言語とオーケストラの配置 (97/04/30)


Tch  Scientific American 96年12月号に脳と音楽の関連について面白い記事が載っていた。それによると、1893年にニキッシュという指揮者がチャイコフスキーの第6交響曲(悲愴)の最終楽章冒頭のバイオリンのパートのアレンジが気に入らない、書き直してくれ、と本人にクレームをつけてきたそうだ。このバイオリンパートは主旋律を第一バイオリンと第ニバイオリンが一音ずつ交互に演奏するという少し変わったアレンジがされているのだが、これは揺れ動く不安な気分を音楽的に表現したものとされている。このアレンジは100年前は意味があった。なぜなら第一バイオリンは指揮者の左、第二は右、と別々に配置されていたのだ。しかしながら現在では、第一、第二バイオリンは一塊に配置されているからこれを聴き分けることはできない。
 この話で思い出したが最近でもオーケストラの楽器の配置替えというのが起っていた。20年前私がコンサートに通い詰めていた頃は弦楽器の配置は指揮者の左から時計周りに第一、二バイオリン、ビオラ、チェロ、そしてチェロの後ろにコントラバスが控えている、というものだった。ところが最近のオーケストラを見てるとチェロとビオラの位置が逆転している。この辺の変化はある種の流行だろうと勝手に推測しているが、上記のアレンジの話を聞くと作曲者の狙ったとおりの効果を得るには楽器の配置にまでこだわる必要が出てくるだろう。
 話を戻すとニキッシュはおそらく左と右からの交互の主旋律の流れに耐えられなかったのだろうと想像されるが、カリフォルニア大のドイチェ教授によると、人はその人の母国語の種類やきき手の違いによって音の聞き方や感じ方が違ってくるらしい。しかも同じ英語圏でもカリフォルニア地方の人とイギリス南部の人では違ってくるというから面白い。以前日本人と欧米人では例えば虫の泣き声を捉える脳の部位が異なる、という説を聞いたが、それがもっと細かく実験データで紹介されていて、改めて環境が脳に与える影響の大きさを考えさせられた。

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