| BETRAYER-3 Written by Emurus |
聞こえるのはかすかなしゃべり声と
耳障りで小さな雑音。
動いている。
向きを変えながら、ゆっくりと。
少しずつ早くなる。
深く息を吸い、深く息を吐く。
機体の両端に膨大なエネルギーが集まり、揺れ始める。
急激に速度が上がる。
椅子に吸い寄せられるような感覚。
上に傾き始めた。
前のローラーが完全に浮き、そして後ろも。
窓の外を見た。町が小さくなってゆく・・・。
「飛行機は初めてか。」
隣から声が聞こえた。
コウキは森下のほうを向き、すっと目をそらす。
森下は警戒心たっぷりの行動にため息をついた。
コウキはあれ以来、一度も口を開いていない。
飛行機なら、2年ほど前に乗ったことがある。
グアムに行ったときだった。
普段国内旅行もしないような家族なのに、突然国外というから、
心臓が停止して呼吸困難になりそうなぐらい驚いたことを覚えている。
以来海外など行った事ないので、そのときの思い出が記憶に焼きつき
いまでも鮮明な写真のように思い出される。
期間は短かったけれど楽しかった。
「まぁパスポートがあるってことは前にどっか行ったんだな。」
思い出を引き裂くように森下の声が乱入する。
森下の口から言葉が出るたび、コウキは何かと不快だった。
そうだ。こいつは自分の親父を知っている。
すっかり周りのゴタゴタにそのことをかき消されていた。
コウキの父は自動車会社の社員。
家にいない日も多く、残業も多かったが、
優しく接してくれていた。
その親父がどう森下と関係しているのだろう。
コウキは小さく口を開いた。
「親父とどういう関係だ。」
森下がこっちをみた。
「そのうち嫌でも分かる。」
「・・・今、知りたい。」
今度ははっきりとした口調で言った。
「俺も全てを知っているわけじゃない。だが知っていることは
全て話す。信じたくなければ信じなくていい。」
森下は空になったペットボトルを潰し、語り始めた。
「初めてお前の親父と会ったのは横浜だった。
俺は当時その辺ででスリをしていた。
縄張りは主にその辺の商店街、地下鉄、ファーストフード店。
商店街はナンパ風に女子高生あたりにまず近づいてってベンチに座らせ、
トークで相手を怒らせて立ち上がる瞬間にバッグから抜き出したりな。
地下鉄はまずある一本の電車に慣れて、揺れのパターンを覚える。
そして揺れに合わて相手にぶつかって財布を抜き出すんだが、
二つとも成功率が低かった。
商店街じゃ近づいてった女子高生が金持ってなかったり、実は男だったり、
地下鉄で満員電車だと痴漢と間違われたりする。
その点ではファーストフード店の場合毎回同じような時間に人が現れて、
バッグとかケースとかを床に置いてく客が多かった。
スリたい放題だったな。ヒャハハハハ。
まぁそんなことはどうでもいい。
ある日マクドナルドに出稼ぎに来たときのことだ。
少し高そうなスーツでファスナーが開いたままのスーツケースをぶら下げてる奴がいたんだ。
そいつがお前の親父だった。
気の抜けてそうで楽にいけそうだったもんでいつも通りの手口でやろうとした。
とは言っても相手と背中合わせの場所に座って、隙を見て抜くだけなんだんだけどな。
それで財布は簡単に抜けたんだ。驚くほど簡単に。
あまりに簡単に抜けたもんで、見せの外に出て中を確認した。
空だった。
そしたらお前の親父が店から出てきてな。
「その腕があればコソ泥よりマシな仕事ができるぞ。」
って言ってきたんだ。
そこでスカウトされて仲間になった。」
「仲間?俺の親父は自動車会社に勤めてる。意味が分からない。」
森下が高笑いをした。例の、不気味な高笑いを。
「いつの話だよ!あんな会社奴が26のときには辞めてる。
お前の親父が家で仕事をしているとこを見たことがあるのか?」
ない。
認めたくなかった。
コウキは顔を床に向け、窓に向け、天井を見た。
「俺の親父は・・・」
「聞きたいか?」
森下の冷たく、素早い言葉。
コウキは首を横に振った。
「今知りたいんじゃないのか?」
「気が変わった。」
窓の向こうを見た。
雲が白い海のように、果てしなく広がり、
太陽の光をいっそうまぶしくしていた。
いつの間にか寝ていたようだ。
急にトイレが行きたくなった。
コウキはせまい座席の道を抜け、トイレに入った。
用を足し、流した。
ドアを開けて出ようとしたとき、何かが足を止めた。
そして、いらだち。
欲しい。あれが欲しい。・・・タバコ。
気がつけばずっと吸ってない。そろそろ波が来たようだ。
もうこのムシャクシャには勝てそうにない・・・。
素早くポケットを探った。
しかし、あるのはライターの感触のみ・・・。
どこかで落としたのだろうか。
いや、抜き取られたか。
やばい。耐えられない・・・。
心の中で叫ぶ。
そしてもがいた。
手をぐっと堅く握り締めた。
知らずと顔に力が入る。
タバコが欲しい。何をしてでも欲しい。
自分の中にいるもう一人の自分が暴れている。
欲しがっている。
タバコを・・・。
すぐに静まった。
全身から力が解き放たれ・・・
開放感。
それはそれでよかった。
そうだ。
これを機に禁煙しよう。
いや、今後はヤクなんてやっている余裕はなさそうだ。
そんな感じがする。
でも次この波に勝てる自信がなかった。
しかももし近くにヤクが置いてあったら・・・。
誰か友達がいれば。一緒に耐えてくれる友達。
海斗。翔太。前原。大橋・・・・。
急に友達が恋しくなった。
コウキにはそれが初めてだった。
ゆっくりと歩いて、座席にゆっくりと座った。