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「フランチェスカ・アークレア少尉・・・・前所属部隊は壊滅?」
「そういうことになってましたね。ここより酷いかしら?」
 ゴルドベルガーが、その経歴書越しに見る女性は、その問に、いきなり恐ろしいことを
言って返した。
「ました・・・か」
「ました。です」
 彼の不安を面白がるかのように、ハッキリという彼女の顔を、ゴルドベルガーは見上げ
た。
 20半ばを過ぎたであろう彼女の左頬にある白い傷跡が、彼女の美しさを損なうでなく、
まるでそれを増すためにわざと切りつけたと自己主張しているように目についた。
 さらには左二の腕に巻かれた包帯が、これまたよいアクセント。
 しかし、それらは彼にとっては目前の不安材料に見えなくもなかった。

 ヨハン・ゴルドベルガーはライラ共和国で大隊規模の部隊を率いていた。
 しかし、この2年間、ドラコ連合との国境に当たる惑星を転戦し続け、更に、その間に
受けた損失を補充する間も与えられなかったために、今では中隊編成規模を維持すること
さえ不可能なまでにその傷は深くなっていた。
 何故そこまでひどい損失を受けるまでに過酷な戦場を渡り歩かされたのかは、彼がカト
リーナ・シュタイナー国家主席にも、その従兄フレデリック・シュタイナー公にも組みせ
ず、ほとんど中立的立場をとり続けている所に原因があるのだろう。
 その傍観的立場は、不運にも見逃される方に作用しなかった。
 壊滅的な状況にまで追い込まれてようやく、彼の部隊は長期に渡った契約から開放され、
その痛みを和らげる作業に取り組むことが出来るようになったのだった。

 彼は、残存部隊を2個小隊に再編し、それに、新たに1個小隊を増強することで、取り
合えず独立した契約も受けやすい中隊規模に回復させることとした。
 そして、その新設小隊へ、小隊長として人材を求めたところ、タマラー方面軍司令部よ
り、押しつけるように送り込まれてきたのが彼女だった。
 その経歴はほんの2年足らずが書き込まれた薄い紙1枚きり。しかもその2年といって
も半年以上の空欄部分を含めての2年。
 別に傭兵としてならば、それでも構わないと言えなくもないが、司令部よりの配属者が
これというのは、大尉には純粋に嫌な気がしたし、それも当然のことだ。
 半年もせずに白髪頭になってしまうかも。等と悩む大尉に、先程よりは柔らかい声でア
ークレアが慰めめいたことを言った。
「別に・・・何かをしに此処へ来たのではなくて、わたしは休みに来ましたから」
「休み・・・・??」
「そう。まぁ、あまり気になさる必要は・・・しばらくは無いと思いますが?」
 薄く、柔らかな笑みを浮かべながらも、アークレアの視線は大尉でなく、その向こうの
何かに据えられていた。
 あまり、上官に向ける視線ではない。が、ゴルドベルガーは何故かその視線をあまり嫌
なものとは感じなかった。
 既にゴルド中隊程度には、主席も、公も大がかりな事を仕掛ける必要がないのは事実で
ある。ならば暫く様子見も良いのではないか。
 そう考えて、出来るだけ嫌な考えを頭の隅へ追いやることにした。疑念を追い払えない
ところに、彼のこれまでの境遇がうかがえる。
「わかった。では、これが内定した面子だ」
 そういって、彼は机に散る書類の中から数枚を引き抜いて彼女へ渡した。
「バークレーにビットマンですか。もう一人は?」
 その、予想された問いかけに、大尉は何ともいえない複雑な表情を浮かべた。
「もう一人なんだが・・・養成校上がりの新任・・」
 そして、それは、アークレアと共に、彼の嫌な考えを確証に変えそうな人事であった。
「レオナ・フローレス少尉だ」
 もう1部追加された書類に、フローレスの経歴が見える。フレデリック公に近い貴族で
ある。
「へぇ・・・ここでは武者修行とでも?」
「の、ようだな。帰還すれば連隊長の椅子が控えている」
「・・・・・決めた」
 突如、アークレアの上げた声に、驚いて大尉は聞き返した。
「何?」
「小隊長は彼女ということで」
「??」
「連隊を率いるのでしょう?その方がいいわ」
「しかし・・・」
 いきなりとんでも無いことを言い出す彼女に、大尉は諦めの含まれた声を上げた。
 その抵抗も、アークレアはあっさりとくい止めた。
「あんまり昇進しなくないしね」
 更にゴルドベルガーの不安を増す科白。
 眉をひそめた瞬間、アークレアは突然、ゴルドベルガーの首に手を添えると、避ける間
もなく、素早く頬へと口づけをした。
「わたし、人を困らせるのが好きなのかも?」
 緩い敬礼をすると、彼女は司令官室から立ち去っていった。




 つづく。

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