BETRAYER-5     Written by Emurus

   外に踏み出すと、強い日差しが照っていたが、そこは予想以上に寒かった。コウキは森下から借りたダウンを着て震えていたが、周りのアメリカ人たちの中にはTシャツで歩いている人がポツポツと見られ、やっぱり現地の奴等は違うなぁ、と勝手に感心していた。周りの状況に目を向けている自分にふっと気がついた。ずっとあたふたしてたり、気が立っていた自分に、少し余裕が出てきたのだろうか。というのも、ただポツンと人気のないバス停に一人で立っていても特に暇つぶしできるようなものはなさそうだったので、キョロキョロしていたのだ。空港の駐車場が広すぎるので、専用のバスであちこち移動するということを、今回初めて森下に教わり知った。
   コウキはまだあの封筒を開けることをためらっていた。今も封筒を手にして、じっと見つめている。これを開ければ今まで眺めていた家族の偽像という壁は崩壊し、今まで隠されていた真実があらわになるだろう。でも理解したくない真実であることは予想できる。しかし、今の自分の中では好奇心や探求心がなによりも勝り、高鳴っている。最後にもう一度見つめた後、手を封筒の開け口に伸ばした。が、突然鼻を得体の知れない腐ったカレーにクソを混ぜたような強烈な異臭が背後から襲った。吸っただけで気管支炎になりそうなほどで、すぐに頭痛が走ってきた。封筒をポケットに突っ込んで、開けることを断念した。
   後ろを見ると、人の列ができていた。コウキのすぐ後ろには頭に灰色のターバンを巻いた2人のインド系のオヤジが見下ろすように立っていた。この人たちが異臭を発しているらしい。とっさに鼻をつまみたかったが、さすがにそれは失礼なので、遠くの新鮮な空気を一気に吸い込み、口の中に封じ込めた。小さいころ親父から異国の人間で風呂に滅多に入らない奴が多い、と聞いたがここまでとは予想していなかった。ターバンの先からのぞく髪は脂っこく、歯や爪は黄色を通り越して黒っぽい緑色だった。二人ともサングラスをしているようだが、外見を気にするならまず風呂に入れこの野郎、と言いたい気持ちがこみ上げたが、こらえた。まぁ言語も通じないのだろうし。コウキが神経質そうに伺っているのに対し、彼らは全く動じていなかった。なにか口先でブツブツ唱えながら。
   青い少し大きめのバスがこちらに近づいてきた。息を止めていたコウキはもう限界とばかりに、バスのドアが開いたとたんに中へ駆け込んでいった。中は暖房がかかっていて、人気はなかった。入ってすぐそこにあった荷物用の棚にスーツケースを置き、一番奥の席に座った。バスのつくりは広々としたもので、日本の席が敷き詰められたようなバスとは違い、電車のような形だった。中央部にお金を入れるケースがあったが、バス自体はサービスと聞いているので、それは善意で払うものらしい。コウキが1ドル紙幣をケースに入れると、運転手はこちらをうかがい、ニッコリと笑った。
   バスはゆっくりと動き出した。なんの目印もない駐車場を、慣れたようにバスは進んでいく。コウキは外を眺めながら、目は少しずつまどろんできていた。

   突然例の2人のインド人が立ち上がり、周りを見渡し、近くにいた若そうな女性たちの近くへと歩み寄った。女性陣は顔をしかめながら彼らを見上げた。その時だった。そしていきなり片方が女性たちの口に布を押し付け、もう一人は銃を構え、周りを威嚇した。すると、バスの運転手は驚いて急ブレーキをかけた。そして1人がそれを待ちわびていたかのように鉄の器具を取り出し、無理やりドアをこじ開け、男性を全員外へ出るように指示をした。とっさの出来事に皆頭を抱え、それに従った。しかし、コウキと運転手だけは残された。ドアを閉めると、一人が銃を運転手のこめかみに当て、鋭い口調で何かを言った。するとバスはみるみるスピードを上げ、駐車場の入り口を超え、高速道路へと入ってしまった。駐車場にいるはずの警備員は皆消えてしまっていた。取り残された男性たちも、いつの間にか消え去られていた。
   全てがあっという間だ。コウキは額に汗をかき、頭はクラクラしていた。こんなときこそ冷静に、森下までとは言わないが、今の状況を少しでも理解して、なにか対処をしなければ、と考え、自分をなんとか取り戻した。
   計画的な犯行だ。目的はなんなのだろうか。自分を殺すためだろうか?いや、それなら以前のように真っ先に襲ってきてもおかしくはないはずだ。しかし今回は自分以外に人質をとって、さらにバスジャックまでしている。しかも誰に知られることもないように。ということは目的は金でもない。ではなんなのだろうか。今頃5人の消えた男性たちは口封じに虐殺されはじめていることだろう。それを考えると、いっこくも早く状況を知らなくてはならない。知ったところで自分になにができるかはわからないが。
   2人の男はガムテープをそれぞれ各自で口につけるように、周りに支持していた。老夫婦の泣いている声が聞こえる。封筒。そうだ。それになにか書いてあるかもしれない。それに例の黒い袋。あの中に武器が入っているかもしれない。希望はある。ふと前を見ると、60代ほどの泣いて化粧のくずれた老女がコウキにガムテープをまわしにきてくれていた。コウキは微笑して彼女の方をたたき、大丈夫、と合図した。通じたか分からないが、彼女は泣きながらも軽く笑い返してくれた。
   コウキは、ゆっくりとダウンのポケットに入れていた黒い袋のなかに手を伸ばした。