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U.C.0081.01.21.
 サイド1より、連邦艦隊が出港した。
 すでに小規模とはいえ、2艦隊も全滅しているのだ。
 これ以上負けられない今回は精鋭艦隊である。
 出港は報道されているので、その動きはあらゆる人々に知られていた。


 「どう思う少佐」
 「はぁ。どちらのお話ですか?シャルム大佐」
 少々場違いな口調で答える。
 「ゲルラッハ少将の事だ」
 ここはチベ級重巡フロワの艦長室。中にいるのはシャルム大佐とティルト少佐。
 「あの人、サイド1の防衛任されてたんでしょう。そのサイド1から艦隊が来るっ
  てことで張り切っているんじゃないですか?」
 「そうだな...。しかし、今回は向こうは精鋭、おそらくは..」
 「負けるでしょう。こんな作戦を実行するならね」
 ティルトはあっさりと負けを口にした。
 「まあ、ここいら辺で絞り込みたいところだ。。そういう意味では歓迎するな」
 「それはそうですがね」
 「では、生き残って貰おう」
 「そちらこそ生き残って頂かないと」
 「そうだな...。[一人]では船は動かんからな..」

 二人が話していたのは艦隊の採る作戦についてである。
 自宙域に引き込むのではなく、打って出るというものである。
 これまでは、地理に明るい所で、相手が小戦力であったから勝ってこれたのだが、
将兵の中では自分達が強いと錯覚している者が多かった。
 二人は待ち伏せを提案していた。それならば、艦隊戦が始まるまでに三日、その間
に奇襲を掛けて敵戦力を削る事も出来たのだ。
 が、艦隊指令ゲルラッハ少将はこちらから出向くことを主張し、譲らなかった。
 艦隊は、輸送船を残して出港していった。

 そして、運命の日。
 「これは...まずい」
 ティルトはMAアセンブラのコクピットで呟いた。
 出港して半日。MS部隊を引き連れて艦隊の前に展開していたのだが、索敵力の不
足が裏目に出て、連邦艦隊と違うコースから、その裏側に回ってしまっていたのだ。
 しかも、既に艦隊戦が始まっていた。艦隊護衛MSはあまりない。
 艦隊戦に入った時点で結果は見えていた。

 「おかしい..奴等のMSが少なすぎる...」
 ジュンは連邦旗艦の艦橋で艦隊指令に言った。因にジュンはMS部隊の指揮を任さ
れていたから、出撃はまだしていない。
 「そうだな。早くも我らの勝利は目前だ。MSを数機、周囲の警戒に..」
 その時、オペレーターが叫ぶ!
 「艦隊後方に未確認反応あり!おそらくMS隊と思われます!」
 「分かった。ジュン大尉、敵艦隊攻撃はゴチェフ大尉に任せて、君はそのMSど も
 の撃滅を」
 「はっ」
 ジュンは味方MSの半数を呼び戻し、自分もMSデッキへと急いだ。

 「気付かれた...ソマール中尉、君は艦隊へ行ってくれ。もう遅いが..」
 ティルトはほとんどのMSを艦隊へ向かわせ、残りで連邦MSを迎え討つことに
した。
 もう勝敗は見えているが少しでも損害は少なくしたかった。MSのいない艦隊な ど、
ほとんどが沈められているだろう。

 「隊長!あれは...」
 そこには見たことのないモビル・アーマーがあった。
 ジュンはそのMAを見て、ふと、昔の戦友を思い出した。
 「ったく、ケインは死んだってのに..思い出すなんてな。俺にも来いっての か?」
 ジュンはそのMAに当のティルト・ケインが乗っていることを知らない。
 その時、MAが1機のみで前に進み、右腕を動かしてジュンの機体を指さした。
 同時に通信が入る。
 「そこのモビルスーツ、かかってきたまえ」
 ジュンの機体は、限られた予算の中、最大限に改良を施されたジムである。
 「他の者は手を出すな。」
 「隊長!いけません!!」
 ジュンは部下の制止を振り切り、ジムを前に進めた。

 「おやおや、ホントに一人で来ましたか。」
 ティルトは戦力不足を補う苦肉の策として、一騎打ちを申し入れたのだが、まさ か
ジュンが聞き届けてくれるとは思わなかった。
 「あいつらしいな」
 ティルトには、機体の動きでそのジムがジュンの乗機であると一目でわかっていた。
 「さて、どう出る?ジュン」

 「新型MAか..しかし、向こうに開発するような程の余裕があったとは思 えん」
 張り子の虎。ジュンはそう判断して、ジムを近づけた。
 この機体は大型ブースターと、大型ビームライフルを装備している。MAと比べ て
も劣るとは思えない。
 しかし、先手を取ったのは敵MAだった。
 両側面にあるビーム砲が放たれる!
 「っくう!」
 ジュンはジムを回避させた。
 つもりだった。
 しかし、そのビームは強力なものだった。シールドが弾け飛ぶ!
 「こっこの..」
 ジュンは機体をMAの下方に回した。接近してしまえば、ビームサーベルで叩くこ
とが出来る。

 「接近してサーベルですか?ジュン..」
 ティルトはそれを見抜いていた。元々ティルトは接近戦が得意である。
 コンソールの一つを叩いた。

 「落ちろ!!」
 ジュンはサーベルを振った。が、そこで信じられないことが起こった。
 MAの下部に光が点った。モノ・アイだ!
 「カメラがあるだと?」
 動揺しながらも、ジムのサーベルがアセンブラに襲い掛かる!
 しかし、そのサーベルは、同じくサーベルで受け止められた。
 ジムの動きが一瞬止まる。そして、その瞬間はジュンには高く付いた。
 ジムはアセンブラの左腕のサーベルによって、大きく切り裂かれていた。
 それでも、さすがにジュンは真っ二つにされることは無かった。勘のようなもので
僅かながら避けることが出来たのである。あるいはティルトが無意識に手を抜いた の
かも知れない。
 「くそぉ!」
 ジュンは脱出カプセル(コクピット)を放出した。
 しかし、そのカプセルに衝撃が襲った。
 簡易カメラが敵MAの一部を映している。
 ジュンは死を覚悟した。
 が、次にMAはカプセルを押した。ジュンのMS隊へと。

 「少佐!なぜ逃すのです!」
 傍らのMSリックドムのパイロットの悲鳴が入る。
 ティルトは接触して答えた。
 「[重し]だよ。すぐ攻撃を掛ける。カプセルに当てるな」
 そして、カプセルを連邦ジムが受け取った途端、ティルトは攻撃を掛けた。
 カプセルの為に、ジム部隊は初動が遅れる。
 続いて、ジオンMS隊の攻撃も加わる。
 ジム部隊は総崩れとなった。それでも、一機のジムが、自分の身を犠牲にするかの
うに、アセンブラの前をさえぎった。
 その捨身の戦法は連邦側に2つの幸運を呼んだ。
 まず、ティルトにとっては不運だが、そのジムのライフルの一撃が、アセンブラ の
コクピットそばに命中したのだ。
 そして、そのおかげで、ジオン側がそのジムを落とす間に、連邦部隊は数機が逃 げ
延びることに成功したのである。

 その頃、艦隊戦は終わろうとしていた。
 ソマール中尉のMS隊が応援に駆け付けた時には、旗艦のザンジバルと、シャル ム
大佐のチベだけとなっていた。
 退却を始める。
 しかし、連邦艦隊は追撃の手を緩めない。
 「全艦を沈めるのだ!」

 ティルトの仕事はまだ終わっていない。
 帰る艦は必要である。また、完敗などしたくはなかった。
 「なにより...
  先程のお礼はさせていただきませんとね。」
 バイザーの割れたヘルメットを取り、ようやく感覚の戻り始めた左腕を確かめる よ
うに振りながらティルトは呟いた。

 追撃を続ける連邦艦隊の後方が不意に明るくなった。
 「何だ?」
 「サラミス4番艦が!」
 さらに爆発が続く。
 「てっ敵です!機体は不明、新型です!」
 「ジュン大尉はどうした!迎撃部隊は?」
 「応答ありません!..あっ......たっ大尉?...
  艦長!迎撃MS隊が破られました!」
 艦長は自分の耳を疑った。
 「敵艦隊追撃のMS隊を呼び戻せ!ゴチェフ大尉を!」

 ティルトはジュンらを破った後、残りのMSも艦隊の救援に向かわせ、自分はア セ
ンブラで連邦艦隊を強襲したのだ。
 MAの機動性を活かし、一気に艦隊中央へと侵入し、攻撃を掛ける。
 その攻撃も、装甲の薄いサラミス巡洋艦に絞る。
 アセンブラの火力を最大限に使い、2隻を大破、1隻を沈める。
 それでも、艦隊からの対空砲火によって、それ以上の攻撃はさすがに無理であっ た。
 ようやく、アセンブラも逃げにかかった。
 すでにジオンの2隻ははるか彼方に見えるだけだ。
 アセンブラは、破壊されたジオンの艦の回りでカノン砲を放って飛び去った。

 「さすがに...被弾、かなりしちゃいましたね。」
 髪が血でべったりと重い。
 全速でアセンブラを飛ばす。
 アセンブラはシールドを装備しているが、追撃の砲火は本体にもかなり及んでいた。
 「それにしても、ゴチェフは前に出てこなかったな...。
  おかげであれだけ動けたのだが...」
もしゴチェフとも戦っていたら、アセンブラの被害も大きくなっていただろう。
 あるいは落とされていたかもしれない。
 ティルトは被弾したチベにアセンブラを着艦させた。


 ゲルラッハ艦隊旗艦の会議室。
 ゲルラッハ少将以下、佐官が揃っていた。
 戦力がここまで落ちた以上、単独で行動することが難しくなった為である。
 取る道は2つ。
 地球圏で活動を続けるデラーズ中将の艦隊に入るか、アクシズに撤退するか。
 しかし、どちらにせよ、このままでは足元を見られるだけで優遇はしてもらえない
だろう。なにかしら[戦果]が必要であった。
 ゲルラッハ少将は、サイド1の連邦議員暗殺を提案した。
 その標的はゲンイチ・ヨシオカ。
 ジュンの兄である。


 「少〜佐」
 ティルトを呼び止めたのは言うまでもないがティナである。
 「おっかえり〜
  で、会議はどうなったの?」
 壁を蹴って止まったティルトの頭には包帯が巻かれている。
 結局コクピットに飛び込んだ破片で痛めた左腕よりも、バイザーで痛めた頭の出血
の方がひどかったのだ。それでも、どちらもたいした怪我ではなかったのは幸い だ。
 「暗殺」
 「へ?」
 「連邦のお偉いさんのね。どうなることやら」
 「少佐はいくの?」
 「さあ...。多分行かされるでしょうけど。潜入する[足]が要るからね。」
 「ふ〜ん...。でも、うまくいくの?」
 「いやー、無理でしょうねえ。悪名高い連邦議員ですから」
 ティルトはゲンイチの事を思い出しながら答えた。

 一年戦争で、彼とそのライバルがジオンに拉致されたことがあった。
 連邦は救出にMSまで使って(乗っていたのはジュンであった)突入し、その結果、
ゲンイチのみが生き残った。
 そのライバルは頭を真正面から一発で撃ち抜かれていた。
 選挙で彼は完勝した。

 「ところでアセンブラちゃん直りました?」
 「もうちょっとかかるって。人手不足が祟りますよねー」
 「誰かさんもそれに輪をかけてるようですね」
 「あはは....。そっそう、これ!」
 ティナが一冊の本を手渡して逃げるように去っていった。
 「?」
 ティルトはその本を開けてみる。
 「......。あの〜」
 それは書類の束のファイルだった。
 ここのところ乗員の水準向上とティナの存在で、一年前ほど書類に埋もれること は
なかったのだが。
 「ただの海賊ならこんなの書かなくていいんですけどね」
 ティルトはファイルを閉じてシャルム大佐の私室へ向かった。


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