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U.C.0081.04.03.

 「はぁ?ジオンに援軍だぁ??」
 「ええ、大尉。それも...重巡だそうで」
 「ほーぉ...」
 アフリカの連邦の小基地の一つ。そこは、ゴチェフの居る所だ。もう一年を過ぎ
て、ゴチェフもすっかり...すっかり堕落していた。
 アフリカの各地では、今もジオン残党と連邦軍の小競り合いが続いている。それ
も、連邦側がいつになっても本腰を入れないからだ。週に数回、相互に定期的に空
襲を行なって、パラパラと対空砲火、撤退といった、全く意味の無い事を続けてい
るのだ。
 なんだかお互いに愛着まで湧きそうだ。
 そのうち、親睦会でも開かれても、誰も気にしないだろう...等とゴチェフは
考えながらも、久しぶりにMSを出す事ができるのではないかと、無意識に期待を
持って席を立った。
 一年間の休息にも、刺激くらい欲しいよなぁ、ケイン。


 当のティルト=ケインはというと、航空空母ガウから降ろした蒼いMS、ゲルグ
グMk2で目的たる金塊探しの真っ最中であった。既に工作班が数ヶ月前に発見は
していたが、なかなか辿り着かない。
 「大体こんなトコのはずですが...ね」
 と、後ろのゲルググ...ノーマルだ...から通信が入った。
 「少佐、もうじき連邦の勢力圏に入りますが」
 「あ、そうなの...?」
 「まあ正確には連邦が哨戒する地域ってわけですが」
 「よく見つからなかったな」
 「連邦もアフリカはまるっきり腑抜けですからね」
 サナト少尉のその言葉には、自嘲も含まれているのがわかった。
 「うーん...」
 と、前方に森が見え始めた。アフリカで、緑がある所はもうほとんど無い。
 「お、あれあれ」


 「え〜!連邦が動いたぁ?」
 基地に似合わない、高いトーンの声が響いた。ティナだ。
 「じゃあ、やっぱり?」
 「はぁ、少将の船の方へ向かったみたいですね」
 「ですねじゃないでしょ!どーすんのよ!連絡繋ぐの」
 「と言われても..重巡動かすわけにもいかないし...こっちの航空機動かす
  のも司令の許可が必要になるから時間が...通信は元より...」
 「う..仕方無いなぁ...」
 言いながら、ティナは傍らのMAを見上げた。アセンブラである。
 「あの...少尉?」
 「これしかないでしょぉ!」
 とりあえず応急メンテの終わっているアセンブラに乗り込む。
 「あ、司令には言っといて頂戴!」
 「少尉!ティナ少尉!」
 同僚の声を後に、ティナは機体を滑らせた。


 「では、連邦が動くと?」
 「ああ、ここの連邦には知り合いがいるからな」
 ティルトとサナトは、ガウへの金塊(といってもそう整ってはいないが)の搬入
作業をMSのコクピットでぼんやり眺めながら話していた。
 「連邦がそう早く動くとは思いませんが?」
 「一年が腑抜ける期間なのか、休暇なのか、さて、あいつはどうだろな」


 MAで飛び出したティナだったが、ティルト達に追いつく前に、既に後悔を始め
ていた。
 「お...落ちない..よね。ね。ね?」
 一人呟く。自分に言い聞かせるように。
 全天球モニタの各所に赤い文字が浮かぶ。警告を示すものばかりだ。
 「ううっ」
 目に涙を溜めながらも、一つ一つチェックしては消していく。それぞれに時間を
かけてしまうのは整備の人間としては当然か。
 消すよりも増える方が早いが、それでも彼女は機体を止めなかった。
 「もうちょっと...だけ。ね。ね。ね」


 「なぁ、サナト少尉、空気がイタイよな」
 「は??」
 「ああ、ちょっと気になるってね...。そこいら辺、まわって来ますから、こ
  こ、お願いしますね」
 「少佐!」
 サナトの声を残して、ティルトはMk2で移動にかかった。
 「...来るとすれば...ゴチェフはキャノンか?だが...ティナ?」
 ティルトは、連邦の基地よりも、ジオン寄りに機体を向けた。
 一分.....二分。
 「ほら」
 何が「ほら」なのか、言った自分でもわからないだろうが、その先にMAを見つ
ける。
 「もうメンテ終わったとは思わん...だな」
 ティルトはMSをMAの方へ一気にバーニアを吹かせて近づいた。MAは確実に
高度が落ちつつあった。元々、見つからないようにか、低空飛行だ。あと数秒で落
ちるだろう。だが、こちらは、それまでにたどり着けない。
 「...間に合わない..最低だな」
 間に合わないとなると...。こっちから贈り物でもするか。
 腰にマウントしてあるビームライフルを右腕に構えた。そして、すぐに照準を手
動でずらして合わせると、撃った。
 一筋の閃光は、MAの斜め前の、岩の地表を抉る。
 爆発の響きに続いて、大きな地響きが起こった。


   バシュッ
 重い気音がして、MAのコクピットが開いた。外から開けたのだ。
 ティルトは無言のまま中を覗き込んだ。
 「う...」
 ティナの呻き声が小さく聞こえた。
 「あー、生きてる?」
 「...ティル?」
 手を額に当てて、ティナが返事をする。少し、怪我をしたようだ。血が見える。
 「無茶しますねぇ。パイロットスーツも無しで」
 シートのコンソール部分が下がる。そのパネルにヒビが入っていた。ここに打ち
付けたのだろう。
 「..ってなんであたし撃つのよ!」
 「へ?ああ、墜落のショックをまともに受けないようにね」
 意外と元気そうな声に、少々驚いてティルトが答えた。
 「あんたひょっとしてためらいも無しに撃たなかった?大体、スーツ着てないの
  はティルトもじゃない」
 「え?ああ、そうですね」
 言いながら、ティナを引き上げる。額の他に外傷は見られない。
 「とりあえず...大丈夫?」
 「はい、少佐殿」
 「はぁ〜」
 突然、ティルトは溜め息をついた。ティナがたじろぐ。
 「あ..ティルト?」
 「やっぱりアセンブラ、地上に降ろすんじゃ無かったなぁ」
 ティナが真っ赤になる。  「わ、わたしのせいじゃないんだから」
 「いや、いいんですけどね。そんなことより、何しにきたんです?少尉?」
 「そっそう、連邦のMS隊がこちらに...」
 「お?ようやく動きましたか」
 口調とは裏腹に、表情が堅くなる。ティナはそれを、そのままに受け取った。
 「早く知らせないと」
 「....その前に、しなければね。ああ、ティナはMk2に。血も止めなきゃ」
 「うん...」
 まだ額からの出血は止まっていなかった。
 ティルトはアセンブラのコクピットへ入り、ティナと交代した。


 「あの..ねえ、ティルトぉ!早く行かないと手遅れになったらどうするの?」
 しばらくして、いらついたティナの声で、ようやくティルトはメンテハッチから
顔を上げた。
 「そうですね、そろそろかな」
 他人事のように呟くと、ティルトはMk2のコクピットへと戻った。ティナがシ
ートを譲る。
 ティルトはシートについてから、ちょっと視線を上げて何か考えていたが、すぐ
にティナに言った。
 「あ、膝の上に座ってください」
 「え?あたしは下でいいけど?」
 「いや、全天球のコクピットは緩衝機能はシート自体にありますから、床は危な
  いからね。アームも衝撃も。しかもスーツ着てないし」
 「これって..」
 「ん、MAと違って予備シートは付けてませんからね」
 「わかったわよ...」
 しょうがなしにティナはティルトの上に乗っかると、ティルトはMSのライフル
をアセンブラへと向けた。
 「何?」
 ティナが驚いて聞く。
 「もう運べないだろうし、残していくには...ね」
 少々ためらうように呟くと、ティルトはMAのコクピットにビームを撃ち込んだ。
 その後、すぐに、振り返りもせずに、青い機体は元来た森の方角へと向かった。


 「敵MSは6機確認。迎撃MS急げ!」
 サナトがとりあえず、指示を出す。ゲルラッハ少将はガウの機内だ。こちらのM
Sは現在3機しかいない。
 「少佐...早く戻ってきて下さいよ...」
 呻くように呟くと、サナトは機体を敵の来る側へと進めた。
 MSの影を捕らえると、サナトはライフルを放った。


 「おいおい!」
 ゴチェフは舌打ちした。初弾に味方のジムが1機、直撃されたのだ。いくら練度
が低いとはいえ、この距離で...。大体、奇襲の予定が、先に向こうに発見され
るとは。
 「散開!」
 短く叫ぶと、ガンキャノンを前に進めた。
 船が...先だな。
 目前に現れたザクをライフルで撃ち倒すと、ゴチェフはガウへと接近した。


 「あのキャノン!」
 サナトはあせった。1機だけいるガンキャノンが、ガウの方へと向かったのだ。
 他のジム達は、そう問題になりそうにないが、いかんせん数が多い。
 こちらの残り2機。向こうはジムだけで4機。キャノンは追えなかった。
 ガウの艦橋に火が付いたのは、ほんの少し、後だった。


 「ティルト...」
 「...」
 「艦橋...直撃...」
 「...ああ」
 Mk2が到着した時には、残るMSはサナトのゲルググだけだった。
 ティルトは、極力冷静な声で発信した。  「サナト少尉、状況は?」
 「少佐! 敵残存MS3機。うち1機は..」
 そこで、ちょうどそのMSが木陰から見えた。ガンキャノン。それも、本来は両
肩にある大型カノン砲を撤去した、本来の目的とは違う機体。
 「ゴチェフのミーシャ!」
 ティルトは言いながらもライフルを放った。しかし、この閃光はミーシャに当た
ると、弾かれるように爆ぜただけであった。
 「この距離で...効かない?」
 愚痴りながら、機体を後方へと滑らせる。以前ミーシャとアセンブラで闘った時
には、こちらがMAであった為に、向こうの装甲がこうも厚いとは思わなかったの
だ。
 ティルトは迷わずMSを岩場へと向かわせた。


 「お前等はそいつを!」
 ゴチェフは残りの兵士にサナトを任せてティルトを追った。
 「あれは..ケインだ...」
 自分に言い聞かせるかのように呟くと、その機体を照準器に捕らえた。
 「とる!」
 だが、ゴチェフがトリガーを入れた瞬間、その青い影はモニターからも消え去る。
 「やるなっ」
 ゴチェフは躊躇せずに自ら放った弾の爆煙へとミーシャを突っ込ませた。


 「ちょっとぉ!あたしまで戦闘に巻き込む気??」
 「ちょっとって暴れないで下さい!!」
 僅かに機体が揺れたのは気のせいだろうか?だが、すぐに機体は元の態勢に戻っ
た。
 辺りが爆煙に包まれる。と、直後ミーシャが目前に現れた。
 「な!やるっ!」
 ライフルの銃口が向いたと同時に、ミーシャの重装甲の施された腕に目一杯殴り
つけられた。当然のように、そのパワーによってライフルは吹き飛んだ。
 「ちょっとぉ!」
 「まずったっ」
 ティルトはMk2の機体を一気に沈めると、ミーシャを下からシールドで払った。
 その装甲同士の削れ合うような音と共に僅かに揺らぐ隙にティルトはバーニアで
機体を前進させてミーシャの横を抜け、後ろに回り込んで止まる。
 「ぐっ..」
 急激なGが掛かって、僅かにティルトがうめいた。
 「ティナってば、ちょっと重くなったんじゃ」
 「誰がっ!!」
 ティナはティルトの足を踏み付けた。当然その下のペダルもだ。声にならない悲
鳴に、更に強いGが加わって、Mk2はミーシャ目掛けるかのように突っ込んだ。
 ミーシャもその重装甲に似合わない速さで振り返った。
 「っ!!」
 ティルトは少し慌てたが、それでも頭部バルカンを放ちながら体当たりを仕掛け
た。
 重量差を、そのスピードで無理やり押し返し、ミーシャを倒す。
 同時に全天球モニターに警告表示がいくつか、現れた。


 「これでとりあえずは大丈夫でしょ?」
 あの後、ミーシャを引き離して岩場に機体を入れ、ティナが最後の警告を消して
から、ティルトに声を掛けた。
 「ティルト?」
 「...」
 「どうしたの?」
 「わたしは..少将を見殺しにしました....」
 ティナの背中に頭を押し付けるようにしたまま、ティルトが呟く。
 「わたしは...」
 「ティル」
 ティナが遮った。
 「戦場では...生き延びる権利が...あるのではなくて?」
 「.....」
 「あなたにだって、部下...仲間の生命を護る義務があるのだから...」
 そう言って、ティナはMk2の腕をティルトのテの上から操作した。
 かなり大きな音を立てて、装備されていた、その巨大な盾が地面に突き刺さる。
 「ティルトには..止まってもらうわけにはいかないのよ」
 コンソールから、ビームサーベルを選ぶ。
 「それだけ..気に出来るのなら..それで...」
 ティルトが息を吐いて、ビームサーベルを抜いた。


 「見っけ!」
 ミーシャのライフルが、轟音の元に向け連射された。もうそのパワーが残ってい
ないから使い切ったのだ。ライフルを放棄すると、ビームサーベルを引き抜いた。
が、
 「..??」
 急に影が差した。
 「上!」
 ミーシャのサーベルが上に向かうのと、その影が落ちるのは、ほぼ同時だった。
Mk2がその機動性を生かし、機体を浮かせてから飛び降りたのだ。
 半分、勘でサーベルを避けるが、さらにMk2は素早かった。着地と同時に切り
上げ、ミーシャの胴部を薙ぐ。その厚い装甲でなければ、コクピットは無くなって
いただろう。目の前に閃光が走るのを見ながら、ゴチェフはミーシャの腕を繰り出
した。


 「せッ!」
 着地と同時に、切り上げると、またいくつか警告灯が点った。本来の材質では無
い為に、機体の強度が足りないのだ。更に...
 「なっ..」
 ミーシャの装甲を完全には切り抜けていない。その、腕を振り切ったMk2を、
ミーシャの強打が襲った。
 ミーシャが動かなくなるのと、Mk2が倒れるのには、差が無かった。


 ティルトはコクピットから出て、ミーシャへと向かった。その、コクピットに開
いた大穴から、ゴチェフが転がるように出て来た。
 「やあ、ゴチェフ」
 「..てめぇ..」
 ていっとばかりに、ゴチェフはティルト目掛けて飛び降りる。
 一気にティルトに駆け寄ると、ティルトの首を抱えて締め上げた。
 「っちょっと!」
「なんでパイロットスーツ着てねぇ!」
 「って、あ〜、どうでもいいでしょうがぁ!はっはなせって!」
 その後、二人は砂の丘を転がり降りた。


 「やっぱり強ぇーなぁ、ケイン」
 「そーですか...?ゴチェフの方が恐ろしい..本当に一年もここでごろごろ
  してたのか?」
 「ああ」
 「全く..こっちはずっと実戦続きだったってーのに...」
 「けっ。日頃の鍛練だろ」
 「それはMSじゃなくて身体だろうに」
 「そうだな」
 先程の戦闘とは打って変わっての静けさ...。
 ティルトの目が、いたずらっぽく光った。
 「そうだ、僕、これからアステロイドベルトへ向かいます」
 「....あそこにゃ..」
 「ジオンのアクシズ。しばらく戻れませんね...」
 「そっか。小隊長には?」
 「僕が生きている事もまだ気付いてないでしょうね。..そうだ、彼の兄貴、
  やはり気を付けた方がいいですね。わたしも振り回されかけた」
 「ありがとよ。ってもしばらくは大丈夫だろ?」
 「ここにいるなら。ね」
 言いながら、ティルトは立ち上がった。ちょうど、ティナがやって来る所だった。
 「ティルトぉ〜、取りあえず、動かせますよぉ!」
 「ああ、ありがと」
 ゴチェフが怪訝そうな顔をしてティルトの顔を覗き込んだ。
 「ありゃ...何だ」
 「何だって...ああ、僕、結婚したんですよ」
 「女連れで俺と戦っただぁ?」
 「あ〜ティナといってさ、ほら、あの空母ドロワに乗ってたん..」
 「.....死ね!」
 「って何で!トキオのオペレーターとはどーなっ」
 「こんなトコで宇宙の女と会えるかあぁ!!」
 ティルトは再び砂に沈んだ。


 「ティルぅ..」
 「はい?」
 「あの人、置いて来ちゃっていいんですかぁ?」
 「あいつなら大丈夫だよ。それに、乗せて行くわけにもいかないし」
 「んーそうだけど...」
 「だろ。...あ、サナトだ」
 こちらに向かって来るサナトのMSが見えた。こちらと同様に破損が激しい。
 「あー、サナト君、あんなに壊してもぉ。仕事増えちゃったじゃない」
 「おいおい、先に生きているのを喜んでやれよ。と...サナト少尉、状況を」
 しばらくして返答が来る。雑音がひどい。
 「少佐、御無事で。こちらの状況は...」


 「ガウの艦橋を壊してしまいました。申し訳有りません」
 「いや、あの程度、かまわんよ」
 報告の際、大佐は少将のことを尋ねてこなかった。そういうことだ。
 「では、スタンガード大佐。様々な御協力感謝致します」
 「うむ。少佐。御苦労」
 敬礼を交わした後、ティルトは重巡ザンジバルのタラップを登った。ブリッジへ
と直行する。既に、艦隊司令ゲルラッハ少将はいないのだ。宇宙に上がるまでの最
高士官はティルトなのだ。ブリッジへ着くと、待ち兼ねたように声が掛る。
 「艦長、準備よろし」
 「わたしは代行ですよ。合流するまではね」
 「少佐がそう思うのはどうぞ御勝手に〜」
 ブリッジ要員から苦笑が漏れる。軍艦内とは思えない、柔らかい空気が、ティル
トは好きだった。
 「出港!」
 短く言うと、ティルトは艦長席に座った。既に佐官服のボタンが外されていた。
 轟音の中、ザンジバルは宇宙へと昇っていった。


 「ゴチェフ大尉、敵重巡の離脱、確認しました」
 「そうか...」
 少し寂しそうな声に、部下が怪訝そうな顔をしたが、ゴチェフは気にしなかった。
 彼の前には、MA、アセンブラの、破壊された機体があった。

 後日、この機体は一つのNT研究所に引き渡されることになる。


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