
その後次の電車に乗り、目的地のドレスデンへほぼ1時間遅れで到着した。心配しながらも出口の方へ向かうと友人がちゃんと待っていた。
「Welcome to Dresden! いや、皆までいうな、事情は全てわかった」
「いやー、ありがとう、どうなることかと思ったよ。そうすると留守電の伝言は聞いてくれたのだね」
「え、聞いていないよ。だけど予定の電車に乗っていなかったので、色々推理して手を打ったんだ。最初間違えて一つ手前のドレスデン=ノイシュタット駅で降りたと思ったんだ。そこでドレスデン=ノイシュタット駅の駅員に英語の構内放送で君を呼び出してもらうよう説得したんだ。」
「え〜、じゃドレスデン=ノイシュタット駅で私の名前が連呼された訳か!なんか恥ずかしいな…」
「恥ずかしがる必要ないじゃない、誰も君の事は知らないんだから。」
「そりゃ、そうだが。」
「だけど反応はなかったんで、どこかで電車が遅れたかどうか調べてもらったんだ。そしたらどこかで電気系統の故障があってダイヤが混乱したらしいんだな」
「そういうことだったのか!」
「だから僕はドイツ鉄道を利用するのは嫌いなんだ。こういうことはよくあるからね」
それはちょっと意外だった。
「そうか?今まで何回かインターシティーに乗ったがこういうことは初めてだが。」
「いや、よくあるんだよ。だから僕は車で移動するほうが好きなんだ。」
ヨーロッパのなかでもドイツはもっとキチンとしていると思っていただけに、若干の失望感を抱いた。そういう意味では日本の鉄道は非常にしっかりしていると思う。融通が利かない面は多々あるが、少なくともいいかげんだ、という印象はない。先日のエシェデの大事故と関連があるのだろうか。
結局到着が10時近くになってしまったが、夜のドレスデンを案内してもらった。非常にきれいだった(下図、教会(左)と宮殿の一部(右))。

ライプツィヒ駅を見て旧東ドイツと旧西ドイツとの格差は非常に小さくなったように見えたが、それはやはり表面的な事象のようだ。その晩、友人と交した会話を再現したい。
私:「…というわけで、ハレの大学にその分野で有名な先生がいることが今日わかったんだ。その教授と連絡をとりたいのだが do you have telephone directory(電話帳はあるか)?」
友人:「え…?」
「Telephone directoryだよ。電話番号のリストが載ってる。」
「あぁ、directoryか。いや、do you have telephone directly(直通の電話はあるか)?と聞こえたんでね。」
「あ、いやいや失礼、directoryだよ。」
「いや do you have telephone directly?という質問でも十年前の東ドイツだったら意味のある質問だったがね。」
「え?」
「いや、個人の家に電話があるという状況はまれだった、ということさ。」
「ああ、以前にもそう言ってたね。たしかこの家にも電話が入ったのも5年くらい前だったとか。」
「そうなんだ。旧東ドイツでは情報のインフラはひどく遅れていたからね。」
「そうか…。やっぱり統一してから旧東ドイツの生活水準は上がったのか?」
「もちろん全然違う。それは疑いのないことだよ。」
以前座礁した北朝鮮の潜水艦の唯一の生存していた兵士が韓国のおんぼろの民家に踏み込んで食事をもらっているすきに警察に取り押さえられたという事件があった。これは住民がこっそり電話で警察を呼んだのだが、つかまったその兵士は「あんなおんぼろの民家に電話があるなんて想像もしなかった」という認識のズレをはからずも露呈した。この話であの事件を思い出してしまった。結局共産主義が破綻したのはこういうところなのだろうか。
つづく