シホ様のペ〜ジへ


 せいんとてぃるは、北米へと向かう為に、シベリアを経て、今は太平洋上にさしか
かっていた。

   コン、コン。
「ベーグマン少佐です」
「どうぞ」
 機長、ゲルハルト・ベーグマン少佐は、シホの私室の前の間から、奥の扉を開けた。
 更に奥の部屋の一つから、何か、風を切る音がする。
 中を覗くと、シホが妙な白黒の服を着て・・・部屋の真ん中で長刀を・・・振り回していた。
「??司令?」
 怪訝そうな少佐の声に、シホは、
「ナギナタ。結構使えるのよ。私」
 そう言って、長刀を脇へと・・・放り投げた。
「さて、本題に入りましょうか」


 別室、つまり、最初に入った応接室部分で、シホとベーグマンは向き合うように腰を下ろした。
 先程の運動で、シホの頬はまだうっすらと紅潮していた。
「取り合えず、色々見させて貰ったわ、ドズル様直参の将官達が手を尽くしてくれただけあって、私には十分すぎるスタッフが揃ってますのね・・・。はっきりいって私が不十分なのだけれど」
「・・・」
 ベーグマンは、何も言わずに聞き続けた。
 「前回の戦闘、あなた達の事、十分に評価できる・・・」
 前回の大規模な戦闘では、8機程のガウが参戦し、うち5機が撃墜されるという、甚大な被害を受けていた中、せいんとてぃるは、無傷といっても良い姿で帰還している。
 艦の性能が通常より良いと言うだけでなく、乗員の腕の確かさの方が際だっていた。
「はぁ〜気が重いわ」
「?」
 急に、地が出たような声で言うと、シホは立ち上がって部屋の隅へ行って、そこにある戸棚を開ける。
 そして、何かを掴むと、そのまま振り向きもせずに、ベーグマンの方へと適当に放り投げた。
「な・・」
 慌てて、自分より少し前の、テーブルに落ちかけたそれを掴む。
「グラス・・・」
 少し小さめのグラスだった。
「ほい」
「え?」
 シホは、もう一つ投げてから、瓶を3本抱えて戻ってきた。
 酒?
 何故か、全て銘柄は剥がされていた。
「司令?」
「はい、日本酒」
 何で日本酒・・・・。訝しげだったベーグマンだったが、彼女は日系なのだからある意味で当然なのかも知れない。しかし、いきなりグラスになみなみと注がなくても。
 2つのグラスに注ぎ込んでから、シホはさっさと自分のグラスに口を付けて、半分くらいを一息で飲んだ。
「うっ、辛い・・」
「いいんですか?」
「いいのよ。もう海の上だし。あ、ちゃんと艦橋には二人とも今日はお休みっていっといたから少佐もどうぞ?」
 そう言うと、嬉しそうにベーグマンの表情を覗き込んで待った。
 ベーグマンは「中尉はいいのか」と言う意味で言ったのだが。
 諦めて、しかし、
「何故銘柄が?」
「銘柄にこだわるのって好きじゃないもの。くだらないことでしょ?」
「では気に入ったのがあったら?」
「さぁ?そのうちまた飲めるでしょ?」
 黒い瞳をキラキラさせて、ベーグマンを待つ。
 やはり、よくわからない人だ。
 そう思いながら、ベーグマンはグラスを取って、一口飲んでから、残りを飲み干す。
 シホは嬉しそうに自分のグラスを干してから、それぞれに注いだ。


 しばらく、話もせずに2本目にとりかかる。先程より辛口だった。
 1杯目を終えると、ようやくシホが口を開いた。
「少佐、どこまで付いてこられるのかしら?」
「?」
 ベーグマンはシホの顔を覗き込んだ。
 先程より紅潮した顔。目はなんだか眠そうに見えた。しかし、その奥の瞳はいたずらっぽい輝きから、鋭い光へと変わっていた。
「・・・・・」
 黙って、シホの前にある2本目でなく、脇の3本目に手をやる。そして、2つのグラスに注ぎ込んだ。
 その間、シホの視線はベーグマンが運ぶ指先を追い続けた。
「中尉はどこまでされるおつもりで?」
 それを聞いて、シホはにまぁっと、あの悪戯っぽい笑いを浮かべる。
「なんばーつぅ〜。よ」
「ほぉ?」
「これと見込んだ人を、押してあげるの」
「トップではないと?」
「少なくとも・・・・軍でトップなんてあんまり趣味じゃないわね」
「趣味ですか」
「そう、趣味なのよ・・・地球上に人は居てはいけないのよ。いけないのに何故居るのかしら?人は何故嬉しそうに戦えるのかしら?私達も?命賭けて戦って?何が出来るの?何が足りないの?それって気が短いから?短いのは命が短いから?命が短いのは何故?本当に短いの?1日が短いの?1年が短いの?それは興奮が足りないの?だから戦って戦ってそれでも足りないの?足りないのは言葉?足りないのは命?血が足りないの?人が足りないの?」
 一息でそこまで言うと、急に小首を傾げて、ふとテーブルのグラスを見た。
「・・・・お酒が足りないのかしら?」
 そう言って口を付けた。
「あら、3本目は甘い・・・・かしら?」
「2本が辛かっただけでしょう。・・甘い方がお好きで?」
「そうでもないけどね。日本酒はあんまり」
 そう思うなら他のを飲めばいいようにも思ったが、ベーグマンは深くは追求しなかった。こちらもグラスに口を付けた。
「司令・・・私のことは取り合えず分かっての召集でしょう?」
「そうね・・よく1階級降格で済んだわねぇ」
「ここしか居場所が無くなったのかも?」
「案外そうかもね。私を買ってくれているのが多い訳じゃないし」
「それでもよろしいとおっしゃっいますか司令は」
「おっしゃるわねぇあたしってばきっと。せいぜい見捨てられないようにするのは私の方」
 少々怪しい文法で言ってから、シホは軽く溜息を付いた。
「少なくとも一人立ちされるまではお付き合い致しますが?」
「一人立ちねぇ・・・・いつまで掛かるやら」
「そう先とも思えませんが?少なくとも面白い上官に越したことはない」
「ありがと。まだ中尉だけどねぇ〜」
 シホのグラスは、また空になっていた。ベーグマンも空けてから、尋ねた。
「いつまで飲まれるおつもりで?」
「取り合えずあけたの3本飲み終えたいなぁ・・・って」
 少しためらってから、ベーグマンはそれぞれに注ぎなおした。
「要はねぇ・・・何か変えられたら、素晴らしいなぁって・・・・」
「御主人様に乾杯・・か?」
 その返事は、既にコテンッと横になった19の女性の口から返ってくることはなかった。


 シホが目を覚ました時、8割方残っていた2本と2つのグラスが空けられて、先の1本と綺麗に並べられていたことも付け足しておこう。



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