シホ様のペ〜ジへ


「そんな勝手が通るとお思いかっっ!!」
 ほとんど裏返りかけた、その中年将校の声が、室内に響いた。
 それに賛同するように、ざわめきが拡がる。
 しかし、そのざわめきは、当人達ですら、頼りなく感じたであろう。
 けして少ない不満の声ではないのに。
 私は、その大きな部屋に、いや、部屋が合わせたに違いない巨大な長テーブルの中程の
席を占めているのが間違いにしか思えない、若い女性を見つめた。
 先程の抗議の声に賛意を示すものに対する者達が、彼女を中心に、テーブルのおよそ全
体の三分の二を囲んでいる。
 双方の、重苦しく、緊張しきった空気の張りつめる室内で、彼女の側の数名は平然とし
ている。  が、中心の彼女自身は........明らかに退屈そうだ。ぼんやりと、彼女から見て斜め前
に掛かる額を見つめている。
 あまりに場違いなその表情のまま、彼女はそっと呟いた。
「思っていましたわ」
 その一声で、ざわめきがさっと引いた。
 静まり返った中、彼女はついっと、視線を落とした。ふと、まるでその視線が通り過ぎ
るついでのように先程の将校で、目を止めた。
「既に通ったことですから」

 こうして、会議は始まった。
 しかし、その結論は既に用意されていた。
 だから、彼女は退屈なのだ。


 メッケィ大佐ですら、汗をかいていた中、彼女はいつもと変わった様子は見せなかった。
心の底から退屈していたようだ。
 だが今は、彼女の顔にも満足そうなものがみえた。
 それに対し、大佐と私の表情は僅かにひきつっていた。
 会議の後、メッケイ・ベルナード大佐私室。
 彼の部屋に、3人で集まった。
「流石ですな、少佐。大見得を切るのは、とてもまねなど出来ません」
「そうかしら。ただ、みんながくだらないことにこだわって、その先を見ようとしないだ
けでしょう?」
 彼女は、そういうと、微かに視線を鋭くして、私達を順に見回した。
「問題は、間に合うか。よ」
「オデッサが先か...」
「あるいは、ジャブローか」
「そして...」
「正式配備」


 メッケィ・ベルナード「大佐」の北米方面軍総司令代行就任と、シホ・ミナヅキ「少佐」
の、北カリフォルニア基地司令代行就任。
 その二つが告げられたのが、シホが到着して翌日に開かれた、先の会議だった。
 指令書は、ラコック大佐の手により、ドズル中将承認のものが届けられた。ギレン総帥
には、何故か動きが見られなかった。
 その実効力については、わたしはかなり不安を持っていたが、司令と大佐の二人には、
紙切れ1枚でも、いや、単なる上層部の気紛れであっても、自分たちの階級に関係なく、
十分な力だった。
 亡きガルマ・ザビの元で働いていた将校達は、キシリア派の将校の言いなりになるつも
りなどなく、自然と、ドズル中将に期待を寄せていた。
 メッケイへの期待と、彼自身の行動力は、多くの将校の目ををシホへと向けさせた。
 そして、
 シホが、到着してすぐに行われた演説は、彼等将校のみならず、一般兵士までも、その
目を引き留めるに十分以上の効果を発揮した。


 既に、シホの事は、多くの兵士が知っていた。良きにしろ悪きにしろ。
 そのせいもあり、また、ガルマ配下の性質なのか、その演説には、まず集まれるであろ
う兵士達は、そのほとんどが集まっていた。
 シホは、ただ、語った。
 ヨーロッパ戦線での、既に限界を迎えてしまった戦線のことを。
 そして、動かぬ上層部のことを。
 誰も言えなかったその不満を、直接声に出したのは、いや、出せたのは彼女だけだった。
 最後に、ガルマの事について、彼女はじっくりと話し始めた。その口調は、私にはまる
で、実の身内であるかのように、厳しいくらいに思えた。しかし、その言葉は、兵士達一
人一人に突き刺さるかのように染み込んでいくのが、演台の脇から手に取るようにわかっ
た。決して短い付き合いではないシホの言葉には、それ以上に深いモノが込められている
のが。
 ガルマが良き将であったかどうかは、その短い戦歴で判断することは難しいが、少なく
とも彼自身が良き将たらんと、常に動いていたことだけは、将校達にも、また、かなり多
くの兵士達も知っていたことだ。
 シホは、その彼等を、共感させてしまったのだ。
 そして最後に。
 シホは、泣いた。
 声もなく。

 シホが、司令が北米を制圧した瞬間であった。


 キシリア派の将校達が何もできないまま、会議が終わりを迎えようとしていた時。
 私は、急に悪寒を覚えた。
 そう。
 司令が何も言わないのだ。
 いやな予感を振り払えないまま、私は彼女の方を見た。
 予兆だ。
 彼女が、何処かしら嬉しそうな表情を見せた。
 私は彼女の側に席が取れない少佐という階級に一人心の中で涙した。
「そうそう」
 はっ始まった.....。
「今後オデッサより、援助物資を頂きます」
 室内の将校達は、そのほとんどが絶句した。
 これまで、基本的にはオデッサ等から資源を送られる以上に、北米から兵器などを大量
に送り届けていた。
 ほとんど戦火も見られなくなった北米より、激戦の続く各地へ物資が送られるのはある
種当然である。が、シホはそれを止めるというのだ。
 援助のほとんどが、各戦線どころか、キシリア派自体へと流れていることを、既に確認
してある。
 それを減らすことが、不正をなくすことに繋がるか、各戦線をさらに追いつめてしまう
かは、はっきり言って、分の悪いかけであった。
「何をいきなり....」
 抗議の声を片手で押し止めるようにすると、彼女は言った。
「ジャブローをおとします」




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