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 U.C.0081.05.03.

「そんなに甘く見ていてもいいのか?」
「甘く?まさか。いい加減、向こうもこちらの切り捨て時ってものを真剣に考え始め
ているでしょうしね」
「その割には随分と無防備ではないか?」
「そうですか?しかし、何もこっちから表立って警戒を露わにする必要なんかありま
せんよ」
 そういうと、ティルトは輸送船のタラップに足をかけた。

 6日後。
 フォン・ブラウン。アナハイム社有の、試験場。
「13時より行われる、MS稼働効率試験に参加のテストパイロットは、30分後に
ブリーフィング・・・・」
「第6開発部第1企画課の、ニナ・パープルトンさん、第3企画課のルセット・オレ
ビィさん、至急第7映像室へお越し下さい・・・・」
 人が多いにも関わらず、構内はやけに静かに感じられた。
 やかましいのは、ほとんど休みもなく響き続ける、構内放送だけだ。
 しかし、目の前の女性には、それも全く耳に入らないようであった。
 先の放送は、彼女へのものだったようにも思えたが。
「Iフィールドが搭載されれば、ビーム兵器の威力は半減どころか、無いに等しくな
ってしまうのではなくって?」
「さて、それはどうだか・・・・・・」
 ルセットに向かい合うようにして座る、テストパイロットとの会話に夢中だった。
 自分に呼びかける放送に気づかないほどに。
 それもそのはずである。 彼女の目指す、ガンダム。
 その、設計に携わったばかりでなく、実際に搭乗していた人物なのだ。
 アナハイム社では、彼と取り引きして得た、ガンダムそのもののデータ、また、戦
後に獲得したジオニクス研究員達によって、この一年で急速に技術力の向上を見た。
 が、どうしても未だに得られないモノがあった。
 実戦データである。
 そして、今日・・・・。
 彼女の目前に、チャンスが巡る。
「実弾兵器の問題は弾薬量に限りがあるってコトだろう?まぁ、今のビーム兵器がそ
れほど弾数に余裕があるって訳でもないですけどね」
「それは・・・でも、フィールドがMSに搭載できるようになれば、威力の問題では
ないわ。ビームライフルだってもとはMSに携帯できるようになると考えられていた
わけでもないし・・」
「いずれ、MS単体の出力にに余裕ができれば、ビーム兵器に1戦闘ぐらいでの弾切
れなんて起きなくなる」
「無重力下で、MS、いや、MAにその気になれば、十分な弾薬も、Iフィールドも
搭載できるでしょ?そうなればビーム兵器主体では、相手にも出来ないわね」
「だが、フィールド搭載ともなれば、それだけ威力のある火器が使えるってことで」
 一呼吸おいて、ティルトは続けた。
「それに・・・」
「あら?」
「最低限の実弾兵器を搭載さえしていれば、また、効果が薄くてもビーム兵器で畳み
掛けるようにして、追い込むことは出来る。そうすればね」
「?」
 彼女は、彼の言わんとしていることがわからず、少し怪訝そうな顔をして、続きを
待った。
「けっ飛ばしてお仕舞い。ね、ルセットさん」
 軽く笑って、ティルトは、席を立った。
 それから、怪訝そうな顔をしたままの彼女に向かって、軽い調子で言った。
「ま、これからの模擬戦、最中のデータ取りなんか、計器に任せて、わたしと、向こ
うのリーダー機の動きにだけ注目してたらいいんです。そうすれば・・・・あなたに
も、技術屋の仕事がどこにあるのかわかるようになるかもね。そうすれば、いい感性
をしているんだから、気負い無く仕事、できるようになりますよ?」


「これはこれは、大尉」
 ティルトがルセットと話し込んでいる頃。
 場長室。
 試験場長は、不意の来訪者に、戸惑いが隠せない様子だった。
「なに、こっちで久々に本格的な模擬戦をやるって聞いたもんでな」
「いや、やるのは基礎試験にすぎませんよ。只のね」
「そんなことはどうでもいい。俺も、いつもおなじ面子での模擬戦では腕がなまっち
まうもんでな。こっちにも結構なやり手がいるって聞いている」
 その、ひょろりとした、しかし、どこか人に警戒心を抱かせる男は、そのまま、返
事も聞かずに、観測室へと向かった。
 ドアが僅かな動作音をたてて閉まる。
「[あれ]なら、使いこなしてくれるだろう。精算するにはもってこいじゃないか・・
・」
 自分に言い聞かせるように呟くと、場長は内線を格納庫に回した。


 6つの光。
 アナハイムの試験場から見えるのは、うごめく6つの光だった。
 じっと見つめると、5匹の蛍が1匹の蛍を追いかけ回しているかのようだ。
 5匹からの光の筋が次々と1匹に迫る。が、それらはすんでの所でかわされる。
 直接迫る蛍には、逆に、一瞬じゃれあうかのようにまとわりつくと、離れていくこ
とさえあった。
「くそっ何故追い込めん!」
「3、4号機、下へ回り込め!渓谷D56に誘導しろ!」
 室内には、パイロット達の通信が入る。
 モニタには、だんだんと深刻な表情になる彼らが映し出されていた。
 そのうちの1つだけに、落ち着いた表情の人物が映っている。
 他のモニタが、急制動等でぶれたりするのに比べ、それだけは、鮮明に機内の様子
を映し続ける。
 いつしか、それを見続ける観測室内には、軽くファンの音が聞こえるだけになった。
 誰も、一言も発せずに、目を離さない。
 と、若いスタッフの一人が、状況の変化を告げた。
「4号機、推力ダウン。限界です、空域を離脱・・・!!」
 彼が言い終わる前に、はっと息をのむ。
 全員、外の光景に釘付けになった。
 先のスタッフが、再び状況を報告するまでに、大きな変化が起こる。
 蛍達の動きが急に激しくなり、追われていた1匹から、他の蛍が逃れようとしてい
るように見えた。
 そして・・・。
「2、3、6号機・・・撃墜シグナル確・・・5号機も墜ちました」
 ただ、無意識に述べるだけ。
 再び静まり返った観測室から見えるのは、緩やかに舞う蛍が1匹。


「だから言ったじゃない。テストパイロットは現役に限るってね」
 ルセットは珍しいほど上機嫌に傍らのニナを見やった。
「現役・・・ねぇ」
 少々疑い深げな響きと、落胆。そして、微かな嫉妬をにじませながら、ニナは浅く
ため息をついた。
「動きが違いすぎない?」
「そう?でも、うちのパイロットには出来ないのは確かね」
 ここ、アナハイムに集められたパイロット達は皆、1年戦争時の戦果、経歴共に、
十分な者達であったし、実際、彼女も入社してからずっとそう思っていた。
 今まで彼等の技術に不満を覚えたことはなかった。何も不足はなかった・・・。
 それは間違いだった。
 というより、自分の未熟さを改めて思い知らされたのだった。
 彼の力は、今の自分には受け止めきれない。それが、彼女にわかる一つの事実。
「やっぱり、今度の計画を始めるには、今以上のデータ収集が出来るパイロットが必
要になるわ」


「そのジム待ったぁ!」
 スピーカーから聞こえてくる声を耳にしたとたん、ティルトの表情に僅かな険しさ
が加わった。
 模擬戦から、ゆっくりと機体を発着口へと戻す。そこへ、新たなジムの姿が現れ、
彼は機体の速度をさらに落とした。
 聞き間違いようのない声。そして・・・・。
「模擬戦闘は終わりましたよ?」
ゆっくりと一言一言、言い聞かせるように、だが、抑揚のない声で、ティルトは慎重
なまでに、ティルトは目前のカスタム機に送信した。
「ああ、だが、帰る前に少しお手合わせ願いたいな。なかなかの腕じゃないか。最近
じゃ見ないぞ?」
 聞きながら、手元のコンソールをいじる。
「フルで2分。いけるか?」
 自問しながら、サーベル出力を限界の8割まで上げる。
 先ほどの推進剤残量推測表示が2分を割り込んで、1分を割り込んだことを示す。
 別に、1分で動けなくなるわけではない。全開を続ければ、ということだ。ただの
戦闘なら10分は楽に保たせられる自信がある。。だが、もし、彼が本気だったのな
ら・・・。
 倍も保たない。


「ハインツ!?」
「あん?何だ?」
 ひどく回線状態が悪かったが、その声はルセットのものだとすぐに判った。
 ひどく焦っている。
「あの機体を止めて!」
「あの機体?格納庫出た奴か?」
「そう。あれは実弾装備なの!解って?」
「・・・・・・・」
 ハインツは無言で先のペイントに彩られた機体を戻した。
 しかし・・・・。
「一体いつ気づいたんだ?」


そのまま、月の重力に引かれるままに、月面に着く。その反動も利用して、ティルト
はバーニアを噴かせて、MS射出口から機体を離した。
「よし!」
 スピーカーから嬉しげに、声が入り、早くも初弾がこちらに向けて放たれる。

 実弾。
 ティルトは、制動をかけずに機体を下げてかわすと何かを吹っ切るようにはっと息
を吐くと、最後の調整を続けながら機体を岩陰に流すように押し込んだ。
 そのまま、機体を静止させておいて、ティルトはしばし考え込んだ。
「しかし実弾ときますか。こっちに本気を出させて、それからどうきますか・・・?」

 話しかけるようにささやくと、再設定に切り替えた。


「さて・・・・どうくる?」
 せいぜい驚かせてくれよ・・・・。  ジュンは、久々に全力が出せそうな気がした。
 ジムカスタムを、流すようにして月面を進む。
 向こうの消えた方角より、20度ほど角度をずらせて、前進を続ける。
「そろそろ始めるか・・・・」


「わたしの余裕・・・いや、余裕ではない?」
 自問しながら、ジュンの動きを待つ。
「向こうはただ、楽しんでるだけじゃないですか・・・なにも全力で当たらなくても
よいのに」
 向こうにバーニアの光点を見つけると、そのまま、先ほど覚えた地形を頭の中で展
開する。
「危険度を考えると・・・・そうですよね」
 スーツのバイザーを上げると、ティルトはシートの裏からキーボードを引っぱり出
して、急いで叩き始める。
 その間、光点から視線を外すことはなかった。
「今回は、楽しむだけにしましょう」
 と、急に、光点がモニターから消える。
「さて・・・互いにフリーとなったわけですが」
 先のジュンの軌道と平行に、機体を滑らせた。


「3・・・2・・・・1・・・・・・外れか」
 残念ながら、向こうも動いた。恐らくは・・・・。
 ジュンは機体を更に加速をつけて進める。
 もう3つ数えた後、ジュンはライフルを構えて、斜め後方に放った。
 そして・・・・。

「・・・・」
 閃光が見えた。かなりの後方だが、そのせいで発射、着弾点共に確認できない。
「!!」
 ティルトは機体を一気にずらして、真横に飛び込ませる。
 と同時に・・・・。


 真正面から飛び込んでくるカスタム機同士が遭ったのはその直後だった。
「ビンゴ!」
 ジュンがすることはトリガーを引くだけ。
 機体の勢いは,留まらなかった。

「くっ・・・の!」
 既に軌道は変えられない。
 向こうと遭遇するのは解った。が、真正面とは考えなかった。
 直撃だけは避けるために・・・・。
 機体を捨てた。


 光の筋がまっすぐと、貫いていく。
 そして。
 光が薙いでいった。


 ハインツがたどり着いたところ。
 そこには、ジムの機体は1体分も無かった。



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