『 農 協 に 関 す る 一 考 察 』

                    政経学部 経済学科 2年
                      54382番  西田 潤一郎


  はじめに

 現在農協を取り巻く情勢は非常に不安定である。新食管法によるコメの自由化問題、円高による輸入農産物との競争激化、国内的には農業人口の減少等による自給率の減少、金融機関との競合による共済部門、信用部門での利益減少などがある。またさきごろのバブル経済崩壊による不良債権問題とその処理方法、農協内部では系統事業方式による動脈硬化などがある。(図1−1) 
 これから先、国内的には超高齢化、世界的には人口増加などによる食糧供給の困難さが指摘されている。このような状況の中でいわゆる「食糧安全保障」という立場から考えた場合、日本の農業はどうあるべきか、そして農協はどのような行動を起こさなければならないのかを考えてみることにする。


   第1章  農業と食料  

  第1節 我々の暮らしと農業

   1 人間の生活を考える
 人間と呼ばれる生命が誕生してから、あるいは地球上に生命が生まれてから「食べる」ということは最大の娯楽であると同時に最大の苦痛でもあった。すなわち、狩猟、採集による食糧調達であったため、季節・気候の変動による収量の増減、収量の制限による飢餓または餓死などである。
 そこで、多くの人間を安定して養うために行われたのが農業である。農業を行うことで安定した食糧を確保し、多くの人間を養い、それによって社会と呼ばれる組織までが形成されるようになった。食糧の安定供給への欲求は驚くほどで、日本で最も栽培面積が大きいコメを例にとってみると、紀元前7世紀に朝鮮半島、あるいは長江流域から九州北部に伝来し、1世紀を待たずに東北地方まで広がったことが明らかにされている。

   2 現代の我々と農業の関わり
 現在の日本では食糧の需要を満たすべく世界各国から農作物の輸入がされている。おおよそ60%を輸入に依存してており、その比率は先進国でもトップである。都市生活をする消費者にとって食糧あるいは食品は「スーパーに行けば買えるもの」「いつでも手に入るもの」という認識が強いように思われる。(図1−2)
 また、生産者は農協の指導のもとでの画一的生産に従事し、農産物の安全性、規格以上の品質に対しては無関心に生産を行ってきた。消費者のための生産ではなく生産者のための生産であった。
 このような消費者と生産者との意識の乖離がある現状で、消費者はただ農産物を消費するだけで、生産者がどの様な生産方法でどれだけの肥料・農薬を使って栽培しているのか、どれだけのコストで生産しているのかなどを真剣に考えることが少なかったのである。また、食品加工業が発達し、川の流れのように川上では川幅(生産量)が小さく、川下では川幅(需要)が大きい現状で安価に供給される輸入農産物への需要は大きくなることははっきりしている。
 しかし、最近の傾向として食糧の安全性に関心を寄せるようになった。大量の輸入農産物に対して、あるいは国内産の物に対しても農薬使用の有無、契約農家方式によるニーズに合う農産物の購入などがあげられる。食品産業でも有機野菜を使用した弁当などが市場に出回るようになった。

   3 環境と農業
 現在温暖化など地球規模の環境破壊が問題となっている。では環境に対する農業の役割とはどのようなものであろうか。
 「日本の田舎の風景」と言われるものの多くには必ずと言っていいほど水田あるいは川の流れがあり、日本は水の国とも言われる。急峻な地形を利用して造られている棚田、あるいは果樹園などは土砂崩れを防ぐ効果があり、又それは水を地中へと浸透させる効果もある。そして生活環境への貢献も大きい。三菱総研の試算によるとこれら機能を金額換算すると日本ではおおよそ6.2兆円にもなる。(図1−3)
 ただし、問題がないわけではない。多量の肥料、農薬投入、そして畜産業から排出されるし尿などによる水質汚濁、また農地開拓による自然破壊や砂漠化の進行、そして表土流失など自然に働きかけて行われる生産活動であるためこのような問題は切っても切り離せない問題である。


  第2節 世界が直面している食料事情

   1 世界的な農業の展望
 農業は国内的にみても世界的にみても改革を押し迫られている。ここでは世界の農業事情、食料事情について考えてみる。
  『現在の世界の人口は約57億人、毎年1億人弱の増加がある。国連の見通しでは 2050年には現在より72%増の98億人になるとされ、FAO(世界食糧農業機 関)によるとこの人口を養うためには75%の食料増産が必要とされるとみている。 しかし、農業生産に適した土地は地球の表面積のわずか11%ほどで、人口増加の影 響などにより世界の穀物生産は85年をピークとして毎年1%すつ減少している。ま た現在の農業方法では多くの水資源を必要としており、現在アジア地域ではすでに1 人当たりの水供給が1人当たりの食料生産に必要な水の量に匹敵しており、2000 年には利用可能な水資源は3分の1になるとFAOは予測している。この他にも農業 の与える環境への影響、地球温暖化による中国・アフリカ地域の砂漠化などを考える とこれまでどうりの農業生産の条件が続くと考えるのはもはや不可能である。』
 これは日本経済新聞11月8日付けの全農ほか農協関連機関が出した広告の1部要約である。これからもわかるように人口増加を主因とした食料不足は我々の目と鼻の先にあると言って良いだろう。このようなことから現在、「食糧安全保障」への議論が再撚し始めている。(図1−4)

   2 食糧安全保障(food security)
 この考え方の基本は「異常な食料不足に陥っても最低限の栄養水準は確保出来るよう平常時から備えをしておこう」というものである。1970年代に起こったアメリカ・(旧)ソ連の穀物同時不作、これによるアメリカ大豆輸出規制、(1973年) 80年のアメリカによる対ソ連穀物禁輸などを背景に議論が高まった。世界各国はこれらを教訓として食料自給を行ったが、世界的増産による農産物価格の低下が起こりアメリカでは農業恐慌にまで発展した。世界の穀物生産が85年から減少を始めた1因にこれがあるのだと私は考えている。
 食糧安保を実行する方法として、生産国との輸入協定、緊急時に対応できる備蓄、そして国内での食糧安定供給の3つが考えられている。
 ^ 生産国との輸入協定
 まず生産国との輸入協定であるが、これに関しては危険度が非常に高い。食料事情が逼迫してきた場合、おそらくなりふり構わず自国を優先的に考えるであろう。その際確実に輸入できるという保証はどこにもない。例えばアメリカには輸出管理法(The Export Administration Act1969) という法律があり、そのなかにはアメリカの都合でいつでも輸出をストップできることが規定されている。これに対しては2つの場合を規定しており、その1つには農商務長官が行うもので『ある農産物を輸出することがアメリカ国内の需給を逼迫させ、アメリカ国内で価格の高騰の恐れがある場合』でありこれはGATTも合法的措置として認められている。1973年の大豆輸出規制はまさにこの事例である。
 _ 緊急時に対応できる備蓄
 1993年のコメの大凶作は1948年の作況調査開始以来史上最悪のものであった(作況指数74)。94年度のコメ需給予測では主食用うるち米、酒米、多用途米など合わせて需要が約1041万トンであったのに対し供給量は約864万トンであった。政府備蓄米はおおむね100万トンを目安としているためコメの緊急輸入が行われたのである。このような数字からわかるように現状での備蓄は非常に手薄になっている。旧食管法の食管赤字により1970年代から3兆円を越える支出をした経緯を考えるとどうしてんも備蓄増加には臆病にならざるを得ないだろう。(図1−5)
 ` 国内での食料安定供給
 私はこの方法が最も理想的な食糧安保が実現できると考えている。輸入国の政治状況や生産量の変動に左右されず安定した国内食糧供給をするべきではないだろうか。耕地面積の制限や人口増加等を考慮するとすべての需要にみあう食糧をすべて国内生産することは不可能である。しかし、基本的食料であるコメ、麦、大豆などは少なくとも国内需要に100%答えられるような生産が望まれるのではないだろうか。
 現在コメは100%の自給率を保っているが、特に大豆などでは自給率2%であり国内産を探すのが大変な程である。また、穀物に限らず野菜、果物の国内生産も現在ではコスト高、農業生産人口の高齢化、あるいは減少など国内農業事情も楽観出来るものではない。輸入農産物に対抗出来ずに離農してしまうことによる農地の減少、離農した農家の所有する農地の荒廃など農地の減少やその使用方法も問題になってきている。このような国内的問題にどう対処していけばよいのか。

  第3節  農業再編へ
 以上のような視点から考えると、農業はこれから重要産業として見直していかなければならない。東京大学の木村尚三郎名誉教授はこれからは「農の時代」がやってくるとみている。今年から開設され始めた就農準備校への予想をはるかに上回る反響によせて、『目新しい工業製品、触れるべき画期的な産業技術が見当たらなくなってきた現在、技術文明の大きな意味での成熟とこれによる経済不信はあと30年は続くだろう。将来に対する不安から私たちの気持ちは確実に変わり始めている。』と述べている。
 総理府の「食料および農業・農村に関する世論調査」によれば1978年から87年の調査で基本食料を国内で供給することを望む声が60%以上もある。国民の意思としても国内安定供給が望まれている。この声は現在でも同数あるいはそれ以上であろう。
 ではどの様に日本農業の現状を克服し、農業人口・農地の確保、安定的生産を目指せばよいのだろうか。その1つの方法として農協という組織に着目してみる。


   第2章  農協とその役割

 1章で述べたが食料安全保障を確立するためには国内の食料安定供給が重要になってくる。そこで現在農家の身近な機関として存在する農業協同組合(農協)はどの様な役割を果たし、どの様な活動を行えば良いのかを考えてみる。

  第1節 農業協同組合

   1 農業協同組合という組織
 農協とは全国レベル、都道府県レベル、市町村レベルの農業団体全体を指すものでり、それぞれ独立採算制で経営を行っている。ただこの3段階制のなかで農業政策に農民の意見を反映させるため、また政策的統一性を出すために系統化し、全国・都道府県で統一的な事業を行う場合は系統事業としてこれを運営しているのである。
 共済事業を例にして考えてみると、まず組合員が単協(単位農協:市町村レベル)に共済掛け金を支払う。そしてその掛け金すべてが都道府県の共済連へと再掛けされる。共済連はその1部を全国共済連合会に再々掛けし、残りを自らが運用する仕組みである。そして全国共済連は事故等が起こった時のみ共済金の交付を都道府県の信連に行うのである。(図2−1,2−2)
 
   2 農協と食管法
 いままでの日本の総合農協(単協)の特色として次の3つのことがいえる。系統3段階組織、各種事業(共済・信用・経済)の兼業形態、政治依存性である。世界的にみてもこの形態は特種であり日本が戦後ヨーロッパ諸国の農業組合理論を用いて農協組織をつくったが、ヨーロッパの農協は日本でいうところの専門農協(単一作物栽培農家の協同)であり、政治依存的な体質などかけらもない。
 旧食管法の規制により、政府売り渡し米の集荷及び卸売は事実上農協の独占体制であった。しかし新食管法の施行によって他の業者との競争市場となり経済事業収入の柱であったコメの流通に対する手数料収入が大幅に減少するであろう(新食管法は今年度より実施)。
 また旧食管法は農協の政治依存体制の温床でもあった。政府または農林水産省の指導に従わなければ政府売り渡し米枠の減少も考えられる。農協は農協で農家に対して指導に従わない場合はコメを買わないなどのある種の脅しをかける。これによっていわゆる「お上(農協は政府、農家は農協)にさからっちゃならん」「農協様」などと揶揄されるようになってしまったのである。

   第2節 農協の改革

   1 新しい農協の構築
 現在、農協は大きく言って2つの改革が構想されている。1つには単協の合併である。最盛期には単協は6000を越えていたが、農業人口の減少、金融自由化による相対的農協金融のシェア低下などがあり、また現在の農業の方向としては農家の経営規模拡大によって農産物のコストダウンをはかり農産物価格の価格低下を目指している。
 そのような中で、農協もリストラクチャリングを求められており経営の改善、特に共済事業、信用事業への利益依存体質から本来の理念である協同組合、農家の協同による組織に変革することを迫られている。
 最近私の身近で農協の合併が正式に決定した。総合農協と専門農協(畜産協同組合)の合併によってより大きな組合として平成9年からスタートする。今年4月に近隣地域の4つの総合農協が合併し出資金16億円の農協となった。これによって資金運用等の規模拡大がはからるようになり、またライスセンター、精米所、予冷庫など農業施設の効率的な使用も行われていくだろう。これに畜産部門の強化が行われることによって、より総合的な農業事業の展開が期待される。
 もう1つは農協組織の改革である。現在3段階制をとっているわけだがこの機能を2段階とし都道府県各連合会の支店として現在の総合農協を位置付けるというものだが、これは多くの人員削減、あるいはサービスの低下が問題視されあまり成果は上がっていないようである。

   2 問題点
 しかし、このような農協改革も多くの問題を抱えている。農業人口の減少が叫ばれている中で農協が巨大組織となり農家のための農協から農協のための農家という立場的変換がおこなわれはしないか。地域に密着した農業を行うためには地域の現状把握が行われなけばならないが大規模化によって小回りのきいた農家のバックアップが行えるのか。そして、流通、市場への影響力が大きくなり、国内農産物に対しての独占または寡占とはならないのかである。改革の最中であるのでこれからの影響についてははっきりということは出来ないが、このような問題点を内包していることも考えなければならない。


 おわりに──これからの農協・農家への提言──

  1 組織への提言
 農協は今まで営農指導の基本として、現状の生産体制での生産性の向上というものがあった。現在でも農家の規模拡大による生産性の向上によって生産コストの低下そして農作物の価格低下を狙っている。しかし、このような努力も市場動向、既成の流通経路の使用方法によっては価格形成力を失ってしまう可能性が高い。農協独自の流通経路を考え出すことで流通費用の削減、新鮮なものを新鮮に、低価格で供給することが最も有効ではないだろうか。

  2 総合農協への提言
 地域と密着した農協となり、地方公共団体との連携を強化し農業事業を行っていくべきであろう。積極的に「むらづくり」「まちづくり」に協力することで農家の保護、育成、後継者育成へと事業を拡大していくべきであろう。
 川島利雄氏の著書『日本の食糧と農業そして協同』第5章 地域に貢献する農協像のなかに農協への提言がある。それをいくつか引用する。
  @ 信用、共済事業偏重の経営主義を脱却し、地域社会づくりのなかで農協らしい事業の再構築、経営革新の必要性
  A 現行の大消費地に焦点を当てた経営の合理化、近代化を見直し、消費者のニーズに柔軟に対応する
  B 地域における農産加工を行い付加価値を高めることで農業所得の向上、安全食品の提供、農業事業の活発化や就労機会の増加も目指す
  C 消費者との交流の場を設け、より新しい環境での農業、消費者の観点からみた農業などを考えどのように農協は作用していけばよいかを考える。

  3 農家への提言
 最後に農家への提言をいくつかしたい。
 まずははっきりと現実を認識することである。現在、農業保護予算がすべてなくなることになったら農家の半数以上は確実に離農する。その中で個人の経営努力によって改善出来ることは改善し、出来ないことは農協や同作物栽培者間協同などによる改善を計るべきである。
 そして、農家自身が農業という仕事をする企業であるという認識を持つことである。そこには市場動向のリサーチ、農業機会の導入による効率化、肥料の投入や新しい農法の研究、作物の差別化などをすることもふくまれる。そして今まで農協に任せっきりであった細かな市場会計などを個人で行うことである。
 新農政では個人で出来るところは個人で、今までの政府あるいは農協主導の農業から農家主導の農業へと転換を計る傾向がありこれはある意味時代の要請とも言える。時代の流れに対応出来る柔軟な農業経営が必要とされているのである。


 参考文献及び資料

・池上甲一『日本の水と農業』学陽書房、1991年。        
・江西甚昇『農協よ起て』東洋経済新報社、1996年。
・梶井 功監修『現代日本農業論』筑波書房、1988年。
・川島 利雄『日本の食糧と農業そして協同』生活ジャーナル社、1993年。
・菅原友太『農林業が地球を救うこれだけの理由』農山漁村文化協会。1993年。
・祖田 修『コメを考える』岩波新書、1989年。
・土門 剛『農協大破産』東洋経済新報社、1996年。     
・原  剛『日本の農業』岩波新書、1994年。
・食糧制度研究会編集『食糧法関系基本通達集』創造書房、1995年。
・安房農業協同組合/安房郡畜産協同組合『合併経営計画書』、1996年。 
・日本経済新聞社編『経済新語辞典96年版』日本経済新聞社、1995年。
・日本経済新聞 
・読売新聞