シホ様のペ〜ジへ


 参謀部主導の作戦が大敗に終わった。
 私の参加した別道部隊により、敵基地をほぼ壊滅状態にまで追い込んだものの、こちら
は前衛の要衝として確保していた橋を連邦に奪われ、都市まで侵攻することが出来なくな
ってしまった。
 そして月も改まった10月。
 私の上官であるシホ大尉が、艦長のベーグマン少佐と共に司令部に呼ばれた。


「やっぱりまたしてもあたし達って別動なのよね」
 大尉の声に、軽い苦笑の声が上がった。
 せいんとてぃる号内の雰囲気は、異様なほど穏やかなものだった。
 そのくせ、一つ。
 そう、一つだけ、重みがあるのだ。
 これら全ての始まりが、シホ大尉にあるのは確かなのだろう。
「今度は本隊、大丈夫なんだろうな?」
「さぁ?私達に関わる事じゃないもん」
「おいおい。会議じゃ何も言わんかったのか?」
 その問いに、ベーグマンが耳の後ろを掻いた。
「作戦名だけ・・・」
 ハインツが何か言おうとしたが、急に押し黙った。
「なによぉ」
「どうせオツキミ・オペレーションとかなんとか言って困らしたんだろ」
「そ〜よ。終わりにハートだけは付けないってことで妥協成立」
「今度は満月じゃねぇぞ?」
「う・・・花火なんかどう?」
「大尉。無駄な火薬を積むのなら実弾を」
「あ、そっか」
「作戦はどうなったんだ!」
「どなんないでよぉ」
「本艦は前回同様都市防衛。MS隊は別働隊先鋒として敵後方に回り込み本隊の攻撃と共
に敵背面より崩しにかかる」
「せいんとてぃるは今回も後方ということですか」
「そ。都市を死守したい将軍とあたし達を困らせたい参謀部が珍しく口を揃えてね」
「両方に戦果挙げられるのだけは嫌だってことかな」
「ま、いいのよ。あたしはね」
 ふっふっふ。
 大尉が笑って、ミーティングはお仕舞いとなった。
 確かに、この人には戦果も階級もたいして意味がないのだ。


 MS1個小隊に、更に戦車隊、砲兵隊等を加えた別働隊に先行して、私達の小隊は前進
した。
 先の戦闘で、この辺りは分かってる。
 そこで、前進して、橋よりも北方に、仮架橋して、部隊を対岸へ送る護衛をするのだ。
 夜間進軍で、敵に見つかることもなく、至極平穏なまま、川へとたどり着いた。
「シェン、周辺警戒お願い」
 大尉の声。
「了解。探知続けます」
「ありがと。ハインツ?始めるわよ」
「ああ」
 グフとザクが、同行した補給隊の資材を取り出し、歩兵と協力して仮設橋の設置に入る。
 このような作業では、MSは非常に強力だ。
 見る間に、橋は対岸へと延びて行き、別働隊が合流する頃には、早くも完成していた。
「ご苦労様。シェン、状況は?」
「ご苦労様です大尉。現在連邦は予定よりも僅かに進軍している他、目立った動きはあり
ません。我が軍の展開に変更は無い模様」
「そう・・あ、来た。ハインツ。後お願い」
「了解」
 ハインツの返事もそこそこに、大尉はグフから降り、合流しつつある部隊へと駆け寄っ
ていくのが見えた。
 MS間の短距離光通信ではあまりじっくりと話せないし、彼女は大概直接面して話すの
が好きなようだ。
 それで、じわじわと、支持者を増やす。
 ばかりでなく、どうやら相手の見極めもしているようだ。
 その割には、遊んでいるのだが。


「シホ大尉って・・・」
 と、急に、ジョン伍長が話しかけてきた。
 ポットの足下。
 監視は後続隊に任せ、私達は一時休憩している。
「え?」
「恋人居るんですかね?」
「え・・・さぁ?私もあまり付き合いが長い訳じゃないから・・・・」
 あまり、そういう匂いを感じさせない人に思えた。どちらかというと誰とでも親密なよ
うに見える。表面的なだけではなく。
「俺、アタックしちゃおうかな」
 しかし、彼女は同じ所で、付き合う事はないのではないか?
「伍長がアシにされるだけに思えるけど」
「う・・・でも変な人じゃないですか。それに、普通出会うこともできない人っすよ」
「そうね・・」
 馴れ馴れしい人だが、実の所、我々が同居出来るような人ではなかったはずだ。
「絶対会えないような人が居るんですよ?ここはお近づきにならないと」
「ま、頑張ってみたら?」
 私は適当にあしらった。
 と、
「シホさんって・・・」
 急にジョンは声をひそめた。
「何?」
「死にたがってるってホントですかね・・・」
「???」
「なんか親父さんと仲悪くて軍に来たって言うし」
「う〜ん・・・・」
 私は、気のない返事を返した。
 確かに、ミナヅキ家の一人娘が、何も反発するキシリア派の配下としてこんな場所を駆
け回る必要はないはずであった。
「別に仲悪くないわよ?」
「!!!!!!!」
   ガンッ
 急に入ったシホの声に、私達は驚いた。ジョンは慌てて立ち上がりかけて何処かぶつけ
たようだ。
「たっ大尉・・」
 シホはポットの足下に来ていたのだ。ジョンばかりか私まで全く気付かなかった。
「ちょっちだけ、「複雑な事情」って奴があるだけよ」
 割と、醒めた表情で、彼女が言った。
「父の性格は嫌いだけどね」
「はぁ・・」
 なんとも返事が出来ない。
「序でに言うと死にたがってるんじゃなくて・・・・あら?」
 言いかけたシホは、向こうで見えるようになった光に気を取られた。
「始まったわね」
 そう、私達に言うでもなく呟くと、大尉は話の途中ながらグフへと走っていった。


 今度の戦闘は、前回の鬱憤を晴らすかのように、圧倒的だった。
 特に、別働隊からの後方からの砲撃により、連邦は全くもって組織だった攻撃が出来な
いままに総崩れとなり、反撃もできずに散り散りとなった。


「なんか・・・あっけないわ・・・」
 少々不満の響きを持ったシホの良く通る声が無線越しに入ってきた。
「すいませんね大尉」
 と、ジョン。
「そ〜よ。殆どポットと砲兵の遠距離射撃」
 そう。別働隊は直接後方より接戦するはずであったのだが、その前に連邦は崩れ、MS
部隊にはその活躍の場は与えられることなく砲火は止んだのだ。
「橋掛けご苦労さんでした」
「ジョ〜〜ン!」
「わわっ」
 下で、ジョンが慌ててモニタを落として通信を切った。
 私は溜息をついて言った。
「あんたね・・・それで口説けるわけ?」
「う・・・俺って・・・・」
「一人で悩んでなさい」
「ああ〜〜!」
 阿呆だ。


 本隊と合流し、そのまま、橋の護衛に入る。
 監視に当たる部隊を除き、兵士達はようやくの勝利の喜びに湧いていた。
 そこへ、偵察機が1機、司令部より飛んできた。
 せいんとてぃる所属の機体だ。
「急いでるみたいだな」
「そうなの?」
「ああ」
 脇の、シホとハインツが話し、それからシホは機体が静止するだろう辺りへ向かい、走
って行く。
 私は、ハインツの言葉に、微かな不安を感じ、大尉の後を追った。


「大尉」
 パイロットは降りるのももどかしそうに続けていった。
「良いニュース、悪いニュース両方があります」
「良い方」
 彼の言葉が終わらないうちに、シホは即答した。
「お父上が来週こちらへおいでとのこと」
 シホの目が、微かに細く、照明の明かりで光った。
「そう。悪い方」
「は・・・ガルマ・ザビ総司令戦死との事です」
「・・・・・・いつ?」
「昨夜とのことですが・・・
」 「戦死・・・木馬?」
「おそらくは・・・しかし、詳しいことは未だ」
「シェン」
 その報に、しばし呆然としていた私は、慌てて大尉を見た。
 シホの顔は、悲しみの色。それだけだった。
「は」
「今の話、ハインツと、サグアル少佐に。後は少佐の指示に」
「はい。大尉は?」
「戻って少佐とお話」
 そう私に話しかけるシホの面は、次第に悲しみの表情から、司令としてのそれへと、ゆ
っくりと変わっていった。
「では、直ぐに」
「わかったわ。私も乗せて」
「了解」
 しかし、最後まで、悲しみの表情が完全に消え去ることはなかった。



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