http://aclog1.home.ne.jp/cn.cgi?gsfmwgnlittuan


今年の夏の目標 その2である『屋久島』にやっといってきた。
その1『富士山』には2回も行ったのだが、屋久島にはなかなか行けずにいた。
本来は9月の5日頃から夏休みを取って行こうと考えていたが、
『仕事』(一番書きたくない理由)で
休みがずれずれになっていた・・・


これ以上延ばしたら、絶対に行けなくなる
と思い、911日午後に、11日から15日まで休みを取って
強引に行くことにした。
ということで、

  日程:2009911日〜14(屋久島)
          14日〜15(熊本〜広島)
  場所:  屋久島〜鹿児島〜熊本〜広島
  参加者 :1名      

 

突然の思いつきで行くことにしたため、飛行機の手配ができていない
急いで、電話・・・当日(11)の夕方の便がとれた!!

よし、荷物をまとめて・・・テント、着替え、水・・・合羽、靴、などなどを詰めて
出発!!

空港へ向かう電車の中で、鹿児島の宿を予約・・・


911 2100時頃 鹿児島中央駅着


駅に観覧車があるなんて、おしゃれですね〜。
ついでに、翌日の朝のバス停、時間を確認して、宿に戻る




912 0700時頃 宿を出発

 

バス停へ、昨晩の下調べでは、7時半ころに船乗り場行きのバスがあるはず
バス停に案内のおじさんが立っていた、
おじさんに、『屋久島行きの船乗り場へ行くバスはここで良いんですよね?』
と確認・・・

おじさん・・・
『ん?』
『高速艇は今日は走ってないんじゃないか?』
『この前の台風で、流木が台湾から流れてきて・・・』

私。・
『・・・』言葉がない
『じゃあ、屋久島に行けないんですか?』

おじさん、あっさりと

『まあ、港に行ってみたらいいんじゃない?』
『情報収集してみたら?』



 そうですね・・・バスに乗ってみた。
進むうちに、お客は、私ともう一方だけ・・・
運転手さんがだめおしの一撃を

『今日は高速艇が走っていませんが、お客さんどちらまで?』


後ろにいたおじさんが『フェリーですから』
私 (フェリーで行けるのか・・・?)と思い。とりあえず頷いてみる。
ということで、このおじさん(伊礼さん)とフェリーへ、
途中いろいろと、台風の事情や屋久島について教えていただいた。

屋久島2 このフェリーで約4時間の船旅だ。
フェリー旅の間も伊礼さんには、屋久島についていろいろ教えていただいた。



0930
時 出港





桜島、今日は噴煙もなく穏やかなたたずまいである。



1330
時 屋久島が見えてきた

一か月に35日雨が降るといわれる屋久島だが天気がいい



行き当たりばったりで、来てしまったが・・・
船の中で基本的な情報は教えていただいたが・・・どうなるものか(楽しみだ(^^;))


14:00
 今日のキャンプ地

 

ここも、船の中で伊礼さんに教わった場所である。
フェリー埠頭がある宮之浦からバスで約30(安房)にある



右の写真の奥に見えている建物が『屋久どん』

中はこんな感じ。屋久スギむき出しの内装が美しい。

名物かどうかはわからないが、トビウオ定食。
フェリーからトビウオが本当に飛ぶところ見ていたこともあり、気になって食べてみた。
味は、ご自分で食べて判断してください。



A
コープで明日からの食糧を買い出し。ハイビスカス



キャンプサイトの裏は海!! 磯場でカニなんかもいたりする

5
分も歩けばこんなものも拾える



9
13日 0630時 いよいよ山へ入る(荒川登山口)

初めの計画では、宮之浦岳を経由して、縄文杉、ウィルソン株・・・
と回る予定でしたが、いきなり道を間違えて普通の縄文杉ルートに入ってしまった。
準備不足はこんなところに顔を出すんだと反省




初めの半分はこんなトロッコ道をずーっと歩いていく
なんとなく、ディズニーシーの町を歩いているような感じもする





0710
時 小杉谷小中学校跡




ちょっと手ぶれしていますが、昔はここに小中学校があったんですね。




0740
時 三代杉

後で知ったことだが、結構三代杉は普通にある




仁王杉



最初の固有名詞がついた杉
瘤のあたりが仁王さまの顔っぽいのかな???


0830時 大株歩道 


ここから先は、トイレもなく、山道になる
とはいっても、木道のようなもの、階段が整備されている



こんな感じ



9000
時 大物その1 ウィルソン株!!


看板もきちんと出ている


ウィルソン株といえば、ハート形!!


に見えますか???  見えない・・・
なんで?  愛がないと見えないのか・・・ 残念







見えました(^^)/



木道をひたすら歩く






途中の景色はこんな感じ



大王杉



なぜ、大王杉と呼ばれるのかはちょっとわからない

夫婦杉



なんで夫婦かって?
これは、たまたま居合わせたガイドさんが話しているのを聞いちゃったんですよ
2
本の杉が枝で完全にくっついているんです
ガイドさんが言うには、枝がくっつくには、幹に傷が付き
そこに、枝がずーっと(数百年単位で)くっついていないと繋がらないだろうと
そのためには、外からの大きな力が必要だから
自由恋愛というよりは、篤姫のように外の力で・・・
と勝手なことを言っていましたが、真実は杉に聞いてみないとわからないですよね




1017
時 ついに 縄文杉!!

目の前はデッキになっていて根を傷めないようになっている





いかがですか?
すごいんですが・・・なんとなく お疲れ?
個人的には疲れているんじゃないのかなーなんて感じました。
そうはいっても、そこで15分くらいは眺めていました

よく見えるようにとの配慮なんでしょうが、こんなに切り開かれていると
不自然さが目について、本来のお奥ゆかしさが薄れちゃうな・・・

切り株の箱庭たち


私のお気に入り 翁杉!!


さもないところにあるのですが、なんか空気を持っていました。
私は縄文杉よりも好きな感じです

何か見えますか?



何か見えるらしいのですが・・・



ここにもありましたよ 人間カウンター


1330 やっとらしくなってきたな

途中から、進路を白谷雲水峡へ向けて、トロッコ道からはずれた
そのとたん、景色も空気も変わった!!
私が勝手に思い描いていた屋久島の森にぐっと近づいてきた







太鼓岩




見た目が太鼓みたいだから、そうよばれているみたい
でも、たたくと音がする部分があるんですよ
あ  岩自体は写真には写っていませんよ

お父さんといる 小鹿


普通、小鹿はお母さんといるらしいのですが、この子はお父さんといました
と近くのグループのガイドさんが話していました。



しばらく、白谷雲水峡の奥深く、苔むした森をお楽しみください













ここは、もののけの森って感じがしました。

15:09 白谷小屋


写真がないですが・・・ここで一休み
地図をよく見ると、この下の道が2つに分かれている。
原生林ルートとなんとか歩道
原生林ルートは 所要時間:2時間
なんとか歩道は 所要時間:40
帰りが翌日1230宮之浦港発のフェリーしかないこと、初めのルートを間違えたこと
などから、宮之浦岳登頂をあきらめたので、2時間かけても1730にはバス停に着ける
登山口の最後のバスが1800だから、間に合うだろうと思い
奥深い森が見れるであろう、原生林ルートに進んだ。

本当に原生林ルートだ

七本杉







奉行杉



三本槍杉



三本足杉



二代大杉





結局、谷を三つ? か四つ? 越えて白谷管理小屋まで降りてきた。
トータルで2km強のルートだったと思うが、半分まで来て
まだ、30分しか経っていないので、16:30にはバス停まで行ける!!
調子に乗ってガンガン歩いて、バス停に着いた・・・


が・・・

何か様子が変なのである・・・

バス停をみると



屋久島に2社あるバス会社の両方のバス停があるのに
最終は16:0016:10・・・
今何時? 
16:30
まじで・・・?


どうすっかなーって、タクシー呼ぶか
携帯を開くも・・・電波がない・・・
近くを歩きまわったり、東屋のテーブルの上に立ってみたり・・・
テーブルの前でぎりぎり電波をゲット・・・タクシーをお願いした


運転手さんに、『どっかキャンプ場か民宿かないですかねー』
屋久島交通タクシーの日高さんという方だったのですが
いろいろ電話してくださって、探してくださったのです。
感謝
しかし、民宿へ、一人の飛び込みはやはり厳しく どこもだめ・・・
最後にだめもとで、聞いて下さったキャンプ場が OK
もともと、キャンプ場へ行きたかった私にとっては幸運この上ない!!

9146:00 キャンプ場での日の出


このカマキリがフライシートの中で、一晩テントの見張りをしてくれていました。

トビウオラーメンを食べて帰ってきました







さて、今回は、ハプニング続きの屋久島でした。
近々、人数制限をするとかしないとか、言われておりますが、
縄文杉までのルートの森はなんとなーく、弱っている感じがするんです。
そんなことを考えると、制限しなければならないのは残念ですが、しかたないのかもしれませんね。

もののけ姫の森とよく言われる屋久島の森ですが、
天気が良かったせいもあるのかもしれませんが、
ここで私は、深い森や自然に対して人間が本能的に感じる不気味さというか、恐怖をあまり感じませんでした。
勉強不足で、この森と人間の歴史的な関係はわからないので、なんともいえませんが、
本当はもっと、深い森のエネルギーを持っていたのではないかと思うんですよ。

人間は、個々人の興味、自分達の利益のために、
いろいろと本来あった自然の姿を変えてきている歴史があるので
気をつけなければならないなーと思いました。

私は10年前、20年前、30年前・・・の屋久島を知っているわけではありません
それが、現在と比べてどうなのかもわかりません。

しかし、守るべきものは、きちんと守っていかなければならないのではないでしょうか?
そこで生活する人、そこで商売をする人、そこで楽しむ人、そこを守る人
などなどいろいろあると思いますが、この自然、環境は

『誰のものでもない』


のですからねー
では、 誰が守るんだ? となるんですが・・・
まずは、守るというよりは、壊さないようにすることから始めるんですかね?

そこを歩いてきた私が、言えることではないのかもしれませんが、
人間が歩くだけでも、その数が大きくなれば、影響は大きくなるもんですね。
そんなことを考えさせられた、屋久島の旅でした。

戻る

HOME


 ittuanの部屋