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 U.C.0081.04.21.

 あっけなく終わった偶発戦闘の後、こちらへ来た幹部は、サラミス級の艦長一人だった。
 マゼラン旗艦、マゼランからは誰も来ない。
 部下すら、ランチに残して一人で乗り込んできた艦長に、シャルム大佐も少なからず興
味を覚えた。
「旗艦艦長もお呼びしたつもりだが・・・」
「ああ、あの人はこういうのは苦手でね」
 ロバート・カシオギ中佐は、問いかけをあっさり返した。
「あんまり間抜けなことを口走られても困るのでね、失礼だが自分に全権を任せて貰った」
「ほぅ・・・・」
「まぁ、敗残者の身としては、何を言えるわけでもないがね」
「ふむ・・そのうち場合によっては追撃を受ける可能性もあるこちらとしても、そうそう
時間を掛けられるわけではない。そちらの旗艦、物資を頂いて退散するつもりだ」
「なるほど。致し方ありませんな」
「では・・」
「一つだけ」
「?」
 急に、中佐がさえぎった。その言葉に、シャルムは微かに嫌な予感を受けた。
「一つだけ、お願いがあります」
「・・・・」
「あのMSパイロットに会わせていただきたい」


「う・・・マジですか・・・」
「そうだな」
「で、大佐はお受けに?」
「少佐次第だが」
 ティルトは、しばらく無言のまま、ブリッジの向こうに光る、サラミス級を眺めていた。
 もうとっくに廃艦になってもよい程、過酷な運用を続けられてきた、艦。
「わたしが、マゼランの引き渡しに立ち会いましょう」
「分かった」


 引き渡しと言っても、別に書類を交わして行うことではない。
 単に、全乗組員が退去したかを、取り合えず確認するだけだ。
 最後に残ったのは、マゼランの艦長ではなく、ロバートだった。
 彼は、マゼランの休憩室で、待った。
「ロバート中佐、こちらがティルト技術少佐です」
 中尉の階級章を付けた男は、後ろの人物を軽く紹介して、その部屋を立ち去った。

「長らくご無沙汰しました。艦長」
 先に口を開いたのはティルトの方だった。
「技術少佐か・・・なるほど。随分な出世だな?ケイン」
「そうですか?この1年半近く、昇進してませんけどね。艦長も中佐ですか」
「ああ、しかし艦は元のままだ」
「いい艦じゃないですか、トキオは」
「ああ・・・・・」
 しばしの沈黙。どちらも、どんな顔をすればよいのか分からないのだろう。
「しかし、相変わらずの腕だな」
「まぁ、実戦には事欠かないですからね。部下も優秀でしょ?」
「そうだな。チベのMS隊も、かなり良い動きをしていた。機体も悪くなさそうだ」
「連邦より、未だに個別では上ですよ」
「ああ。・・お前のこと・・・ゴチェフは知っているのだな?」
 ティルトの戦死報告をしたのはゴチェフだ。
「何か?」
「いや・・ジュンは?」
「彼は何も知らないでしょう」
「そうか・・・」
「何なら・・・教えますか?」
「彼だけ知らないと言うのも不公平だな」
「あいつは・・・・知ったら追ってくるでしょうね」
「彼なら事情はお構いなしだろうからな」
「事情ですか・・・艦長、わたしが此処にいる訳は訊かない?」
「大体は分かるように思うからな」
「そうですか。艦長も辛い立場ですか」
「辞められんよ」
 そういうと、ロバートは出口へと向かった。
「ああ、艦長」
「?」
「わたしは何も悲観していませんよ。また還ってきたら・・・・」
 ティルトは一呼吸置いて、続けた。
「全員で会うことも出来るようにしたいですね」
「どう変わってもな」


 サラミスが、ゆっくりと去り始めると同時、チベ・ザンジバル・マゼランの3隻も動き
始めた。
「随分早かったじゃない?」
「そうかな?」
「そうよ」
「何だ、昔話に浸ってればいいとでも言うのか?」
「え・・・・・・・それもそうか・・・・・・」
「しかしなぁ・・・・」
「ん?」
「会ったのはいいが、後が心配だなぁ・・・・・・」
「後ぉ?」
「ま、いいけどね」


 ほんの数時間後、艦隊は、輸送艦と合流した。
 そこから、ティルトは輸送艦の1隻に乗り換えて、月へと向かった。
 フォン・ブラウン市。
 アナハイム・エレクトロニクスの試験場へと。