シホ様のペ〜ジへ


「あ・・・れ・・・・・?」
 気が付くと、一人ベッドの上だった。
「う〜」
 くらくら。
「えと・・・・!」
 がば!
 跳ね起きる。
「しまった、何だったっけ」
 思い出す。
 自分の声で頭が痛かった。
 そのまま、応接間へとふらり、出る。
 3瓶、空でならべてあった。
「あ・・・・」
 綺麗に並んだそれを見て、シホはふっと笑みを浮かべた。
「よしよし」
 呟くと、シャワールームへと向かう。
「あ」
 袴の帯に手をかけていたシホは急に立ち止まった。
「どぉしてあたしに手ぇ付けてないのよ〜」

 いや、そこまで追い込むには君は少しばかり艶が足りなかったし、向こうもそこまで素直に追いつめられるほど無垢な歳では無いと思う・・・・。


 北米に入ると、カンナヅキ小隊せいんとてぃるの警戒体制は1ランク下げられ、ほぼ通常航海体制へと移行した。

「というわけで、皆さん、ニューヨークでは全員休暇となります」
   おおおおお。
 シホの艦内放送に、全乗組員がどよめいた。
「休暇は4日間予定されています」
   ををを〜〜。
「へっへ〜」
 それまでの取り澄ました口調から、急にシホちゃん調になると、シホは更に乗組員を喜ばせた。
「ついでにみんな良くやってくれてるから、ボーナスも付けちゃう!」


 現在、北アメリカはジオンがほぼ完全に制圧している。連邦軍は最大の南米基地ジャブローに立てこもり、辛うじて南米を確保しているだけである。
 ジオン侵攻時の混乱が治まった現在では、ニューヨークでは空襲警報すらまず聞かれるものではない、地球で最も安全な町の一つとなっていた。


 ま、自由の女神がきちんと眺められりゃあね。
 町から数十キロ離れた基地へ降りる前にNYの上空を旋回した時に見かけた女神像を思い出して、シホは少し顔をしかめた。
 ジオンがNYを占拠した際、どこかの間抜けがどでかくジオンの名を書き込んだのだ。  汚いその字を忘れようと、軽く頭を振ってから、シホは扉の前で立ち止まった。
 先導の兵が、衛兵に何か囁くように言うと、衛兵が扉を開ける。
「ガルマ様。シホ・ミナヅキ中尉参りました」
 作戦室の中の将校達の中心の、若い男が顔を上げた。

「まさか、君の軍服姿が見られるとは思ってもいなかったが」
「出来れば、佐官服でお会いしたかったのですが」
 公邸の庭先をゆっくりと歩みながら、シホはガルマと話していた。ガルマとは既に幾度か、公私交々会っているが、シホはこの青年が少しだけ苦手だった。軍人というタイプではない。むしろ、良い人過ぎるのが、苦手なのだ。
「ふ。君ならそう難しいことでもあるまい?」
「まぁ?」
「それに、今夜はもっと魅せてくれるんだろう?」
 ええ。わたしの大切な仕事ですもの。
 そっと微笑みながら、シホは胸の中で答えた。


「ほぉ。では公社の方でも・・・」
 その晩。
 ガルマの使う公邸で、パーティが開かれていた。ニューヨーク市長をはじめ、北米の主要な政財界の人物を集めて行い、良く開かれる。今ではこの種のパーティが、ジオンの北米支配を安定化させる重要な行事の一つとなっていた。
「えぇ、既に主要事業の72%は系列の扱う所となっておりますの」
 髪をアップにして、浅い緑色の淡泊なデザインのロングドレスをすき無く着こなしたシホが自ら駆け回ることもなく、参加者達は、自然と進んでシホの回りへと集まっていた。
 ミナヅキ財閥ともなれば、北米の有力者の大部分とも、どこかで繋がりがあるのだ。シホ自身が知っている顔はほんの一握り。しかし、それでもシホは相手が振る、あらゆる話題を、そつなく受け、答え、また話しかけた。
 経済的な話など、シホには実際、無関係な話であったが、それでも、シホは細かい所まで会話を進める。
 そういった多分野に常に目が行くように、育てられたのだ。父には、それだけは感謝していた。最も、それが高じて銃火器やらMS等にまで強い関心を示すようになったことは悩みの種となってしまったに違いない。
 一人、その事で表情とは別の笑いを感じながら、シホは会話へと意識を戻した。
 このような場の大抵の人間は、特にここにいる人々は、ジオンとの関係上、お世辞も多く、本心を明かさない。また、話もシホ個人とではなく、シホ・ミナヅキとしているのだ。
 しかし、シホは話を私的なものへと持っていくことで、そうした取り繕い抜きの会話に変えてしまうのが好きだ。そして、そうした無関係の会話の本音の部分は、逆に彼等の思いの一端に気付かせてくれる。
「あら、でもバズーカって面白いんですのよ?」
 この日唯一の失敗は、幸い相手が将校の一人であった為にそれほどの失態とはならずに済んだ。


 ベーグマン少佐も、参加していた。いや、辞退しようとしたのだが、シホが引っ張ってきたのだ。
 彼は、自分同様に、いまいちこの場にそぐわない連中(ジオンの[まともな]将校だ)と軽く話しながら、時々シホの様子をうかがっていた。
 静かに、だが、よく笑い、そして、話す。そこに居るのはザビ公王家の人々とも真正面から向き合ったとしても気後れすることのない、数少ない財閥の一つ。ミナヅキ家令嬢。  ベーグマンはシホの事を知らなかったわけでは無かったのに、この場で改めてその事実を思い知らされた。
「流石、華があるな。中尉には」
 隣の、メッケィ中佐に話しかけられ、ベーグマンは少し考えてから答えた。
「これほどとはね」
「ミナヅキ家。ギレン様でも、キシリア様でもない、ドズル様を支持する唯一の、しかしジオン最大の財閥」
「はい・・・」
 元々、ギレン、キシリアは派閥傾向が強い。それに対して、ドズル、ましてガルマはそれほど結束していたわけではない。しかし、デギン公王の力が弱まるにつれて増大する2派に反発して、軍内部では、まるでドズルを慕うかのように、正統派ともいうような派閥が出来ていった。
 ミナヅキ財閥は、これまで特にザビ家の誰の後押しをするとでもいうことはなかった。
 その必要は無かったし、また、その気もなかった。そうすることで独自の活動をしてきたのだ。しかし、ザビ家独裁が進み、また、ギレン、キシリア等の確執が強まり、経済面への口出しが強まると、それを抑えるかのようにドズルの後を押すようになったのだ。
 ドズルであれば、財閥のする事に口出しするようなことは無いとの計算も働いていたのだろう。

「これで、ガルマ様の勢力圏が拡大出来ればよいのだが」
「えぇ。しかし大佐には随分やっかまれていますよ、中尉は」
「だろうな。君も大変だろう?」
「少しは。しかし、ガウに乗ってしまえばもう自由ですから」
「そうか。まぁ、その間は存分に引っかき回してくれたまえ」
「はい。そのつもりです」
「密談はもう少し低い小声でなさいな」
「!!」
 慌ててよく見ると、視線の先にシホは見あたらなかった。
 二人が声の方へ向くと、そこには音もなく彼女が立っていた。
「そんな会話、ぼぉっとしてするものではないでしょう?メッケィ中佐、初めまして。シホ・ミナヅキ中尉です」
「わざわざこちらまで来られるとは。メッケィ・ベルナードであります」
 そう言って、メッケィはシホの片手にある空のワイングラスを取り、側の給仕の新しいグラスを渡した。この場に似合わなくても、何度も参加させられていれば、少しは気が利くようになるものらしい。
「ありがとう」
 しかし、そう答えるシホの顔はあの時より紅潮しているように見えた。このような場でも薄化粧なので、分かり易い。中佐の行動は気が利きすぎたのかも知れないとベーグマンは思った。
「いえ、しかしここではこんな会話も出来るのですよ」
「なるほど。確かに、ここには少ないようですわね」
 北米には、マ・クベの手の者は少ない。まして、このような場には、ほとんど居なかった。
「それにしても、よくお話になられる」
「そうかしら?大分押さえているのだけれど?」
 そう言ってシホは賛意を求めるようにベーグマンの方を向いた。
「まぁ、そうですな」
 艦内のシホを思い出して、肩をすくめる。
「市長とは特に長かったようですが」
「あら、よく見ていらしたのね」
「あ・・」
 僅かに、メッケィは戸惑った。
「市長が、何かとガルマ様の事を勧めるの。何かあるのかしら?」
「ああ、市長の娘御が、ガルマ様とは恋仲なのですが、それが、市長にはあまり気に入らないようですな」
「なるほど。それでわたしに割り込んでくれと?」
「まぁ、そういうことでしょう」
 そう言ってひとしきり笑うと、シホは思い付いたようにメッケィに小さな声で言った。
「中佐、どうもここからオデッサへの補給が、[少ない]ようです」
「ほう。やはりそうですか。・・・向こうからの要請は多めに感じます。減らして送ってはいるのですがね。こちらには大分余裕がありますが、その分が大佐の元へ流れるのは問題ですな。」
「よろしく」
「は」
「・・・・・」
 しばらく黙り込んだ後、シホはまた、会場の中の方へと戻っていった。


「はぁ。疲れた・・・・・・」
「なかなか見事なお嬢様ぶり。感服いたしましたよ」
 宿舎として徴用されているホテルへの帰りの車中。
「少佐はずっとあの辺りで?」
「そうです」
「そう・・。ごめんなさいね。無理強いしちゃって」
「いえ・・」
「でもまぁ、色々知り合えたからいいか・・・」
 そう。それが今回参加した主目的だった。独立部隊とはいえ、そう長期に北米に留まるわけにはいかない。
 手っ取り早い方法を採ったまでだ。しかし・・・。
「しかし、随分楽しそうにしておいででしたな」
「え?そう?」
 ベーグマンは無言で頷いた。
「まぁ、慣れてるからね。でも、本質的に好きじゃないのよ?本当の所。どこか、ごまかして、楽しいと思いこんで参加してるような感じがするわ。私」
「思いこみですか」
「えぇ」
 そう言って、一息つくと、彼女は結い上げた髪を解きに掛かった。


 これから帰還までの3日間、シホはガルマ麾下の基地を、文字通り駆けずり回ることになる。


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