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U.C.0081.02.17.

 サイド1のコロニーの一つに、一隻の貨物船が入港した。
 「中尉ってこんなことまで出来るんですか。知りませんでしたよ」
 「自分は元々、工作員でしたから」
 「人それぞれか...。では、信号出し損ねないでくれよ」
 軽く右手を上げ、ソマール中尉が船より降りた。そのままコロニー内の工作員と合流
する予定である。
 これから半日はティルトはお暇だった。


 「ヨシオカ先生、お時間です」
 明後日より、地球で連邦議会の総会がある。
 その為、ゲンイチ・ヨシオカ議員は港へと赴いた。
 今回は、同じサイド1の議員は別のシャトルで降りる予定である。
 しかしながら、その議員はゲンイチの「敵」に違いない。
 ただ、もしもアナハイムからの情報が本当だとすれば、よい機会といえる。
 「敵」は過去のものとなるのだ。
 そして、ゲンイチの勘は、情報が本物であると告げていた。

 「ヨシオカ君は遅いな、どうかしたのか確かめてきたまえ」
 アフラン議員は、港の一室でゲンイチを待っていた。
 地球に降りる前に、話があるのだという。しかし、シャトルへの入船時間になって
もやってくる気配はなかった。
 「無駄な時間を取らせおって...」
 待ちきれずに、アフランはシャトルに乗り込んだ。

 「中尉、目標の船に、アフラン議員が乗り込みます」
 「なに??目標は?」
 「未だ確認取れません」
 「そうか...。まずいな..」
 ソマールは作戦を実行すべきか迷った。アフランは、権力者に弱い、つまり、扱い
やすい人物である。ヨシオカのように、切れ者ではない。
 ジオンにとって、今は敵に違いないが、将来、ジオンがこのサイドを奪還した場合、
 アフランがいれば、その制圧の助力として最適である。
 わざわざ殺す必要はない人物である。
 「中尉」
 ソマールが考え込んでいると、脇の工作員が小声で呼び掛けてきたのに気付いた。
 「何だ」
 「放送、自分です」
 一瞬、ソマールは工作員の言っていることがわからなかったが、港に流れるアナウ
ンスを聞くと諒解した。
 アナウンスで、工作員の名(もちろん「仕事」のだ)を呼んでいた。電話がかかっ
てきたらしい。
 「行け」
 工作員はカウンターの方へ消える。そして、直ぐに戻ってくる。
 「仕事は中止だそうです」
 「誰からだ?」
 「船からです」
 「船?」
 ティルトやソマールの乗ってきた輸送船は、コロニーの反対側の港にある。
 なぜそのような電話をしてきたのかわからなかった。
 しかし、アフランの暗殺は悩んでいたところである。ソマールは中止を決意した。


 「どういうことでありましょう?」
 輸送船の中で、ソマールはティルトに直接尋ねた。
 「やつはこっちからでていったよ、中尉」
 窓の外を指さしながら、気のない声で返事が返ってくる。
   ならば直接、MAで叩けばよいものを...。
 ソマールはそう言いかけてティルトがこの暗殺に反対していたのを思い出した。
 自分自身も、このようなことはやりたくはなかったのだが。
 「中尉もほっとしてない?」
 ティルトが、子供のような、悪戯っぽい目をして聞いてきた。
 「言えませんよそんなこと」
 それで十分だった。
 「さて、それでは始めようか」
 ティルトが、ちょっと真面目な声になって、貨物室へと移動した。
 ソマールには、真面目なティルトをひさびさに見る気がした。

 ソマールが輸送船を出して、コロニーから離れる瞬間に、モビルアーマー、アセン
ブラを放出した。ここは、死角になっているので捕捉されにくい。
 そして、船がコロニーを離れてから、アセンブラは動き始めた。

 コロニーに一年以上聞かれなかった警報が響いた。


 「ジュン大尉、出撃お願い致します!」
 ちょうど、ジュン・ヨシオカはゲンイチに呼ばれて、このコロニーに来ていた。
 わざわざ声がかかるのは、休暇名目でここへ来ているからである。
 「なんてタイミングのいい...」
 ジュンは単純にそう考えたが、もちろん、ゲンイチが仕組んだことである。
 ゲンイチは、アナハイムからの情報がジオンから漏れているものだとわかっていた。
 というよりも、ジオン内部が、意識的に流しているフシがあった。
 アナハイムの人間も、聞き込んできましたというより、「教えてもらいました」と
いいたげに、ゲンイチの側近に話したのだ。
 それに対しての、ゲンイチの返事がジュンである。
 そして、ティルト自身もそれを望んでいた。

 「わざわざ教えてやったんだ、役に立つMSが出て来てくれよ...」
 ティルトは、アセンブラでコロニーを威嚇しながら待っていた。
 そのアセンブラには、大型のブースターが付いていた。
 大気圏離脱目的のものである。
 また、左右の両腕部分に付いている大型シールドも、同目的のものとなっていた。


 五分以上も経って、ようやく防衛MSが5、6機出てきた。
 ほとんどノーマルなままのジムである。
 ティルトは溜め息をひとつつくと、それらMSの右腕ばかりを狙った。
 要したビームの弾数は7発にすぎなかった。
 それでもあきらめずに、左腕で向かってくるジムもあったが、それは頭部を破壊して
活動を停止させた。

 「...。ゲンイチがそこまで気が回らないとは思わないんだけどね...」
ティルトが「そろそろあきらめて帰ろうか」と考え始めたとき、一機の見慣れないM
Sがコロニーのミラーの向こうから現れた。
 「本命...? あれは確か...ジオンのMSじゃなかったか?」
 そこには、ゲルググに似たMSが浮かんでいる。間違いなくジオンのMSであった。
 「ガルバルディ??」
 ティルトは図面でしか見たことがなかったが、それはジオンが最終量産したゲルグ
グの後継として開発が進んでいたものだ。連邦軍はジオンのMS(とその設計技師達)
を接収して、役に立たないジムの代用に使用している。
 「さて...。どう仕掛けてくるのか....」

 「やはり...。この前のMA!」
 ジュンにとって、これが幸運なのか、悪運なのか。
 今回はじっくりと、MAの動きを見守る。
 しかし、しばらく経っても、向こうから仕掛けてくることは無い。散発的にカノン
砲が飛んでくるだけである。
 明らかにこちらから仕掛けてくるのを、待っているのだ。
 ようやくガルバルディを動かした。
 アセンブラの近くに漂ってきたジムのビームガンをライフルで狙う。

 「ほいっ?」
 MSのライフルは、アセンブラではなく、先程ティルトが追い払ったジムのビーム
ガンを狙って射撃した。
 それはガンを直撃し、辺りを大きな爆光に包んだ。
 「?? そうか、中のエナジーパック!」
 全天球モニタがすべて白く染まる。もちろん瞬時にフィルター回路が作動して輝度
は下がるが、こうも強力な光には、さすがにモニターの役を果たさない。
 ティルトは悪態をつきながら、機体を斜め後ろに後退させた。
 と同時に、各センサーの感度を目一杯まで引き上げた。

 「ようし、掛かれよ...」
 ジュンはガルバルディを閃光の中へと突っ込ませた。
 その直後、ビーム光が幾筋か、MAのあった辺りからガルバルディのもとあった場
所へと襲い掛かる。
 「やった!」
 ジュンはそのビーム発生元へ、ライフルをありったけ叩き込む。
 相手の見えない時は、先に弾を撃つ方が不利になる。向こうも、それは分かってい
ただろうが、ならばこちらが移動する前に撃破しようと考えたのだろう。
 ライフルの弾が、命中して爆発した。
 だが、「よし!」とジュンが思うか思わないかの瞬間、ガルバルディを大きな衝撃
が襲った。

 「やるなぁ〜」
 口調とは打って変わってティルトの目付きは鋭いものだ。
 ビームガンが爆発して直ぐに後退しながらビームカノンの組み込まれた右シールド
を切り離し、自動で射撃させたのだ。
 ガルバルディはそれに掛かってシールドを撃った為に、ティルトに場所を知られて
しまったのである。
 しかし、ティルトの攻撃は、半分ほどしか当たらなかった。

 「む...く..のぉ!」
 ガルバルディは最初の一撃で右腕をやられたが、その後は左腕のシールドで受ける
ことが出来た。シールドはもう跡形もない。
 攻守両方の要を失っては、ジュンに出来ることは退くことのみ。
 だが、MAはジュンに止めをさそうとせず、放出して半壊した左パーツを回収する。
 そして、一旦、ジュンを正面にして停止した後、バーニアを吹かした。
 「?...なっ何だ?」
 ガルバルディのモニターは再び閃光で染まった。
 アセンブラが、増加ブースター、メインブースター、補助(シールド)ブースター
の全てを一挙に吹かしたのである。
 流石に左シールドのブースターは全開とはいかなかったが。

 「おっ重...」
 重MAを空へ打ち上げる為のものなのだから、とてつもないGが掛かった。
 Gには慣れているティルトも、一瞬気を失いそうになる。
 「やっぱり...地上で...使わないと...」
 すぐに、サイド1の空域を離脱した。
 と同時に、出力を落とす。
 さすがに全開のままでは体がもたない。

   兄はあのMAのことを知っていたんだろうか....。
 この後に及んでようやくジュンは、ゲンイチが自分を呼んだ理由を考えていた。
 かといって、それを「確信した」わけではないところがこの男らしい。
 その兄はすでに地球にいた。


 「おつかれ〜」
 重巡チベの艦内に女の子の声が響いた。
 ソマール中尉が急にげっそりとした。
    たしかに一年戦争後期から、元々人の少ないジオンでは女性の軍人も多くな
   っていたし、この艦隊もかなりの女性が含まれては入るが、それにしたってな
   にも夫婦で同じ船に乗らなくってもいいじゃないか...。
 ちなみに中尉は妻子持ちである。
 「中尉もおつかれ〜」
 いろいろ考えていると、いきなりティナに声を掛けられた。
    悪い子じゃないからいいけどね。
 と、ソマールが返事を返す前に、後ろから声が掛かった。
 「ティナちゃん浮気浮気ー」
 その声に、格納庫内にどっと笑いが起こった。
 一月の艦隊戦以来、ほぼ一ヶ月振りの笑いのように思えた。
 ソマールとティナが声の主を探すと、やはりティルトであった。
 自分で言っておいて、肩を落として拗ねていた。
 「らしい人ですな...」
 「えっ?」
 「さて、とばっちり食らう前にさっさと引っ込みましょう」
 既に整備兵が捕まっていた。
 「そうですね。あっ中尉殿、後程、艦長室へとのことです」
 「わかった。少尉。御苦労」
 敬礼を交わすと、ティナは格納庫から出て行く。
 続いてソマールが通路へ着いた途端、声が掛かった。
 「中尉、後で艦長室にお願いね」
 念を押すというわけではないようだ。
 今日二人目の犠牲者はソマールとなった。


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