演奏 | レスリー・ハワード | ||
タイトル | 『リスト ピアノ独奏曲全集 VOL.20 旅人のアルバム』 | ||
データ |
1992年録音 HYPERION CDA66601/2 |
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ジャケット | カール=フリードリヒ・シンケル『川辺の城』 | ||
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収録曲 |
≪DISC 1≫ 1.2つのスイスの旋律によるロマンティックな幻想曲 ・ 旅人のアルバム 第1巻: 印象と詩 2.リヨン 3.ワレンシュタートの湖にて 4.泉のほとりで 5.G*****の鐘 6.オーベルマンの谷 7.ウィリアム・テルの礼拝堂 8.詩編歌 |
・ S157 ・ S156 ・ S156/1 S156/2a S156/2b S156/3 S156/4 S156/5 S156/6 |
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DISC INDEX | ≪DISC.1≫ ≪DISC.2≫ | ||
感想 | ≪DISC.1≫ | ||
1.2つのスイスの旋律によるロマンティックな幻想曲 S157 1836年 | |||
“旅人のアルバム”と同時期に作曲された作品です。ハワードが紹介しているのですが、サールは“旅人のアルバム”第2巻の“b レント”とこの作品を関連付けています。続く“巡礼の年 第1年
スイス”の“ノスタルジア”でも使われる4つの音の主題が関連しているとのこと。印象としては似ていると思いましたが、はっきりと分かりませんでした。 全体が非常に不思議で印象派的な雰囲気に包まれる作品です。エキゾチックな主題が盛り込まれたり、多くの要素を内包します。中間部からは旋律線が明確になり、ドラマティックに盛り上がります。 Fantasie romantique sur deux melodies suisses (18:01 HYPERION CDA66601/2) |
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旅人のアルバム S156 1834〜38年 |
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“巡礼の年 第1年 スイス”の元となる作品集です。1834年から1838年に作曲され、1842年に完成しました。1835年、リストとマリー・ダグーがパリを離れスイスに隠遁したときの音楽的成果です。マリー・ダグーとの恋愛、長女の誕生、若い思想、野心等の瑞々しい印象が、スイスの自然と相伴って生み出された作品集です。
リストとマリー・ダグーのスイスでの移動順序は、GSさんが教えてくれた順序によると(『AN ARTIST’S JOURNEY』と書簡集を参照)次のようです。 1835年、リストとマリーはまずフランスとスイスの境にあるバーゼルから入ります。その後、東へ行きチューリッヒの上のシャフハウゼンにライン滝(falls of Rhine)に行きます。さらに東に移動し、ドイツとの境のコンスタンス湖に行きます(これはボーデン湖でしょうか?現在ではコンスタンスはドイツです)。そこからスイスに戻り南下し、ザンクトガレン(St Gallen)の小さなワレンシュタートの湖(ワレン湖)(Lake Walenstadt)に行きます。そこから西に行ってアインジーデルン(Einsiedeln)、ちょっと左下ツーク湖の下のゴルドー(Goldau)、またちょっと左で大きなフィールバルトシュテッター湖畔(これがルツェルン湖でしょうか)にヴェギス(Weggis)という順序で移動。そこから湖沿いに東南に下がるとブルーネン(Brunnen)。そこから結構下に下がりグレッチ(Gletch)。グレッチの右の方、ローヌ氷河の下、サンゴタールド峠(saint-gothard)。グレッチからさらに左でベックス(Bex.)。レマン湖を上にして、左にさらに行ってジュネーヴ。あともっと下にあるグラン・サン・ベルナール峠にも行っているようです。※1
ハワードの解説によるとリストは“巡礼の年 第1年 スイス”の発表後、この“旅人のアルバム”を余分な作品集と考え、いくつかの出版社から原版を買い戻したそうです。ハワードは“旅人のアルバム”第3集のパラフレーズをリストが1876年に“3つのスイス小品”(S156a)として改訂したことを考え、“リストはその後、部分的に考えを改めたようだ”とも書いています。 Album d’un Voyagerur (HYPERION CDA66601/2) |
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第1巻: 印象と詩 | |||
Book I : Impressions et poesies | |||
2.リヨン S156/1 1834年 | |||
“リヨン”はドレーク・ワトソンも、またワトソンが引用しているアレクサンダー・メインも、音楽性とともにその政治性に注目しています。 リストがフランス第2の都市リヨンを訪れるのは1837年になります。1837年5月にジョルジュ・サンドのいるノアンで過ごし、7月24日にノアンを離れイタリアへ向かいます。その途中で立ち寄ったのがリヨンでした。リストがリヨンを訪れるのは1837年ですが、この作品は1834年に作曲されます。 この曲はラムネ神父に捧げられ、1834年4月9日に勃発したリヨンにおける民衆反乱をその背景としています(貧しい絹織物工を中心とした労働者階級の富裕階級への反乱運動)。当時の反乱運動の“労働に生きるか、闘争に死ぬか”というスローガンが楽譜の冒頭に掲げられています。またリストはリヨンでの労働者達の貧しさ、およびその民衆運動に、非常に感化された文章を、1837年9月アドルフ・ピクテ宛の書簡※1で書いています。リストは8月3日にはテノール歌手のアドルフ・ヌリとともに貧しい労働者達のためにチャリティ・コンサートを開きます。
曲集のオープニングにふさわしいスケールが大きくドラマティックな曲です。スイス旅行と時期的に離れていることと、政治色、思想色を帯びた曲であったため、“巡礼の年 第1年スイス”に組み込まれなかったのかもしれません。 第56巻に“アルバムリーフ リヨンプレリュード”(S166 d 1844年)が収められていますが、“リヨンプレリュード”は、“リヨン”には使われていないようです。 Lyon (6:58 HYPERION CDA66601/2) |
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3.ワレンシュタートの湖にて S156/2a 1835年〜36年 | |||
“巡礼の年 第1年スイス”の第2曲目となります。最終版とはほとんど違いはありません。この緩やかで穏やかな曲についてマリー・ダグーが言葉を残しています。 “ワレンシュタート湖の岸辺は、私達を長いこと引き留めさせました。フランツは私にメランコリックな和声を持つ、波の溜息とオールで漕ぐリズムを真似たような曲を作ってくれました。私はその曲を涙なしで聴くことはできませんでした。”※1
Le Lac de Wallenstadt (2:51 HYPERION CDA66601/2) |
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4.泉のほとりで S156/2b 1835年〜36年 | |||
作品番号から考えると“旅人のアルバム”の時点では、“泉のほとりで”は“ワレンシュタートの湖にて”と対として考えられていたようです。実際に調性もリズムも“ワレンシュタートの湖にて”と変えずに曲を続けています。“巡礼の年
第1年 スイス”での版と同じく、楽譜の冒頭には、シラーの詩句が掲げられているとのこと。意味は“(草木の)静かなささやきの中に、若い自然の戯れが始まる”という感じでしょうか。 Grande Fantaisie symphonique (on themes from Berlioz’s Lelio) (4:41 HYPERION CDA66601/2) |
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5.G*****の鐘 S156/3 1835年〜36年? | |||
“巡礼の年 第1年 スイス”の最終曲となるものです。リストが“ジュネーヴ”という単語を伏字としたのかは、はっきりと分かりません。冒頭部は同じですが、中間からの展開のさせ方が、最終稿と全く異なり、はるかに長いです。S156版の方が多くの旋律、要素を包含しており、この段階ではリズム、雰囲気等が前曲の“ワレンシュタートの湖にて”や“泉のほとりで”と同じような水辺の印象を受けます。 アラン・ウォーカーはVY P219において、“スイス”の最終稿とのあまりの違いからS156/3バージョンを別の作品と考え、演奏会等でのレパートリーに戻した方がよい、と書いています。 この曲は1835年12月18日にジュネーヴで誕生した、リストとマリーダグーにとっての最初の子どもブランディーヌに捧げられました。 Les cloches de G***** (11:54 HYPERION CDA66601/2) |
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6.オーベルマンの谷 S156/4 1834年〜38年 | |||
“巡礼の年 第1年 スイス”の第6曲“オーベルマンの谷”の初稿になります。主題が同じですが、曲の構成や展開、含まれる旋律が異なります。 “オーベルマンの谷”はセナンクールが1804年に発表した、書簡形式をとった小説『オーベルマン』にインスパイアされたものです。オーベルマンはスイスに隠遁し、仕事もせず自己の探求を続ける青年が主人公で、19世紀前半の時代精神、ロマン派の芸術家達のヒーローとなりました※1。青年期のリスト、そしてスイスに隠遁しているという境遇からリストはオーベルマンにとりわけ強く共感を覚えたのでしょう。
Vallee d’Obermann (14:02 HYPERION CDA66601/2) |
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7.ウィリアム・テルの礼拝堂 S156/5 1834年〜38年 | |||
“巡礼の年 第1年 スイス”のオープニングを飾ることになる“ウィリアム・テルの礼拝堂”です。“旅人のアルバム”では“リヨン”がオープニング曲としての役割を果たしており、この段階での“ウィリアム・テルの礼拝堂”は多くの旋律や要素を含み、序曲的なまとまりをみせていません。最終稿よりも、直接的にスイスの自然をイメージさせます。 この曲は“パンセロンのシャンソネッテによる性格的大独奏曲 Grand solo caracteristique d'apropos une chansonette de Panseron ”の主題が使われているそうです。“パンセロンの〜”は、自筆稿が1987年のロンドンのサザビー・オークションで出品されたそうですが、現在では所在が分からない、とのこと。 La chapelle de Guillaume Tell (7:08 HYPERION CDA66601/2) |
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8.詩編歌 S156/6 1834年〜38年 | |||
“巡礼の年 第1年 スイス”には“リヨン”と同じく含まれなかった作品です。晩年の“コラール”S504bや“レスポンソリウムとアンティフォナ”(S30)と同じような、小さな讃美歌のようです。正確なタイトルは“ジュネーヴの教会の詩編歌”です。 この曲はルイ・ブールジョイス(1510−1561)作曲の旋律を使っています。また序文として詩編42より“牡鹿が小川を渇望するように・・・”という言葉が掲げられているとの事。 Psaume (2:58 HYPERION CDA66601/2) |
DISC INDEX | ≪DISC.1≫ ≪DISC.2≫ | |
収録曲 |
≪DISC.2≫ | |
≪DISC.2≫
旅人のアルバム 第2巻:アルプスの旋律の花 1.a アレグロ 2.b レント 3.c アレグロ・パストラーレ ・ 4.a アンダンテ・コン・センティメント 5.b.アンダンテ・モルト・エスプレッシーヴォ 6.c.アレグロ・モデラート ・ 7.a アレグレット 8.b アレグレット 9.c アンダンティーノ・コン・モルト・センティメント ・ 第3巻:パラフレーズ 10.フーバーの牛追い歌(ラン・デ・ヴァシュ)による即興曲(アルプス登山) 11.山人の歌による夜想曲(山の夕暮れ) 12.フーバーの山羊追い歌(ラン・ド・シェーヴル)によるロンド) ・ 13.道化者の羊飼 ジャック・ジャスミンのフランソネットの詩によるシャンソン 14.ベアルンのシャンソン |
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・ ・ S156/7a S156/7b S156/7c ・ S156/8a S156/8b S156/8c ・ S156/9a S156/9b S156/9c ・ ・ S156/10 S156/11 S156/12 ・ S236/1 S236/2 |
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感想 | 第2巻:アルプスの旋律の花 | |
Book II : Fleurs melodiques des Alpes | ||
1.a アレグロ S156/7a 1834年〜38年 | ||
メイジャー調の3拍子の明るい小品です。細かい装飾に魅力があります。 Allegro (1:45 HYPERION CDA66601/2) |
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2.b レント S156/7b 1834年〜38年 | ||
この曲はその後“2つのスイスの旋律によるロマンティックな幻想曲”の第2主題となり、もっと明確に“巡礼の年
第1年スイス”の第8曲“ノスタルジア”になります。 Lento (4:16 HYPERION CDA66601/2) |
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3.c アレグロ・パストラーレ S156/7c 1834年〜38年 | ||
この曲は、その後“巡礼の年 第1年 スイス”の第3曲“パストラール”になります。最終稿よりも複雑な展開をします。
Allegro Pastorale (2:48 HYPERION CDA66601/2) |
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4.a アンダンテ・コン・センティメント S156/8a 1834年〜38年 | ||
ここから第2グループとなります。第2グループはエキゾチックな民謡を素材としたもので構成されているようです。静かに音数の少ない旋律で前半は終始し、中間部でエキゾチックな主題に変わります。そしてまた緩やかでメロディックな主題へ移ります。
Allegro Pastorale (4:20 HYPERION CDA66601/2) |
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5.b.アンダンテ・モルト・エスプレッシーヴォ S156/8b 1834年〜38年 | ||
マイナー調の静かな曲で、エキゾチックな雰囲気を持ちます。トレモロの効果が強くドラマティックな展開をみせます。この曲はフェルディナンド・フーバーの主題によるものとのこと。 Andante molto espressivo (7:10 HYPERION CDA66601/2) |
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6.c.アレグロ・モデラート S156/8c 1834年〜38年 | ||
ハワードによるとポロネーズを含む民謡のメドレーとのこと。 Allegro Moderato (3:22 HYPERION CDA66601/2) |
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7.a アレグレット S156/9a 1834年〜38年 | ||
冒頭の旋律のリズムがショパンの“軍隊ポロネーズ”に少しだけ似ています。リズミカルで華麗さを持った明るい曲です。 Allegretto (3:55 HYPERION CDA66601/2) |
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8.b アレグレット S156/9b 1834年〜38年 | ||
この曲もフェルディナンド・フーバーの主題によるもの。静かに旋律を奏でながら高音の鐘の音を模倣したような装飾が入ります。アレグレットとなるのは曲の後半のようです。 Allegretto (3:10 HYPERION CDA66601/2) |
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9.c アンダンティーノ・コン・モルト・センティメント S156/9c 1834年〜38年 | ||
細かやかな表現が楽しめる、舞踏曲のような明るい曲です。 Andante con molto sentimento (4:03 HYPERION CDA66601/2) |
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第3巻:パラフレーズ |
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Book III : Paraphrases | ||
10.フーバーの牛追い歌(ラン・デ・ヴァシュ)による即興曲(アルプス登山) S156/10 1830年代の終わり頃 |
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第3巻の3曲はスイスの作曲家フェルディナンド・フーバー(1791-1863)とエルネスト・クノップ(1850年頃)の主題のパラフレーズになります。リストはこの3曲を1876年に“3つのスイス小品”として第2版に改訂します。 第1曲目はメイジャー調の華麗なパラフレーズです。 Ranz de vaches [de F.Huber]−Aufzug auf die Alp − Improvisata (10:41 HYPERION CDA66601/2) |
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11.山人の歌による夜想曲(山の夕暮れ) S156/11 1830年代の終わり頃 |
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この曲はクノップの主題によります。ドラマティックな構成を持つ曲で、夕暮れ時を思わせるゆったりとした旋律で始まります。その主題のまま中間部で盛り上がる箇所で、継続して鳴らされる高音のGの音が印象的です。後半では、ハワードが“嵐”と呼ぶとおり、夜想曲は一変して激しい曲調になります。そしてまた静かな美しい響きを伴って曲は終わります。 Un soir dans les Montagnes[de Knop] − Nocturne Pastorale (11:02 HYPERION CDA66601/2) |
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12.フーバーの山羊追い歌(ラン・ド・シェーヴル)によるロンド) S156/12 1830年代の終わり頃 |
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3曲目もフーバーの主題によります。速い曲調の華麗なパラフレーズです。 Ranz de chevres[de Huber]− Allegro finale (6:27 HYPERION CDA66601/2) |
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13.道化者の羊飼 ジャック・ジャスミンのフランソネットの詩によるシャンソン S236/1 1844年 |
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ハワードの解説によると、この曲がなんの主題を使用しているか長いことはっきりと分からず、セルジュ・ガットとミッシェル・ショートによる研究で、明らかになったとのこと。この曲は詩人ジャック・ジャスミン(1798-1864)が1840年に発表した『フランソネット』という詩集に収められた作品で、ジャスミン自身が旋律を与えているものによる、とのこと。1844年9月にリストはジャック・ジャスミンと会い、リストはジャスミンのロマンティシズムにインスパイアされたとのこと。ジャスミンはその後出版された詩集をリストに献呈したとのこと。 ネット上の知識ですが、ジャック・ジャスミンは本名はジャック・ボー。『フランソネット』は魔女を題材にした詩集のようで、エマヌエル・ル・ロワ・ラデュリーという歴史学者が『ジャスミンの魔女』という題名で書籍を発表しています。 『フランソネット』はそのような内容ですが、リストは続く“ベアルンのシャンソン”とともに、ポーで再会するリストの初恋の相手カロリーヌ・ダルティゴー(旧サン=クリック)に献呈します。ゆるやかでマイナー調の侘しげな旋律が魅力の美しい曲です。 Faribolo Pastour − Chanson tiree du poeme de Franconetto de Jasmin (4:33 HYPERION CDA66601/2) |
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14.ベアルンのシャンソン S236/2 1844年 | ||
この曲は、ベアルンの民謡“山上の高みにて”を使用しています。後半で盛り上がる箇所がありますが、全体はとても静かで穏やかな曲です。 Chanson du Bearn (5:04 HYPERION CDA66601/2) |
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HOWARD CD INDEX | ・ |
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