蓼科の花
春一番の花はフキタンポポ。
雪融けを待って庭先のフキタンポポが黄色い小さな花をつける。地走りに似るが花弁が細く多い。明らかにキク科だ。外来種とのことなので、どこかから種が飛んできて広がったのか。最近は福寿草の代わりとして観賞用に栽培されているようだ。
まだ雪融けでぬかるみが多い。乾燥気味の斜面に繁殖するようだ。同時期に顔を出すのはフキノトウだけ。まだ木の芽も膨らまない。花が少ないので貴重だ。
ツバメオモト(燕万年青)も春先早くに花をつける。庭の片隅や林のはずれのやや湿り気味のところにポツポツと生え、他に先駆けて小さな花をつける。地味で目立たない。
ここ八ヶ岳中信高原国定公園では自然公園指定植物だそうで、一般の採集は禁じられている。山荘付近では特に珍しい山野草ではないが、埼玉県では絶滅危惧種だという。もっとも、自然公園内で山野草を採集するのはマナー違反だ。
蓼科ビレッジの中を散策していると、時折、自生のすずらんにお目にかかる。年々、減少している。心配だ。恥ずかしげに葉に隠れる白い花、わずかな香り。
近くの入笠湿原はすずらんの自生地で有名だが、こちらは見渡す限り一面すずらんの群といった感じで、すずらんのほのかな香りもむせ返るほどだ。ただ、地元の富士見町が自然保護に熱心で、入笠山のあちこちに園芸用に栽培したクリンソウやクマガイソウを植え付けている。これは行き過ぎ。スズランでさえ本当に自生なのかと疑いたくなる。
蓼科ビレッジで一番よく見る山野草はベニバナイチヤクソウ(紅花一薬草)だ。意味はよくわからないが、多年生の菌従属栄養植物という。
庭の片隅、散歩途中の路傍、崖の途中に群落を作る。なぜかこの付近では白い花のイチヤクソウやコバノイチヤクソウは見ない。6月始めから7月半ばまで次々に花をつける。可憐な花で小さい割によく目立つ。秋に全草を掘って、乾かして煎じると利尿や脚気に効くという。それが一薬草という名前の由来か。
アオチドリ(青千鳥)別名ネムロチドリ。蓼科ビレッジ内を散策中に日陰の路傍でたまに見る。地味な花で目立たないから、結構多いのかもしれない。
複雑な形をしていて、よく見ると一つ一つは結構きれいな花だ。花の形からランの一種と見定めて名前を調べ、アオチドリ別名ネムロチドリと分かった。ただ、当地の花は名前と違って全て紫褐色で、初めはアブラムシでもついているのかと思ったくらいだ。
フデリンドウ。春先に山荘の庭先の陽だまりに顔を見せる。ただ、数年前に比べると庭先にも蓼科ビレッジ内の路傍で見かけることも少なくなった。さほど希少ではないから、誰かが採取していることはなかろう。環境の変化によるものか。
類似の花にハルリンドウがあり、蓼科にも多いと紹介されている。違いは根出葉の有無だけのようだが、少なくとも山荘周辺で確認できるものには根出葉がない。もしかしてこの付近では環境の変化で消えたのかもしれない。
オヤマリンドウ。蓼科ビレッジでは、夏になるとフデリンドウに代わるようにしてオヤマリンドウをよく見かける。田中澄江の「新・花の百名山」で近くの蓼科山の花としても紹介されている。
地味な花で、いつ見てもつぼみのまま。結局、開かないままで終わってしまう。何とも愛嬌のない花だ。なぜこれが蓼科山の花かと思うが、考えようでは、地味な蓼科山には似合っているのか。エゾリンドウに類似ということだが、そちらは花が開くようだ。
山荘周辺の山野草の女王はクリンソウだろう。花もつけずに山荘の裏庭に自生していたのを庭先の日当たりのよい場所に移植した。よく育って大きな花をつけるようになり、群落というほどにはなっていないが少しずつ増えている。
目立つので誰かが採取してしまうのか、山荘周辺の路傍で見かけることは少ないが、手の入らない林の中の湿地などに群生していることがある。クリンソウには白花もあるそうだがここでは見ない。
日当たりが良い切り通しにシュロソウが高さ1メートル位に成長して花をつける。こんな目立つ場所に、こんな目立つ花がと毎年楽しみにしていたが、とうとう誰かが採ってしまったらしく、昨年はお目にかかれなかった。
この付近に他にも数本あったが、それも見当たらない。商売で山野草を採取している者がいると以前に聞いたことがある。どうやら本当らしい。トラックでゼンマイを採りに来る人たち、キノコを採って麓の売店で売る人たちもいる。
アヤメ。6月から7月にかけて山荘周辺の日当たりのよい路傍のあちらこちらに点々と咲く。なぜか分からないが、群落というには疎すぎる。周りの草花より背が高く目立つ。陽のよく当たる乾燥した場所が適地らしい。
特に珍しい花ではないが、東京近辺で自生しているのを見ない。ここ、蓼科は適地なのか、日当たりの良いところなら至る所に自生している。これも高山植物の一種なのだろうか。
ノハナショウブ。アヤメよりはやや遅れて7月中ごろに咲く。植物図鑑では水辺や湿原に自生するとあるが、ここでは必ずしもそのような場所ではなく、ちょっと日陰の窪地に自生している。ハナショウブの原種とのこと。
調べると、絶滅危惧種に指定している府県も多い。ここ蓼科地区の近くでは八島湿原や八子ヶ峰などノハナショウブの自生地で知られるところも多い。貴重な山野草のようで、そのような花が山荘付近で見られるのはうれしい限りだ。
ミヤマキオン(深山黄苑)。8月に入ると次から次に道端に山野草が花を付ける。中でもキオン(黄苑)は背も高く花色も派手で目立つ。短い夏が終わりに近づいていることを告げるかのようだ。
キオンは山地の日当たりのよい草地に生えるキク科の多年草。俗説では、舌状花の数が5個ならキオン、5~7個で高山に生えるものをミヤマキオン(深山黄苑)と分類する。その説に従えば、この近傍にあるのはすべてミヤマキオンだ。
エゾムラサキ別名ミヤマワスレナグサ(深山勿忘草)。6月に入って夏が近づいてきたころ路傍に瑠璃色の可愛い小さな花をまばらにつける。外来のルリソウの一種と思って調べたところ、ワスレナグサ属のエゾムラサキで日本の固有種とのこと。ミヤマワスレナグサという素敵な別名もある。
エゾムラサキの自生地は北海道と本州中部地方とのこと。なぜ二か所の離れたところか、理由は知らない。ここ蓼科地区でも自生の報告がある。
数百キロも移動することで知られるアサギマダラが、ここ蓼科では、夏の風物詩のように朝早くからヨツバヒヨドリ(四葉鵯)に蜜を吸いに集まる。
ヨツバヒヨドリは日当たりのよい切り通しなどに自生する。3、4枚の葉が輪生することから付いたヒヨドリバナの変種だが、ここ蓼科ではヒヨドリバナは見ない。アサギマダラは夏に1000メートル前後の山地を飛び回るそうで、蓼科は丁度その生態に合致しているのだろう。
やや日陰で湿りがちな林の縁で一寸気持ちの悪い姿かたちのシャクジョウソウ(錫杖草)を見る。一見、キノコかと見間違うが、れっきとした腐生植物だ。葉緑素を持たないため全体が淡黄褐色で、根の表面近くにある菌根で枯れ葉の栄養分を吸収するとのこと。
腐生植物としてはベニバナイチヤクソウも仲間だが、こちらは姿かたちもよく、見目麗しい。マツタケの大敵だそうで、おかげでこの辺でマツタケが採れないわけだ。
蓼科ビレッジの夏を彩る花はソバナだと言って異論は少なかろう。夏から秋の初めにかけてそこここに清楚な花を咲かせる。ソバナという地味な名前からは想像もできない釣鐘状のみずみずしい「うす水色」の花を路傍に見るとホッとする。
多分、蓼科の気候風土が生育に適しているのだろう。とにかく至る所にソバナを見る。ソバナは山菜として採取しお浸しなどにして美味いということだが試したことはない。
キバナノヤマオダマキ(黄花の山苧環)。蓼科ビレッジの中を散歩している途中でよく見る。いつも下を向いているので花を正面から撮ったことがない。鏡を使えば良さそうだが、花の中まで写った写真はどうやって撮ったのだろう。
ヤマオダマキの変異ということだが、ここでは圧倒的にキバナ(黄花)の方が多い。キバナノミヤマオダマキという説もあるが、距が巻き込んでいないことからキバナノヤマオダマキだろう。
7月に入るとオカトラノオ(岡虎の尾))が切り通しの土手などに群で花をつける。白色の小さな花を茎の先に総状につけて下方から開花し、花穂の先端が虎の尾のように垂れ下がる。
特に派手でもないし、また珍しくもないが、何となく愛着が持てる。群生するので花穂がそろって開花するさまも美しいが、一つ一つの花もよく見ると見事に整っている。なんとも日本的な花で穏やかな気持ちにさせてくれる。
ここ蓼科ビレッジ内にはツリフネソウとキツリフネが3:1くらいの割合で自生し、共に秋口に花をつける。似たような場所にあるので共演と言っても良い。ツリフネソウにはシロバナもあるそうだがここでは見ない。
共に、絶滅の危険にさらされている地方もあるとのことだが、ここ蓼科ではそんな気配は微塵も感じない。やはり蓼科は自然が豊かなのだろうか、それとも管理会社の自然保護が行き届いているということだろうか。
秋の気配が近づくとキンミズヒキ(金水引)が黄色い花を付ける。鮮やかな黄色でよく目立つ。穂に連なる小さな5弁の花の一つ一つも可愛い。類似の花にヒメキンミズヒキ(姫金水引)とチョウセンミズヒキ(朝鮮水引)があるが、蓼科で見るのはキンミズヒキだけ。
これでもバラ科の植物。秋に実の上縁に小さな棘ができて、これで動物にひっついて散布される「引っ付き虫」になる。漢方薬にもなるようで、龍牙草という立派な名前もある。
蓼科ビレッジの秋口を彩るのはクサボタン(草牡丹)。彩ると言っても名前に似ず殆んど色もない地味な花だ。あちこちに群生して一斉に花を付ける様は見事だが、花のない時期は雑草そのもの、見向きもされない。
クサボタンは日本にしか分布しない日本固有種だそうで、本州全体に広く分布し、山地の草原や林の縁に生育するとのこと。花は牡丹とはまるで違うので、多分、葉の形からこの名前がついたのだろう。
イカリソウ(碇草)も山荘の周辺でよく見る山野草だ。こちらはキバナは見ない。キバナは日本海側に多く分布するとのこと。
花が四本鉤の「いかり」に似ていることでその名が付いたとのことだが、とにかく複雑な形をしている。
葉や茎を乾燥させて強壮・強精薬またはリウマチや高血圧の治療薬として使用するということだが、複雑な花の形を見ていると何となく納得できる気がする。
8月に入ると秋を待っているかのようにマツムシソウ(松虫草)が咲き始める。ここ蓼科では群生というわけではなく、見つけたらその日は一日幸せだ。マツムシソウは一株に一個しか花をつけないので余計そういう感じがするのか。
近くの車山や霧ヶ峰高原に行くと、マツムシソウが平原いっぱいに群生している。また入笠湿原のマツムシソウも見事だ。日本の固有種だが、最近は減少傾向が顕著とのこと。