変なやつ

真木は色とりどりの花をいっぱいに詰めた浴槽に埋まっていた。顔と腕、それから足がはみ出している。狭くて浅いユニットバス。呼び出された彼の部屋で、私はその光景にしばし、呆然とした。よう、と真木が手をあげる。いつもの呑気な挨拶だ。変なやつだとは思っていたけれど、あんまり意表を突かれて私は声が出ない。
 

「よう、篠原、気持ち良さそうだからやってみたんだけど、花潰して汁はつくし匂いきついし、あんまり気持ち良いもんじゃねえなやっぱり」

それから、篠原も入るか、と誘われたがぶるぶると首を振ってから慎んで辞退させてもらう。真木は、そうか、と言って花を詰めた浴槽で立ち上がった。裸だ。

「ねえ、あなたは少し、頭がおかしいのね?」

呆れた声を出して私がそう言うと、真木はひょいと肩をすくめて答えた。

「だってやってみたかったんだよ」
 

真木の言うには、いつだか写真の個展で、そりゃあ綺麗な女の人が花風呂に入っている写真を見たんだそうな。真木にそう説明された私は、へえ、と間の抜けた声で返した。何か他に言うべきことがあるような気がしたけれど、多分、考えるのをやめた。とりあえずジーンズを穿いた真木が、浴槽から潰れてない比較的綺麗な花を選んで、はい、と私に差し出す。いろんなことが面倒くさくなった気がした私は黙ってそれを受け取る。茎が切り取られているのでたいへん持ちにくい。
 

真木が紅茶をいれてくれたので、それを飲みながら渡された花を弄る。

「ねえ、私が来るまでずっとああやってたの?」

「うん、例の写真があんまり綺麗だったから篠原に再現して見せようと思って、でもやっぱりアパートのユニットバスじゃかっこつかなかったなあ」

「ねえ、私、思うんだけど、普通はお湯をはってその上に花を浮かべるんじゃないのかな」

真木が片方だけ眉をあげて短く唸る。それから肩をすくめて自分の為にいれた珈琲を飲んだ。私は真木に手渡された花をいじりながら、花の風呂で真木が何を考えていたのかを想像する。真木でなければ、絵としてみたら確かに綺麗かもしれない。さっきはああ言ったけど、ちゃんとお湯を張って花を浮かべて、それから私も入らせてもらおうか。私には浴槽いっぱいの花を、もちろんお湯一面に浮かべるだけの花も、集めるなんて真似はできないだろうから。
 

紅茶と珈琲の香りと、部屋に充満する花の匂いにくらくらする。酔ってしまいそうだな、と思う。それとももう酔ってしまっているのかもしれない。飲み終わった私のカップを片付けようと真木の腕がのびる。花の香りが染みついた真木の体。変な男。カップを片付けてキッチンから真木が自分の体を嗅ぎながら戻ってくる。

「なあ、体洗いたいんだけど、今うちのはこのとおり使えないから、お前んちのシャワー貸してくんない?」

私は私の部屋に行くまでに花の香りを撒き散らしながら電車に乗ったりする真木の姿を想像してふきだした。真木が怪訝そうな表情で私を見る。

「いいよ、そのかわり今日は買い物に付き合ってよ、それからシャワーを貸してあげる」

「それから?」

真木が情けない声を出す。今日は花の香りのする真木を連れまわしてやろう。まあいいけどね、という顔の真木。花の匂いに酔った私はその想像だけでますます笑ってしまう。そんな私を見て真木がぽつりと呟いた。

「変なやつ」


戻る