんの遺骨もらっちゃった。胸のあたりの骨らしいわよ。ハイこれ。」
母さんが差し出した骨は少しくすんだ白色だった。僕はそれを受け取ってハンカチでくるんでポケットに入れた。
「で、これを俺にどうしろと?」自分でもどうすればいいかわかっていた。
「大事にしまっておきなさい。私がなんでこれを渡したか、わかってるよね。」
「・・・俺、これからどうすればいいんだ?父さんいなくて本当にやってけるかな?」
「・・・そりゃぁやっていけるわよ。だって・・・父さんの息子じゃない。」
「っけ。くさいセリフだな。」
「なにそれ。母親に言う言葉?」
二人で笑った。父が死んではじめて笑った。もうしばらく笑ってなかったような気がした。笑いと同時に涙が出てきた。笑ってるんだか泣いてるんだか分からない変な声が出てきて、笑いと涙はしばらく止まらなかった。 次の日は朝早くに起きた。休みの日はいつも9時から12時の間に起きるのに今日は5時に起きた。机の上には父の骨がある。昨日はずっと眺めていた。さすがに5時に起きるのは早いと、もういちど寝ようと試みたが寝れなかった。暇なので朝日でも見に行こうと思い、丘へ行った。夏といってもさすがにこの時間は涼しかった。丘に行く途中、何人か人とすれ違った。丘の頂上へ行くと周りの街全体が見渡せた。そこには、灰色の雲が覆い、朝のもやに包まれて、少しずつ明かりの灯っていく街があった。その光景は自分の心のように見えた。自分の心は薄い靄でつつまれているような、その靄は晴れそうで晴れない。父は死んだ。わかっているはずなのにどこかで認めない心があるようで、靄が立ち込める。いくらはらおうとしても、何も変わらない。 僕が生きている世界。そこは本当に現実だろうか。そんなことを考えていた。もしかしたらここは夢の世界かもしれない。だとしたら現実はどこにあるのだろう。死後の世界が現実の世界だろうか。そんなことは僕には分からない。いや人間誰にもわからない、永久の謎かもしれない。でもこれは謎のままでいいのかもしれない。 夢で生きる。それも悪くない。そう思った。
午後になると雨が降ってきた。父の遺骨を埋めるため、先祖代々の墓へと向かった。じいちゃんとばあちゃんは、「あたしたちより先にお墓に入るなんて・・・」と嘆いていた。雨が降りしきる中、父は暗い墓の中へ入れられた。僕はポケットの中で父の骨を触っていた。ざらざらした感触が指に伝わってきた。父はここにいる。僕はそう信じる事にした。父にはまだお世話になるつもりだった。
その日の夕方、また丘の上へ行った。父から貰ったカメラで夕日を撮ろうと思ったからだ。夕日が一段とキレイだった。真っ赤な夕日は今日の終わりを告げようとしている。
風が吹いた。
その風は、秋の訪れを僕に教えてくれているようだった。僕は夕日を撮るのも忘れて、夕日が沈んでいくのをずっと見ていた。