191. きみあるか

となりにある空虚さと、底にある孤独が同義でないことを知っていたと君は思った。でも途中で少し疲弊して、疲弊した目が視界で見間違えたの。それは似ているやも似ていないやも、どちらでも構わぬと。そうしてならばとそう断じた。


空気がなまぬるくて久しぶり。これを知っている。婉曲に似てやさしく肌をなで、痛みもない。気持ちもない。それは孤独ではなかったよ、空の胃が、そこに何もなくても何も要らぬと訴える。頭で御しようとして体の真中がそれを退けた。要らぬばかりで請いもせず、願いもせず臨まぬままに覆いかくし。遮蔽する断絶を以て退けた。


それは君でなくって君の四肢末端! それも含めた君というならば、君のしんのぞうの在処ときたら!

 
0:49 2014/03/19


190. ひさしいぶざま

あーあ! なんてことかしら。私に与えられたものは与えられたものだから価値がなかった。なんていうと途端に傲岸不遜、恥ずかしいね。私のために私がかたちをつくって名前をつけた。このそれは、だから愛らしいね、誰かにはたとえ見にくくて、とても醜くても。

自己肯定感はあるかしら。君に私にそれぞれの。あの無様で愚かしい、とても愚かしい、でもまるで意味があるみたいな。は、意味があろうがなかろうが。


いつかに見た空が、もう思い出せなくって、無理やり頭の中で描いてみた。ひどいね、これはひどい。もはや私のものですらない。それが、今は、急に、とても悲しいよ。

思い出せないから、泣いてみようかな、なんて。刺した針を取り戻そうかななんてみたいに。


ころしたくって。ころしたくってとじこめて、頑丈に封して捨ててしまったの。後悔なんてしていないのに、後悔なんてしていないのに、胸が痛いよ。もしこれが、なくしてしまった針のあの痛みのかわりというならかわりになるというのなら、なんて馬鹿馬鹿しい永久運動、私の宇宙、私の世界。わたしの、せかい。


いまはまだ、痛みは鈍く、感覚は遠く、さしせまらない。私をささない。私のものではないから、私のものでさえないから。その名前は、私を指していない、よ。

 
3:14 2014/03/18


189. 君に繋ぐ

どうしたの? こんにちは。(少しの沈黙。)さて眼前では世界が夕焼け色に染まっていて、私は夢を見ていたよ。暮れきるまで、暮れきるまで。もう少し、もう少し、なんて起きるのを後回しにして、夢を見ている。夕日が橙色を連れて燃やして、空を一枚ひきはがしていく。夕焼けがきえていく、日が完全に落ちるまであとどれくらい。音楽がきこえるみたい。ふわふわした歌声。暮れきるまで、もう少し、もう少しだから。それまで。夢を見ているよ。ごめんね、ありがとう。あるいはね。

 
13:47 2010/07/26


188. きらきら

お母さんの手を離したら知らなかった広いみたいな世界があって、たくさんの名前があって知って、そうしていつか何者かであるのだと思っていたよ。何者でなくてもいいのだと知って少し、楽になった。
 

鋭い切っ先をもたらすものが、悪意からだけでないことを君は知っているね。君の言葉は少し私を不安にするよ。誰の気持ちも届かなくって苦しいみたいな君。これから・これからだらけのあの子。きらきらしていて、ああ、あの子の笑顔を知るばかり。君は笑わなくって、平坦になる。感情がともなわないまま言葉だけはたくさんあって、それではまるで自分の状態を正しく他人に伝えないんじゃないかって、少し黙る。
 

しゃべって、もっとしゃべって、おしゃべりしていてよ。もっと私や、あの子と。あるいは私の知らない君の誰かと。
 

本当は、君も私も、これからだらけのあの子も、みんなそれぞれわがままで、私は笑ってしまうよ、まるで笑ってしまうよ。ごめんね、わがままだなんていうと、言葉がわるいね。私たちは。受け入れるもの、受け入れないもの、受け入れられるもの、受け入れられないもの、何を指針にして、どこを目指すかな。何を喜んで、何に淋しいかな。
 

みんなおなじであればよかったかな、そうではないね。遠くに少し、見えるものは、それでもおんなじかな、おんなじだといいな、きらきらあの子、お星さまだから、目印にするね。私に見えるきらきらが、誰かの目にもおなじに見えるといいな、なんて思うよ、ごめんね、勝手に目印にして、誰かの目印になってほしくって、ごめんね、好きにきらきら笑っていてくれるから、ありがとう、ごめんね。私のお星さま。君にもきらきらするよ。私のお星さまみたいに。君にも誰か。あるいは何か。それはきらきらと、君に。

 
1:48 2009/08/28


186.

名前がないと不安みたいな君、誰かに話しかけられた気がして耳をすました。ささやくみたいな語りかけたみたいなそれは車のエンジン音だったよ。すぐに通り過ぎていって、なあんだ、なんて安心したけど、まだそこは夢の中だったよ。このままでは一体誰に話しかけられるか分からない。君は早く移動しなくては、そこからどこかへ。目覚めなくては、夢から早く、早く。

 
0:51 2009/06/03


185.

音楽をきいているね、私たちは。ずるい歌声、通り道。濁って沈んでいくみたいな内側でその軌跡だけがclear、言葉にはなくて、私には境界線がないみたいに、内側でひろがる。見えなくなった目にも少し、景色が戻るみたい。錯覚でいい、in sight、inside、それは少し、私の世界をひろげて、もっと見たい、もっと見るように、目をとじて、このままねむりたい。ひろがっていく私のなかで、境界線も果てもなくて出入口のないまま。繰り返しの歌声、うちすえるように、ここちよく。終わりなどどこにもないように、その音階、その歌声、君、それぞれの私たち。

 
0:51 2009/06/01


184.

私は傷を以て知って因って深くなくなった。浅く広く視界は可視の限り。鋭くて綺麗な銀色がよい。何も見えないように、何千何万何億那由他阿僧祇で、私に目がけて視界を蔽えばよい。でなければ盲目の。あの味を忘れた。舌の上の雨。感覚は間隔を挟んで置換され、繰り返され、やがてもはや私は私でない。あなたもまたそう。今を離れ遠い先のどこか、どこかであったとして、またはじめまして、何度でもはじめまして、こんにちは、おはよう、さようなら。さようなら、いつかにまたあったなら、挨拶をしてね、今は今だけだから。あなたはあなたで、私は私で、また挨拶を。

 
2:07 2009/05/26


182.

くるしくないの空気。そこで見あげて空はひろくてからっぽ。何もないから埋まっている、埋められている。大地に潜り深く伸び伸びてしまった根を切って蹴ってそこへいく。私も埋まる、そこに埋まる。おもちゃみたいに誰かの無意識が天地を逆さにして、私は埋まる、底に埋まる。そして見あげた空は。やはり空は。

 
1:43 2009/05/26


181.

夜に点灯する。風が吹き抜けた。誰かのこたえみたいな風。夜。誰でもいい、いつだって構わない、誰か誰かを助けてよ、助けていてよ、手を繋いでいて離さないで忘れないで忘れないで。夢にみるくらい、覚えていて。

 
1:34 2009/05/20


179.

寝たくないの、寝たくないのに寝たくないのに、目を閉じてしまう。視界が覆われてしまう。刺すみたいな冷たい空気が指先を傷つける。いたたまれなくって、悲しくなる。

 
3:19 2009/01/10


178.

誰かのこと、知りたくって、夜の中。煙がもう足りない。どうしていいのか分かんない。昔に好きだった文字を追って、少し滲んだりして。忘れられない文章があって、どうして、そんなに好きなのか、どうしてそんなに。知りたくって、知りたくなくって、知られたくって、知られたくなくって、点線が見えるみたいに、あなたは私をうまく、私と私に割いてみて。内臓をぜんぜん傷つけないみたいに、指の腹でそっと、撫でるみたいにして、まるでかたちの違う、いびつな私と私に、そっと。

ごめんね。

 
3:19 2009/01/10


177.

くるしくなりたい、くるしくなりたくない。あーあ、世界中で鐘が鳴っても平気、まるで今。寄る辺ないということもない。いつかになくした文章が見つからなくって部屋がきれい。お人形さんがこっちを見て座っている、ふたり並んで、よっつのめ。焦げた甘い香りで部屋の底。もう大丈夫だね、君は大丈夫だね、まるで今。夜が深くなるよ、好きじゃない。寝転がって好ましい、まるで善くなる。今の今。息も詰まらない。天井近く、薄い空気が震えて伝う、隙間から夜に逃げ出す。沈んだ香りがじっと見ている見上げている、お人形さんが真中。見ている。逃げていく天井近く、空気、私は底で、目をつむる、夢を見ようとしている、枕に顔を押しつける。焦げて甘い香り。今。

 
0:57 2008/07/14


176.

景色でしかないみたいに、触れもしないで目に映るばかりの積み上げられた不用品という不用品、不要物を袋につめてゴミに出した。綺麗になったみたいな錯覚で、器を空けたみたいな錯覚で、心を重くした。君は楽しいね、私は楽しいね。誰かがいて、誰かは誰かでしかないね。言葉は。私は、歌が聞きたい。誰かの歌が聞きたい。夜に透るどこか誰かの歌声。

 
23:33 2008/06/23


175.

昔に拾った望遠鏡、あいさつしたみたいなあの日を思い出したみたいにクローゼットの中から転がりでた。いつも毎日かわらない風景で、のぞくことが惰性になり、興味が薄れ手に取ることも減り、やがてのぞかなくなり、しまいこんだままそれ自体を視界に入れるようなこともなくなって、忘れ去るのはあともうほんの少し、みたいな、そんなタイミング、まるで図ったみたいだね。

望遠鏡を拾い上げて手にとって、それでもそれをのぞかないままにそのままに、仰いだよ。桃色してた。空が少しね。

知らない言語だから音だけをとらえて覚えてみたような歌詞、意味を文法を物語を知らないから音だけで、私に意味をなさなくってだから、音だけ、音だけ、音楽が気持ちがよくって口ずさむ。音そのものみたいなこの歌を、口ずさんで、口ずさんだままずっと、このままいい気持ちでいられたら、あの日の望遠鏡をこの望遠鏡を、のぞけるかな、そしたら君はどこにいるかな、望遠鏡の向こうに見えるかな、そこに私もいるかな、暗い静かな夜になんだか低く重くでも微かな振動が、ひびくね、きこえるよ、口ずさむことをやめ眠る準備をする私に、暗い夜に横たわる私の耳に、なんの音かな、世界の破滅するより前の音かな、低く重く静かに微か、単調で、だから心地がいいね、眠るまえに心地がいい。いつかの望遠鏡を、のぞいてみる前日の夜。朝にあの歌を口ずさむより前の、その夜、私は眠るよ、振動に身をまかせ、心地よさの中。深く深く沈みこむように落ちるように。

 
0:34 2008/04/15


174.

くるしいかな、穏やかさが笑うね。たくさんたくさん、いちいちを取り出して並べ整理して分別し、片付けたみたいな中身。軽くしたつもりで重量感。とりかえて中身をうつしてみても、変わらないみたい、その名前、私はかばんを持って、ぶらぶら提げて、重たいなあ、重たいなあ、遠心力でぐうるぐる、ふらふら歩いて、苦しかったこと、苦しかったこと、全部置いてきたみたいな気持ちでぐうるぐる、手に提げたかばんは、変わらないみたいな重さで、それでもまるで整理したみたいな気分、恥ずかしいね。

 
23:40 2008/04/14


173.

今もう何もきこえないってわけでもないよ、ただどんどん浅くなっていくみたい。一日では気づかないくらい、気づいた頃にはまるでとりかえしがつかないくらい。もうまるでとりかえしがつかないね。望んでいたわけでもなかったよ、望んでいたわけでもなかったね、それでも、浅くなる、浅くなる。何にか押されるように、中心から遠ざかり、遠ざかり、まるで遠ざかり、抗う気持ちが反芻して、刻んだ言葉ばかり、事実ですらもなく、再構築され、まるで堅固な城ができたね。誰も入れないみたいな、とりかえしがつかないみたいなフォルムで、それもそれでも、やがて、時間をかけ、気づいた頃にはもう、中枢から、のまれるように(とりかえしがつかないように)崩れ、落ち、城壁が残るね。確かなフォルムさえ、過程さえ、始点さえ、まるでまるでもう。押されるように、押し出されるように、不可逆な進行が、浅くする、浅くする。そのかさぶたは。爪は。触れる空気は。なでる風は。転がる石は。散る砂は。滲んでいく水はなぜ。引力は。味方しないみたいだね。それとも、ねえ、向いた方向を見誤っているのかな。応えがないみたいだね。誰もいないかな、ここには誰も、私も、いないのかもしれないね、そしたらそれは、それが、答えかな。おやすみ、あなた、私、君、その力。

 
1:30 2008/04/09


172.

なんにもいらない、なんて言ってもあんまりうまく信じてもらえないね。君からなんて、いらないよ。私は夜に。夜に、パッヘルベルのカノンを聴いていい気持ち。どこへいくのかな、どこへむかうのかな。窓の外を想像できるから、気持ちがいいのかな。綺麗な、綺麗な空がひろがるね、雲がひらいて、綺麗な空が。風の穏やかな、緩やかな。動かないみたいな一瞬が永遠みたいな、絵みたいな。もっと好きになって。君はもっと、好きになってよ。私は夜で、夜に、カノンを聴いているよ、聴いているから。君もまた、空を想像して。

 
21:48 2008/03/25


171. the field of blue

いつも腹を空かせちょるようなくせしよって胃の辺りがずっしり重とうてから、君はその鈍い重いずっしりとした何かを痛みみたいに感じちょって顔をしかめちょる。顔の曖昧で足ばっかり印象の強いようなひとがたのばたばたと倒れ伏しちょる君の平原で、君はただ沈黙を通しちょる。君は、世界が青いんか、それとも、ただ君の視界が真青なんか、判断がつけられんでおる。私は、私もまた、君の視界を通して見よりよるだけの存在じゃけえ、判断がつかんのんじゃいね。

君は瞬きも少のう、睨んじょるみたいにして、じっと前を向いちょる。ただ君の平原を見つめよる。この世界の青さは、君、どねえなかいね。世界はうつくしゅうて青ざめてから、君は、憤怒みたいなもんが腹に溜まっちょるのを感じちょる、それがまたじわじわ重さを増していきよるのを感じよる。腹が腹がずっしり重とうてから、君はあれじゃ、君もまた、膝を折って両手をついちょる。両手をついたまんまで、君はまだ呻き声ひとつあげよらんと、睨みよるみたいにして前を向いてから、長く深く呼吸を繰り返しよる。歯を剥き出しにしてから、食いしばって、君は。

ほれ、見てみいさんいね、君、見ちょるじゃろう、よう見いさん、にんげんみたいなかたちしたんが、倒れ伏しちょるわ、君の平原で、君の平原で、ばたばたと、あれ見いさん。君が倒したんじゃ、君の憤怒が、顔の曖昧なにんげんみたいなかたちしたあんならを、足ばぁっかり印象に残るようなあんならを。君の憤怒が染め上げたんじゃろう、この世界を、こねえに青う青うしたんは、君なんじゃろう。ほんとのところは分からんよ、私はただ君の視界を通してしか見れん存在じゃけえ。君の視界しか知らん。それでもよ、それじゃ言われても、なあんも不思議に思わんわね。

君、責められよらんと不安かね、ゆるされたんみたいなは不安かね、怒りばっかり腹に溜めちょきよりでもせんと、不安で不安で堪らんのかいね。見いさん、ここじゃ、だあれも君を攻撃せまあがね、君の平原じゃ、青う染まった君の平原じゃ。君の不安と憤怒がつくりあげた平穏じゃ。青ざめた平穏じゃ、にんげんはだあれもおらん、なんの音もせんような。君はまだ黙っちょるつもりかいね、ええ、ええ、はあ倒したけえ、君の平原で君はぶち倒したけえ、君は起きて立ちいさん、両足で立ってから、産声をあげえさん。はあええけ、はあええけえ、君は咆哮しいさん、腹に溜まったようなもん、全部ぶちまけえさん。三百六十度の青い視界で君は、君以外に誰も立っちょらん君の平原で、産声をあげえさんね。


170.

君は重さをふりはらうみたいにして少し、涙を落としたね。歌でうたっちょったみたいには軽くないみたいに見えるいね。私は君を知れんのんじゃろう、じゃけど君も私を知れんじゃろう。じゃけえ、おあいこじゃ。君は信号でとまって少し、考えるみたいにしちょる。行こうか、とまっちょこうか、戻ろうか。私は君を知れんね。君は。


168.

まるくて金属みたいな音して響く。見上げた夜に月が浮かんでいて空気が震えていた。振動している。うつむいた私の目の前に指先があった、錆びていくみたいな鈍い色して、かじかんでいた。寒くて触れているものが冷たいから指のはらが痛くて、だからあたたかいものがそこに必要だね。空いている手のひらがふたつ、君のためだけのそれであればいい。この両手だけの君では重たすぎるから、君は、たくさんのための君であればいい。空いた手のひらふたつ、私のためには君が私に必要であればいい。そうであればいい、そうであればいいね。震えるよ、君は空気、君は水、君は心、君は言葉、君は意思、君は感触、君は。風の声が聞こえるね、遠く吹きすさぶ、通り抜け撫でていくよ。爪を立ててひっかく。夜の空に薄く。君は、たくさんの、たくさんと、手をつないでいる。


166.

たくさん、忘れちゃだめだって、思いながら、たくさんたくさん、思いながら、歩くのに、歩くけど、歩きながらばらばらこぼしている気分になった。ぼんやりお風呂場でシャワーを浴びているあいだ、水がタイルに当たって跳ね返って飛び散る音をずっとずっと聞いてるみたいな永遠に似た一瞬だよ、あるいはまた、電気を消して布団に入って目をつむる、寝るまでの寝るまでのあの永遠みたいに間延びした時間、に、浮かんでくる、ひたひたと忍び寄るあの地面すれすれを這うように飛んでくるあのイメージ、あのイメージ。でもそれも、いつかの焼き直し。ほんとは何もない何もない、なんにもない。過去がなくて共感できないね、あんまり過去がなくて共感できないよ、確実に、私、を、通り過ぎ、去った、できごとが、なくて共感できない。いつか魅了されたみたいな誰かの物語、を、もういちど、記憶に、焼きつけるみたいに繰りかえしなぞってみる、時間さえも、もしかしたらむなしいのかもしれないなんて、あの揺さぶられたみたいな感情を、はじめてのときの感情を、もうとりもどせないのに。だから、どこにいるのかなって、聞いてみて。鏡にうつってる誰かが、きつい目をしてそれでもこっちを見ないでしょ、だから、君は、もういちど、鏡を見て、ねえどこにいるのって、聞いてみて。それから、それから、その正体を、あばくみたいな質問を、夜に、潜めた声で、少し曖昧にぼかして、つぶやいてみて。ひとりごとみたいなふりして。つぶやいてみて。だってそうしたら笑ってくれるかもしれないでしょ、今度はもしかしたら、声は届いていて、聞こえていて、笑ってくれるかもしれない。


161.

いっこいっこ、つぶしていかなきゃなんてそんな馬鹿な。歌声がきもちよくて、なんだかなにもかも、頓着しないでいられるみたい。それではいけないと悪魔がやってきて諭すよ。くちばし人間、耳元で。ささやくみたいに諭す。空になったコップが転がっていて、いつかハンマーが砕くよ。そしたら欠片を踏まないように踏まないように、気をつけなきゃ、なんて裸の足が動けずに。


160.

手の届く範囲でいてね、理解の及ぶ範囲にいてね。


159. ←

死にたいみたいな体で君は少し、道化じみて見せて、滑稽。二重写しみたい、透けて見える、恥ずかしいよ。少し欲しくて、もっと欲しくなって、今はもう抱えきれないみたいになった、君。赤くなった頬で林檎を剥いている、指先は少し、震えるよう。触れるみたいに。明かしてよ。君の言葉は音楽を選んで、意味を曖昧に少し、宙に吊るした。誰かが話してみせた真偽の知れぬ話を、それでも信じてみせて、そうして盲目を気取ってみせて、君はその精神の忠実を試すみたいに。君は、君は。お願いだから、お願いだから、お願いだから。お願いだから。くるしいよ。


158. →

具体的な感情はいつもその場限りで、忘れたくないよ、なんてどんなに願ってみても携帯できるのは日ごとに更新される感情だけみたい。かげもかたちも残らないみたいに、変容、して、でも、忘れたくなくって指をかんだ、歯より奥、舌がうごいていた。指に触れた、ざらりとした感触。
 

何度呼んでみても、にじんでこぼれ落ちるだけ、戻ってこなかったね。時間ばかり、そばにいて、ぴたりとよりそって、そばにいて、奪っていくみたい奪っていくみたい。
 

だってふりはらえない、嫌なんだって、苦しいなら苦しいままでいたいよ、忘れたくない、あんなに苦しい感情が、ぼやけていくなんて、忘れさせてほしくなかった、あのときの幸せな気持ちも、幸せな気持ちも。でもだめなんだね。
 

くるしくないんだね、安寧かい? (ざらざらしているよ)


157.

どこかにいるね、私たちはいつも。不幸でないと安心できないね、お母さん。裸足の少女がくるよ、記号的スカート、白い足。忘れることさえできるね、私たちはいつも。いつも、いつも。好きだよって、言いたいな。


156. なつのそら

遠ざかるみたい、顔の見えない複数の足音がばたばたと、足だけがばたばたと、熱いアスファルトの上を駆け抜けるよ、遠ざかるみたい、遠ざかるみたい、皮膚がめくれたの、柔らかい皮膚を、突き抜けて、遠ざかるみたい、縦に縦に大きい小さいを繰り返す雲が見えたね、縦に縦に律動を繰り返し伸びていくね、遠ざかるみたい、悲しいね、悲しいね。汗をかいているよ、皮膚を伝い落ちるね、玉を結んで落ちたね、君は、微動だにせず、遠ざかるみたい。悲しいね、悲しいよ、まるで遠ざかるみたいに。


155. 君に繋ぐ

また夏が来るね、あの暑い日だよ。君が手をのべたね、いつかに置き去りにされたみたいな感情は意思に逆らい時間に沿って薄められているみたい、薄められ続けているみたい、鳩が鳴いた朝だよ、朝の湿った色、薄められ続けても押し潰すみたいにして引き摺って、同じ暑い夏の日が濃い噎せ返るような空気をまた連れて、来るけれど、君が手をのべたね。触れているよ、今、君、分かるよね。触れているよ。


154.

どこにもない場所に行きたくて、枯れ葉を踏むみたいに、切りとられた私と君の記憶の思念の言葉の薄い一枚一枚の積層の上を、乾いた音を立てながら歩いた。この道がどこにも続いていないことが悲しいね。錆みたいに赤い色をしているのに落ちた葉はこんなにも美しい。どこにもない場所に行こうとして失敗した。この道はどこにも続いてない。でもつくるね、私だけの、ここの、どこにも、ない場所。


153.

私にしか響かないみたいな言葉を後生大事に抱え込んで私はまるでまるで哀れ、帰り道、帰り道、道端に咲いた綺麗な綺麗な赤い色の花を見つけて心地のいい風が吹いて、今日という暮れる日が名残惜しい。暮れ切る前の一瞬の浮遊感、忘れたくない気持ちを音楽を聴いて逸らした。逸らしたのに音楽の銀色の目に見えないくらい鋭くて細い細い針の束、私を刺してもう抜けない。感情が固定された。


152. 阿吽ゴースト  ( the ghost in the scapegoatscape )

あなたは私ではないから、言葉もうまく届かなかったんだね。洗われた白いタオルが必要でない。ダンボールは空のままそこに置かれている。開けたり閉じたり、忙しいから中身について考えられないね。あなたはまるで一心不乱、私は私で仕方がないから浴槽にためられた水に潜ってみたりしたその後で、水を滴らせながら、妄執でもってあなたを他者と識別する。
 

浴室にいて濡れたまま、北向きの窓から、すりガラス越しの午後のゆるい陽射しのなかで、足の先に並ぶ白い爪を見つめている。道はいつも同じ方向に曲がっていて、私はまたここにいる。そしてここにいない。あなたがそこにいて、あなたはそれで、開けたり閉じたり、開けたり閉じたり、私は、そろそろ窓を開けようか。風でもって乾かそうか。
 

想像の中で、雲が広く開いて青い空が見えた。いつも夢見ているから、それはとても遠いところにあるのだと分かるよ。決断するにはいつも、少し早すぎる気がして、ずっと、視線を落としている。だから、いつもそう。あなたがそこにいるからね。私はここにいる、ここにいて、もうずっといない。いないのだから、何もできないよ。窓なんて開かない。タオルなんか必要ない。いつもそう。手のひらを見つめていても透けて向こうに足の先が見える、足の爪の向こうに浴室のタイルが濡れているのが見えるよ、私は水の中をくぐったのかな、どこにいるのかな、窓の向こう、頭の上、雲が広く広く開く青い空が、きっと見えるけれど私は視線を落としているよ、頭の上で青い空が見えていても開かれていても、私とあなた、同じ景色の中で、いつまでもあなたが私でないなら、私は、いつもそう。同じことなのだから、早く決断して諦めて早くあなたは私をそのダンボールの中に閉じこめて。そうしたら私はぬるい水の中。暗く四角いダンボール、水の中、すぐに腕を伸ばすから。腕を伸ばし突き破り、あなたの喉元めがけ、蛇の尾を噛んでまたどうせ同じ景色、次はあなたの番、私の番。私たちは体をひとつにした阿吽のゴースト。


151.

自分にどんなに否定的な私を見つけ出して綺麗に並べてみても、まるで強烈な自己肯定下にいるみたい。今、私が君を好きじゃないなんていっても、信じてくれないんでしょう。足が震えている。私と同じ心のあなたが、今、もう目の前にいない。物理的距離を心の距離に換算することもしない。探して見つけてひとつひとつ、綺麗に洗って並べてみるよ、美しく規則的な模様を描いて、今この私の目の前に。足が震えているね。恐怖しているよ。


150. さよならママ、そしてこんにちは

どうということはない。どうということはありません、道徳が一瞬、視界を遮った。感情を操作しようとして挫折した。雨の日に傘を忘れて濡れそぼった。動揺して狼狽した。鍵を落とし、来た道を戻った。理性を留めようとして失敗した。言うべき言葉に詰まった。そして絶望した。絶望した。私がまだ絶望することができたのは、そこに希望があるから。何度でも絶望するよ、遠い日の向こうに希望の光が淡く点灯している、し続けている、これからもし続ける。だからさようなら。そしてこんにちは。


149.

少し気持ちがよくなりたくって耳の穴から爆音で音楽を流し込んだ、体の中、どこにも逃げ道がなくて音楽が暴れた、少し暗い色に光が見えた気がして、泣いてみたいけど、苦い味。吐き出したくないの、ぜんぶ呑み込んでしまいたい。もうどこにも行かないように、どこにも行かないように。暗い色に鈍い光、見えないよ、見えてないの、本当はね。本当は、先を知っているから、占いなんて必要ないの、過去をぴたりと中ててみせたあの人も、台本に沿って少し登場してみせただけみたい。私は先を知っているから、私は先を知っているから。あの光も、本当はそこに見えてもいないと、知っているよ、苦い味。苦い味。舌の上、雨が滲み込んだ。苦い味。


148.

夢に見るほどの色彩に満ちた風景は今この眼前に現れることもなく、私は落ち窪んだ目で暗い色の部屋の隅を見つめ、白い手足のあの人の、病んだ心に触れたいと願います。奇妙に折れ曲がりくねるあの人の道筋は、不思議に色づいて、私の心を惹きます。闇に染まりきらない深い群青色の空に浮かんだ黄金の三日月です。体温と平衡した水の流れです。浮き上がる白い手足です。


147.

めんどくせえもん振りまわしているね、捨ててみてよ、一度。もういっかい掴むなら、それはそれで。うねってまがってどこかに続く。うまく神さまが信じられないなら、神さまをつくってみてね、君だけの神さま。誰と共感できなくとも、君にだけぴたりと沿う。馬鹿みたいに巨大で強大な景色みたいに。君の視界を覆う。蔽い蓋う。信じたいなら信じたいだけ。君の好きなだけ。いちど捨ててみてもいいよ。もういっかい掴むなら、それはそれで、そういうこと。


146.

あなたは私の靴音を聞いたから、私が角を曲がる前に隠れたね、あまり高い建物がない静かな道で、空は真赤な口で笑いながら辺りそこらじゅうを染めていて、影が伸びのびていたから、私は曲がり角の向こうにあなたがいることを知っていたよ。でも隠れたね。私は知っていたよ。


145.

空気、空気、空気。うすく笑う。なまぬるい風がきもちよくて笑っていたよ。ずっと向こうまでつづく雲が少し夕やけ色に染まっていて、長方形・建物にうつりこんでいた。運ばれていくようだ、運ばれていくようだねって。見ていた。静けさのなかで切りとられたみたいな景色がゆるくとりかこんでいて、体がふわふわしていた。運ばれていくよ。少し、憎くて、わたしは透きとおるぶよぶよになって重力にしたがい押されゆるやかにうすべったく拡がり横に伸びじわじわと。かたちをなくしていきたい。


144. insidal liquid head blaster

どこかで気づかずに打撲したものと思い込んでいたよ。もうずっと痛みがひかないので見てみたら、予想に反して痣になってもいなかった。風呂上りの妙に青白いつるりとした皮膚。骨が痛いんだ、ずっと。誰かに自分の中にある醜さや汚さを吐露して許しを請いたかった。裂いてめくってみえる赤いピンクの肉に点々と、黒く染みついた斑模様の悪臭放つ、僕の醜汚。内在している。生まれるより前から、きっと。火を点けて部屋は甘い香りで満たされる。どこにも行かないから、ここにいてほしい。扉を閉ざしたままずっと。骨が痛いんだよ、うまく歩けないんだ。そんな風には見えないんだろう。痛みが表層に表れてないんだ。目に見えないものを存在しているなんて捉えてはいけないのかな。それは悪かな、痛みは僕の錯覚かな。苦しいよ。出て行かないで。閉じこめていて。ここにいてよ。僕の中で骨の中で頭の中で、喚いている。


143. アサイレント

薄暗い天井の木目に目をやる部屋の四隅、古ぼけた釜を持って立つ。向かい合い(向かい合い)黒く短い髪の毛が柔らかく寝たまま、顔面は焦げ跡に縁取られた白紙に擬態する。凸凹している。煤けた視界が陰気を隠微に後押ししている。壁を隔て廊下の先、遠く風呂場で桶に水が落ちる。その流れを今はざらりとした白紙に擬態した目が追う。微かに震える。四隅に立つ目だ。長い長い尾を引いて、水に変態した嘘が排水溝に向かい流れていく。途切れがない。視界の隅で排水溝に向かい続ける。私に囲まれた視界、あちらとこちらを映す継接ぎの視野、その情景。にも関わらずそこには決定的な亀裂もなく、今ここに明確にすべき事柄も存在しない。破局の訪れは遠くで鳴る雷のように肌に迫ることがない。均衡している。腕に抱いた釜の中で白米がたらふく水を吸って肥え沈み沈黙を通す。今はまだ。

幽かに蘇える遠い記憶、あたたかな陽射し。春の陽射し。幼い私。視界に映る、全ての私以外。私の視界。遠い記憶。もういちど欲しくて拾い集めた。拾い集めたその手が干渉した。何ひとつ過不足なく、全てあるべきものがあり、全てが収まるべき場所に収まった、丸、円。そうして観賞用に再現した。一部の隙もなく完璧に調和した。繰返しの再生、次第に画面に影が映り込む、まだ淡い黒、影。いつか擦り切れる。薄く笑いはしても手放せない、感傷が仕掛けた自動装置。何度も繰り返す、影はその輪郭を現し、ついに私の像を結んだ、私の視界に私が映る、映り込む、染みつく。もう落ちない。

夢の中で、うん、と答えた。

夢の中で、うん、と答えた。

夢の中で、うん、と答えた。

夢の中で、うん、と答える私を見た。

部屋の二階でかつての兄の軌跡が浮かび上がる。重要な啓示のように、四隅に立ったまま、視線は忠実にそれを辿ってゆく。私が視界に入り込んだままの視界で軌跡を追う。同時並行する視点は絞られず明確にぼやけて頭から食い違う。ちぐはぐの視界、差し替えられた不安、が、笑って木霊する。やがて炊けた白米が香る。跳ね返り捻じ曲げた。容器は満たされる、頭から離れる。杓文字が振り払う。壁に散った。


141. そこにある完結した物語

空を見たね、君も見た。広すぎて重圧さ、世界が笑顔して腕を広げている。ずっと同じでいることはできないね、変化の様相がそのまま、それ自体であるから。では完結したあの物語が美しい。完結は悲しみを呈示して美しさとするよ。忘れていてね、それを忘れていて。君は置き去りにしていて。いつも空がある、いつも空がある、重くのしかかるあの空が、世界が、視線が、腕が、薄く薄く透明な層を重ね重ね、変化を重ね、そこにある。君は手をのばしていてね。完結したものからかたちを結び、からりと美しく軽やかな音を立て、落ちていく、転がる。君は、忘れていて。覚えているままに忘れていて。君は変化、それ自体、変わりゆく移りゆく空を君を世界を、その重さを、愛して。今はまだ、忘れていて。それは美しく、とても美しくて、そこにあるから。


140.

暗い空から指、冷たい空気で侵された。混濁して沈降、沈降して舞い上がる。残響さえも、私の不明瞭な願望ゆえ。


139.

べちべちと音を立てて散る飛沫。痺れるみたいな温度で手足指先、末端になるほど鋭く迫る、四肢がまだらに赤く、染まっていく。肩から腰へ、流れていく。笑いの衝動を噛み殺して、嘔吐応答、嘔吐。好きでいたい、好きでいたい、君を好きでいたい。泣きたくなりたくない、このままずっと、泣きたくなりたくない。腰から足先へ、伝い流れていく、流れ去っていく。好きでいたかった衝動、抑えるよりはやく、流れていった。


138.

言葉もなく、くるまれた皮膚の裏。印字されて嘔吐、誤解されて得たみたいな信頼感。有用性。雲が広くひらく光臨を待った。あなたの辞書に載る言葉を覚えたい。


137. harmonize balancia

いくら煙を吸ってみても満たされない体の真中に穴を抱いていても、まるで一瞬間。あの気分もどの気分も兆して一瞬間。浮いて沈んで一瞬間、天地の区別もつかない一瞬間。絶しても希っても望はまるで一瞬間。全部ぜんぶ合わさる一瞬間。君と繋いだ、一瞬間。

右手に斧、左手に君。君は右手に私に繋ぎ、私は右手に君に代わるものを見つけ得ず、強固に強情、斧を持つ。臆病ばかりでよく吠える、夜が静かで上ずる。私は君に居てここに居て、君に為れず君を探し得ず、私に為れぬ君を知り私に代わる私を見つけ得ず、固着して強情、斧を持つ。けれど君と私と体温の平衡するその一瞬間、君は斧に為り私に為り私の右手は君に繋がる。確かに繋いだよ、目の眩むような真白、君の時間、私の一瞬間。調和した。


136.

清らかみたいで無色透明。私の言葉が少し生活に影響を与えたみたいなあの子がかわいらしい。誰かの些細な言葉や態度に傷つく自分があんまり傲慢で、傷ついたことが私の態度に表れていませんように、あの人がそれを察することがありませんように。誰かを傷つけたことに気づいて傷つきませんように。そんな風に誰かを傷つけたいわけじゃないよ、いつもいつも、傷つくのは私の勝手と傲慢で、それに傷ついたりするのはあなたの傲慢だから。誰の言葉にも態度にも、傷がついてしまうことなんてないよ、なんてみたいに、そうやって、誰かのために穏やかな表層で、世界がつくられればいい。


134.

君は招き入れることができるように、あるいはまた、立てこもることができるように。扉はいつも、内側に開く。南中の太陽、白い壁のあの家の内部は心地よい陰に満たされて、内側でゆっくりと植物が、浸るみたいに暗い陰の中に枝をのばした。静かに、静かに、めぐる血管のように。君は裏返り血液の流れる細く枝分かれした血管にくるまれるようにしてその影の中央に座していた。開いた窓から私はそっと君を窺う、風がそよいでいる。君は波間にただようみたいに、きっとこの風を感じているね、けれど目は閉じられたまま。君、呼ぶ声を待っているのか。私に声などないよ、だから見て目を開けて見て、私の存在を感じて姿を認めてみて。強すぎる白すぎる眩しすぎる光に埋もれて私は、細い線のようかもしれない。それでも、曖昧な輪郭を認めてほしい。そんなにいろんなことは望まないよ、だから触れ合わなくてもいい、視線だけ、そっと。望むなら望むまま、切り取ってみたっていい。太陽が落ちたら、君も私も同じ陰の中なのだから。


133.

手に入れたみたいな気持ち、いやそうではないね、手に入れる前のあの一瞬の、期待に満ちた、ただ幸福の前のあのきらきらとした。

君はもう痩せてしまったのかもしれないね、いや、痩せてしまったんだね。痩せ細った君から絡みついた銀色がするりとすべり落ちていくのを見た。私は雨の降っていることを音に聞いて知る。雨が雨の音がカーテンになり、視界を遮り耳を塞ぎ、私から隠した、雨の向こうで世界が、砕け散らばりどこかへ行ってしまうのだと行ってしまうのだと、私は私はありもしない不安に駆られ千切れるみたい、今まさにそこに雨、雨の音、雨の音をカーテンにして私は、雨の中で雨の内側で、誰にも漏れ聞こえぬと、大きな大きな音で音楽を流し更に塞いだ。もしそこに今あなたがいても、私は塞がれている、あなたは隠されている。手のひらは空いている、空っぽで、いつでも誰とでも、私は手を繋ぐよ、その一瞬だけは。世界は砕け散らばり消え去ることもなく、ただ聳え立ち、安心・安堵の名前で雨の前に雨の向こう側に立つも揺るがずに。


132.

静寂が心地よいのにうるさくて、音楽が気持ちいいのに煩わしいよ。
 

君は、細く長く銀色にちかちかと、ひかりはじける鋭いそれを手に握り締め、憎悪して、ここに私がもう一秒でもいることがゆるせないみたいにしてやってきて。もっと強くもっと強く、ゆるせないでいて、肉を裂き骨を砕いて貫いて、もっと強くもっと強く、憎悪して。
 

そして私は逆さにして血を抜かれ、抜け殻だけを残して、もう戻れないあの場所へ、もう戻れないあの場所へ。ゆるいゆるくゆられたわみよじれ、もう何もないあの場所へ。


131.

星の軌跡を読んで綴られた文章その類、右手に銀に輝く輪をひとつ縋るようにして毎朝。もはや夜と呼んで差し支えのない夕方、笑みは過去の何かの軌跡をなぞるようにして顔を這いずり薄い目で迎える。少女みたいな笑顔するあの無邪気で無邪気だから少し残酷ででもそのほとんどがまさに善良なあの人だけがいつも優しさを少し、残していくよ。もう寝る時間だからもう寝る時間だから、灯りを落とさなくてはいけないね。夜ならば夜ならば夢を見る。何のか光を反射し銀色が直線的に伸び、意味を見つけたくてどこに向かうのか目を凝らすけれど遠くて、やはりいつものように、目を覆うよ、今は夜だから、また朝をはじめる前だから、夢を見るから、灯りを落とそう。灯りを落とした、ずっと遠く、ずっと遠く、もっと今よりずっと向こう、前方に後方にずっと遠く。さようならを告げることもできないで、また夜の中、朝を朝を朝をはじめる前。握手しよう。朝がはじまる前に、夜の中で顔も見えず、姿も確認できず、奇跡みたいなタイミングで手と手、を。


130.

言葉を重ねたら重ねるだけ混じって厚くなってみにくくなるね、陳腐でいつかぼろぼろこぼれおちるときのためみたいに厚くなる。下地も一緒にもっていってしまうよ。緊張しすぎて迎えた午後二時はあっという間に過ぎてもうどこか向こうの話みたい。音楽だけが窓のそばで太陽の色に染まって褪せていこうとしている。言葉は少し、離れるようにして暗く、沈殿している。


128.

私はときどき、ほとんど全然だめです。寒いです。私たちはあべるだしかいんです。最近とみに笑顔がみにくくなっている気がするこのごろです。物理的な話です。穴があります。煙草には中毒しています。健康的な生活というものは、ほとんどラインをこえない程度にしか考えていません。こころがつかれると体が引きずられます。体が壊れてもこころが引きずられます。それが、いつも、とてもいやなので、別々になってくれればいいのに、別々になってくれればいいのに、と思います。おかしいのは世界なのか、通して世界を見ている私の側のフィルターなのか。いいえ、健全な精神を保ちます、心配には及びません。私はいつも優先順位を曖昧にしてないがしろにしています。そのうち順位が分からなくなります。順位をつけるための基準の構築からはじめるはめになります。それはとても難しいです。要素は別々に独立しています。並行しています。公平や、平等ばかりでは、まるでみんなを傷つけるだけのようです。あなたにはあなたの、彼には彼の、私には私の、優先順位が、きっと必要です。実行することは難しいです。私はまだ、本当に、ほとんど全然だめです。優先順位をつけるということは。考えます。考えます。


125. 君に繋ぐ

繋いでいるよ。灯りをつけて少し夜が曖昧でも、繋いでいる。


123.

爪の先ほどの迷いもなく、落下。落下といえるほどの激しさもなく、ただ降下、ゆるゆると、ああ降下して硬化する。つくりものじみた色の夕日に焼けた空の美しさに溜め息を漏らして、それもそれだけのこと。私がそれでも今なお絶望することができるのは、まだそこに希望があるから。灯りをともした夜の中、飼っていたような虫をひとつ、焼いてしまったことも、もはや何でもない。


122.

朝に燃えるみたいな空が見たくて夜明けを待った。季節が冷えていくのを感じる。移り変わりを繰り返して、また凍てつく日々がやってくる。私はもう失った。
 


119.

隙間があってそこからずっと続く空が見えた。雲が大きく小さくを繰り返してずっと遠くまで。果てみたいに見えるあの場所。記憶の中で視界はやけに白くて、本当は夕暮れだったのかさえ、私には分からない。ああ、パッヘルベルのカノンを聴いていい気持ち。うっすらと涙が滲むみたいな感覚で、雲よ流れいけ、もっと遠く、ずっと遠く、可視を超え、あの向こう、気持ちのいい場所、震えるみたいな真中、真中。


118.

夏の夕暮れに浮かぶ桃色の雲みたいな音楽が伸びて感情と感情の隙間を埋めていくのが不安。伸びやかに綺麗な景色の続きみたいな音楽。


117.

うつむいて笑う。靴の先っぽが見えていた。笑う笑うのは少し軽くするため。黒い器、白い箱、残酷だから残酷は自分の残酷に気がつかない無知で無邪気で少しヒビが入る。うつむいたまま指さした先、私はいちばんほしいものの代わりにして与えられたものを喜んだ。
 

(手を繋いでいる。)
 

胸に風、すうすうするよ、伝う。伝播して収縮、君の指先が少し震える。私は足先を見ている。少し少し笑ってみるのは、私、私のため。重さを振りはらうようにもっと、笑う。収縮して硬直。振るえ振るえ、はらえ振りはらえ。神の使いがやってきて、私は黒い器に脳の欠片をぽたりと垂らし、白い箱に納めて穴をあけた。すうすうするよ、伝い、伝い落ちる。落ちて、私の視線の先は靴の先っぽ、笑うんだ歯を見せて、楽しそうに心底、光がちぎれて舞った、
 

景色が歪んでひとりだった。
 

君と手を繋いでいて、顔をあげる。私の手に繋いだ手はひじの先で切れていた、私は笑っていたよ、今もそう。君の指先が、少し震えている。


116.

腕で足で首で舌で飢えていた。ひからびて、少し体が軽くなった。それでもこぼれるみたいな涙が私に残る重さを知らしめて、まだ少しふしあわせ。流れ、落ちきったら、きっと体は宙に浮く、浮かびあがりそして君に会いにいく。しあわせには重さがないから、雲の上、そこで私たちはきっと幸せ。


114.

知りたくないこと知った君、夜に三歩、夢に半歩、顔に体に不釣合いな大きな足で行ったり来たり。狭間をさまよっているからとても綺麗、輪郭がぶれて捉えられないから。姿のない君はとても綺麗。どっちつかずでいてよ、引き裂かれていて。いつか穏やかに根を張って眠るなんて未来が夢でしかないみたいに。君は白く淡く黒く斑に、うねりをくりかえしていて、絶えず、絶えず。落ち着かないでいて、飢えていて、苦しんでいて、狂っていて。君は狂っていて、道標でいて、定まらないでいて。間違った信号、止まらない砂時計、点滅して、繋がらない光でいて。少し祈りに似て私は涙を流すから、君は細く長く悲鳴を上げていて。君が好きだよ、君が好きだよ。本当はただ沈黙の。枯れた手足で踊っていて、ばらばらの黒い髪、艶のない本当の夜みたいな黒色の、髪を振り乱して波打ち際の、淡い夜明け前の夜に、踊っていて。血を流すように踊っていて、ねえほら、夜に三歩、夢に半歩、君は届かない、届かない、笑うみたいな悲鳴でもうすぐ夜明けと告げる、永遠に夜明け前のとても綺麗な水平線、君は枯れた手足を、真っ黒の髪を、振り回して、骸骨みたいな顔で、叫んでいて叫んでいて、もっと。大きな足で砂と波を蹴散らして。君は綺麗だから綺麗だから、もっともっと踊っていて、血を流すように血を吐くように。君が好きだよ。ずっと踊っていて、私は少し、涙を流し、祈りに似て、君は、君は、夜が明ける前の一瞬の、神様。


113.

雨の音が聞こえる、雨の音が聞こえる、君はいつも聞きたくないみたいなそぶりで音楽を聴くね、あばらの浮いた体で細い手足で音楽を。雨の雨のうつ音を、私は聞いている。君は目を閉じ音楽を聴いている、うずくまってうずくまって。病んでるみたいな君の白さが好きだよ。病んだ君の細さがとても好き。君は君は目を閉じて、私は雨の音を聞いている。


111.

くるしくてしぬ、くるしくてしぬ、くるしくてしぬ。ぬるい空気で薄明るく、暗くなりきらない夕方が、夕方のゆるい風が、髪をとかしもせず、肌をみっともなく撫でて過ぎていく。空っぽの胃がきゅうきゅうとあわれな鳴き声を上げ、私は私の影の上で立ちすくんだ。痛みはもっと、刺すように。
 

頭の上を送電線が走っている。あわい雲の下を走っている。汗がにじんでひとすじ、肌を這い落ちた。ぶるりぶるりと捩じらせて、落ちていく。足元に影、私の影、アスファルトの上に落ちている。アスファルトの上に頼りなく落ちた私の影はその濃さをまだらにしていて、私は目を凝らす。じっと立ちすくむ私のかたちをなぞるように汗が、肌を這い、伝いながら、落ちていく。私は目を凝らしている。影はまだらにして、内包している。ああ無数に落ちた羽虫の死骸。汗は私の肌を離れた瞬間に、液体であることをやめ、羽虫のかたちを結び、そしてその羽を震わすことなく、重力に従い、落ちるのだ。かさりと音を立て、アスファルトの上に落ちるのだ。魂のない重さ、音。無数の死骸、死骸、死骸。風がなぎはらわない、力を持たない、ゆるく、にぶく、過ぎるだけ。笑うように。
 

ああ痛みはもっと、刺すように。こんな鈍さでは揺るがない。揺すぶって、震わせて、嵐のように私を、死骸を、吹き飛ばして。


109.

夜を履き、夜を履き、あなたとふたり、足を鳴らした。笑っているよ、それでもうまく、ものごとを見ることができないのは、私が目をつむっているせいかな。きらきら星がまたたいている、あなたが好きだった細い音楽、苦しいよ、夜が震えている。


108.

目を閉じて見える暗い色を、今日の月を月を見たか、赤く細く美しい曲線の尖っている。


104. 君に繋ぐ

君のいう世界とは誰の世界、それは視点でしかないかもしれない。荒野に立ち、雲に覆われて動かない空だから笑って見ていた、見上げたまま、果てがないから笑いがはりついた、時間の移動をとりこぼしてまるで目を閉じるみたいに、シャッターが切られて風景に固定した。手を繋いだね、律動を感じる? もしも手を下すものならば、嘆くものならば、それは神様ではないよ。ならば神の在不在など。目を閉じる前に閉じた後に、あの雲に色がついて脈打つみたいな桃色が割れて血のように赤く染まる空が顔を出すのを待った。君の中に神様がいるならそれはそういうこと、神は君に似せられてつくられた。律動を感じる? 冷たさが心地よいなら、君は熱を持っている。


103.

流線型を描いて君、


102.

種は意図して植えつけられたわけでもなく自然発生的にして因果律に従い、当然のように時間に寄り添い芽吹いた。御することもできず、私の意思など知らぬようにそれは、それに最も適した温度と時期で大輪の花を咲かせる。ぜんぶぜんぶ奪うみたいに実をつけてまた私に次の種を、落とした。私という土はさぞ気持ちがいいのだろう、知っているよ、今度は違う花を咲かせるのだね、栄養など与えた覚えもない、持っていくな持っていくなよ、苦しいよ、歩くたびに奪われたみたいな場所が崩れ落ちた。
 

いま低く重く震える声がメロディアス、私を待っているみたいな時間が距離を保ったまま旋回して近づかないから流れるみたいにステップ、心臓の音がうるさくて両手で皮膚の上から押さえた。広くめぐる血管に沿って根をはっている、おまえごと引き裂きたい、私は私を失うことができるように。


101.

夜に自由みたいな手が過去を増幅して、無邪気。寒さは緩やかに後退して、もう指先が、あんなに赤く、凍えることもない。何度でも手を繋ぐよ、君が繋いでくれるなら。


100.


 

99.

きゅうじゅうきゅうの石を積み上げた、軌跡でも奇跡ですらもなく、絵空事。物語には結末が必要だ。だが私の遠い結末を、私が知ることはない。それだけが残念だ。冷やした腹が過去を以て報復する。今はまだ、煙で白くかすんだ視界で腹を震わせる。今この瞬間、面と面とで接するようなあなたもまた、白くかすんでいればいい。


95.

雨に濡れちゃっても構わない。土砂降りの雨の中、あなたは私と揃いの靴を履き、雨に編め、踏みつけた靴の裏。空色の傘を裂いて日が見えぬと日が見えぬとあなたは。雨なんて気持ちのよいものか、濡れて纏わり絡みつく。それでも揃いの靴を履き、濡れてしまっても構わぬなどと。空色の傘。あなたと靴、靴の名前、踏みつけた、雨!


93. avonrepus

もっとうんと熱い方がいい、もし嚥下するなら。だが焦がれる熱を未だ知らず。一も二もなく今日と昨日が消費され、目を瞑って眠りに落ちれば朝に目覚め意識が明瞭とした頃には明日が消費されているだろう。私の内なる光は求心力に逆らい得ず速度を落とし、遠心力に晒される皮膚を突破しない、収縮する。観測は不可能だ、内側にあって誰の視界に入らない、煙を吸い込む。速度を落とし収縮する、到達すらせず? 否、蛇は尾を銜え、ならば光るがいい、熱を以て。融けろ観念、そして概念を現せ。


91.

ぶっころされたい気持ち、ぶっころしたい気持ち、おいおまえも、同じだ。知っているだろう。世界が裏返る。あの気持ち、あの気持ち。からだの中で跳ねまわる、つられた皮膚が伸びて体をふりまわす。哄笑だ! 内側から破裂する熾烈、哄笑だ。世界は裏返る。青あざだらけの体が伸びて笑う、業腹だ業腹だ、それは同法だ。握りつぶせばくはつする。めくれた世界が裏返る。


83.

好きだった血で匂いを嗅ぐ。誰かが誰かの愛にくるまれていて見ないふりをしている。目隠しはそれ自体、ひとりとひとりがひとりずつ誤解と錯覚を重ねてまるでひとつみたいに片足を共有している。私は昼の夜の光を指差して少し静かに笑おう。


82.

今は少し穏やか。刺して開けた空気穴が少しやつれて笑う。ここには私しかいないよ、君の名前は代名詞。さしている。


79.

***のはいつの頃でなんの理由だったのか忘れた。馬鹿馬鹿しいのは*だ。*が****れば多分もっと**が****になる、でも(それ)を***ることはない。私の感情なら私のものだ、でも繋がっている、どうして******ないのか分からない、*な*をされる、*な*をされると*だ、じゃあやっぱり*******のに******ない。虫に食われていく、虫食いだらけで収拾がつかなくなる。寄せ集めもできない、できるのは置換、置換、置換、でもごまかしみたいなものだから破綻する。***な**ではしゃべることもできないじゃないか! 誰と! 誰と! 誰と!


71. 神様のこと

哀れに白くかすむ登場しない登場人物。待って、もう少し待って。見せてもっと君の世界をもう少し。魅せたくせに置いていく。ならばナイフ、私はこちら側、白いスクリーンを裂くよ。コミュニケーションはゼロ、はじめから繋がりはなく、これからもない。手と手を繋がないまま、どこかとどこかで死んでいく。触れ合ったのは、私の視線とスクリーン。見るだけ、見るだけ、言葉も交わさず、感情を交換せず、共有せず、最初から離れている。さようなら、さようなら、私は断ち切り、一緒に少し感情を置いていく、裂くように断って切って置いていく、さようなら、さようなら、だからさようなら、何度目かのさようなら、私は軽くなった体でまたさようなら。さようなら、さようなら、次に会っても会うのはあなたではないよ、さようなら。


69.

白い壁、蛇のうろこみたいになってぼろぼろと剥がれ落ちる。スプーンですくってみたけど食べられない。入れ物を模して体、中に何もないから理由を探して入れたくなる。

夜が明けきる前の薄闇に暗い光、うまく距離感がつかめなくて思考が四散する。部屋中に散らばる。落ちる。拾い集めても元のかたちに戻らない気がしてまたばらまいた。指いっぽんも動かさないまま。

森の中の白い小石みたいに点々と、月明かりの下で蛾。ばたばたと飛んでいくから道しるべの役目を果たさない。どっちへいくのって誰かがつぶやいたよ。なんだ、私以外にも誰かいるんだって、だったら私を導いて、連れていってよって叫んだら、もう誰の声も聞こえなくなった。私の声しか響かない。森の中、森の中。

夢の中で背中と左上腕に、朱色した細長い水疱がびっちり。触ったらいっぱい潰れて皮膚と一緒にべちゃりと手にくっついた。そこから覗いたピンク色、皮膚の下のピンク色。もうだめだ、もうだめだ、もう生きていけないと思った、何度も思った、何度目かにそう呟いた。それから街に悪魔がやってきた。
 

想像して、想像して。もっと私を想像して。


60.

冷たくて痛いのか、痛いから痛いのか判別できない。ぐるぐるにまいた絆創膏が針をのみこんでいる。外の夜の寒さが好き、内の夜の寒さが苦しい。雨の音が聞こえる。アスファルトに跳ね返る、以外の音を遮断する、雨の音が聞こえる。体が悪くなる、嫌な汗をかく。ぐるぐるにまかれた絆創膏と絆創膏。針をのみこんで隠している。


58.

君は閉じた。完全密閉空間箱中箱、遮断に次ぐ遮断、そして遮断。君は震えている! そんなところで君、寒いんだろう、遮断と遮断と遮断が。途切れたコード、黒電話。電話していて、電話していて、もっと電話していて。君、それでも電話していて。そして呼んで、もっと呼んで、呼んでいて。


57.

どこに行くの、どこに行くの、君は目を閉じて。夢中は芯が冷えている。君はそれを抱えて温さの中を分け入った。芯だけ冷えている、芯だけ冷えている。君には冷たい風が必要なかった。そして声を呼んだ、言葉を閉じた。音楽になって溶けていった。靴を脱いだんだ。


53.

ああ真白だ、一点の曇りもなく染みもなく、翳りもなく。紙のようなものなのか、ただ空間なのか、触れられるのか触れられないのか、何ひとつ明瞭ではないのにただ真白で、その事実だけを知り、それ以外の事実を知らない。

それらは恐らくそのどちらでもあるのだね、同じことなんだね、何の違いもありはしなかったのだね、同じだったんだね、同じだったんだね。それならば、それは私が決定することができる。選ぶわけではなく、ただ、決定する。さようならさようなら、いつもどこかで繋がった、きっとあれは縁だったし円だった。私は舞台の上にいた、客席からの視点を持ち得なかった、望みは、いつも、絶たれたことなどなかったんだよ、それはいつも鼻先につるされて。私にあてられた光、暗い客席は視界に入らなかった、意思が限定した。

もちろんそうです、笑ってくれる人が必要です、喜劇は成り立たない。あなたは観客席に座って手を叩き、涙を流して腹を抱え、倫理や道徳に流されず、ただ純粋に、喜劇を楽しんでくれればいいでしょう。真白の中で決定した。どうか終幕まで。


52.

どうせ殺されていく感情じゃけえ、檻から放しちゃったんよ。気持ちがえかろう、気持ちがえかろう。あんたは先を知っちょるけえ、まるで自分の庭みたいにしよるね。あんたの為の涙を取っちょきたかったん。ただあんたの為だけに流す涙を、取っちょきたかったんよ。


50.

大事なものだから綺麗に剥いだ、裁ってかたちを整えて薄っぺらい紙切れにした。一枚の思い出にした。大事にするつもりでポケットの中に入れたどしゃぶりの雨の中、幾度かの雨の中、滲んで何も見えなくなった、見失った。失ったものには価値がなかった。いつも、失ったものには価値がない。私は幸せだ、幸せだ。


44.

ぶっ殺していて、そいつをぶっ殺していて。西日の差し込む部屋で、甘い香りが鼻腔をかすめる、どこへ行くつもりなの四季の真中で立ち尽くして。風が吹いているところ、大きな大きな夕焼けのあの丘。
 

夢の中に置いてきたかったもの、クローゼットの中。月の真中で見下ろしている、羊の目、鮮やかに雲、空、空、関節が痛むよ、重力のかかるままにして四肢を投げ出した。小石が痛いよ、アスファルトの上、つぶされるのを待った。頭の下の耳がアスファルトにぴたりとくっついて、振動をとらえた、君の、君の、軽やかなステップ。四肢を投げ出して、私は待った。


42.

物悲しい音と物語が妙に気持ちに心地よくて、方向を知った。延びた線の先、馬鹿みたいにカタルシス。目的の喪失、消失、喪失、繰り返してそして手段だけ、手段だけ、目的みたいな顔して居座った。羞恥心に煽られて虚栄心が根を張り覆った、何も見なくて済むように。もっと刺してもっともっと刺して。痛くして、いい気分にさせて、悲しい音で悲しい物語で、延びて延び延びて、馬鹿みたいにカタルシス。


41.

ううちゃんが泣いてたの、いつだったかもう忘れたよ、なんか苦しいんだって泣いてたの。苦しいから無理して泣いてたの。ううちゃんは馬鹿だから、自分のつくった式に無理やり原因と結果をあてはめるよ、でもつりあってないめちゃくちゃな式だから矛盾したり不自然だったり違和感だらけだよ、でもううちゃんは正しいって思い込んでるよ、ううちゃんは馬鹿だから。
 

言葉が間違ってるんじゃないの、気持ちが間違ってるの。歪んで曲がってでも歪んだ視界で見たから真直ぐになった。一直線は気持ちがいいの、一直線は気持ちがよくって苦しくないの。
 

ふしあわせはしあわせだから、ううちゃんはううちゃんは。もう泣かない。


39.

目に見えて手に触れられるかたちであればいいのにと何度も願ったが叶えられることもなく、色も知らないまま色も知らないまま。苦しいのか苦しくないのか、幸せなのか幸せでないのか、判断もつかない、実感もないということは、そのどちらでもないのだろう。宛先を書き損じた封筒が、部屋の床に散らばっている。


36. 地図色夏至

強い日差しの下、馬鹿みたいに攻撃的なTシャツの下で汗を滲ませながら、私は知らない景色の真ん中で立ち止まったまま、地図を見ていた、地図を見ていた。地図の上に自分の位置も誰の位置も見つけられないまま、私は、焼き直ししたかった過去を、ずっと、ずっと失ったままでいたことを知った。
 

暗くなり切らない夏、割に白いままの四肢を出し夜の空気にさらす。風がゆるり、肌を撫でて、安堵に擬態する。暗くなり切らない夏が、対象を失ったままで継続する感情を、提示し続ける、目を逸らすことをゆるさないみたいに、何度も、何度も。それを振り切れるほどの意志もないまま、明確な答えを曖昧な質問をと、要求ばかりの感情を持ち歩いている。伸び縮みする時間を持て余し、距離を感じる、折り合いをつけた頭で今日を塗りつぶした。
 

一日ごとに暮れる暮れ切る感情が、毎朝目覚め、反復する。焼き増ししたかったネガもネガも失ったまま。
 

少し青みがかった視界で、何度目かの町を歩く。どんな色でさえ、夏を知り尽くしたみたいな人の流れが、妙に腹立たしくて雑踏の中を取り分けゆっくりと歩いてみる。地図の見方も知らないままでさえ、私は歩けることを既に知った、それが疎ましい、それが疎ましい。産声を上げてから八千六百二回目の日が落ちようとして、通り過ぎていく季節に一緒に持っていってほしくて私はそっと、そっと黒いアスファルトの上に、感情を置き去りにした。軽い気持ちは遊びのようなもの、忠実な私の下僕、どうせ目覚めて反復する。
 

水風呂の底に沈んで強く強く目を閉じた。遠い日の夏の、まだ顔も手も手のひらも足も、心も、ただ幼い日の、水中の記憶が蘇る。幼く、遊びながら溺れながら、夏の匂いと味を、ただ楽しんだ。ああ私は目を開ける、視界に飛び込んでくるのは、暗くなり切らない今夏、不意に泣き出したい衝動は、感傷というよりも声を上げ、私は短く何度も、息を吐き出して、噎せ返りながら笑い続ける。


35. 薄氷

暗黙であからさまな感情に、反応して混乱するも慣れた方程式が解を出して保身する自動装置、薄く笑って平衡を保つ。張りつめた君がたわむのを見た、不可抗力にも程がある、半ば強引に捻じ込まれる君の感情が、私を知り、君がそれを望まないことを、私は知るのだ、暗い暗い夜の道で、老婆が歌いながら振り向いて正確に私の位置を捉えた。私は、昨年の夏の暑さと、暑さに歪んでいた感情を思い出せないことを、知り、なぜなら、私は、自虐を捨てていた、自虐を捨てていた、拾う手を知らない、知ることができない。

ゆるい、ゆるい、坂と感情が、月明かりの一本道に消えていく。君があの月にうさぎを見るなら幾分か、私の心も軽くなれただろうに、君は耐え難く内側に沈んで露呈した。私の薄く張った氷の感情が、冷たいままで平衡を望んでいる。
 

縊られたいのは私か、私に捻じ込まれた君の感情か。縊りたいのは君だ、ただ美しい君の心が。薄氷を割る。


34.

君を取り巻く空気が少し変化する。空気、空気、私がそうするみたいに君も冷めた目を持っている、冷静に観察している。臆病者。冷静さは動揺を発端にして、可哀相に可哀相に。来ないかも知れない未来が、幾分、気持ちいいね。重たさを振り払ってるみたいな面と面とで、少し、接している。触れ合うのはね、それは感情じゃない。冷めた目しているよ。


33.

一体どこで知ればいいの、緊急信号、避難場所が変更された、地図もなく辿り着けない、どこにいたって、同じ空。


31. 君の夏

電光石火、ありとあらゆる可能性についての検討、円く光る。そして闇に蝶、闇に蝶。閉じた暗い色の中で少し思い出すことさえ拒否、どうしてかな、恐怖した。綺麗だった積み重ねの記憶が悲しくなったからだろう、悲しさが苦しかったからだろう、偶然もなく、全てのこれからを失った、君の、君と、が。
 

優しい人たちがいて、少し曇り空、夏の暑さがゆるんで、風が吹いていた、夏の日の夕暮れ、夜、君の落とした影が伸びて伸び伸びて、やがて、闇に、まぎれた。今は夜、今は夜、君が眠る。私はまだ少し、起きている。夜が君、私がまぎれている、月が光る、円く鈍く光る、だが優しさよ。


28. 世界、世界、井戸

世界はコミュニケーションでしか成り立ってないよ! ときどき殆どね。応用利かす井戸の中。発見して、もっと発見して。反射して、もっと反射して。滅私奉公、体に傷、少し見えたよ、見ないふり。笑って、もっと笑って、君が見る世界だけが君の真実、層になる、少し触れ合って。

切り取ってもいいよ、君が望むなら。


27. 点灯点滅心に合図沈降して新興

善と悪と川で洗って綺麗に並べ、靴を脱いで素足をひたして冷たさを感じ、忘れないように忘れないように。ああ、勿論そうだ、君に与えることなど出来ない、奪うことも、奪うことも。
 

不可侵であれ、別個であれ、孤独であれ、君よ、心よ、寛容であれ、豊饒であれ、自由であれ。


21.

音楽を聴くよ、ボリュームを上げて堪えることを思い出す、泣き出したい気持ちを辞書で引く、どこか冷めた感情の意味について意味について。


18.

あんまり過去がなくて時代を共有できないよ。さようなら世界、理解と共感の王様。存在が*んじゃったみたい。存在が*ぬってどういうことかな、飛び込むよ混沌・カオス・ジャック!


16.

夢の中で母親が死んだ。火に包まれて死んだ。父親が、ぼんやりする私の前で父親を見せた。さようならさようなら過去、町の図書館で、探していた。世界が終わりを迎えようとしていて、鉄橋が落ち、海に沈んだ、人が、動いている、忙しなく、海のそばの町、港、潮の香り。私は足で自転車で、探していた、ここがどこなのか、どこへいくのか、ともになのか、離れるのか、これから・これからを。


10. 夜の夜中に君

怖いことするね、町の外れにある幽霊屋敷に二人で行ったよ、夜の夜中に二人で行った。
 

二人で一階を隈なく探検した。二階に上がったら君は月が見える出窓に腰かけた。私は少し暗がりを探検していた。君は私を見て笑っていた。私はひとりでなんてつまらないから、すぐに君が見えるだろう場所だけ探検した。私はひとりでなんてつまらないから、すぐに探検を終了した。

君が笑っている場所に戻る途中で君の体がばらばらになるのを見た。君はちょうど腹から裂けていた。なんてことだ、君は死んでしまうのだ。ばらばらになったまま君は少し私に微笑みかけた。なんてことだ、君は死んでしまうのだ。

私はこれからやってくる喪失感におびえて君を見ていた。君は、君は、自分が死んでしまうことを知っていた。だから君の体はまたひとつになって、私からよろよろと去っていった。これから君は死んでいく。君は死ぬ姿を私から隠そうとした。私は君の体を見送った。君は屋敷を出て行く。私は君が腰かけていた出窓から君を見下ろした。君が路地を行く。月の光だ。しかし夜が君を隠した。


9.

きれいきれいしましょう。水を出して手を濡らして石鹸にぎって、きれいきれいしましょう。泡を立てましょう。ころしましょう、ころしましょう、手のひらの悪。


6.

目に見えないものをちょだい、形に残るものをくれたりしないで。確約がほしくない。私は混乱している。理解しようとしないでね、押しつけになることが怖い。矢印は変化しているよ、くだらない連想ゲーム、過程を省いて提示する。与える。

いっしょに混乱して。


3. 手のひら限度

ごめんねごめんね、もし、君を、こぼしてしまったとしても。あんまり怒らないでね、

「君にとって私がいつでもどうだっていい存在でありますように。」


1.

どうしたの、私の姿がそんなに見にくいの。いいよ、少し、目を逸らしていて。あなたの誠実と真摯を私は知っている。


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