いい本ていうのは、読み終わった後、それを書いた作家に電話をかけたくなるような本だって、誰かが書いてたっけ。映画なら、見終わった後監督に電話したくなる映画かな。でも、ケン・ローチ監督の映画は、監督よりも登場人物の誰かにかけたくなる。「どう、げんき?」ってさりげなく。出てくるのは、とりたてて何かができるってわけでもない、顔立ちもファッションもありきたりな、その辺にいる人たち。ご近所の噂話みたいに身近。日常生活のリアルな肌触り。
草サッカーの試合が始まろうとしている。ジョーはチームの監督。そこでトラブル。相手チームとユニフォームが同じなんだって。え?それじゃ試合になんないよー、どうすんの?ビジターはユニフォームを脱げ、と審判は言う。裸でサッカーかよぉ、ダッサ〜!でも脱がなきゃ試合できない…と、マヌケな試合を終えたジョーは、帰り道セーラに出会う。
ジョーは失業中。イギリスの映画を観てると、大人が失業してるのってふつーみたい。「リトルダンサー」、「トレイン・スポッティング」、「フルモンティ」などなど。そんなに働かなくて大丈夫なのかなあ。それじゃあ働いてる人は、子沢山の父親みたいにめいっぱい働いてドカッと持ってかれて、大勢の失業者を養わなきゃいけないのかなあ、ってそっちを心配しちゃうよ。ま、それはともかく。ジョーの話に戻って…
二度目に会ったとき、ジョーはセーラに持ちかける。「君のクルマにいつまでも積んであって、頭痛の種になってるあの壁紙、貼ってあげるよ。」で、友達と一緒に壁紙貼りに行く。「オマエ、貼ったことあんだろ?」「あるわけないじゃん。ペンキ塗りならやったけどさあ。」と頼りない二人だけど、セーラには、「いやー、彼はプロだからまかせときなって。」なんて言ってね。が、このほほえましい光景を、窓の外から雇用管理局の役人が双眼鏡で見てる。「きったねー!こんなちゃちいバイトまでチクルのかよぉ!」「へ〜んだ、写真撮っちゃったもんねー!」くすくす。おかしい。ガキっぽい騒動。でも、ジョーにすれば、雀の涙の失業手当がもらえなくなる大事件。必死で追っかけて、カメラを取り上げようとするが、敵はクルマの中。このイヌ〜!なんとクルマのボディにペンキで落書き!あはっ。それ、一回やってみたい!
その後ジョーは壁紙友達に相談する。もちろん彼女のことを。(そうそう。本人の気持ちを一番知ってるのって友達だよね。)近づきたいけど壁がある。自分はプーで、相手は自立した女性。ジョーは言う。「俺はもう37だ。これまで生きてきて、何も残ってはない。地位もない、家族もいない、仕事すらない。自分が持っているものといえば、ジョーという名前だけだ。」それがジョーの悲痛な現実。これがこの映画のタイトル、「マイ・ネーム・イズ・ジョー」。
でもね、このセリフからはなんとなく彼の自負が感じられる。仕事が無くても、これまでなんとか食ってきた。周りには、ヒマにまかせてドラッグに溺れたヤツもいれば、金欲しさに汚い仕事に手を染めたヤツもいる。俺は違う。俺はジョーなんだ、と。深読みかな。ねえ、その辺どう思う?
友達にデート資金をカンパされ、ジョーはセーラと親しくなる。メインストリートを歩いてきたセーラには、ジョーのいる路地裏の世界は新鮮だった…。ここまでほのぼのいい感じ。だけど二人はジョーのサッカー仲間のリーアムのとんだトラブルに巻き込まれる。
リーアムには借金があり、奥さんはジャンキー、赤ちゃんがいる。ん〜、ちょっと関わりたくない人。そんなリーアムのために、ジョーは幼なじみのヤクザのボスの下で働き、これがセーラの知るところとなる。
「信じられない!!」光輝いていた世界が一瞬にして暗転する。なんて人だろう!私がドラッグから子供を守るために、どんなに心を砕き、時間を裂き、毎日毎日地味な努力を続けてきたか、知らないの?今まで私の何を見てたの?(そう、彼女は保健センターで母親指導をするのが仕事。その職業意識以上にドラッグ患者を気にかけてきた。ヤク中のリーアムの奥さんを訪ねて、ジョーと知り合ってんだし。)
「ちょっと待って。聞いてくれ。君がそんなに怒るとは思ってなかった。ただリーアムを助けたかったんだ。ほっとけば、彼がボコボコになるか、奥さんが売られてしまう。この方法しかなかっんだ。」
言葉を失うセーラ。違う!最初からその選択肢はなかった。貴方にはどうしてそれがわからないの?あ〜、セーラの気持ちわかるなあ。ジョーみたいに弁の立つヤツに、あーだ、こーだ言われたら言い返せないよ。ほら、小学生の口げんか。女のコが機関銃のように言葉を浴びせ、男のコは言い負かさせるか、手を出してしまうでしょ?あれさあ、よく聞いてたら、女のコってめちゃくちゃ言ってたりするよ。それは違うだろ、みたいな。でも口じゃあ負けちゃうんだよね。
で、何も言わずにセーラは出ていく。
なんとかして彼女を取り戻したいジョー。だが…。
自分への怒りと彼女を失ったショックで、ジョーは酒を飲む。まずいよ、ジョー!ジョーはワケありでずっと断酒してたのに。ジョーが酔っぱらってる間に、とりかえしのつかない悲惨な事件が…。
あ〜、あのとき。そりゃあひどいダメージだったけど、それでもあんなに動揺しないで、もうちょっとマシな行動ができなかっただろうか。今思うと。そうすれば、その後の悲劇はまぬがれたのに。ジョーじゃなくても、悔やむことばかり。でもやっぱそれは無理。後の祭りってやつ。人ってそんなもん。そんなに強くない。くやしいけど。でもさあ、だからこそ強くなりたいと思う。ね、がんばろうね。現実はしんどいけどさっ。ほら、電話したくなるでしょ?ジョーやセーラに。
どこにでもいる、自分と同じ、日々生きてる人達のお話。見てね。