光って見える

北京オリンピックのソフトボールで活躍した上野由岐子投手が、打者を打ち取れる球筋が光って見えたと言っていた。昔の阪神のエース江夏豊投手が外角低めの球筋が光って見えると言っていたのと全く同じである。そういえばスピードスケートの清水広保選手も最高の状態ではコーナリングのラインが光って見えると言ったし、若乃花(お兄ちゃん)も相手のまわしの一部が光って見えてそこを掴んで投げれば勝てたという。

当然のことながら、上野投手の見た球筋は他の人には見えない。相手打者にも見えたら打たれてしまう。その光は外から眼に入ってくるのではなく、自分の中で生まれた情報が仮想的視覚のスクリーンに送られて光って見えるのだと考えられる。

スポーツ選手はイメージトレーニングということをする。イメージトレーニングというのは、世界と自分の動きを頭の中で仮想的に映像化してシミュレートすることである。そのシミュレーションを正しく行うことができれば良い結果を生み出す方法を見つけることもできる。実際の競技中にリアルタイムでイメージトレーニングと同じことができれば、そのシミュレーション結果が光って見えるのではないだろうか。

イメージトレーニングには小脳が関わっている。しだがって光る情報を生み出すのは小脳だと思われる。では小脳論的にはそこから何を得ることができるのか。最適な選択肢が光って見えたりするのは、超一流アスリートが最も集中した状態という特殊な状況だけに起きることのようだ。しかし我々の日常にも通じる部分はあるのではないか。

本やCDや服なんかを買いに行くと、棚に並んだ商品の中から1つだけが「呼んでいる」と感じることがある。光って見えるというほどではないが、何となくクッキリと見えてなぜか惹きつけられる。それを選んで失敗だったことはない。超一流運動選手の話とはレベルがだいぶ違うが、根本的には同じ現象ではないかと思う。ものごとを良く見れば、自分の無意識が何かを教えてくれているのに気付くときがあるのだ。