PL法とビジネス(経営)法務戦略


小川を渡るセダンとオフロード車(カカドゥ国立公園・オーストラリア)
・・・これらが通常有すべき安全性とは?
By M.Hayami(^-^).

PL法とビジネス(経営)法務戦略

 

・・・メガコンペティション時代の規制緩和に対する、企業とりわけベンチャービジネスの経営戦略を視野に入れて


        

弁護士(M.B.A.) 速水 幹由

 


[ おことわり]


 本稿は、
「NBL」(商事法務研究会)五九一号(96年4月15日号)〜五九七号(96年7月15日号)に五回にわたって連載した「PL法適用業種・非適用業種の責任と法務戦略」のうち、PL法と民法不法行為法の俯瞰的比較および経営法務戦略論の部分を中心とする要約・抜粋に若干の補訂を加えたものであり、詳しく(殊に開発危険の抗弁の法的性質に関する私論等)は上記「NBL」論稿をお読み下さい(とはいえ、本稿もかなりの長文なので、できればダウンロードしてからお読みいただくことをお勧めします)。なお、本稿の著作権につき、表紙または本稿末尾の「注意」をご参照下さい。


[ 要  旨 ]


 本稿は、広義の不法行為法体系における民法不法行為法とPL法の要件・効果の俯瞰的な比較、並びに弁護士の身でアメリカのビジネススクール(経営大学院)留学中M.B.A.(経営学修士)取得の過程で得た視点をいかにビジネス(経営)法務戦略に取り込むかをテーマとして、執筆したものである。

 PL法は、原則的に、判例により民法不法行為法の解釈として推進されてきた「過失」の客観化・抽象化・高度化を踏まえ、いわば立法によってその徹底を図ったものであり、基本的には民法不法行為法と共通の構造を有するものと捉える。その影響は、PL法適用業種のみならず、PL法非適用業種にも、民法不法行為法解釈厳格責任化(責任拡張)の方向で及ぶと予測する。

 PL問題への対応戦略として、製造者(PL法適用業種・非適用業種を含む)は、日常業務的対応、訴訟関連上の対応のほか、安全性をコンセプトとして差別化を図るマーケティング的対応、および経営戦略的対応が肝要である。

 そして、最後に、わが国経済構造の質的転換や冷戦終焉に伴う大競争(メガコンペティション)時代の到来の結果、規制緩和が不可避だとすれば、企業とりわけ ベンチャー・ビジネスの経営戦略構築に当たって、法的ないし法経済的視点を導入するビジネス(経営)法務戦略の重要性が増大し、それに伴い(顧問)弁護士活用のありようも変質していかざるをえないことを指摘する。

 なお、「三 両責任の要件・効果の比較」の部分はやや法学専門的であり、ビジネス関係の方はとりあえずこの部分をとばしてお読みいただいた方が理解が早いかもしれません。
 また、主としてビジネス(経営)法務戦略
「私の“ビジネス法務戦略”論」参照 )に関心のある方は、「五 対応戦略」からお読みいただいても結構です。

 拙稿につきご批判、ご感想等を右までEメール頂ければ幸いです: hayami@m.email.ne.jp

「プロフィール」


[ 目 次 ]


一 はじめに 二 両法の適用範囲  1 対象  2 時期  3 両法の適用関係 三 両責任の要件・効果の比較  1 責任要件の内容  (一)PL立法の理解に関する若干の混乱  (二)民法不法行為法の「過失」要件  (三)PL法の「欠陥」要件  2 損害賠償の範囲 四 PL立法による影響  1 PL法適用業種への実際的影響  2 PL法非適用業種への影響 五 対応戦略  1 ユーザー側の対応戦略  2 製造者側の対応戦略  (一)日常業務的対応  (二)訴訟関連上の対応  (三)マーケティング的対応  (四)経営戦略的対応


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一 はじめに
 製造物責任法(以下、PL法という)は、周知のように、その責任要件を民法不法行為法の「過失」から「欠陥」に変更し、無過失責任化・厳格責任化することによって、被害者の立証負担を軽減し、損害賠償の請求を容易にするという意図の下に、民法不法行為法の特別法として制定されたものである
[註1-1]
 しかし、不動産、ソフトウェア、サービス等にはPL法は適用されないため、これらの業種(正確には、
個別の商品がPL法二条にいう「製造物」にあたるか否かが基準なので、業種を基準とすることは必ずしも適切でないが、以下では便宜上、PL法の適用されるケースを想定してPL法適用業種、PL法の適用がないケースを想定してPL法非適用業種とよぶ)には、加害者と被害者の間に法律上直接の契約関係がない場合、依然として民法不法行為法によって処理されることになる。
 これについて、PL法適用業種にとっては「PL立法の前と、どう変わったのか」という点、PL法非適用業種にとっては「PL立法の影響をうけるのか、うけるとすれば、どのような影響か」という点、そして被害者の立場に立ちうるユーザー(消費者だけでなく、企業も被害者になりうるし、その事業上の損害にもPL法が適用される
[註1-2]にとっては右の両面について、最大の関心があるものと思われる[註1-3]
 以下においては、先ず、広義の不法行為法の中での両法の関係という観点から、俯瞰的に民法不法行為法とPL法の要件、効果を比較し、次いで、実務的・法経済的視点も踏まえて、PL立法によりPL法適用業種および非適用業種がどのような影響を受けるのかという問題を検討し、最後に、それに対してユーザー(企業を含む)および広義の製造者(PL法適用・非適用業種)がとるべき対応戦略について私なりに考えてみることとしたい(いかなる製品ないし業種にPL法が適用されるのか等について、個別的・具体的に検討することは、本稿の目的ではない)。なお、右の検討に当たっては、できるだけ判例・通説の立場に依拠するが、PL法及び民法不法行為法解釈・運用の方向付け等、解釈が固まっていない領域では、私なりの試論も提起することとしたい。
 また、対応論の部分では、その性質上、法解釈論とともに法経済や企業戦略(経営学)的視点にもある程度力点をおいた論述になることを、予めご了承いただきたい。ちなみに、法経済的視点は、法解釈論や立法論に反映されうる
[註1-4]だけでなく、法的ないし経済的視点を踏まえた合理的な経営戦略(私は、これをビジネス(経営)法務戦略と呼ぶ)の構築の有用性、必要性が、規制緩和の進展とともに高まってくるものと予想される。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註1-1]/a*[註1-1]沿革的には、製造物責任は契約責任であるとか、不法行為責任と契約責任の双方の性質を有するとの考え方もあるが、PL法は不法行為責任であることを前提として製造物責任を設けている(升田純NBL五四九号一三頁〈一九九四年〉)。
⇒本文に戻る
. *[註1-2]しかも、今後、企業間の製造物責任訴訟がある程度増加することが予想される(北川俊光「企業法務における製造物責任法」自由と正義四六巻二号四四頁〈一九九五年〉)。
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*[註1-3]実は、これらの点は、かなり徹底して客観化・抽象化した過失論の立場から、不法行為法解釈の論文「実務的視点による不法行為論試論」判タ七九一号二五頁以下〈一九九二年〉を纏めた直後に出国し、PL法立法当時、アメリカでMBA留学していて、日本からの新聞報道だけ
を頼りに、「客観化・抽象化された過失責任と大差のないPL法が民法の特別法として立法されるということは、一般法としての民法不法行為法は主観的・具体的な過失責任であることが前提されることになり、拙論の立場は存立基盤が変質してしまうのではないか」という疑問を抱いた筆者自身の大きな関心事でもあった。さらには、ビジネススクール卒業後、ロウスクールでのロイヤーのための集中講義で受講した法経済〈Law and Economics〉学的立場に基づくPL法の講義にも刺激されて、益々その関心を深めることとなった。⇒本文に戻る
*[註1-4]小林秀之・神田秀樹「『法と経済学』入門」弘文堂一九五頁〈一九八六年〉参照。
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二 両法の適用範囲
1 対象
 民法不法行為法は、故意または過失により、他人の権利を侵害したときに適用される(民法七〇九条)。但し、他人の「権利」とは、厳格な意味の権利に限定されず、法律上の保護に値する利益の意味に、緩やかに解されている
[註21-1]
 これに対し、PL法は、同法二条三項規定の「製造業者等」が、三条規定の「製造、加工、輸入、氏名等の表示」をして引き渡した二条一項規定の「製造物」に存在した欠陥により、他人の生命、身体または財産を侵害したとき(但し、当該製造物について損害が生じただけで、拡大損害が生じなかったときを除く)に適用される(同法三条)。
 「製造物」とは、製造または加工された動産に限られる(二条一項)から、不動産、サービス、ソフトウェア、無形エネルギー等は、PL法の対象にならない(但し、窓ガラス、ドア、エレベーター等のように、動産が引き渡された後で不動産に取り付けられて不動産の一部になった場合は、対象になる
[註21-2]し、また、欠陥あるソフトウェアが機械に組み込まれて製造販売された場合には、当該機械自体の欠陥としてPL法が適用になると解されている[註21-3])。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註21-1]判例・通説。加藤一郎「不法行為・増補版」有斐閣・法律学全集一〇六頁〈一九七四年〉、四宮和夫「現代法律学全集・不法行為」青林書院二九七頁〈一九八三
年〉、平井宜雄「債権各論・不法行為」弘文堂〈一九九二年〉二〇頁以下等。⇒本文に戻る
*[註21-2]通商産業省産業政策局消費経済課編「製造物責任法の解説」通商産業調査会六八頁〈一九九四年〉、経済企画庁国民生活局消費者行政第一課編「逐条解説・製造物責任法」商事法務研究会六〇頁〈一九九四年〉。
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*[註21-3]前掲通産省解説六七頁、前掲経企庁解説五九頁、小林秀之「新法学ライブラリー・製造物責任法」新世社三二頁・三五頁頁〈一九九五年〉。
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2 時期
 民法不法行為法の損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害および加害者を知った時から三年間の短期消滅時効により、また不法行為の時から二〇年の除斥期間
[註22-1]経過により消滅する(民法七二四条)。
 他方、PL法の損害賠償請求権は、被害者またはその法定代理人が損害および賠償義務者を知った時から三年間の短期消滅時効により、また製造業者等が当該製造物を引き渡した時(但し、蓄積損害および遅発損害については、その損害が生じた時)から一〇年の除斥期間
[註22-2]経過により消滅する(PL法五条)。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註22-1]最判平成一年一二月二一日民集四三巻一二号二二〇九頁。
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*[註22-2]前掲通産省解説一六五頁、前掲経企庁解説一二一頁。
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3 両法の適用関係
 右のとおり、PL法は、民法不法行為法に比べて、適用対象も狭く、損害賠償請求権の存続期間も短い。PL法は、広義の不法行為法に属しつつも、民法の不法行為責任制度に加えて新たに製造物責任制度を導入するものであり、民法不法行為法の特則をなすものであって、PL法の適用がない場合、および、PL法の適用がある場合で同法に定めがない部分には、民法が適用される(PL法六条)。
 したがって、PL法の適用対象外(PL法非適用業種)の場合や、PL法上の損害賠償請求権消滅後で民法不法行為法上の損害賠償請求権消滅前の場合にも、民法不法行為法による救済が可能である。そのうえ、民法上の責任は、PL法上の責任によって排除・制限されることなく併存し、被害者が製造業者等(PL法適用業種)に賠償請求する場合に、PL法によらないで民法不法行為責任を追求することも、あるいはPL法と民法の両方に基づいて責任を追求すること(請求権の競合)も可能である
[註23-1]。そして、PL法上の製造物責任にも、民法不法行為に関して蓄積されてきた判例理論や解釈論が、適用ないし活用されることとなる。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註23-1]PL法六条には、「本法に基づく請求について特に本法で定めがない部分に関しては民法の規定が補充的に適用されること」と、「本法に基づく請求とは別に、民法に基づく請求が可能であること」という二つの意味があると解される(小林・前掲新法学ライブラリー五七頁)。
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三 両責任の要件・効果の比較
1 責任要件の内容
(一)PL立法の理解に関する若干の混乱
  PL立法に関する一般的な解説や自治体等の啓蒙文書をみると、被害者にとって証明が非常に困難だった民法不法行為法の下での「製造業者等の過失」から立証の容易な「製品の欠陥」に要件を変更することによって、消費者に有利になった(逆にいうと、製造業者等に不利になった)と強調されることが多い。
 そして、一部の製造業者等においては、やや過剰とも思えるような反応や混乱がみうけられたようである(あるいは自社がPL法の適用対象でないことを確認して、胸をなでおろした企業も多かったかもしれない)。
 これらの中には、民法不法行為法やPL法の責任要件について誤解が生じていた場合も少なからずあったのではないかと推測される(実際には、次に検討するように、過失の立証はいわれるほど困難ではないし、逆に欠陥の立証がそれほど容易なわけでもない
<name="3111"[註311-1])。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註311-1]現に、損保業界では、新法で実際に企業責任がそれほど重くなるとは考えておらず、国内向け生産物賠償保険(PL保険)の保険料を引き上げる動きにはなっていない(日経新聞一九九五年六月二九日付朝刊一三頁「検証PL法の衝撃・下」)。
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(二)民法不法行為法の「過失」要件
 元来、学説は、「過失とは、その結果の発生することを知るべきでありながら、不注意のためそれを知りえないで、ある行為をするという心理状態である」
[註312-1]等と定義し、過失を行為者の主観的な心理状態と捉える傾向にあった(予見可能性説)。しかし、経済の進展、技術の発達によって権利侵害の危険性を内包する活動が増大するにつれ、権利侵害の防止のためには意思の緊張よりも結果回避に適する一定の行為(作為・不作為)をすることこそが必要であること、および、訴訟において加害者が意思の緊張を欠如していたことを被害者に立証させることは不可能を強いるに等しいこと等が、認識されるにいたり、過失を権利侵害の防止に適する一定の行動規準からの逸脱として捉えるようになってきた[註312-2]
 要するに、過失は予見可能性を前提とした結果回避義務違反であるとする考え方が、現在の通説および実務の一般的な扱いであり
[註312-3]、過失を注意義務違反と捉える考え方は、理論的にも実務的にも一般的に定着したとみられている[註312-4]
 また、企業がその事業活動において他人に損害を生じさせた場合、本来的には、従業員・代表者等、個々の行為者による過失行為を具体的に特定したうえで、企業に使用者責任(民法七一五条)や法人の不法行為責任(民法四四条、商法七八条二項・一四七条・二六一条三項、有限会社法三二条)を問うことになるはずであるが、組織の中で多数の者が複雑に関与する企業活動について、このような特定、立証を要求することには、実際上無理がある。そこで、従業員等の不法行為を媒介とすることなく、企業・法人の活動を全体として一つの行為とみることによって、企業・法人自体の過失責任を認めるべきだ(具体的な個々人の過失ではなく、組織全体の過失を立証すればよい)とする学説
[註312-5]が台頭し、このような立場にたつ裁判例も現れるようになっている(但し、この点は、未だ実務上定着したとはいいがたい[註312-6])。
 さらには、食品・医薬品事故の分野を中心に、注意義務の前提として極めて高度の調査義務を課す等、注意義務を高度化したり
[註312-7]、あるいは事実上、過失の推定や過失の一応の推定をする[註312-8](但し、この点も、裁判実務の上で一般的に定着したとはいえない)ことによって、実際には、無過失責任に接近し、製造物に欠陥が認められれば概ね賠償責任が肯定される方向で裁判実務が進展してきたといわれている[註312-9]
 このように、民法不法行為の責任要件である過失についても、客観化・抽象化・高度化が進められた結果、現在では、PL法によらなくても、原告の立証負担は相当に軽減されているといえるのである
[註312-10]
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註312-1]加藤・前掲「不法行為・増補版」六四頁〈一九七四年〉
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*[註312-2]四宮・前掲三〇三頁以下参照。
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*[註312-3]判時一四九三号<一九九四年>テレビ発火事件のコメント三二頁参照。
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*[註312-4]升田・前掲五五〇号一二頁。
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*[註312-5]四宮・前掲二九五頁等。
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*[註312-6]升田・前掲五五〇号一三頁。
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*[註312-7]後述三3(三)註参照。但し、製品ごとに高度化の程度が異なり、実務上法的な安定性があるとはいいがたい状況にある(升田・前掲五五〇号一三頁)。
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*[註312-8]後述三1(3)註参照。
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*[註312-9]小林秀之「製造物責任法・立法化と対策」(改訂版)中央経済社八頁〈一九九二年〉、前掲通産省解説三頁、各参照。
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*[註312-10]その反面、私は、このように過失要件が客観化・抽象化された以上、過失不法行為責任の副次的目的(主たる目的は、損害の公平な填補)も、行為者に対する主観的な「非難」というよりは、むしろ再発防止のための客観的な「批判」と捉えるべきではないかと考える(前掲拙稿三五頁)。
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(三)PL法の「欠陥」要件
(三)PL法の「欠陥」要件
  PL法の最大の特色は、冒頭でも述べたとおり、責任要件を、民法不法行為法の下での行為者の「過失」から、物の性状である製造物の「欠陥」に変更し、無過失責任化した点にあるといわれる。確かにそのとおりではあるが、これをあまり強調しすぎると、二つの点で問題があると思われる。
 第一に、無過失責任といっても、損害、因果関係のほかに、製造物の「欠陥」を要件とする厳格責任であって、製造物と損害との間に因果関係さえあれば責任を負わせる絶対責任ではない
[註313-1]のみならず、製造上の欠陥を除く「欠陥」は、製造物の性状に関する客観的な事実状態そのものではなく、それに対する法的な価値評価である[註313-2]という点である。
 講学上、製造物の欠陥は、製造上の欠陥、設計上の欠陥、および表示(指示・警告)上の欠陥に分類される
[註313-3]。そのうち、製造上の欠陥については、標準逸脱基準(設計書・仕様書による標準からの逸脱の有無で欠陥の有無を判断する)によるべきことが、一般に承認されている[註313-4]が、後二者については、消費者期待基準(通常の消費者が期待する安全性を有するか否かで、欠陥を判断する)、あるいは、危険効用基準(製品のもつ効用が危険を上回るか否かで、欠陥の有無を判断する)によるべきことが提唱されている[註313-5]
 すなわち、製造上の欠陥における「欠陥」は、設計書・仕様書によって製造者自身が設定した基準を満たしていないことであり、単なる事実的評価であって、過失とは異質のものといえる。これに対し、設計上の欠陥および表示上の欠陥における「欠陥」は、「通常有すべき安全性を欠いている」かどうかについての法的判断の結果であり、過失と同様、規範的法律要件要素なのである。結局、後二者においては、欠陥の有無も、製造物の特性、通常予見される使用形態、引き渡し時期等、諸般の事情を総合的に考慮して、社会通念上合理的に期待される安全性を欠いていたか否かを判断する(PL法二条二項)ほかなく、実質的には、客観化・抽象化された過失の判断と大差がないとみうるのである
[註313-6]
 「第二に、PL法(三条)は、製造業者等が「引き渡した」製造物の「欠陥」を要件としており、単に製造物の性状にだけ着目しているのではないという点である。これは、製造業者等が欠陥ある製造物を流通におくことを要件とするのと実質的にかわりがないから、PL法の責任要件は、「製造業者等が欠陥ある製造物を流通におくこと」を過失行為とする客観化・抽象化された注意義務違反と実質的に同じだとみうるのであって、実は民法不法行為と実質的に共通する構造を有するものである点を看過すべきではないと考える
[註313-7]
 そこで、設計上の欠陥および表示上の欠陥においては、客観的・抽象的意味での予見可能性がなかった損害に対しては防護措置を講じておく必要はなく、これがなくても「通常有すべき安全性」に欠けるとはいえないので、欠陥を認定できないと解すべきである
[註313-8]
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註313-1]瀬川信久「欠陥、開発危険の抗弁と製造物責任の特質」ジュリスト一〇五一号一九頁〈一九九四年〉参照。
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*[註313-2]鎌田薫・「欠陥」判タ八六二号五二頁〈一九九五年〉。
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*[註313-3]設計上、若干の危険性を含む製品も、事故を回避するための適切な表示(指示・警告)を与えることで欠陥でないと認定されうるので、設計上の欠陥と表示上の欠陥は表裏一体の関係にある(鎌田薫「製造物責任」法教一六二号四九頁〈一九九四年〉)が、表示さえすれば設計上の欠陥が救済されるわけではないから、表示は最後の手段ともいうべきものである。
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*[註313-4]鎌田・前掲判タ八六二号五七頁、小林・前掲新法学ライブラリー四四頁、前掲通産省解説九六頁、前掲経企庁解説六六頁、各参照。
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*[註313-5]鎌田・前掲判タ八六二号五八頁、小林・前掲新法学ライブラリー四四頁、各参照。
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*[註313-6]鎌田・前掲判タ八六二号五九頁。同旨・瀬川・前掲一九頁。
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*[註313-7]カネミ油症事件に関する福岡地判昭和五二年一〇月五日判時八六六号二一頁・判タ三五四号一四〇頁は、有毒物質の混入した食品を製造販売した点から過失を事実上推定するに止めているし、テレビ発火事件に関する大阪地判平成六年三月二九日判タ八四二号六九頁・判時一四九三号二九頁も、「欠陥原因のある製品が流通に置かれた場合、設計、製造の過程で何らかの注意義務違反があったと推認するのが相当」として、流通においた製品の欠陥から設計・製造過程の過失を推認(事実上推定)するという構成をとっているが、欠陥製品を流通におくこと自体を過失と捉えることも可能だと考える(なお、沢井裕・「食品・薬品公害と製造物責任2」法時五〇巻九号六四頁〈一九七八年〉参照)。すなわち、民法不法行為法においても、製造業者には欠陥のある製品を流通におかないようにする注意義務があると捉え、これに違反して欠陥品を出荷すること自体を過失行為と構成することも、客観化・抽象化された過失責任の下では、十分成り立ちうる解釈といえるだろう(但し、この法律構成は、PL法の構造がもつ民法不法行為法との共通性を理念的に説明するためのものであり、私自身はこの立場をとるが、実務上、民法不法行為に関して、はたしてこのような法律構成が直ちに受け入れられるか否かは、にわかに速断しがたい)。なお、「製品事故の場合、製品の詳細な構造、事故原因の具体的な特定を求めることになると、注意義務を具体化しなければならず、被害の救済が困難になるが、注意義務を「安全な製品を製造・販売すべき義務」(「 」附加・速水)といった程度に抽象化すると、このような困難が解消するし、実際にもそのような過失の注意義務を抽象化した裁判例もみられる」とされる、升田・前掲五五〇号一二頁参照。
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*[註313-8]同旨・鎌田・前掲判タ八六二号六五頁。PL法二条二項が、「その通常予見される使用形態・・・を考慮して、当該製造物が通常有すべき安全性を欠いていること」を欠陥の定義とするのも、この趣旨と解される。すなわち、誤使用であっても、合理的に予見可能なもの(幼児による幼児用玩具の誤飲等)である限り、これについて防護措置を講じておかなければならないが、予見不可能な誤使用(トランク内に人を乗せて高速走行等)に対してまで防護措置を講じておく義務はなく、それによって事故が生じても、製品に欠陥があることにはならない(鎌田・前掲判タ八六二号六一頁)。
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2 損害賠償の範囲
 民法不法行為法における損害賠償の範囲については、判例は債務不履行の損害賠償に関する民法四一六条の類推適用という考え方をしており、実務上もこの考え方に基づいた処理が行われている
[註32-1]
 そして、PL法も、その本質は不法行為責任であって、従来の過失責任に基づく損害賠償の範囲に関する判例・実務を踏まえて立法化したものであるから、同様に、民法四一六条を類推適用し、いわゆる「相当因果関係」の法理によって処理するのが妥当であると解される
[註32-2]
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註32-1]但し、学説では、不法行為に民法四一六条を類推適用することに否定的な立場である保護範囲説(平井・前掲一〇九頁、幾代通〈徳本伸一補訂〉「不法行為法」有斐閣一三九頁〈一九九三年〉、四宮前掲四〇七頁等)の方が、むしろ有力である。
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*[註32-2]前掲経企庁解説一〇一頁、前掲通産省解説一三一頁。なお、民法七〇九条(PL法三条も同様)の構成要件的因果関係〈請求原因〉が事実的因果関係にすぎないと捉えた上で、それに伴う賠償範囲の不当な拡大を次のレベルで別の基準に基づく振り分けによって制限しようとする点で、基本的に保護範囲説の発想をベースにしながらも、保護範囲の内外を画する振り分けの基準を、定着した実務を尊重して、条文の根拠がある民法四一六条類推適用に求め、通常損害(保護範囲内)か特別損害〈抗弁〉(原則的に保護範囲外だが、特別事情に関する加害者・製造者の予見可能性の存在〈再抗弁〉が立証されたときは、保護範囲内となる)かの区別に求める、不法行為因果関係の立証責任についての筆者の試論(前掲拙稿二五頁以下)参照。
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四 PL立法による影響
1 PL法適用業種への実際的影響
 「三 両責任の要件・効果の比較」で検討したように、既に民法不法行為法の解釈として認められてきたものが大部分とはいえ
[註41-1]単なる解釈によってではなく、いわば立法によって過失の客観化・抽象化の徹底が図られたことの実際的影響は、やはり過小評価すべきではない。
 先述(三1(二))したように、解釈による過失の客観化・抽象化では、未だ実務上定着したとはいいがたい部分も多く残されており、事件毎、裁判所毎にバラツキがありうる
[註41-2]ため、訴訟当事者としてはこの点に多大のエネルギーをさかなければならなかった。PL立法により、被告側としても、客観化・抽象化は所与のものとして、腰を据えた対応が可能かつ必要となったわけである。
 また、設計上の欠陥、表示上の欠陥については、今般のPL立法による製品の安全性に対する関心の高まりの結果、社会通念上合理的に期待される安全性のレベルも相当上昇し、それだけ欠陥を認められる範囲が拡張したとみるべきだろう。
 但し、一部に懸念されるような、徒に社会全体の訴訟コスト(非生産的な間接経費)を膨張させ、企業にリスク逃避の姿勢を誘発しかねない、いわゆるアメリカの「製造物責任危機」や「保険危機」といった事態
[註41-3]が現出するおそれは当面ないと思われる。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註41-1]裁判実務からみた場合は、現行法の下でも同水準の被害者保護は達成されており、責任要件を過失から欠陥に変更しても法律的には積極的な意味が乏しいとの指摘もなしうるところではある(前掲経企庁解説九四頁)とさえ、いわれることがある。
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*[註41-2]従来からの注意義務の抽象化・高度化の傾向は、食品や医薬品の分野で顕著であり、製品毎にその程度に大きな差がある(同旨・升田・前掲五五〇号一三頁)。
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*[註41-3]なお、ロバート・D・クーター/トーマス・S・ユーレン「法と経済学」太田勝造訳・商事法務研究会三四八頁以下〈一九九〇年〉参照。
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2 PL法非適用業種への影響
 では、今後とも、加害者・被害者間に直接契約関係がない場合には、民法不法行為法だけが適用されるPL法非適用業種における責任は、PL法の導入によってどのような影響をうけるだろうか(PL法の反作用として責任が縮小するのか、それともPL法にひきずられて責任拡張へと向かうのか)。
 私は、民法不法行為法についても、主観的・具体的過失責任の方へ逆戻ることはなく、むしろPL法の影響を受けて厳格責任化(責任拡張)の方向に向かうのではないかと考える。
 そもそも、判例が一貫して、過失を適切な行動基準から逸脱した行為として客観的・抽象的に捉えてきた主たる理由は、前述(三1(二))したように、製造物事故の損害賠償訴訟に限らず、ひろく不法行為訴訟一般について、行為者の意思の緊張の欠如や心理状態の立証を原告に要求することの不合理性にあった。判例・学説による民法不法行為法解釈における過失の客観化・抽象化を推し進めて、製造物責任の分野で、いわば立法による実質的な過失の客観化・抽象化・高度化(厳格責任化)の徹底を図るPL法が特別法として制定されたからといって、一般法たる民法不法行為法の過失解釈を主観的・具体的なものに再び変更し直すべきいわれはないというべきである。
 また、PL法の適用対象の限界領域では、立法技術上の制約等からたまたま非適用とされただけで、PL法適用業種と差等を設ける実質的合理性に乏しいものも少なくない
[註42-1]。さらには、いわゆる産業のサービス化、ソフト化の進展は、今後益々、大量生産・大量流通・大量消費の特質を備え、直接の契約関係にたたない消費者に、生命・身体・財産の安全性と関わる損害(拡大損害)をもたらす危険をはらむ新しい形態のサービスや商品を生み出すことが予想される。
 このように、本来PL法適用の実質的合理性ないし必要性が存在するのに、たまたま現時点でPL法が非適用とされている領域においては、民法不法行為法の解釈についてもできるだけPL法が適用された場合に近づける解決への努力が払われるだろう。その結果、民法不法行為一般、少なくともPL法上の製造物と同様の保護を与える合理性・必要性を有する商品(サービスを含む)の欠陥の問題については、PL法の精神が類推される等して影響を受け、いわばPL法にひきずられて責任厳格化の方向で判例水準の平準化が図られていくことになるとみるのが妥当だろう。
 そうだとすると、PL法非適用業種といえども、今回のPL立法を対岸の火事視することは適当でなく、十分な対策を講じる必要があるといえよう(私には、PL立法に対し、PL法適用業種の反応はいささか過剰であり
[註42-2]、PL法非適用業種の反応は過小にすぎるように思われる)。
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註42-1]例えば、現代のバイオテクノロジーでは、自然力と工業的手法の区別はきわめて曖昧になっており、農業生産を一律に「製造」に当たらないとするのは問題だし、また、切断・冷凍・乾燥は加工に当たらないが、加熱・味付け・粉砕は加工に当たるとする政府答弁に対し、乾燥によって組成が変わりおいしくなる食品について、天日で乾燥すれば加工でないが、人工的な手段で加熱すれば加工になり製造物に当たるというような区別の合理性は疑わしい(松本恒雄・前掲ジュリスト一〇五一号二四頁)と批判されている。また、同一の製造業者がコンピューターのハードもソフトも作っている場合に、そのソフトに欠陥があるとき、ソフトがプリインストール(前もってハードに内蔵)されていればハード自体の欠陥としてPL法が適用される(前掲通産省解説六七頁、小林・前掲新法学ライブラリー三二頁)のに、インストールせずにハードとソフトがセット販売されてもPL法の責任を問えないとすることに、実質的合理性があるとは思えない(同旨・浦川道太郎「『製造物』の定義と範囲」前掲判タ八六二号三七頁)。そして、この場合にソフトの欠陥自体についての責任を負わせるのが妥当だとすれば、ソフトとハードの製造者が異なる場合にも同様であるはずである。もっとも、そのソフトが載っているフロッピーディスク(FD)やCDーROM等の媒体自体の欠陥として扱うことが可能であれば、この問題はクリアできる。しかし、ハードの場合にはソフトと一体となって機能を発揮する上で、それ自体も不可欠の作用をはたし、人の目にはむしろソフトも含めた全体がハードの機能として意識されるのと異なり、FD等の媒体自体はそのような機能を持たず、単にソフトを入れて運ぶための容器のようなものであるから、この解釈は無理だろう。仮にこの点を肯定的に解したとしても、有形の媒体を介さずオンラインでソフトをダウンロードする(電話回線等を介してハードに取り込む)場合には、右のような解釈では対処できない(なお、河村正憲・法とコンピューター一一号「コンピュータープログラムの製造物責任について」九〇頁以下〈一九九三年〉参照)。さらには、そもそも、製造物の欠陥も、結局は製品に化体されたサービス(設計・製造・表示)の欠陥にほかならないとすらいえよう。
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*[註42-2]もっとも、その対応はあまりにレベルの低いものであるとの指摘もある(北川俊光・前掲四三頁参照)。
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五 対応戦略
1 ユーザー側の対応戦略
 消費者、殊にユーザー企業としては、製品(設備・機械を含む)の購入に当たり、安全性の高い製品を購入することは、その製品と併せて外部保険を購入するのに等しい(その分、内部保険を節約できる)ことを認識し、価格比較の際、内部保険のコストも計算に入れて検討するといった戦略的視点を持つべきである。
 また、製品の欠陥について製造業者等と交渉するに際しては、第三者にも説明できるように主張を整理するとともに、証拠を手元に確保するように努めるべきであり、もし相手方や第三者機関に証拠を渡す(できるだけ原本は渡さない方がよい)ときも、その写真やコピーを撮っておくほか、預かり書をもらっておくべきである。
 なお、ユーザー企業においては、せっかくの機会なので、将来自社が被告側に回ったときのための学習のチャンスとして、その経験を積極的に活用できるようにしておくことを勧めたい(相手方との交渉、和解の過程で、自社において、相手方の出方に対し、どういう理由からどのような対応を決断したかを、簡単なメモや日誌にして残しておくと、将来、反対の立場に回ったとき、相手の出方・状況を読むのに大いに役立つだろう)。

2 製造者側の対応戦略
(一)日常業務的対応
 製造物責任(以下では、PL法適用業種・非適用業種を区別せず、民法不法行為法・PL法を含む広義の不法行為責任の意味で述べる)に対する最良の対応は、いうまでもなく欠陥商品を流通におかないことである。とはいっても、いわゆる初期故障やコンピューターソフトのバグに端的にみられるように、いかに努力しても(しかも現実の制約の下では、一定のところで妥協せざるをえない)、欠陥ないし瑕疵を完全に排除することが至難の技であることも、また偽らざる真実である。
 そこで、欠陥責任の問題に止まらず商品改良の上からも、消費者(企業を含む)からのクレームを通じて入手した欠陥ないし瑕疵の情報をデータベースに精力的に蓄積し、速やかな改良措置をとるといった日常業務的対応が極めて重要となる。この日常業務的対応には、そのほかクレームを付けてきた消費者に対する謝罪、賠償、換品等の適切な対応をとること
[註521-1]や、リコール措置も含まれる。
 なお、PL立法を機に、部品納入業者に責任分担契約条項を盛り込んだ契約書や覚書を締結させる事例が多く見かけられ、これについては、当然法律上の責任を問いうるのだから無意味ではないかという意見もありうる
[註521-2]が、少なくとも納入業者のPL保険加入を促し安全に対する意識を高めさせるという効果はあり、それなりに意味があると考える。
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註記
*[註521-1]消費者からのクレームに対する最初の担当者の対応如何が、徒に相手を硬化させる等、その後の展開を決めることが多い。その際、担当者が、明確な社内説明をしてスムーズな対応を図るためにも、また、次に述べる訴訟関連上の対応のためにも、現物の写真撮影、申し立て内容の文書化等、問題点を整理して作成者氏名・年月日を明記した記録を作成しておくことも忘れるべきでない。
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*[註521-2]鎌田薫・宮島敏夫・伊藤節・杉岡修次「座談会・取引契約書におけるPL法対応」杉岡発言・NBL五七八号一〇頁〈一九九五年〉参照
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(二)訴訟関連上の対応
 不幸にして訴訟に至ったときは、右に述べた欠陥情報のデータベースをあわてて廃棄したりしない方がよい。右データベースが、民訴法上、相手方の使用を妨げる目的で毀滅したときは裁判所がその文書に関する相手方の主張を真実と認めることができる〈三一七条。なお、改正法二二四条二項)とされる、三一二条三号(なお、改正法二二〇条三号)の文書に当たるかについては、争いの余地がある(なお、改正法の下では、提出義務文書の範囲が拡がることが予測される〉が、仮にこれを否定に解したとしても、態度証拠にとられ、事実認定上不利に働くことがある。
 むしろ、日頃から右のデータベースを活用して欠陥の認知と製品改良のための努力(結果回避措置・防護措置)を尽くしていたことを示す証拠として、積極的に利用できるようにしておくべきである(そのためには、日頃から実際にそのような努力を払っておかなければならないと同時に、訴訟に使うことを念頭に置いて、作成年月日・作成者の明記等、証拠化を図っておく必要がある)。
 また、製造上の欠陥の認定を阻止するためには、出荷時検査記録を整備した形で保存しておくべきである。欠陥は原告の立証責任だから、本来、被告としては単なる否認でよいわけだが、実際の訴訟の場面では、積極的な理由付き否認の方がはるかに強力である。
 反面、場合によっては、全面的に否認して争うよりも、率直に一部事実を認めた上で争った方がよいこともある
[註522-1]
 あるいはまた、よりダメージの少ない欠陥
[註522-2]や過失の事実を自発的に自白する決断も、時として必要である[註522-3]
 そのほか、一般論として、ある訴訟においてなす主張が商品や企業のイメージにどのような影響を及ぼすかということも考慮しておくべきだろう
[註522-4]。企業にとって製造物責任の訴訟はあくまでも経営の一環であり、仮に個別の訴訟に勝ってもそれによってより大きな経営上の損失を負うようなことになれば、何にもならないからである[註522-5]
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註522-1]この点で、一種のサービスの欠陥に関するものといえる、いじめ自殺訴訟(法は、徒に教育の内実に介入すべきではないが、生徒の生命・身体の安全性保持という最低限度の外的条件の問題に関しては、サービスの欠陥の問題と捉えて積極的に介入することもやむをえないだろう)が参考になる(国賠訴訟も広義の不法行為訴訟の一つであり、訴訟戦略の有り様としては、基本的に共通である)ので、これを例にとると、次のようにいえる。
 一般に、被告側は、いじめの事実はなかったという全面否認をして争うことが多い。しかし、原告側からすれば、それよりも「適切な努力をして事実の探知に努め、その結果一定の事実を把握したので、これに対し適切な対応を講じたのであるが、それによっても自殺を防止することができなかったのであるから、過失はない」という形で、一部事実を認めた上で争われる方が、実はずっとやりにくい(但し、これは同種事案初の原告勝訴となった〈朝日新聞一九九〇年一二月二七日付朝刊一頁・同月二九日付朝刊三一頁等参照〉事件〈福島地いわき支判平成二年一二月二六日・判タ七四六号一一六頁・判時一三七二号二七頁《一審確定》〉の原告側主任弁護士だった筆者の率直な個人的感想であり、異論がありうるかもしれない)。
 前者の場合には、いじめの事実の存在および学校側でその重要な一部を認識し得ていたこと(客観的事実)さえ原告側が立証すれば、被告側はいじめの存在自体を全面否認している以上、一部認識できていた事実に対する評価を誤り、認識可能であったいじめに対してとるべき相応の回避措置を講じていなかったことを自白しているに等しくなるので、比較的容易に過失の立証ができる。これに対し、後者の一部否認の場合、結果回避措置としてどの程度のものが要求されるかという極めて困難な規範的事実の証明問題に、原告が直面することになる。
 これと同じことは、製造物事故の損害賠償訴訟でもいえる。上述した事故情報文書や調査報告書が、仮に三一二条三号(なお、改正法二二〇条三号)文書に当たらないとしても、原告側が、いわゆる消費者一一〇番等を使って被害者を組織化すれば、多数の消費者からクレームを提出していた事実の立証ができ、その事実から被告側が一定の欠陥情報を認識し得ていたことが推認されるが、被告側が全面否認で争うと、欠陥はなかった(欠陥とは評価しなかった)と主張している以上、得られた情報に基づいて適切な措置を講じた(欠陥情報に基づき当時の技術的実現可能性の限度で設計変更し、その時点で社会通念上要求された安全性を備えるための防護措置をとった)という主張ができなくなるか、少なくとも極めて困難になる(右の設計変更は、欠陥の防護とは無関係なものであり、当時認識し得た問題点に何ら手を打たなかったことになる)からである。
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*[註522-2]例えば、設計上の欠陥はその製品全部に及ぶが、製造上の欠陥は一部の製品の問題に限定できる。表示上の欠陥は、改善が比較的容易だし、製品自体への信任低下が少ない。
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*[註522-3]これについては、日航機事故の際、ボーイング社が、当該機体の既往事故との関連は不明としつつも、設計上の欠陥等についての懸念を払拭するために、(それが事故原因とは思わないと補足した上で)自発的に修理ミスの事実を公表したことが参考になる(朝日新聞一九八五年九月七日付夕刊一頁、同月一八日付朝刊二三頁、一一月一〇日付朝刊二二頁、及び、殊に一九八六年一月二二日付朝刊四頁、各参照)。なおまた、被告メーカーが、折損が疲労破壊によることを争わず、原告主張のとおり通常の用法で使用中折損したのであれば、抜き取り検査で不良品を見過ごした品質管理上の義務違反の責任(これは製造上の過失を意味する)を認めるとした、自転車ハンドル折損事件判決(東京地裁平成六年五月二七日判時一四九八号一〇二頁)参照。
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*[註522-4]これに関連して、スモン訴訟において、敢えてウイルス説を主張した被告とそうでなかった被告とに対応が分かれた(沢井「食品・薬品公害と製造物責任3」法時五〇巻一〇号七七頁<一九七八年>参照)ことが想起される。
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*[註522-5]Automotive News, R. L. Polk, Automotive Industry等で公表されたデータに基づき過去二五年間にアメリカ市場で自動車欠陥問題がメディアに採り上げられた六件のケースに関するシェアの推移を分析したマーケティングの論文(Marc G . Weinberger, Jean B . Romeo, and Azhar Piracha, " Negative Product Safety News ®Coverage, Responses, and Effects, " , Business Horizons / MayーJune 1991 二三〜三一頁)の中で、法的意味では勝利しながら、シェアが激減して、市場ではその商品と企業の名声に深刻な打撃を被ったメーカーのケースが紹介されている。
 その企業は、消費者に落ち度があるという意見を新聞広告やテレビ番組で公に表明し、消費者を非難したのだが、同論文は、企業の姿勢も市場への深刻な影響をもたらしたもう一つの要因であると分析した上で、むしろシフトロック機構設置による問題解決措置をもっと速やかに講じていたら、企業にとっての災厄と無価値な勝利を回避できたのではないかという趣旨の指摘をしている(同論文二七頁)。
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(三)マーケティング的対応
 企業法務に豊富な経験を持つ北川俊光教授は、「企業は製品を安全なものにするためにはどこまでも金をかけ、それを製品の値段に転嫁すればよいではないかという経済学者の意見もあるし、安全な製品のためにはより高い金を消費者は支払うとする消費者団体の意見もあるが、企業側としては必ずしもそれに盲従するわけにはいかない」
[註523-1]と主張される。
 確かに、製品がプライス・センシティブなものであればあるほど、安全のためのコストを価格に転嫁することがなかなか容易でないことは事実である。
 確かに、製品がプライス・センシティブなものであればあるほど、安全のためのコストを価格に転嫁することがなかなか容易でないことは事実である。しかし、それにしても企業側は、消費者に安全性を買わせる努力がもっと必要ではないかと、私には思われる。
 もっとマーケティング部門を動員して、安全対策やクレームに対するスムーズな対応という付加価値
[註523-2]を積極的に売り込み、それによる差別化を図るということも考えるべきではないだろうか[註523-3]。成功した差別化戦略の多くは、買い手の需要に対して受動的に反応したものではなく、新しい差別化を実行したものなのであって、購買決定の新しい根拠につき買い手を教育して新しい差別化のタネを先取りすれば、イメージや評判で長く有利になれる[註523-4]ということを、改めて思い起こすべきである。
 現在でも、例えばクレーム情報を生産部門へフィードバックさせるための先進的なシステムを構築した事例等が新聞の経済面に時折掲載されることがあるが、これでは消費者に与えるインパクトはあまりに弱い。安全のためのコストを価格に転嫁して売り込むためばかりでなく、企業イメージを高める上からも、このシステムが消費者サービスや商品開発による安全性の向上にどのように役立つかについて積極的に広告する方が、メッセージの伝わりにくいイメージ広告より、よほど効果的ではないかと思われる
[註523-5]
 但し、防御的側面からみると、広告で安全性について実質を伴わない誇張した表現をすれば、場合によっては、表示上の欠陥に問われる可能性があるので、この点の注意も必要である。
 すなわち、誇張広告が安全性について使用者に過度の信頼を与え、警告の効果を弱めれば、表示上の欠陥になりうる
[註523-6]。また、たとえ取扱説明書等の警告自体は適切になされていても、不適切な広告[註523-7]やカタログ、販売員の説明が、警告の内容と矛盾することによって、表示上の欠陥の責任を問われることになる場合もあり得る[註523-8]
 要するに、安全性を高めるための実質を具えることが眼目であり、それをマーケッティングを駆使して売り込み、価値の最大具現化を図るのであって、実質がないのに、虚偽や誇張した広告で商品の販売を促進しようとすることは、却って命取りになりかねない。

⇒註記跳ばし読み

註記
*[註523-1]北川俊光・前掲四七頁。
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*[註523-2]消費者にとっては、代金コストとともに、フラストレーション、苦悩、やっかいな努力といった目に見えないコストを含む時間コストが大きな意味を持つので、このコストを減少させれば、買い手の価値を増大させることになる(M・E・ポーター「競争優位の戦略」土岐坤=中辻萬治=小野寺武夫訳・ダイヤモンド社一六六頁〈一九八五年〉参照)。
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*[註523-3]これまで消費者が多少値が高くてもナショナルブランド(NB)の製品を購入してきたのも、意識・無意識のうちにこれらの付加価値を評価してきたからだといえるが、NB業者は、積極的なマーケティング展開によって、消費者にこれを明確に意識させ、購買決定のさいの重要なファクターとして認識させるための努力を払うべきである。
 他方、他人の製造物に自己の氏名等を表示したプライベートブランド(PB)商品の販売業者については、その形態にもよるし、判例の集積をまつ必要が強いため、あまり深く論じられないが、私は、PL法による責任を免れないことが多いのではないかと考えている(製造業者を明示せず全体的にみて販売業者が製造業者であるかのような表示〈誤認表示〉を製品に付した場合は二条三項二号後段、製造業者を明示せず自己を販売元とだけ表示した場合や、さらに製造業者をも明示した場合に、販売業者が設計や製造に関与し大きな影響力を及ぼしているような印象を与え、その販売業者を実質的な製造業者と消費者が信じてしまうような表示〈実質表示〉をしたときは三号に該当する。前掲経企庁解説八六頁、前掲通産省解説一一八頁、松本恒雄「責任主体」判タ八六二号四四〜六頁(一九九五年)、小林・前掲新法学ライブラリー三七〜八頁。私は、製造業者の資源(資力・信用・販売力など)不足を販売業者の資源で補償することによりNBに対抗するというPBの経済的機能や、被害者救済強化を図ったPL法の性格からみて、これらの要件はかなり柔軟な解釈・運用が図られるだろうと予測している。なお、民法不法行為に関するスモン訴訟判決金沢地判昭五三・三・一判時八七九号二六頁は、みずからも医薬品を製造し販路とブランドを有する医薬品製造販売業者が他社製造医薬品の発売元となって一手供給した場合に製造業者と同等の責任を認めたが、PL法二条三項三号の責任を問うには、販売元と表示した者が同種製品の製造業者である必要はないと解する。松本恒雄・右掲四五〜六頁)。
 そうだとすれば、価格が安い分、消費者がPB商品に対して懐疑的となり、その安全性に関して一般のNB商品に対する場合以上に厳しくなると、広告専門家からも指摘される(梁瀬和男・PL法と取扱説明書・カタログ・広告表現三三頁(産能大学出版部・一九九四年))状況において、消費者の内にある右のようなNB信仰を打破するためにも、商品チェック等で安全性に積極的に関与しており、商品クレームに対しても責任をもって対応する体制を整えていることを、逆に前面に打ち出した内容の広告を展開した方がよいのではないかと思う(この戦略はみずから免責のための退路を断つようなものだが、PB本来の機能からいっても敢えてリスクをとってもよいのではなかろうか。元々の信任レベルが、NBに比べて高くないだけに、その効果は一層大きいと思われる)。なお、金井高志「フランチャイズ契約と製造物責任法(下)」NBL五八三号五三頁以下(一九九五年)は、フランチャイザーについても、PL法二条三項二号または三号が適用されうることを指摘される。
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*[註523-4]ポーター・前掲一九七頁。
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*[註523-5]安全性をコンセプトにしたマーケティング戦略の一つとして、「乾電池の液漏れによって使用器具に損傷を与えた場合には、誤使用のときを除き、修理または交換する」という補償約束を乾電池に記載して信頼性をアピールしている、いくつかのメーカーの事例(大森勝「変わる乾電池」朝日新聞一九九二年七月二〇日付夕刊九頁参照)が参考になる.。但し、この補償約束がどの程度周知され、購買決定に影響を与えているかについては疑問がある。財産的拡大損害もPL法三条の対象とされているが、PL立法のずっと前から安全性に配慮してきた先進性を訴求する広告を打って、差別化を図った方がよいと思う。
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*[註523-6]小林秀之責任編集・東京海上研究所編「製造物責任大系」弘文堂・一〇七六頁〈一九九四年〉。ちなみに、私は、梁瀬・前掲一一六頁・一一七頁の分類・定義に従い、広告とは購入前の誘因情報を提供するものをいい、表示とは、カタログ、技術説明資料、仕様説明書等の購入時の選択情報、および、取扱説明書、警告ラベル等の購入後の使用情報を指すと定義する。
 このうち、購入後の使用情報は、直接製品の安全性に関わる問題として、表示(指示・警告)上の欠陥の問題を構成するが、購入決定前の不特定多数を対象とする購入時の選択情報及び広告(購入前の誘因情報)は、現実に製品を使用する者を対象とする指示・警告の効果に影響を及ぼす形で、いわば間接的に表示上の欠陥の問題を導くものと考える。
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*[註523-7]例えば、取扱説明書でマスクを着用するように警告している製品をマスクなしで使用している広告(小林責任編集・東京海上研究所編・前掲一〇七六頁参照)。
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*[註523-8]小林責任編集・東京海上研究所編・前掲一〇七六頁。
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(四)経営戦略的対応
 一度製造物の欠陥により消費者に大きな損害を負わせれば、企業の社会的責任が問われるだけでなく、莫大な損害賠償によって企業の存続自体が危うくなりかねないし、そうでなくても失った信頼を取り戻し業績の回復を図ることには非常な困難を伴う。他方、うまくポリシーを選択すれば、安全性は差別化の重要な源泉になりうるものである。
 そこで、製造物責任に対する対応は、単に、設計、製造部門や、消費者担当、法務部門等がたこつぼ的に取り組むべきものではなく、全社的な体制を整えて取り組むべき問題と捉えるべきである
[註524-1]
 なぜなら、欠陥の発生を防止する上ではもちろん、不幸にして欠陥問題を生じさせてしまった後の対応もいわゆる危機管理の問題として、総力をあげた取り組みが必要となる
[註524-2]し、そもそも差別化戦略は、自社の価値連鎖(value chain )のすべてにわたり、買い手のために価値を創造しようとするもの[註524-3]だからである。
 すなわち、商品の安全性の問題は、経営上の攻撃・防御両面にわたって企業の根幹に関わる問題であり、それに相応した戦略を構築するのでなければ、成功を期しがたい
[註524-4]。そこで、PL立法による消費者の安全性に対する意識の高まりを捉えて[註524-5]、商品の安全性が有する価値に着目した経営戦略を構築し、全社を一貫する体制を整えることをもって、消費者と生産者のゼロ・サム的な敵対関係を前提とするものではない製造物責任の問題[註524-6]に対する、実効的で、かつ企業にとっても実りの多い一つの解としうると考える。
 ところで、製造物責任に対する対応に限らず、経営戦略全般の構築にあたって、もっと法的ないしは法経済的な視点を導入すべきではないかというのが、MBAを取得した今の私の持論である
[註524-7]
 そして、特に強調しておきたいことは、法は決してスタティックなものではないということである。立法論はもちろん法解釈も、時代のトレンドとともに変遷するダイナミックなものである
[註524-8]。しかも、大競争(メガコンペティション)の状況下で今後規制緩和が進展すれば、その傾向はさらに顕著になるから、企業とりわけベンチャービジネスにとって、このような法のダイナミズムを踏まえたビジネス(経営)法務戦略の重要性が一層強く認識されるようになるだろう[註524-9]
 但し、このような流動的状況下の法解釈を弁護士に相談する場合、断定的な結論を要求することは避けるべきである。もし、そのような姿勢で意見を求めれば、弁護士としても保守的な解釈しか出せず、新ビジネスの芽は初めから摘まれてしまう。法解釈の流動性を経営リスクと受けとめた上で、有利な解釈の可能性を探るのための共働やビジネス(経営)法務戦略の樹立・遂行のための意見・助言を求めるのが、このような場合の(顧問)弁護士活用法である
[註524-10]
⇒註記跳ばし読み

註記
*[註524-1]さらには、アメリカでのシリコン製豊胸材やフッ素樹脂製顎関節移植材に関するPL訴訟を意識して、注射器用のコーティング材やカテーテル用材の供給を停止することにした企業と、一定の条件を付けて供給を継続する企業に方針が分かれたケース(日経産業新聞一九九五年九月一日付三頁「医療素材供給、PLで二分」)が参考になるように、リスクを伴い、トップレベルの決断が必要となる局面も予想される。
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*[註524-2]アメリカ市場で自動車欠陥問題がメディアに採り上げられた六件のケースに関するシェアの推移を分析したMarc G . Weinberger, Jean B . Romeo, and Azhar Piracha 前掲マーケティング論文が、次のような指摘(速水要約)をしている。
 リベートは短期的には売り上げを回復させ、あるいは増加させることさえあるが、リベート終了後は売り上げがリベート実施前のレベル以下に低下する。広告は短期的に劇的な貢献をしないにしても、ブランド強化のための長期戦略としては有効である。クレームに対して直接反論する独自のテストを行わせ、その証拠に基づくメディアを通じた反駁が、告発メディアによるテストの正確性やクレームの有効性に疑問を投げかけて、シェアの低下を最小限に抑えた事例がある。非難的で傲慢な態度は、事実を公表するオープンな態度に比べ、長期的な売り上げの面でより損失が大きいようである。媒体報道を長引かせるような企業戦略が、最も有害である。ネガティブな宣伝に対して直ちに対応することは、それによる売り上げ減少効果を軽減できる。しかし、その対応の際に企業がとる姿勢が極めて重要である。企業はネガティブな宣伝が最初に出た後直ちに対応を用意すべきであり、かつ、この対応はきちんとした説明を伴うとともに、消費者と一緒になって会社が心配しているというイメージを消費者に与えるようなものであるべきである。問題の影響を左右すると思われるものは、主張された問題の深刻さ、媒体報道のタイプと期間、それに会社の対応である。ネガティブ効果はなかなか消えないが、適切なマネージメントによって減らすことはできる(同論文三〇〜一頁)。
 このような総合的判断にたった対応は、一部門だけで到底できるものではない。
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*[註524-3]ポーター・前掲一五七頁。
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*[註524-4]「技術の〇〇」と同じように、「安全の〇〇」というイメージもまた、重要な企業価値の源泉たりうることを再認識すべきである。
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*[註524-5]もっとも、一面では、消費者とりわけ主婦のPL法に対する関心の低さが指摘されている(日経新聞一九九五年九月一日付朝刊一五頁「企業カラ回りPL法狂奏曲」)。しかし、それは「法律」に対する無関心であって、「安全性」に対する関心の低さを示すものではない。むしろ、法の内容を理解している人は二割に満たないが、主婦の八割がPL法の存在を認知しており、施行後に関連報道に接する機会を増やした人が三割弱に達する調査結果に基づき、欠陥製品に対する意識の高まりを指摘する報道(日経新聞一九九六年三月一二日付朝刊三三頁<首都圏経済・東京>「川崎信金のPL法意識調査」)にみられるように、オピニオン・リーダーを中心にして消費者一般に「安全性」に対する認識が着実に深まっており、購買決定の新しい根拠につき買い手を教育して新しい差別化のタネを先取りする下地は強化されつつあるとみるのが妥当だろう。
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*[註524-6]北川俊光・前掲四三頁。
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*[註524-7]例えば、前述(五3(三)註)したPB商品の販売業者が安全性チェックに関する自己の積極的関与をアピールするという戦略は、いずれにせよ責任を免れないことが多いだろうという、私見のようなPL法の解釈(運用予測を含む)を前提にして成り立つものだし、また、一般的に、PL立法後の理論的・実際的影響や今後の展開に関する「読み」なしには、経営戦略を構築する前提となるリスクを算定できないだろう。
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*[註524-8]おそらく現行PL法の解釈、運用にあたっても、同法を実質的に民法不法行為法と一定の連続性・類似性を有するものとして捉える立場と、民法不法行為法と明確に分断して厳格責任性を強調・拡張しようとする立場との綱引きが展開されるものと予想される。また、PL法から離れるが、例えば宅配便業者と郵政省との間の郵便法解釈をめぐる攻防(朝日新聞一九八八年二月一日付朝刊九頁、一〇月二七日付朝刊三頁、一九九五年六月二一日付朝刊一〇頁、同月二二日付朝刊一五頁、八月一一日付朝刊三頁、日経新聞同年一一月三日付朝刊一一頁、各参照)は、一昔前なら業者に勝ち目はなかったが、規制緩和の流れを受けて、今日では、情勢が相当流動化(法経済的視点が有効な側面)してきている。
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*[註524-9]冷戦終焉に伴う大競争(メガコペティション)時代の到来により、世界中が経済的合理性を追求するようになってきている以上、規制緩和は不可避の選択肢といわざるえない(これを選択しなければ、競争で敗北する)。また、例えばバブル崩壊後、当局が政策インフレ誘導に失敗した原因として、日本が簡単にインフレを工作することなどできない大債権国になってしまったという経済構造の変化が挙げられる(R・ターガート・マーフィー<畑水敏行・訳>「日本経済の本当の話・下」毎日新聞社一六七頁<一九九六年>)ように、わが国が先進国へと発展する過程でかつて威力を発揮した開発独裁型システムの歴史的有効性は既に終わっている。しかも、現在の経済体制は戦時下の総動員を目的として導入されたもので、日本の歴史においても特殊例外的であり、原理的には変革可能だという指摘もなされている(野口悠紀雄「1940年体制」東洋経済新報社一六〜八頁<一九九五年>)。これらによる変化が進行すると、従来いわゆる政・官・業トライアングルに担われてきた利害調整機能の多くを、今後は司法システムが担うことになる(奥野正寛「やさしい経済学・三権分立の経済学」日経新聞一九九五年一二月二五日〜三〇日付朝刊連載参照)。このことは、競争条件の変化を自らのビジネスチャンスと捉えるベンチャービジネスにとって、とりわけ重要である。そして、それに伴い弁護士に対するニーズや活用のありようも変質して行かざるを得ないだろう(なお、濱野亮「法化社会における弁護士役割論(一)」自由と正義四七巻一号五〇頁以下〈一九九六年〉参照)。
 なお、筆者自身の戦略構築の前提として、経済学の比較優位理論を当てはめ、規制緩和実現の可能性を検討した拙稿「エッセイ:"規制緩和論"は本物か?(経済戦略論的視点を交えた検討)」を参照されたい。⇒本文に戻る
*[註524-10こうした弁護士の戦略的活用を考えるならば、企業にとって顧問弁護士は必須のものとなり、1カ月5万円以上の顧問料(東京弁護士会弁護士報酬会規四〇条)を支払っても、そのコストは十分にペイしうるだろう。
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