シホ様のペ〜ジへ


 10月5日は、凱旋どころではなく、情報の収集で終わってしまった。
「ガルマ様は旗艦ごと・・・」
「ギレン総帥の全世界放送の・・・」
 慌ただしい情報収集作業の中、シホの気を引いたのは、シャア少佐がドズル中将の逆鱗
に触れ、その地位を追われかけているということだった。
「おじさまにしては御短慮な・・しかしガルマ様のことでもあるし、仕方のないことなの
かしら?」
「閣下はガルマ様に多大な希望をお寄せになっていらっしゃいましたからな」
「うん・・・・・・」
「司令、これから・・・」
「もちろんいくわよ」
「では・・」
「その前に父上をお迎えしなくてはいけないけどね・・」
「シンイチロー様自ら・・しかし今頃一体・・」
「あたしの誕生日かなぁ・・・・・・・」
「は?」
「まだ先だけど。出来れば派手なことをなさらないよう、祈るばかりね」
「はぁ・・」
「さて、マーク曹長に、中佐と連絡を取るように伝えてくれますか?」
「メッケイ中佐?」
「ん」


 10月6日。
 ギレン・ザビ総帥による、全世界へ宛てた放送。
 しかし、放送の時間を除いて、シホの姿は基地内では見られなかった。
 まぁ、きちんと全放送を観ていたのは、周囲からは不思議に思われていたが。


 そして、10月7日。
 グフのヒートソードをすんでの所でヒートホークで受け止めたザク。だが、そのパワー
の差で、ぐいぐいと押し込まれている。
「少尉でもあそこまでやられちゃうんですね〜」
「まぁ、量産されたらバランスとって、ここまでハイチューン出るかどうかは知らないけ
どね」
「大尉!もう機体がそこまで見えているんですよ!」
 のんきに観戦をしているシェン達の脇のマイクを取り上げ、礼服を着たベーグマンが叫
んだ。
「ん〜〜もぉ〜〜〜〜」
「ちっっちょっっと待てえぇ!」
  ガッッッ
「ひっっ卑怯だあぁ〜〜」
 小さく尾を引くハインツの悲鳴を残して、ザクが吹き飛ばされた。


「おおお・・・・」
 呻くハインツのコクピットが、外から開かれた。
「大丈夫ですか?」
「ンなわけね・・・・」
 と、助けようとしたジョンの手を振り払って飛び上がり、コクピットから顔を出した。
「シホお!・・・・あれ?」
 シホを怒鳴ったハインツだが、グフのコクピットが空なのに気付いた。
「おい、大尉は?」
「グフの・・・あれ?」
 ジョンも、シホの不在に気付いた。
「ありゃ・・・・」
  ゴ・・・・
 その時、小ムサイが、基地の滑走路に着陸した。
 続いて1隻。
「大尉の親父か?」
「でしょうね・・凄い」
 と、後続の着陸中に、早くも先の艦のハッチが開く。
 慌てたように、基地からバラバラと人が駆け寄るのが見える。
「・・・・・・・・・」
 3人はその中に、シホを見つけて黙り込んだ。
 遅れてベーグマンが続く。
 シホは、先程までのパイロットスーツから、いつの間にかドレス------軍の正装ではな
かった------に着替えていた。
 ここからですら、彼女の細いラインが判ることからして、上から羽織ったというわけで
もなさそうである。
「す・・・素早い」
 3人の声がハモった。


「お久しぶり!父上!!」
「おお、シホももう大尉だそうだな。」
「あら、未だ大尉なんですのよ。父上、こちらがベーグマン少佐」
「シホの事、色々と厄介をかけてすまんな少佐」
「いえ、とんでもない・・・」
「シホのことだ、無茶なことばかりだろう?」
「父上ぇ!」
「何だ、何か壊したか?」
「あああ・・・・」
 ベーグマンは、シホが完全に言い負かされる(?)のを、初めて見た。
「とっところで・・・・」
 シホが、訊く。
「一体何を?」
「お前の誕生会に決まっとるだろう?少し早いがな」
 そう言って軽くベーグマンに会釈した後、、年の割には細身のシンイチローは、かなり
の早足で建物の方へと去っていった。
 慌てて、基地や艦の人間が彼の後を追い、その場には二人だけが残された。
「来た」
「え?」
 突如、ぼそっと呟いたシホに、彼は聞き返した。
 しかし、彼女は答えず、こちらも足早に、今度は小ムサイの方へと進んでいった。
「何・・・・が?」
 一人残されたベーグマンは、誰にともなく、呟くしかなかった。
 不安と・・・期待と共に。


 良く晴れた、夜。
 ガルマの死のこともあり、「質素」ではある。
 多分。少なくともシンイチローはそのつもりなのだろう。
 基地ばかりか、市の幹部達も招かれている。
 ミナヅキ家の誘いを断るわけにもいかない市長達は、しかし積極的に参加してきた。
 ドズル派なシホの力が強まれば、基地司令の発言力も強くなり、キシリア派よりこの街
に掛けられる多大な負担も、少しは軽減されると考えての事だ。
「シホもまもなく二十歳になるわけだが・・流石に今年の誕生日プレゼントは困った」
 と、シンイチローの話が続いている。
「それに持参するのも難しくてな」
 話も上の空で、ハインツはそこらのグラスを空にして回るのに専念していた。地球産の、
特上品質のワイン。
「仕方がないので小さく写真で今日は勘弁して貰うが・・・」
 MSか?いや、持ってこれるか・・・・・・。お!屋敷か?
 ぼんやりと考えるハインツの脇のメイド達が、前に進み出て、壁のカーテンの紐を手に
とった。
カーテンと言うより、それは垂れ幕のようなものだ。
 しゅると、軽い音を立てて、幕が引かれる。
 目に入ったのは、ピンク色。ショッキングピンクだった。
「え・・・」
 間抜けな声をもらしたのは、ハインツだけでなかった。
 会場全体が、一瞬で静かにどよめいている。
  カッッ
 何処かで誰かの落としたフォークか何かの音。
 と、静かな笑い声が聞こえてきた。
 暫く、その、心の底から楽しげな笑い声が響くのみ。
 そして、シホはひとしきり笑い終わると、小さく言った。
「こんなに面白いもの、初めてじゃないかしら、お父様?」
 ぼんやりしたハインツの頭にも、彼女の声は、しっかりと通った。
 どピンクに塗り込められた、グワジン級戦艦の写真を眺めていても。


「なんか間違ってるぞぉ〜!!」
 奥の、男が叫んでいた。確か戦車隊の奴だ。
 取り合えず「ささやかな」パーティの後。
 基地に備え付け状態の酒場。
 只でさえ混んでいるこの店は、今日は異様なまでに混んでいた。
 基地に所属する7割方が、来ているだろう。
 残り3割は、店に入れず、しかし、店の周りで宴会だ。
 寒くはないのだろう。世の中不条理だ。
 誕生日プレゼントが戦艦、しかもグワジン・・・。
 誰もが呆れ、しかし、泣くしかなかった。
「ちくしょおぉ〜。こんな酒ぇ〜〜」
 側の、基地の警備兵が、グラスを持ち上げた。
「こんな酒・・・こんなぁ・・・」
 手が震え始める。
「くそぉ〜」
 そのまま、グラスは彼の口元に戻り、一気に飲み干された。
 泣いている。

 ミナヅキ家からの振舞酒は、旨すぎて兵士達のやるせない怒りをぶつけられることは無
かった。
 ただただ、みんな、酒を飲み干すことしか出来なかった。



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