幻想悪夢

夢を見る。
 

コンビニへ行く途中の暗い道の通りにある、蔦に覆われた古い二階建てのアパート。昼間は気にもとまらないが、夜になると闇に紛れるくせに存在感が増す。青白い月明かりの下、明かりのついてない部屋の窓辺に君が立つ。ひっそりと。月明かりに似て青白い肌の君が。二階の窓は遠くて暗くて、曖昧にぼんやりと浮かび上がるように。
 

僕は決まってそのアパートの前の車道の真中で君を見上げる位置に立つ。君はぼんやりとしていて、僕を見ているのか、それ以前に僕に気がついているのかどうかも分からない。亡霊みたいな君。

アパートは脳を模したオブジェなのだと不意に気づく。脳の中の君。蔦は脳の皺に沿うように絡みつく。僕は妄想する。僕はただ蔦によって構成されるよくできた人形なのだと。いつの間にかアパートは僕の思った通りの巨大な脳にすりかわっている。切り取られた四角い穴の中の君。
 

そして僕は一本の蔦でできている。皮を一枚めくれば、僕を構成する骨も筋肉の繊維も、すべて細い一本の蔦なのだ。青白く冷たい月明かりに刺されて、僕はぐにゃりとくずおれる。解きほぐすように月明かりは僕の筋肉の繊維の間に入り込み、僕は分解されていく。人の形を失い、蔦に還元されていく。そして、僕が完全に分解されるころには、耳なんてとうに消えてしまったというのに、高らかに笑う君の声が聞こえているのだ。
 

僕はアスファルトに這う、根のない一本の蔦。脳の中に住まう君を目指してのろのろと動く。もはや言うことを聞かない体。はやく、はやく、完全に動けなくなってしまう前に。月の光が刺すように痛い。そもそも日の光を浴びていないから、僕は蔦の四肢を伸ばすことができない。君に辿り着けない。ここでは夜しか存在しないのだ。君が笑う。蔦の僕は人の形をしていた頃よりも五感が鋭くなっている。もっと生々しくて圧倒的。月の光が伸びてきて僕に触れる、熱くて冷たくて刺すような感覚なのにもちもちとした感触。月の光のメロディが君の笑い声が奇妙な色をして見える、痛みが聞こえてくる。五感に邪魔されてうまく思考できない。
 

そして気づく。僕が切り離されてしまったのだ。あれは僕の脳。君は僕を操縦する。青白い月明かりの下、圧倒的な五感に支配される。蔦の僕。途轍もない絶望感。幻想悪夢。


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