こんな休日

ベッドに横になって見上げた天井の黒い染みに夕焼けが映りこんで馬鹿みたいに赤い傷跡で眠りを誘い込んだ。目覚めたら世界は真青で気持ち良いくらいに晴れ渡った空が笑っていた。少しいい気分になって誰かの好きだった曲がいつのまにか自分の好きな曲になっていたそれを口ずさみながら歯磨き粉を思いっきり歯ブラシの上にのせて口の中に突っ込んだ。歯を磨きながら歌を歌いまくってたら舌が痺れたからもうやめる。排水溝に水がどんどんどんどん流れていって世界がぐるぐる回るみたいな変な感じになって口の中のものを全部吐き捨てて唾を吐いた。なんだかなあ、なんかうまくいかねえのな。
 

食パンの上にキャベツとベーコンとたまごとマヨネーズ、適当にのせて焼いて口の中に押し込んだら寝癖でぐちゃぐちゃの頭のままパトリックのマラソン履いて真青な世界に飛び出した。馬鹿、歯はもうさっき磨いたよ。白い野良犬のあとを追っかけて口笛。ああ馬鹿で口うるさい親父も姉貴もガキもいねえ。世界はこけた頬で真青だ、申し分ない、何ひとつ。皺だらけのシャツの胸ポケットに入ったラッキーストライクで一服決めて吸殻はちゃんと携帯灰皿へ。地球には優しくしとこうか。近頃自分の傷にばかり敏感でうんざりしてるんだ。
 

野良犬の尻を追ってあちらこちら。随分と友情を深めた気になったが野良犬だと思った犬は野良ではなくて飼い犬で。主のもとにご帰還なされたので仕方ない。途方に暮れた俺の前に虫取り網片手に虫カゴぶらさげて無愛想な顔したお坊ちゃまが現れたのでご同行させていただきます。お坊ちゃまは私有地だろうがなんだろうが全く気になさらないご様子でどんどんどんどん進んでいく。何人たりとも君の歩みを阻むものはない。素晴らしいね、大いに気に入った。コガネムシ、カミキリムシ、テントウムシ、それからバッタにカマキリ、おいおい坊ちゃん、もしも秋の夜長に虫の声を聞きたくなったら「むしのこえ」の歌に出てくる虫全部同じカゴの中に入れるんじゃねえぞ。まあいいまあいい、所詮世界は弱肉強食、小さな虫カゴの中もおんなじか。口をへの字に結んでにこりとも笑わないお坊ちゃまを誘ってマックで昼食を。奢ってやるが贅沢は言うなよ、これが俺の精一杯。
 

一時限りで完結した友情は素晴らしい。約束がないから裏切られないで済むし裏切らないで済む。俺が軽く別れの挨拶をすると無愛想な顔のままお坊ちゃまは一言礼を告げて颯爽とした足取りで去っていった。いいね、かっこいい。さて坊ちゃんと別れて俺はぶらぶら歩く。鼻歌まじりにぶらぶらと歩く。履きなれた靴は気持ちいい、抜けるような青空で気分もいい。真青な世界に両手を広げて曲がった背骨を伸ばして深呼吸。理想と現実、生きるのに厳しいのはどっちかな。見つけたコンビニでスナック菓子を買う。袋の上からばりばりに砕いて公園で鳩にくれてやる。煙草に火をつけて鳩と戯れる。くるくる言いながら鳩が踊る踊る、これが平和の象徴ですか。象徴なんて誰が決めたよ、俺の平和の象徴は歌と靴と青褪めた世界です。虫カゴの中の弱肉強食と礼儀正しい無愛想な子供をつけくわえてもいい。
 

あああ平和だなあ。雨も降らないし。そう、天気は重要だね、雨の日は靴が濡れるからよろしくない。平和だなあ、暑いなあ、信頼していた議員には裏切られるし、全く平和だなあ。それではさてさてさあさあそろそろ走りましょうか。地球は西から東に自転します、とどまるためには走らなくちゃあいけません。それではよーいどん、鳩を蹴散らして西へ向かって現在の位置をキープ。馬鹿じゃねえの、くだらねえ。大口開けて馬鹿笑い。息が切れるまでランニング、大声で世界にラヴソング。走り終えたら愛の証に大地に口づけしましょう。
 

空が赤く傷口を広げるまで走ってへとへと、足が棒のよう。疲れたからもう寝ますよ。明日のことは起きてからまた考えます。素晴らしい一日をありがとう。


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