入国外国人の指紋や顔写真などの個人識別情報の提供を義務付ける
改定入管難民認定法の成立を批判する


中島 真一郎(コムスタカ-外国人と共に生きる会)

 2006年5月17日参議院本会議で、「16歳以上の外国人に入国審査時の指紋採集や顔写真撮影を原則として義務付ける」改定入管難民認定法が、野党や市民団体の反対を押し切り、与党らの賛成多数で可決・成立しました。
 成立した改定入管難民認定法は、2001年9月のアメリカ同時多発テロなどうけ、政府が2004年12月に策定した「テロの未然防止に関する行動計画」を踏まえた内容で、政府は別人に成済ましたテロリストの入国を阻止できるとしています。
 そのために、16歳以上の外国人に入国審査時の指紋採集や顔写真撮影を原則として義務付け、また、日本に入国する航空機や船舶に上院と乗客の名簿の事前提出を義務付け、法務大臣がテロリストと認定した人物を退去強制させられる規定を盛り込んでいます。
 日本への入国時に指紋採集や顔写真撮影など個人識別情報の提供が義務付けられる外国人は、旧植民地出身者とその子孫に認められている「特別永住者」、「16歳に満たない者」「外交・公用の在留資格で来日する者」「国の行政機関の長が招聘する者」などを除く広汎に及びます。
 1999年の外国人登録法の改定で、長年外国人差別の象徴として廃止が求められていた、外国人のみを対象として義務付けられていた指紋押捺制度が全廃されました。しかしながら、今回の入管難民認定法の改訂により導入された、上陸申請する外国人への個人識別情報(指紋採取や顔写真撮影)の提供の義務付けは、「テロリスト」対策を名目に、実質的に指紋押捺制度(それ以上の個人識別情報提供義務)を復活させ、入国する外国人を「テロリスト」あるいは「犯罪者」として危険視するものです。
 入国する外国人に指紋や顔写真など、個人情報の提供を義務付け、こうした個人識別情報が、毎年700万人分以上蓄積され、長期にわたって保管されます。また、日本人も対象となる、空港などでの自動化ゲート用に提供される指紋や顔写真も保管されていきます。
 これらの個人識別情報は、「テロ対策」だけでなく、捜査目的などで警察 が利用することも可能となります。さらに、外国政府からのデータ照会にも使われ、例えば日米相互に情報交換すれば、「国民総指紋登録制度」にもつながるものです。
 このほか、曖昧な「テロリスト」の定義が導入されると、ある種の外国人を恣意的に「テロリスト予備軍」として退去強制させたり、誤認逮捕が発生する危険があります。
 また、日本に入国する外国人を対象とする個人情報の提供の義務付けが導入されると、諸外国でも対抗して同様な措置が、今後導入され、「国際的な管理社会化」が進行していきます。
 現在、日本国内の日本国民の間にある「テロ行為」に対する漠然とした「不安感」や「恐怖感」と、「外国人なら許される」という差別意識から、入国する外国人への市民的権利や自由という人権を侵害する改定入管難民法が容易に成立してしまう状況があります。
 しかし、そのような漠然とした「不安感」や「恐怖感」から、テロや犯罪から国民の「安全」を得るために警察や入国管理局など公権力の権限を拡大させていくことは、これまで保障され、築かれてきた市民的自由や権利を失わせていきます。そして、「テロ対策」や「犯罪捜査」を名目として、権力者の自己保身のため政府に批判的な団体や個人を対象とする公権力の恣意的濫用を招き、「もの言えぬ国」や「戦争する国」へ変えられていきます。
 「テロ」行為は、「犯罪」であり、「戦争」ではありません。憲法や刑事訴訟法の規定に基づき、「容疑者」を適正手続きにもとづいて逮捕―捜査し、刑事裁判にかけて処罰していくという当然のルールに基づいて対応すべきです。今後、改定入国難民認定法の施行や運用を監視し、入国外国人を対象とする個人識別情報の提供を廃止させる取り組みが求められています。

(参考資料)
 出入国管理及び難民認定法の一部を改正する法律案に対する附帯決議(参議院)
 政府は、本法の施行に当たり、次の事項について格段の配慮をすべきである。
1 個人識別情報として外国人に求める指紋情報の提供については、指紋の利用に係る国際的動向を勘案するなど、その実施時期を慎重に定めること。
2 提供された個人識別情報については、その保護に万全を図るとともに、保有期間は、本法の施行後の運用状況及びプライバシー保護の必要性を勘案しつつ、出入国の公正な管理に真に必要かつ合理的期間とし、期間経過後は直ちに適切な方法で消去すること。また、自動化ゲートの利用のために提供された個人識別情報については、その措置に係る登録が効力を失ったときは、直ちに当該個人識別情報を消去すること。
3 提供された個人識別情報の出入国管理の目的以外の利用については、慎重に判断し、必要最小限なものとすること。
4 個人識別情報のうち指紋情報については、科学技術の進展、国際的動向等を勘案して、その提供義務化の要否、提供を義務付けられる外国人の範囲などを必要に応じて再検討すること。
5 新たに退去強制の対象となる「テロリスト」の認定に当たっては、恣意的にならないよう厳格に行うとともに、退去強制手続きを行うに当たっては、適正手続きの保障の理念に照らし、「テロリスト」と認定するに至った事実関係等を明確かつ具体的に示し、退去強制を受けようとする者が十分に反論を行う機会を与えること。
6 自動化ゲートの導入後においても、同ゲートを利用しない者に不便を来さないよう、出入国手続の一層の迅速化に努めること。
7 個人識別情報提供の義務化については、特に近隣諸国等に対する十分な説明と広報を行うなど、観光立国行動計画の推進を阻害することのないように努めること。
8 国民の安全・安心を図るため、テロの根源的解決に向けた諸施策も積極的に推し進めていくこと。また、テロ対策を進めるに当たっては、難民条約や拷問等禁止条約の趣旨に反することのないよう留意すること。  右決議する。