「外国人の人権規定と人身売買禁止法の制定に向けた学習会」 近藤敦氏講演 報告その2
 井上 幸雄(アジアに生きる会)

 2004年12月4日に実施された「外国人の人権規定と人身売買禁止法の制定に向けた学習会」における近藤敦氏の講演内容の後半について、前号につづいて以下報告します

1.人身売買禁止法をめぐって

(1)アメリカの報告書
 アメリカの法律では毎年報告書を作って、自国の状況だけでなく世界中の国の状況も報告することになっています。今年新しい報告書が6月に出ましたが、日本は4段階の3番目の監視対象国にランクされました。
 日本は6月の報告書を受けて、今年の7月に法務省、警察、外務省、厚生労働省による関係省庁連絡会議を本格化させました。そして来年の通常国会に法案提出を目指すことを決めました。
 アメリカの報告書の中では、「日本はアジア、中南米だけでなく、最近ではルーマニアをはじめ東欧からの人が目立っているようで、強制労働や性的搾取のために売買される女性、子どもの目的地となっていると。また、国際的に活動する日本の組織犯罪集団(やくざ)が関与している。日本は人身売買禁止法案の検討を急ぎ、人身売買に関する処罰をその深刻な犯罪にふさわしいものとしなければならない等々。また、日本政府は現在、刑法、労働法、出入国管理法、児童福祉法、児童保護法等様々な法律を適用して人身売買に関する訴追を行っています。しかし、その数は限られていて、これらの法律では10年以下の懲役及び高額の罰金が規定されていますが、これまで実際に課された刑罰はそれよりも遙かに軽いものだった」という、ある意味的確な報告をしています。
 警察庁は2000年の頃から売春事犯における人身売買事件の検挙件数の統計を取り始め、従ってそのデータはあるのですが、そこでは2003年までの4年間に307人の被害女性がいて、そのうち タイ女性が過半数の173人、コロンビア53人、台湾25人、フィリピン18人、中国13人、ロシア12人、インドネシア10人と続いています

(2)人身売買規制の取り組み 
 人身売買についての国際的な規制の取り組みは、一つには1949年に人身売買禁止条約というのが採択されています。そのころは売春防止が基本でした。従ってその条約を批准する関係で日本政府は売春防止法というのを1958年に制定します。
 強制労働とか臓器の提供も含む現代的な人身売買の禁止ということの条約が必要だということは90年代から世界女性会議とかILOなど様々な国連機関で議論されました。実際に今日の条約は、1994年にイタリアのナポリで国際組織犯罪世界閣僚会議というのが開かれ、国際組織犯罪の防止の観点から作られました。人身売買取引が組織暴力団の資金源にして、お金を儲けている。それを防がなければならないというのがこの条約の趣旨です。それに対して、現代的な奴隷制度を廃止すべきだとするのがNGO的な考え方で、女性に対する差別をなくすべきとか、いろいろなアプローチがあるのですが、条約としてできたのは、どちらかというと組織犯罪を防止するという観点からです。
 各国がそれなりに人身売買を規制する法律を2000年前後に定めています。アメリカは2000年に人身売買被害者保護法というのを作りまして、刑罰に関してはいろいろありますが、加えて被害者の保護として、例えば被害者の短期の在留を保障して難民と同じ社会保障の受給を認め、場合によっては3年後の永住権の取得を認めるということがアメリカの法律には書いてあります。カナダでも2003年に移民難民保護法を改正しています。刑法を改正するアプローチの仕方と、アメリカ的に特別に包括的な特別法的に作る方法と、カナダのようにいわゆる入管法を改正する方法と3通りあるようです。
 オーストラリアは刑法を改正しました。一方ドイツは入管法にあたる外国人法施行規則を改正しました。刑法も改正して、10年以下の懲役刑を設けると共に、ドイツの場合は被害者に対して4週間の間帰国するか捜査に協力するかを選ぶ、静かな環境の中でどうするかを選ぶ選択の期間をおきます。捜査に協力する場合には、短期滞在の延長を認めて、暴力被害者保障法の援助を得ます。帰国が危険な場合は永住許可を得ることかできる、そういう規定です。

(3)日本の対応
 実は日本はこの条約を批准する関係で、今法整備を急いでいます。しかしよく考えてみると、実は奴隷的拘束を禁止するというのは、憲法第18条の規定にあります。日本国憲法に何故この規定があるのか、あまり意味がないのではないかとずっと思っていましたが、この人身売買の問題は現代的奴隷制度なのだと考えるならば、別に条約上の義務というのではなく、日本国憲法そのものに根拠があり、おかれてもしかるべきですし、さらに言うとそういう被害に遭った人たちが退去強制されない、非人道的な取り扱いを今後受けないという要素を読み込むことができます。第22条の中に居住の自由というのがあって、非人道的な退去強制を受けないような権利規定が日本国憲法の中にありますので、犯罪捜査の都合上認めるというより、もう一度日本国憲法との関係を考えて、その在留期間の延長や、在留を認めるということが日本の場合は必要と思います。
 日本の法制度として、政府が考えているのは刑法は厳しくして、人身売買の罪を設ける。もう一つ被害者の救済ということについては法務省が在留特別許可を柔軟に場合によって認めるとか、速やかな帰国の実現とか、仮放免の弾力的な運用するということも、ホームページに掲げてそれなりの反応はしています。当初は法改正をするつもりはなかったようです。ところが今朝のニュースを見ましたら入管難民法を改正すると報道していました。法務省の方はやはり何らかの改正を考えて、在留特別許可をどういうふうにするのか、その辺を入管法に書いていくのか、それとも入管法の中に罰則規定を設けるのか、具体的な中身についてはちょっと分かりません。
 法案が出るのは来年ですが、いまどういう形になるのかが話し合われている最中です。おそらく実際に被害にあった人を公的な機関だけで収容するのはまず無理で、民間のそういう機関をどう使ってタイアップしていくかということと、財政的な支援、色々な生活保護法なんかはある程度柔軟に適用して、生活の支援とか、医療とかカウンセリングとか色々なことをどういう制度の中で作っていくか。これは人身売買の被害者に対しての制度ですけれど、ある程度入管法を変えるとしたら、いわゆる在留特別許可の仕組みとか色々なことについても法務大臣としてはできるだけ基準を明らかにすると言っていますので、その意味でも大事な改正点になるかも知れないと思っています。

(編集部)
 2005年6月16日国会で、人身取引の防止策として、「人身売買罪」を新設する改正刑法や在留資格のない状態で見つかった被害者に「在留特別許可」を与えて一時保護するか改正入管難民認定法などが可決成立しました。