シホ様のペ〜ジへ


 シンイチローは翌日、帰っていった。
 ちなみにシホが気付いたときには既に離陸を開始していた。
 せわしい人なのだ。仕事も。性格も。
 しかし。
 もう一つ、さも当然かのように、置きみやげを残すことは忘れなかった。


「司令・・・・・」
 シホが軍服から私服へと着替え終わるのを待って、力無くベーグマンが呟いた。
「あ、何?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ああ、あれ、そんなに気になる?」
 ちなみに未だあの写真は置きっぱなしになっていた。
「しれ〜はきにならんのですか・・・・」
 妙に間延びして、話す。
 少々気の毒になって、シホは慌てたように言った。
「ほっほら、戦史に名が残るかも」
「は?」
 間抜けた返事。
「どピンクの艦の艦長ってそう居ないと思うし・・・ああ!」
 いきなり真っ白になったベーグマンを見て、シホも僅かに慌てた。
「冗談だってば・・ちゃんと塗装も直すように指示しといたからね。ね?」
「・・・・・・ま・・・・・まぁ、今更宗旨変えと言うわけにもいきませんしどうでもい
いですけどね。しかしこっちまで諦めるわけにはいかないもので」
「そうそう諦めなさい・・・・・・こっち???」
 何処となく、返事もなくとぼとぼと歩き出したベーグマンの後を、シホは慌てて追った。


「や・・・・・やられた・・・・・・」
 そのまま、軍用車で走って市庁舎前の広場。
 そこには、銅像が建っていた。
 前日まではただの広場だった。
 今日は銅像広場だった。
 銅像は1つだけだが、二人の人物を型どったものである。
 デギン・ザビ公王の肩をシンイチローが抱くようにして、もう片方の手でがっちりと握
手をしていた。
 新聞の一面を飾る首脳会談のような場面そのままに。
「どうしますか?司令」
 道中のシホの必死の慰めで取り合えず回復したベーグマンが訊いた。
「え・・・どうしよ・・じゃないわね。撤去急いで」
 流石にシホもうんざりした様子に見えた。
「構わないのですか?」
「送り先見つけたから構わないわ」
「はぁ。わかりました」
「あたし、これから市長に会ってくるわ」
「せいぜい挽回して下さい」
「そういう言い方する?市長の受け、悪くないから大丈夫よ」
「そうですな。どうも向こうは勘違いしているようですが」
「勘違い?あながちそうでもないけど・・・」
「はいはい。さっさとごきげん取りお願いします。ここで印象が悪化すればまずいですか
らね」
「了解少佐」
 あまり時間を空けるのもまずいと思ったか、シホはその足で庁舎へと向かって行った。


 シホは割合早く、昼過ぎには基地へと戻ってきた。
 何故かジョンがその周囲をうろちょろしている。未だ望みを捨てていないのであろうか。
 先に戻ってからもずっとうろうろと落ちつかなかったベーグマンは、彼女が車より降り
るよりも先に口を開いた。
「司令!如何でした」
「え?だから大丈夫だって言ったでしょうが」
 何処となく、きょとんとした様子で、シホ。
「し・しかし・・」
「だって市長、あたし個人は嫌ってないでしょ」
「はぁ」
「ちょっと書いてあげたらそれでもう舞い上がっちゃったわよ」
「か・・書いた・・」
 ベーグマンはまた嫌な予感がしたが、振り切って忘れることにした。
 その表情を見て、シホも軽く微笑んで言った。
「そうそう。気にしないことよ少佐」
「それにしても、あれはどうするんです?」
 諦めたベーグマンは、悩みの原因を指さして言った。
 その先には、件の銅像がある。
 見つめるシホの笑みは、普段は柔らかいだけの視線を放つ瞳に悪戯っぽい光を足した。
「せっかくの贈り物だもの。大事に遊ばせて頂くわ」
 うぅせいぜい楽しんで下さいと言えるほどベーグマンの心の平穏は戻っていなかった。
 それに代わるかのように、脇に来ていたティーチェが口を開いた。
「あの〜シホさん、北米から連絡が来てますよ」
「北米?メッケィさんから?」
 シホはベーグマンに確認した。
「はい。中佐からです」
 その場でティーチェが手渡す薄い手紙を読む。
 下手に室内で読むより安全だろう。


   前略我らが楽しく美しく可愛く愉快なお嬢様。
  夏以来、戦局に変化がありませんが総司令の死によってこれから大きく変わることで
 ありましょう。
  さて、この度こちらにおきましてもお嬢様の誕生日を祝して盛大に晩餐会を催したく
 存じ上げます。
  私どもも既に準備は整っておりますので後は御随意にご訪問下さい。
  こちらも負けじと面白い趣向を凝らす所存でありますのでお楽しみに。

     会員番号1  メッケィ・ベルナード中佐そのうち大佐の予定。


「・・・・・・」
 覗き込むように読んだ3人は3人とも黙り込んだまま、しばし考えを巡らせていた。
最初に口を開いたのはティーチェだった。
「正確な・・・・表現ですね」
「晩餐・・・」
 と、ベーグマン。
「会員番号って何?」
 と、シホ。
 3人とも黙り込むと、シホはその短い手紙を丁寧に畳んでから、静かに言った。
「艦長、2時間後に出発」
「はい」
 軽く敬礼して先へ進むベーグマンを見送りながら、ティーチェはシホに尋ねた。
「[こちらも]ってことはお嬢様も何かやるわけですか?」
「お嬢様なんてよしてよ。・・・。こっちもねぇ・・・・・・連邦の情報収集急いでね」
「私が?」
「あのね・・・。[うち]に、よ」
「は〜いはい」
 ふざけた返事のティーチェを、シホは軽く小突いてから、ゆっくりした足取りでベーグ
マンの後を追うように歩き始めた。
「面白そうだから私も会員番号とかいうの貰っちゃおっかなー」
「なんかやな予感がするから止めてよね」
 シホは振り返らずに、追ってくるティーチェに言い返す。
「だからですよ〜。ね。お嬢様?」
「止めてってば」


 その日の夕刻。オデッサ基地。
 珍しくも機嫌の悪い司令官に、取り巻き連中はあたふたしているばかりであった。
 原因と言えば、先程やってきた一大尉の贈り物のせいであろう。
「大佐、大事にして下さいね」
 大尉は、大佐の怒気をはらんだ視線を気にすることなく言ってのけた。
「ここも大変におなりのようですわね。万一にも公王様の像に傷なんか付けられたりする
ようなへまが起きなければよろしいのですけれども・・・・」
 少々心配げな、その細くも良く通る声は、その場の人間には逆効果だった。
「こちらが体勢を立て直すまで、連邦のこと、よろしくお願いいたしますわ」


「う〜ん」
 飛び行くせいんとてぃる艦橋部。
 厄介な像を押しつけて、みんな何処か嬉しそうだ。
 シンイチロー一人ならまだしも、公王の像を潰す訳にも行かず、また、構成上シンイチ
ローの部分だけ潰すようなことも出来ない。
 しかし、シホはどこか不満げに唸っていた。
「未だ何か?」
「せめて半日取れれば大佐ももっと笑わせてあげたのに」
「あはは・・・」
 苦笑するクルー。
「やめときなさい・・・」
 操舵手が言った。
「なんでよ〜」
「そんなんで失脚されたら俺達何処にとばされるやら」
「やだよそんなの」
「失脚なんてするつもりないわよ」
「ないっても・・」
「ま、なったらうちにでも来なさいな。連邦兵士にして見返させて差し上げるわよ?」
 一番笑ったのがティーチェ。泣いたのは艦長位だった。
 シホはベーグマンに片目を瞑って、「ごめんね」とばかりに両手を合わせた。



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