スキップ・スキップ

子どもと歩いていると突然スキップしはじめることがある。周りに人通りがあまり無ければ、僕も歩調を合わせてスキップしてみるのだが、スキップというのは効率の悪い移動方法である。歩くよりエネルギーを使うわりに、走るより遅い。子どもはなぜわざわざスキップをするのだろうか。

やってみると分かるが、走るよりもスキップの方がずっと滞空時間が長い。つまり、スキップというのは細切れに空中を飛ぶことなのである。飛び上がってから地面に着くまでは0.7秒くらいだと思うが、その間は自由落下しているわけだから、地球を回るスペースシャトルに乗っているのと同じである。地面を蹴っている時間が短く、宙に浮いている時間が長いので、自由に空を飛んでいる感じがちょっとだけしなくもない。

歩いたり走ったりするときの手足は休むことなく往復運動を続けているが、スキップの時は動作が少ない。地面を蹴ったら、その時の姿勢のまましばらく飛んで、また着地して地面を蹴る。歩いたり走ったりするのに比べて手足を前後に開く角度が小さいうえに、宙に浮いている時間が長いから、ほとんど動作をしていないようなものである。地面を蹴る瞬間に仕事が集中していて、あとは身体を動かさずに空を飛んでいるのだ。休むことなく手足の運動を続ける歩行や走行のリズムは単調だが、スキップには緩急のリズムがある。

歩いたり走ったりするとき、身体の重心はまっすぐ進行方向に移動する。スキップする時は重心が上下に動くので、その分だけ遠回りしていることになる。つまり、宙に浮くのは無駄なのだが、その無駄が存在することによって緩急のリズムが生まれるわけである。そのリズムが意味もなく楽しいのだ。大人は意味に囚われているので、こういう楽しいことをせずに、何か考えたりしながら地に足をつけて歩くのだ。スキップしながら考え事なんかできない。