Kohaku Utagassen

昔の紅白歌合戦(96/12/28)


紅白  先日NHKの衛星放送で昭和42年(1967)から5年おきの紅白歌合戦を放映していたので、なつかしさも手伝って見てしまった。昭和47年、52年大会などはナツメロでも知ってる曲が多かったので見応えがあったが、その当時のヒットメーカーを見るのも面白かった。昭和42年などは筒美京平全盛で46曲中実に7曲が筒美京平によるものであった。これは1996年の小室哲哉をしのぐ活躍ぶりではないだろうか。作詞家に至ってはもっとすごくて47年大会では46曲中6曲、52年大会では実に9曲が阿久悠によるものであった。これらの人々は今だに現役だからいかにコンスタントにしかも多く世に作品を送り出しているかがわかる。累積セールスだったらものすごいものだろうと思われるが、世間は小室哲哉には割と冷たいようである。原因としては小室哲哉はセールスのターゲットを若年層に絞っているため評論をする一世代上の人々に受け入れられないということや、華原朋美との一見不純ともとれる関係が心情的な悪評をかってることがあると思われる。だが、やはり個人的には筒美京平の曲が好きだ。筒美京平こそ話題にすべき人物だと思うのだがあまり取り上げられないのはなぜだろう。
 紅白の話題に戻るが、昭和52年大会では審査員の中に松本幸四郎(当時は市川染五郎だった。こういう習慣はやめてほしいなぁ)、上田監督(当時は阪急ブレーブス監督)、や竹下景子などがいたが、当時の竹下景子はびっくりするほど美しかった。またピンクレディーが出ていたが、今見てもピンクレディーはかなりエロチックである。当時の出演者で今だに現役の人が多いが、やはり当時全盛の人々は光輝いていた。こういう番組を見ると既存のテレビ局はこういう昔の資産を切り売りしていけば結構な商売になるのではないかと感じた。毎年やってるそうなので来年もぜひ見たいところである。

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