演奏 | レスリー・ハワード | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
タイトル | 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.25 太陽賛歌、ゆりかごから墓場まで』 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
データ |
1993年録音 HYPERION CDA66694 |
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ジャケット | ターナー『湖に沈む夕日』 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
収録曲 |
1.聖フランチェスコ “太陽賛歌”への前奏曲 2.アッシジの聖フランチェスコの太陽賛歌 ・ ゆりかごから墓場まで 3.ゆりかご 4.生の闘争 5.墓場へ ・ 6.おお聖なる晩餐 7.サルヴェ・レジーナ 8.アヴェ・マリス・ステラ 9.祈り 10.連祷”われらのために祈りたまえ” 11.おお聖なる晩餐 別テキスト 12.諦め 第2版 13.彼は私を深く愛していた 14.ロマンス “おお、いったい何ゆえ” 15.君を愛す 16.ノンネンヴェルトの僧房 第4版 |
S499 a S499 ・ S512 ・ ・ ・ ・ S674 a S669/1 S669/2 S265 S262 S674 a S187 b S533 S169 S546 a S534 |
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感想 | 1.聖フランチェスコ 〜アッシジの聖フランチェスコの“太陽賛歌”への前奏曲 S499a 1880年 |
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この曲はオルガン独奏版(S665)がオリジナルとのこと。タイトルどおり、合唱曲の“アッシジの聖フランシスの太陽賛歌”のための前奏曲として作曲されたのだと思います。力強い合唱曲にふさわしい前奏曲です。 “San Francesco” Preludio per il Cantico del Sol di San Francesco (3:51 HYPERION CDA66694) |
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2.アッシジの聖フランチェスコの太陽賛歌 S499 1881年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
バリトン独唱と男声合唱による合唱曲(S4)がオリジナルとなります。“太陽賛歌”という聖フランシス(フランチェスコ)の手による詩をテキストにした作品です。詩は、神と、その創造物である太陽、月、水など自然を称え高らかに謳い上げた内容です。リストはこの曲に14世紀のクリスマスキャロル“In
dulci jubilo”を使用しています。 合唱曲は1862年より作曲され、1880−81年に改訂されていますので、ピアノ独奏版は改訂版と同年となります。合唱曲の力強さをそのままピアノに移したような大作です。 合唱曲の方は1881年11月3日付けのオルガ宛書簡で、改訂の背景がふれられています。リストは第1バージョンのままでは、出来のよくない作品であったと思っていたようです。 Cantico del Sol di San Francesco d’Assisi (10:53 HYPERION CDA66694) |
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ゆりかごから墓場まで S512 1881年 |
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交響詩“ゆりかごから墓場まで”(S107)はリストが最晩年に作った最後の交響詩です。ハンガリーの画家のミハイル・ジチー伯がリストに贈呈したペン画からインスパイアされて作曲されました。人間の一生を描くということで、交響詩“前奏曲”の世界に通じると思います。また“前奏曲”も“ゆりかごから墓場まで”も、人生における中心的な時代が“闘争”であることは、リストの人生観を物語っているのではないでしょうか? ピアノ連弾曲(S598)も1881年に作られています。関連するすべての作品が1881年作曲なのですが、ハワードによると、最初にピアノによる草稿(S?)、次に連弾曲(S598)、管弦楽版(S107)、そして最後にピアノ独奏版(S512)となるそうです。“子守歌”(S198)と、4つのヴァイオリンによる“ゆりかご”(S133)はどこに入るか、ちょっとわかりません。 Von der wiege bis zum Grabe (14:46 HYPERION CDA66694) |
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3.ゆりかご |
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1881年にはこの主題を使って、他に“子守歌”(S198)、4つのヴァイオリンによる“ゆりかご”(S133)※1が作られています。S198に比べ、S512の方は、リズムのアクセントがそれほど明瞭でなく、響き方がとても不思議な感じがします。
Von der wiege bis zum Grabe 〜 Die Wiege/le berceau (5:19 HYPERION CDA66694) |
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4.生の闘争 |
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“ゆりかごから墓場まで”の中で、変化をつける部分です。晩年のハンガリー風の作品に多く見られる独特のリズムが印象的です。 Von der wiege bis zum Grabe 〜 Der Kampf um’s Dasein/Le combat pour la vie (2:48 HYPERION CDA66694) |
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5.墓場へ | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
冒頭の方では“死”をイメージさせるような暗さ、と重さがありますが、曲は進むにつれて響きは“ゆりかご”と同じ世界となり、穏やかな感じで静かに曲は終っていきます。イントロの単音旋律と、エンディングの単音旋律の旋法が異なり、印象が全く違う点が興味深いです。 Von der wiege bis zum Grabe 〜 Der Kampf um’s Dasein/Le combat pour la vie (6:36 HYPERION CDA66694) |
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6.おお聖なる晩餐 S674 a 1880年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
合唱曲、オルガン独奏曲でもある“おお聖なる晩餐”のピアノ独奏曲版です。旋律線は独唱、オルガンによる演奏の方に向いている作品ですが、ピアノ独奏版では楽曲の骨格が明確にされ、ハーモニーの美しさが際立ちます。和声進行の部分(おそらく合唱の部分)の下降するベース音がとても美しいです。この曲は、ハワードも他のオルガン奏者もそれほど重要視していないらしく、解説等でなかなか情報が得られないのが、とても残念です。僕は非常に美しい小品だと思います。 O sacrum convivium (4:10 HYPERION CDA66694) |
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7.サルヴェ・レジーナ S669/1 1877年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
グレゴリオ聖歌の編曲で、1877年に作曲されました※1。1880年にオルガン版(S669/1)として、#2の“アヴェ・マリス・ステラ”といっしょに“2つの教会讃美歌”として出版され、グスタフ・フォン・ホーエンローエ枢機卿に献呈されました。1885年にはア・カペラの混声合唱曲も作られます。聖歌をそのまま編曲した静かな響きの小品です。ピアノ独奏となって、音を紡ぎ出すような感が強まり、さらに静かな曲となりました。
Salve Regina (4:30 HYPERION CDA66694) |
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8.アヴェ・マリス・ステラ S669/2 1868年頃 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1865〜66年に作られた合唱曲“アヴェ・マリス・ステラ”(S34/1)からの編曲です。また1880年に、“サルヴェ・レジーナ”といっしょに、オルガン独奏曲(S669/2)として出版されています。“サルヴェ・レジーナ”よりも、近代的で親しみやすい旋律で、静かなピアノ小品となっています。 Ave maria stella (4:44 HYPERION CDA66694) |
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9.祈り S265 1869年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
サールの番号表では、S265はオルガンのみなのですが、ハワードの解説ではピアノ独奏版は1869年作曲となっており“のちにオルガン・ミサに組み入れられた”となっています。となると“祈り”の変遷は、ピアノ独奏曲→“オルガン・ミサ”(S264)第3曲グラデュアーレ→オルガン独奏曲ということになります。オルガン独奏曲は“オルガン・ミサ”よりも響きが静かになっていましたが、ピアノ独奏曲はさらに静かでシンプルな曲です。 Gebet (1:27 HYPERION CDA66694) |
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10.連祷“われらのために祈りたまえ” S262 1864年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
カタリーナ・ホーエンツォレルン公爵夫人によって与えられた主題によります。カタリーナはこの主題をイェルサレムで聴いたとの事。曲はグスタフ・ホーエンローエ枢機卿に献呈されました。親しみやすい旋律を調を変えながら繰り返していきます。不思議なのですが旋律の一部が僕には“ファウスト交響曲”の“グレートヒェン”を思い出させます。リストには、シューベルト歌曲を編曲した“Litaney”という同じタイトルを持つピアノ曲(S562)がありますが、それとは全く別の曲です。カタリーナ・ホーエンツォレルン公爵夫人はちょっとわかりません。オルガン独奏版(S262)も兼ねています。 “Ora Pro Nobis”Litanie (4:45 HYPERION CDA66694) |
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11.おお聖なる晩餐 別テキスト S674 a 1880年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ハワードの演奏で、2分55秒あたりの明るい響きの部分が、先に出て来た版と異なります。こちらの方が音数も増え、輝かしい感じが増しています。 O sacrum convivium alternative version (4:21 HYPERION CDA66694) |
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12.諦め ergebung 第2バージョン S187b 1877年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
1877年10月19日にエステ荘で作曲されました。途中で終ってしまう第1バージョン(S187a、オルガン版はS263)は、“サルヴェ・レジーナ”の空白ページに書かれた断片でした。第2バージョンとなって、曲は完成されます。この第2バージョンは1992年に出版された草稿とのこと。また第1バージョンになかった楽器指定は、第2バージョンにおいて、ピアノと指定されているとのこと。 単音の旋律によるイントロがつき、旋律は曲として完成するよう、流れるように手が加えられています。後半で輝かしく主題を演奏した後、冒頭のイントロに戻り、安定した完結を迎えます。 Resignazione (3:11 HYPERION CDA66694) |
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13.彼は私を深く愛していた S533 1843年頃 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
これは1840年頃作曲のリスト自身の歌曲(S271)からの編曲となります。歌曲版は、リストの歌曲として早い時期に成功を収めたものとのこと。このピアノ曲版が出版されたのは1900年代に入ってからのことです。覚えやすい旋律です。曲の中で重要なアクセントとなっている低音部の連打の上に旋律がのる箇所で、“ロマンス〜おお、いったい何ゆえ”(S169)の旋律が使われています。この旋律は1880年の“忘れられたロマンス”(S527)に使われます。歌曲版を聴いたことがないのですが、おそらくそれほど変わらないアレンジだと思います。その点が“愛の夢”などの編曲と異なると思います。 Il m’aimait tant (6:18 HYPERION CDA66694) |
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14.ロマンス “おお、いったい何ゆえ” S169 1848年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
この曲の関連は、次のとおりになります。
1880年12月6日付けのマイエンドルフ夫人に宛てた手紙に書かれた内容によると、どうも出版社がこの作品を見付けて出版しようとしたらしく、リストは(自分にとって古い未熟な作品を出版されるということに対する)抗議の意味も込めてヴァイオリン(あるいはチェロ、ヴィオラ)とピアノ、ピアノ独奏曲の版で“忘れられたロマンス”として書き直したとのこと。“おお、いったい何ゆえ”から始まるテキストは、ロシアの小説家カロライナ・パヴロフ夫人によるものです。 Romance “O pourquoi donc” (3:12 HYPERION CDA66694) |
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15.君を愛す S546 a 1860年頃 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
原曲の歌曲(S315)は1857年作曲です。テキストはリュッケルトによります。歌曲をそのまま編曲しているようです。原曲の方はとても音数が少なく、それがピアノの和声と長音を活かした歌の旋律線が素晴らしいブレンドを出していました。減衰するピアノとなることで、音を紡ぎ出すような静かなピアノ曲となりました。 Ich liebe dich (3:21 HYPERION CDA66694) |
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16.ノンネンヴェルトの僧房 第4バージョン S534 1880年 | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ノンネンヴェルトはライン川にある島で、ロマンティックなローラン伝説ゆかりの地です。リストは1840年代前半に、ここへ恋人マリーダグーと子供たちと何度も訪れています。4つのバージョンとも若い頃の家族との思い出と、僧房の宗教的な雰囲気、確かに二つの印象が合わさって作られている感じのする曲ですが、特に第4バージョンは宗教性が強められていると思います。同じ旋律が使われているのですが、先行する3つのバージョンが持っていた親しみやすさが薄れています。すべてのバージョンに共通する神秘性に宗教性がさらに強められたという感じです。非常に印象的な和音のイントロを持つ曲で、曲の最後に再びそのイントロに戻ってくるところが、すばらしいです。イントロの和音によって曲の最初と最後が挟まれる事で、曲として締まって聞こえます。
“ノンネンヴェルトの僧房”については、レスリー・ハワードも“Beloved”とか“Excellent”とか、いう単語でその魅力を褒めています。この曲が非常に面白いのは、リストの生涯全体にまたがって作曲されているところだと思います。リストはほとんどの作品を何度も改訂して、理想的な形に近づけていくのですが、それでもたいがい20〜30年ぐらいの期間であるのがほとんどです。例えば、“超絶技巧練習曲”や“巡礼の年 1年2年”“ピアノ協奏曲”とかでも1830年代後半に開始され、1850年代には完成します。大雑把に分けて、前期(ヴィルトゥオーゾ)、中期(ワイマール)、後期(晩年)とすると、改訂されるのは、“前期→中期にかけて改訂”と“中期→後期にかけて改訂”となると思います。ところが“ノンネンヴェルト”は1840年に曲がうまれてから最終稿は1880年。前期から後期にまたがってとりあげられています。リストのこの曲に対する愛着の深さが窺い知れます。 Die Zelle in Nonnenwerth (7:37 HYPERION CDA66694) |
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