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U.C.0081.03.20.
 地球では、一隻の船の降下が確認された。
 その船はしかし、地球到達と同時に、所在不明となっていた。


 「ねーティルト、なんか予測データと違う数値が並んでますけど..?」
 「まあ...ね」
 ティルトとティナは、MAアセンブラに乗り込んで、重巡ザンジバルからアフリカ
大陸のジオン残党のいる基地へと先行していた。
 アセンブラの大気圏内性能を調べる為でもあった。更に言うと、デートを兼ねても
いる。結婚してから初デートというのは問題だ。何処か間違っている。
 アセンブラは360度リニアシートの為、二人乗っても少々余裕があった。
 「本当に陸(おか)まで届くんでしょうねー」
 「推進剤はもつけど」
 「[は]って何よ!」
  ポカポカ
 「いっ痛て通て。冗談だって..多分」
 「怒!」
 「!!〜。だっだから冗談!冗談だってば。取り合えず問題は...」
 「憤!!」
 大丈夫とはわかっていても、安全と断言する事ができない技術者としてのティルト
は、逃げ場のないコクピットでぼこぼこにされてしまった。

 「痛...じゃぁ本格的に始めるから、ちゃんとデータ読んでよ」
 「はぁ〜。まったく。どうぞ」
 全天球モニターの半分近くがさまざまなグラフ・メーターの表示で埋まる。
 それらに軽く目を流してから、ティルトはバーニアをふかした。
 金属光を残して、MAは急旋回を始めた。


 「あっあれれ???」
 しばらく、旋回性能等を調べているうちに、ふとおとなしくなったティナを見ると、
一目でわかるほど青ざめていた。
 「あ...どうかした...?」
 「う...き..気持ちわる〜」
 「大丈夫?」
 「ちょっと回るのやめてくれない...」
 「ン..これ位で酔うとは思わなかったけど」
 「ソマールさんだって酔うわよ..」
 「そうかなー」
 一応会話が出来るからそれほど具合が悪いわけではないようだ。
 ティルトは機体の高度を下げにかかった。
 「もう少しで陸地ですけど、一旦着水しよう」
 「そっとね..」
 「はいはい。....でも[これ]、浮かぶかな。確か計算上ぎりぎり..」
 「...この高さからおっこちるのと絞め殺されるのとどっち?」
 「ううっ元気じゃないですか....ぐぇっ!わっわかったわかった」
 海面に着水した時にはティルトの方が倒れかけであった。


 静かな海だ。
 波の音はほとんど気にならない。そのせいか、随分落ちつく。
 機体はしばらく浮かせておくことにして、ティナはコクピットの外へ出た。
 その間、ティルトは軽いデータチェックを始めた。
 船内で出した予測とはかなり食い違った結果になっているが、ティルトの個人的な
予想数値と大きくは違わなかった。
 その差は装甲材質の違いによる。アセンブラはゲルググMk2と共に、まだ未完成
なのだ。元々この2機は、ガンダリウムを使う事を前提とした設計なのだが今は従来
のチタン・セラミック複合のものである。
 お蔭でいくらかの無理が生じていた。

    どばしゃーん!!
 それらデータを読みながら、修正値を出していると、機体の外で大きな音。
 「!! ティナ??」
   海に落ちた!
 ティルトは慌ててコクピットより飛び出した。
 直ぐに辺りを見回す。
 しかし、ティナの姿は見あたらなかった。
 「げげ! ティナ! ティナぁ?」
 「はい?」
 「どぁ!」
 急に後ろからかけられた声に、ティルトは危うく足を滑らせかける。
 驚いて振り向くと、ティナは機体そばの海面から顔を出して泳いでいた。
 「....。あのね..。なにしてんの..」
 心拍数の跳ね上がった胸を押さえながら聞く。
 「泳いでるのに決まってるでしょ〜。ねぇ、海ってホントにしょっぱいんだ」
    どてっ。
 ティルトはその場にへたり込んだ。
 「スーツは?」
 「そこ」
 機体の平らな部分に上がろうとするティナの指さす先に、ノーマルスーツがへなへ
なと置いてあった。
 「せっかく地球に来たんだもの、泳がなきゃ」
 再びティナを見ると、水色の水着を着ていた。
 「おい」
 「?」
 「なんでそんな物持ってる」
 「この前買ったの」
 「は?」
 「だからぁ、この前の輸送船が積んでたから一つ貰ったの」
 そういえば一度、衣料品も積んだ貨物船を拿捕したような....。
 だが、どこか納得出来ないティルトである。
 「大体おまいさん、しんどいんじゃなかったのか?」
 「治っちゃった」
 「最初から泳ぐつもりだったんだろ?」
 「あはは...」
 「全く...。後で知らないぞ」
 「少将?」
 「そうじゃなくって..。体、洗えないよ」
 「あああ!」


 「ねぇティルトぉ」
 「何です??」
 二人はその後もしばらく休息したままだった。
 「どうして[ここに居る]の?」
 寝転んだまま、ティナが問い掛ける。
 「連邦じゃあ自由に食ってけないでしょうからね...」
 ティルトも同じように、空を見上げて答えた。
 「そうじゃなくって、どうして軍属のままなのかって」
 「....。責任持ちたいからなあ」
 言いながら起き上がって、ティナの方を向いた。
 「招集されて、自分の触ったMSが、パイロットの護りになれるのはいいんだけど、
  時として、それが、パイロットの命を奪う」
 ティナが怪訝そうな表情をしているのに気付いて、ティルトは続けた。
 「敵のことじゃない。わたしのMSに乗ったパイロットが、自身の責任ではなくて、
  MS、量産MSのせいで死んでしまうことの責任」
 「だって..。」
 そんなことの責任なんて人一人が負うものじゃない。
 そう言おうとするティナを、目でそっと抑えてティルトは言った。
 「わたし達設計師はやっぱりデータでMSを作るもの。そこでは...そこでは兵
 士の命もMSの損傷割合も同じ数字にすぎない。
  もちろん量産するからには装甲なんか妥協しなくちゃならないけれど、それでも、
 数字だけで作られた薄い装甲、鈍い反応の機械の為に、生きられるはずの人間が死
 んでしまうのは納得出来ない...したくない...。
  ティナだってMSの整備してるのは、それで[生きて]もらう為だろ?」
 「....うん」
 二人は、同時に視線を合わせて微笑んだ。
 「部屋の中では、敵を倒す為の部分しかつくれない。でも、実際に自分が表に立っ
 てそれを見直してみると、パイロットを護る為のものがつくれるんじゃないかって、
 招集されてからしばらくして思うようになった...」
 「で、責任持てそう?」
 「ちょっとは...ね」
 「エヘヘー...」
 急にティナが、ニマッと笑った。
 「なっなんです?」
 「んー、ティルトのそういうとこ好き」
 やっぱり似た者夫婦なのかもしれない。
 ティルトはそう思ったが、口には出さなかった。


 「責任者どこか?」
 「はっ、こちらにどうぞ、少佐」
 大陸の砂漠の中。
 そこに、いまだ連邦と交戦を続けるジオンの基地の生き残りの一つがあった。
 連邦のジオン残党狩りは難航している。ジムの基本性能が劣っている為に大規模戦
ではなくなった現在、そのMSを倒すことは非常に難しかった。
 結果、連邦自身が旧ジオンMSを接収し、再生産するなどして対抗しているのが現
実である。
 「自分はサナト少尉、MS乗りであります」
 「そうか、使えるパイロットを貸して貰うかもしれないが、どうだ?」
 ティルトは、サナトに連れられて奥へと進んだ。
 ちなみにティナはスーツが着られなかったので、水着のままシャワー室に直行した。
 基地の人員が喜んで、総出でシャワー室まで[まっすぐ]案内したのは言うまでも
ない。
 「残念ながら、ここにはMSが少なく...ああ、でも自分は少佐のご期待に少し
 は応えられるものと」
 ティルトは立ち止まってサナトを見た。
 まだ若い、ひょっとすると10代かもしれない小柄な男である。
 「少尉、後で[遊んで]下さいね」
 急ににんまりしたティルトの口調が軽くなる。
 「はっはい?」
 サナトは戸惑いながらも答える。
 ティルトは再び歩きだした。
 「わたしは砂漠で戦った事少ないし、その時はガンタンクでしたから」
 ガンタンクは支援MSで、どちらかというと戦車である。
 「連邦の...??」
 「わたし、連邦で少尉やってたんですよ。あっここの皆さんには黙ってて下さいね。
 余計なプレッシャーはいりませんから」
 「わかりました」
 「ところでMS何に乗ってる?」
 「ドムですが」
 「ん....。ゲルググに乗ってみないか?」
 ザンジバルにはドムの装備類を積んで来ていないし、その整備をする人員もいない。
 極力MSの種類は少なくしたかった。さらに、ゲルググの方が勝っている。
 「操縦系統変わってしまうけど、少尉ならなんとかなるだろ?」
 「はっはい、喜んで」
 そう言うと、サナトは一室の前で立ち止まってインタホンを使った。
 「大佐、ティルト技術少佐をお連れしました。
  ....。少佐、どうぞ。スタンガード司令です」
 ドアが開いた。


 「ティルト技術少佐、ゲルラッハ少将の親書を持って参りました」
 「ん...御苦労。で、直接少佐から聞きたいが」
 「は。少将は南米に金を取りに参ります。そこでその物資及び、ザンジバルの大気
 圏離脱用ブースターを援助して頂きたいとのことです」
 「金だと...」
 「一昨年に連邦に攻撃され、不時着した輸送船の物です」
 わたしがジュンやゴチェフとで叩いた時のものです。と心の中で付け足す。
 「確実にあるのだな」
 「はい。既に現地で確認済みです」
 ティルトは持って来た金の小板を取り出した。

 スタンガードは援助を承諾した。


 「もー、シャワーまで延々と、随分歩き回らされちゃったんだからぁ」
 ティルトにあてがわれた部屋の中でティナがぶーたれていた。
 「さすがにここは若い女性少ないですからね...それ位いいんじゃないですか?」
   ぶんっ!!
 枕が飛んだ。
 「可愛ぃ〜い、奥さんが心配じゃないの??」
 「あんな格好でこんな所にやって来る方が悪いんじゃないですか」
 「だってしょうがないでしょー!」
 「自業自得。わたしを騙した罰です。...まーここにいたらちょっかい出す人い
 なくなるでしょきっと」
 「は〜い」
 「!そうそう、アセンブラだけど...」
 「??」
 「今回は使わない。Mk2の方を使うから」
 「どうして」
 「あれを飛ばすにはかなりふかさなきゃいけないから、今はちょっと耐久がね」
 「....。ねえ、それじゃそんな危ないのにわたしずっと乗ってた訳?」
 「え...いや...まあ...多分大丈夫..」
 「多分じゃない!」
 またも安全と言い切れなかった再び枕が飛んで、ティルトにぶつかった。


 ゲルラッハ少将を乗せたザンジバルが基地に到着したのは二日後である。

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