シホ様のペ〜ジへ
結局、あの戦艦に乗っていたのは、レビルではなく、その直属の参謀長だった。
レビルがあの場所へ実際に来る予定が在ったのかどうかはわからない。
しかし、それなりに重要人物であったことには違いなく、生き残った二人は昇進した。
「司令、お体は如何ですか?」
「いいわけないでしょ」
せいんとてぃるの病室。シホは数日でなんとか自分だけでも普通に動けるようになったが、今はまだ極力安静にしていた。
私は、ベッドを半分起こして、携帯端末と書類の束を散乱させて、いつの間にか気付かぬうちに随分早いペースでキーを叩いていた。
あの後、治療もそこそこにマ・クベに呼び出され、わざわざねぎらいの言葉を受けに行かねばならなくなった。
辛うじて、室内で倒れることだけは免れたが、お陰で翌日まで気を失う羽目に遭った。
そして、その後、今は北米へ向かう途中である。シェンの穴を埋める補充兵を受け取る事がその目的である。
オデッサではどんな人物を押し込まれるかわかったものではないせいでもある。
もっとも、ハインツで十分怪しかったのだが。
「あと1時間程で北カリベース到着の予定です」
「・・・・・・・・・」
私は、キーを打つ手を止めた。
「ね・・・」
顔を、上げる。
少々驚いたような表情で、ベーグマンが答えた。
「何か?」
それほど、私はきつい表情をしていたのだろうか。なんだか、気恥ずかしくなったが、気持ちを落ちつけてから、
「これ、どう思う?」
そう言って、無造作に散らばる書類の中から、一部取り上げた。
「・・・これは・・」
その特殊用紙に手書きされた書類は、ドズル派の者からシホへ送られた電文だ。
カンナヅキ隊とソロモン・北米間で定期的に送受する通信の中には、暗号化されて、シホ自身にのみ宛てられた文書も含まれている。
「ほう・・・・・・」
書類を受け取ってざっと流し見たベーグマンは、軽く感嘆の声を上げた。
「連邦が・・・」
「既にMS開発を、実機制作段階まで進めたって。思っていたより早いかな?」
「そうでしょうか。MSはジオンの独占技術であるとはいえ、開戦後にどれだけのザクが捕獲されているか」
「・・・・・」
連邦は、捕獲したザクを集めたMS部隊を使用しており、また、そのザクの中には、連邦に於いて改修されて出撃しているものも多い。
ひょっとすると、ザクそのものを生産する等というのもあり得ない話では無いのかも知れない。
「そうね。遅い位か」
ベーグマンが、端末を覗き込んだ。
「そうです。そして、配備が始まって・・・」
「勝ち目を失う」
「はっきりおっしゃいますな」
「マ・クベの前でだって言ってやるわよこれ位」
「あまり冗談には聞こえませんな。それに、司令の嫌がらせも効果を挙げ始めたようで」
「やっぱり嫌がらせ?」
「そうですな。カンナヅキ隊結成の際、各戦線の、各部隊から、選りすぐりの精鋭を選抜、召集。その結果、各部隊はぼろぼろです」
私の見ていたデータからも、それは僅かに読みとれるまでに現れ始めていた。
「ぼろぼろって・・・」
「いや、司令・・・・」
私のふくれた視線を受け、咳払いをしてから、気付かなかったかのようにベーグマンは続けた。
「部隊のエースを引き抜くということは、その個人の能力以上に部隊の力を削ぎます。その者から吸収する経験というものは、見えないものでありながら非常に重要です」
そして、彼は書類を私の元へ戻しながら言った。
「その為の各部隊の損害は、甚大なものです。特に人材面ではね。本来、古参兵に育てられる一般兵が育たぬまま。部隊の連携はぎこちなくなり、組織的行動自体にも歪みが生まれ、戦闘に影響し・・・。司令の為に、どれだけの人命が失われることになるか」
その目は、間違いなく、兵士の代弁者であることを示してシホへ向けられていた。
「私の為か・・・。でも、それはスペースノイドの為と思ってる。別に逃げないわ。これからも、もっと多くの戦線が、弱体化するわ。でも、それは私の望んだ事。私が最良と考えての事。そして、少佐、あなた達が望む事」
私は、端末の電源を落とした。
「まぁ、司令のおっしゃるとおり、各地戦線の崩壊は結果として軍の一致に繋がるやも知れませんが、連邦の手前、それ以上に負けが込むのではありませんか?」
「私自身でザビ家の権力争いを止める事も介入する事は出来ないわ。だから、こうして搦め手から攻め落とす。引き抜きで他の兵士達を死地へ追いやっても、万一ジオンを敗北へ追いやる結果になろうとも、私は私の信じるように、スペースノイドを救ってみせたいのよ」
私の脳裏に、急に昔の記憶が甦った。初恋の人・・・そして・・・・・。
あぁ、涙。
私の、涙。
私の、怯える、涙。
気持ちは醒めている。
何故ならこの涙は、私が、私を守れるようになるまで、私の力では止めることが出来ないのをわかっていたから。
「私ね・・・私の為に死んで行く人の事、シェンの事でも、それが幾ら多くの人々であっても、受け止めてみたい。受け止めなくちゃならない。でもね・・・・「私」の為に死んで行くのは耐えられないのよ」
急に、忘れていた痛みが、全身に走った。
「っく・・・」
ベーグマンは、手を出さずに、私を見つめていた。
「私は、自分を守れるようにならないといけない・・・」
ハインツに言ったのと同じ事を、言った。
「そう、シホ・ミナヅキの為に死ぬ人には、耐えられないのよ・・・」
「シホ・ミナヅキ?」
しばしの逡巡の後、ベーグマンが尋ねた。
「そうよ!私そんなに大事な人間じゃない!なのに・・・どうして・・・どうして・・・・・仕事だからって・・・・任務だって・・・・・」
「司令・・・・」
「死なれちゃったら、私、逃げられないのよ?止められないのよ?私の価値じゃないわ!でも、それは受けとめないといけないのよ?シホが、シホは、私は、父から離れられないの?自分で歩けないの?自分で生きられないの?私の!!私の価値じゃないのに!!!!」
何故か、全身の痛みがゆっくりと引いていく。逆に、折れた肋骨の辺りの痛みが鋭く、強くなり、私はたまらずに手を胸の下にあてがった。
「シホ・ミナヅキの価値ですか」
じっと聞いていたベーグマンが、私にゆっくりと言った。
「自分の思うシホ様の価値は、司令官であり、理想家であり、将来のシホ様に求めるものであり、また、司令は自分に価値を求めて下さった。自分はそれに掛けてみようかとも思いますし、その価値はあると思います」
そして、続けた。
「命はともかくね」
わたしは、顔を上げた。
「わかってるわ・・・ありがとう。そうして貰えるとありがたいわ・・・。私は、私の価値に意味を持っていたいの・・・。ミナヅキの価値は・・・・・」
そう、ミナヅキの価値は。
命を求め、命を喰らうもの。
私は、ミナヅキ家に、その代償を払うだけの価値はないと思う。
だから。
「私は、探しているの。私を守るための、私が勝つための、私の力を」
私に求められる価値。
私はそれに答えなければならない。
それがシホ・ミナヅキのやるべき事。
でも。
私は、私の価値を、人に求められるように。
なりたい。
了
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