落語台本「一日屋」

作・渋市幸雄

誰でもそうですが、子供の頃には「大きくなったら、何になりたい。」と親から聞かれたものです。そこで「僕は陸軍大臣」「僕は兵隊さん」と大きな声で答えた方は・・・もう四十以上の方でして。

二十代の方が子供の頃は「ジェットパイロット」とか「野球選手」「科学者」などが憧れのベストテンになったようです。所が、現代の子供は、そう単純にはいきませんで、「僕はね、大きくなったらね、会社の課長になってね、3DKの団地に住んでね、休みにはね、家中でね、デパートに買い物にね、ゆくのがね、夢でねー」と、ねーねー答えた子もいたそうです。

かくいう私も、落語家になる前には、映画スターになる予定でした。・・・いや、本当の話・・・器量のいい所、頭の良い点を認められて、大恋愛映画の主役に抜擢されたこともあります。
所が、不運というか、ガックリというか、撮影の前日に盲腸になって、主役は降ろされて駄目。「もうちょっと」というのは、これから始まったんですが。そこで私より大部落ちるが、間に合わせの代役として出たのが、今の加山雄三でして・・・本当の話・・・時々、銭湯の中で考えます。代役の加山雄三があんなスターになるなら、本物の私が出てたら今頃ものすごい人気だろうなーって。

とにかく、子供の頃、憧れた職業や商売が大人になって実現しているかというと、稀だそうです。ですから、あんな商売をやってみたい、こんな職業に一日でもいいからなってみたい、と思っている人も、かなりいるようです。
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A:すると、何ですか。一日だけ好きな商売になれるんですか。
B:その通り、日頃のイライラや疲れなど、ふっとんじゃうよ、君。
A:しかし、そんなこと出来ますか。
B:勿論。
  現にだね、一日里親、一日駅長、一日内閣、立派に行われているじゃないかね。
A:しかし、あれとこれとは。
B:あれこれいわず、先ずやることだよ。
  あんただって、何かムシャクシャするから、この一日屋に来たんだろう。
A:え、ええ、実はゆうべルリ子と大喧嘩しました。
B:ほーう、浅岡ルリ子と。
A:浅岡ルリ子は関係ないですよ。家内です。ほら、知ってるでしょ、ここにホクロのある。
B:知るもんか。
A:そうかなー、僕はよく知ってるけど。
B:当たり前じゃないか。
A:あんまりイライラするんで、会社をぬけてきました。
B:よくあるケースだな。で、夫婦喧嘩の原因は。
A:それが、実に馬鹿馬鹿しいんで、ウフフ。
B:どんな。
A:どんなって、本当にくだらない。ヘヘ。
B:だから、どんな。
A:いや、もう話にならない、ヘヘ・・・ハハハ。
B:こら、一人で笑う奴があるか。訳を話せ、訳を。
A:ゆうべ、会社から帰ってドアを開けると・・・。
  断っておきますが家のドアは、開けると開くようになってます。
B:当たり前だよ。
A:ルリ子が頭いっぱいにカーラーとかクリップをつけて出て来ました。
B:なんだ、そんなことか。
A:そんなことって、僕は火星人のくずれたのが現れたかと思って、ゾーッとしました。
B:それが原因なのか。
A:そればかりじゃありません。
  ルリ子の口から真黄色なベロが、ダラーンと垂れてるじゃないですか。
B:えっ、ベロって舌のことか。
A:そうですよ。僕はまたまたゾーッときて、「おい、ルリ子、しっかりしろ」
  「 ヨロメキドラマの見すぎか。」というと意外また意外。
B:どうした。
A:そのベロをボリボリ食べちゃうじゃないですか。
B:自分のベロを食べたのか。
A:僕も慌てて、「こら、ベロは食べるもんじゃない、しゃべるもんだ」。
B:しゃれてる時か。
A:止めようとすると、ルリ子の奴、ヘヘヘ・・・と笑うんですよ。
B:頭がおかしくなったな。
A:そこで、よくよく見たら、意外や意外、タクアンじゃないですか。
B:なんだって。
A:ルリ子の奴、タクアンをくわえて出て来たんですよ。
B:いいかげんにしろ、何が黄色いベロだよ。
A:だから言ったでしょ、馬鹿馬鹿しいって。
B:馬鹿馬鹿しすぎるよ。
A:ほんとに、あいつはオッチョコチョイ。
B:あんたの方がよっぽどオッチョコチョイだ。
A:そんな訳で、今朝は口もきかず・・・。
B:わかったよ。それでは、そこにメニューがあるから、お好みを注文しとくれ。
A:食堂じゃあるまいし、メニューとはいわないでしょ。
B:メニューでいいの。その紙を見てごらん。
A:随分、小さな字ですね。
B:小さくて見にくい時はどうする。
A:どうするって、目をメニューっと近づけます。
B:目を「ニュー」だろ。だからメニューだ。
A:くだらないな。エート、一日スチュアーデス、一日助産婦、一日ホステス。
   ・・・僕がホステスになれますか。
B:その顔じゃ無理だ。
A:顔は余計ですよ。第一、女の仕事ばかりじゃないですか。
B:あー、これは女性用だった、こっちだ、こっち。
A:これですか。えー、一日カメラマン、一日坊主・・・三日坊主は聞いてますがね。
  一日風呂屋。ふ、風呂屋というと、番台に座って中を見てる、あれですか。
B:上をみてどうする。
A:こ、こ、こ、こー。
B:にわとりだね。
A:これにします。
B:残念だが、これは予約で一杯だ。
A:いえー、空くまで待ちます。
B:待てるかなー。
A:絶対、待ちます。
B:六十年先きだよ。
A:還暦じゃあるまいし、そんなに待てますか。・・・一日社長、この社長はどんな。
B:そりゃ、あんたが社長。
  私がとりまきの社員になって、バーやキャバレーでどんちゃん騒ぎだ。
A:僕が、社長になるとはねー。
B:私が「社長、大社長」とおだて上げるから、あんたもその気でチップをばらまく。
A:面白い。
B:後は、飲めや唄えの大騒ぎ。
  (唄と踊り)
  ♪はあー 踊り踊るなら ちょいと東京音頭 よいよい、と。
A:何が「よいよい」です。貴方まで踊ることはないでしょう。
  第一、唄が古すぎる。
B:古けりゃ、今の流行に取りかえてっと。
  ♪お酒飲むな 酒飲むなの ご意見なれどー よいよい、と。
A:流行でも何でもないですよ。わかった、わかりました。
  それで、勘定の方はどうします。
B:勿論、あんたの払いだよ。どうだ、行くかね。大社長ー。
A:何が大社長です。それじゃ、ただ飲んで騒ぐだけの社長ですか。
B:だから会社の名前が、日本ベロベロ製作所。
A:いいかげんな会社。この一日ボクサーなんて男らしいな。
B:それは男らしいよ。・・・さっき前歯を三本折ったよ。
A:物騒だな。他に気楽なのないですか。
B:気楽なら、一日サラリーマンはどう。
A:とんでもない。サラリーマンが嫌だから来たんですよ。
  もっと、陽気で、女にもてる・・・。
B: もてる?その顔で?
A:顔は余計ですよ。
B:一日赤帽なんかどう。
A:もてますか。
B:荷物が持てる。
A:冗談じゃないですよ。
B:あった、あった。声をかけると、婦人が追いかけてくる。
A:そ、それにします。何ですか。
B:焼きいも屋。
A:はっー、何です、
B:だから、焼きいも屋。街角で、「イシヤキー、イモ」と、どなってみな。女がゾロゾロ・・・。
A:ムカデの遠足じゃないですよ。それは僕がもてるんじゃなく、ヤキイモがもてるで・・・。
B:いいじゃないか、自分が焼きいもになった積もりなら。
A:そんな、こじつけ。
B:やるのか、やらないのか。今日はこれしか残ってないんだよ。どうする。君ー。
A:なら、やります、やりますよ。
B:なら、もたもたしないで、その服を着て、そっちの帽子を被って。
A:僕が、こんなきたない服を。
B:あのな、この商売は、ホワイトカラーじゃないんだぞ。
A:すると、何カラー。
B:強いて言えば、イエローカラーだ。
A:汚いなあ。
B:仕度が出来たら、この車を引っぱって。
A:こんな汚い車。
B:いちいちうるさいな。これだって、ガソリンのいらない国産車だ。
A:当たり前で。
B:名付けて、スイートポテトデラックス・プーペ。
A:いい加減な車。
B:それじゃ引いてみな。
A:こうですか。
B:もっと、腰を落として・・・。そうそう良く似合う。次は売り声だ。
A:やってみます。イシ、イシ、イシヤキイモ、イシヤキイモをお忘れなく。
B:それじゃ、選挙だよ。もっとホカホカした気分で。
A:(唄って)♪イシイシヤキイモ おいしいなー
B:コマーシャルだよ。もっと、大衆の心に訴えて、哀調こめて、切々と。
A:むずかしいですね。
B:いいか、先生が見本を示すから、よく聞いてろよ。イーシーヤーキー、イモー。
A:なーる程。さすがは先生、もう一度。
B:イーシーヤーキー、イモー。
A:シビレルー、アンコール。
B:イーシー・・・、あんたがやるんだろ。
A:そうでした。じゃ、行ってきます。
B:楽しんでこいよー。
A:(引きながら)わかってますよー。
  ・・・なる程、こうやって誰も知らない所で一人でいるのもいいものだなー。
   イーシーヤーキー、イモー。
C:おいも屋さん、おいも屋さん。
A:(売り声調)オイモーヤー、サーン。
C:何言ってるの、百円、頂戴。
A:百円、おいもですか、それともダイヤモンド。
C:そんなもの、ある訳がないでしょ。
A:あ−、奥さん、まだ焼けてませんでした。
  ええ、焼けましたら怒鳴りますから、どうも・・・。
  ああ、深い青空だなー。今頃ルリ子は何してるかな。しかし、ルリ子も変わったよな。
  結婚前はもっときちんとした身なりで、なかなかの美人だったよー。
  そうだ、あれは、彼女が入社して間もなくだ。
  僕の机に来て、「あたし、入りたてで、何もわからないんですけど、教えて下さる」
  僕は、こんな顔しながら答えたね。「僕でわかることなら」
  「まあ、良かった。あのー、来年の桃の節句はいつでしょうか」
  僕は早速、大百科事典を引いたよ。
  「あー、わかりました。来年の桃の節句は、大体三月三日の予定ですよ」
  彼女はつぶらな瞳でジーッと見つめて「貴方って、本当に頼もしいわー」
  ウッフフフ、あれがきっけで二人は、イーシーヤーキー、イモー。
C:おいも屋さん、おいも屋さん。
A:あー奥さん、未だいたの。
C:いたのじゃないわよ。聞いたわよー、奥さんとのラブロマンス。
A:いやー、照れるなー。
C:こっちの方が照れるわよ。まだ焼けないの。
A:もう少しです。焼けたら怒鳴りますから。
   ・・・ま、考えて見れば、ルリ子も可哀想だよ。一人っきりで留守番だろ。
  たまには街に出て遊べばいいんだよ。・・・あれ、あれ。
  あそこを中年男と寄り添って歩いているのはルリ子じゃないかな。
  (車を引っぱって後を追う、次第に早く)
  まさか、こんな所を。しかし、あのホクロ、やっぱりルリ子だよ。
  ああ、あんなに嬉しそうな顔で・・・くさい、これはヨロメキドラマだぞ。
  よーし、こうなったら後をつけてやれ。・・・ヨイショ、ヨイショ。
   こんな坂を上がらなくてもいいだろうになー、ヨイショ・・・こら、ルリ子、待てルリ子。
D:ルリ子って、誰。
A:しらばっくれるなよ、僕だよ、僕。
D:あーら、貴方、久しぶり。
A:何が久しぶりだ。どうしてこんなところにいるんだ。
D:貴方こそ、何よその格好は。
A:僕は一日焼きいも屋。・・・そんな事は後回し。くさい、どうしてもくさいぞ。
D:やだわー、おいもの食べ過ぎじゃないの。
A:そのくさいじゃない。その男は誰だ。どうしてここにいるんだ、白状しろ。
D:何言ってるの、私のお父さんじゃない。
A:お父・・・ああ、よくよく見ればお父さん・・・お元気ですか。
D:相変わらずオッチョコチョイね。ここはお父さんのしょ。
A:なーる程ねー。しかし、どう見ても恋人同士に見えたんだ。
D:貴方ー。
A:なんだい。
D:私のこと、そんなに焼けた。
A:焼けた。・・・ああ、イーシーヤーキー、イモー。

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