「地球温暖化を考える──21世紀に向けての対策を中心に──」


                      井田 智子


《目次》

はじめに

第1章 地球温暖化の状況
 第1節 温暖化の徴候
 第2節 温暖化を引き起こす原因物質
 第3節 温暖化の影響
  第1項 人間社会への影響
  第2項 生態系への影響
  第3項 農業・食料生産への影響

第2章 環境に対する捉え方と環境管理
 第1節 発展途上国における環境管理
  第1項 深刻な現状
  第2項 環境意識調査
  第3項 対策の歩み
 第2節 先進国における環境管理
  第1項 企業の環境問題意識
  第2項 消費者の環境問題意識

第3章 エネルギー需給と温暖化
 第1節 経済成長とエネルギー消費の増大
 第2節 省エネルギー
 第3節 石油代替エネルギー
  第1項 新エネルギー
  第2項 原子力

第4章 温暖化防止対策
 第1節 経済システム改革としての炭素税
  第1項 経済措置としての炭素税
  第2項 炭素税の有効性
  第3項 諸外国での炭素税導入の現状
  第4項 経済に及ぼす影響
  第5項 炭素税をめぐる国際的諸問題
 第2節 国内・政府の取り組み
 第3節 国際的な取り組み

おわりに


はじめに
 21世紀を目前にひかえ、大量生産、大量消費、大量廃棄を前提としてきた、20世紀工業社会の見直しが迫られている。「私たちは何不自由のない快適な生活を送っている。」という人々の認識が無くなってきたということでもある。20世紀はイノベーション(技術革新)の世紀であり、イノベーションのおかげで地球的規模の経済が成長してきた。しかしそれにより、地球を汚染してきたことも事実である。今問われている地球温暖化も20世紀文明の生み出したものと言っても過言ではないと思う。「持続可能な発展」を基本とする、環境に配慮する環境保全型の社会への転換が必要である。
 1990年代に入ってから、世界の人々の関心が温暖化に向けられてきた。92年の地球サミットをはじめ、温暖化問題に関するさまざまな会議が開かれている。1997年12月に開催された気候変動枠組み条約第3回締約国会議は、特に私たち日本人に、温暖化の問題についてあらためて考えさせた会議ではなかっただろうか。会議において、温室効果ガスに関して先進国の法的拘束力を有する排出削減率を設定した京都議定書が採択されたことは、大いに意義あるものであった。温室効果ガス多排出である、開催国日本としての立場も努まったと言えるだろう。
 今後は、各国に課せられた削減率に向かって、どのような対策を講じていくかが課題となってくる。


第1章 地球温暖化の状況
 第1節 温暖化の徴候
 地球は太陽の放射するエネルギーを受けて暖められ、宇宙空間へのエネルギー放出により冷える。このエネルギーの収支が均衡している状態では地球の温度は平均して安定している。しかし人為的な影響により温室効果ガスの濃度が上昇し、宇宙空間へのエネルギー放出が妨げられると地表の温度は上昇する。
 (図1-1)
 この温度上昇が気候の変化を引き起こし、生態系などをはじめとする人類の生存基盤に多大な影響を及ぼす。これが地球温暖化である。
 地球温暖化の徴候は既に、地球の平均気温の上昇、海面水位の上昇、また温室効果ガスの濃度上昇という形で現れている。
 IPCC(気候変動に関する政府間パネル)は1995年にとりまとめた第2次評価報告書の中で、19世紀以降の気候を解析し、産業革命以後の温室効果ガスの発生量の増加などの人為的影響により地球温暖化が既に怒りつつあることを認識している。
 「注:IPCCとは地球温暖化問題に関する政府レベルの場として、WMO(世界気象機 関)とUNEP(国連環境計画)が共同して1998年11月に設立した国連の組織であ
 る。」
 まず地球の平均気温の上昇、海面水位の上昇についてみていきたい。
 産業革命以後、温室効果ガスの大気中の濃度は著しく増加し、19世紀末からの100年間に地表の平均気温は0.3〜0.6度、海面水位は10〜25cm上昇している。1880年から1998年にかけての地表面の気温の推移を描いたのが(図1-2)である。気温が上昇の傾向に転じたのは1910年前後のことであり、以来上昇していることがわかる。また、1979年以降の異常高温がはっきりと読み取れる。このまま対策をとらなければ、2100年には1990年と比較して平均気温は2度(予測の幅は1〜3.5度)、海面水位は50cm(予測の幅は15〜95cm)上昇するとIPCCは予測している。
 しかし南極半島で急速に進む棚氷の融解現象から見れば、とてもこの程度の気温や水位の上昇では済まない。
 グリンピースは、南極半島では1945年から50年間に気温が既に2.5度も上昇し、世界平均の2倍から3倍の速さで温暖化が進んでいると警告している。さらに英南極調査隊のジョン・キング博士らは1947年からわずか10年に0.5度も上昇しており、断続的な気温の上昇としては、130年前に全世界的な気温観測が始まって以来最も急速な温暖化が記録された、と94年に警鐘を鳴らしている。 
 また1999年に、地球の気温や海面の上昇といった地球温暖化の影響は、従来の予想より大きくなる可能性があるとの予測結果を世界自然保護基金(WWF)と、英イーストアングリア大の研究グループが発表している。それによると2080年の世界の平均気温は1990年代に比べ最大で3.9度、最小でも1.2度高くなり、海面は最大104cm、最小19cm高くなるとの結果である。日本でも夏の熱波が激しくなり、2080年には海面上昇によって、日本のほぼすべての砂浜が消失する。東京、名古屋、大阪の沿岸工業地帯が海面上昇による高潮の影響を受けやすくなり、沖縄などのさんご礁も海水温の上昇で大打撃を受けるという。
 また、地球フロンティア研究システム、温暖化予測研究領域長の真鍋淑郎氏による「大気、海洋、陸面結合モデル」による予測では、2000年代半ば頃までに地球全体の平均気温は2.5度も上昇。日本では3度、北米で3〜5度、ヨーロッパでは3〜4度、ロシアでは4〜5度も気温が高くなり、特に北半球の高緯度地方の気温上昇が激しく、カナダの極地では7度も高くなるという。
 気温上昇は、陸上のほうが海上より高くなり、特に大陸内部では海上と比べ50%ほど高くなる。これは陸の方が海より有効熱容量が小さい為昇温が遅れること、また陸面は海面より乾いている為、蒸発による冷却効果が小さいことが原因だと真鍋氏はいう。
 気候の異変は日本のサクラを代表するソメイヨシノの開花日の変化からもわかる。
 (表1-1)
 気象庁のデータによると、1990年に10.1日早かったのを筆頭に98年にも平年と比べ6.2日も早く開花している。

 第2節 温暖化を引き起こす原因物質
 地球温暖化は二酸化炭素に代表される温室効果ガスの大気中濃度の上昇に起因するといわれる。
 自然界にもともと存在する温室効果ガスとしては二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素、オゾン、水蒸気などがある。また人口の温室効果ガスとしてはフロン、六フッ化硫黄などがある。各温室効果ガスによる温暖化への寄与の割合は二酸化炭素63.7%、メタン19.2%、フロン10.2%、亜酸化窒素5.7%となる。
 (図1-3)
 産業革命以前の1000年間は、温室効果ガスの総量は比較的一定であった。しかしながら世界の人口が増加して、世界がより産業化し、農業が発展するにつれ、温室効果ガスの総量は著しく増加している。
 二酸化炭素は動物の呼吸、有機物の燃焼などによって大気中に放出される。その二酸化炭素の濃度がここ200年間で大幅な上昇をしている。1800年には約280ppmv(体積100万率)だったものが、1994年には25倍の358ppmvになっている。
 (図1-4)
 ここで世界の排出量の推移を見てみると、産業革命以後は急激に増加しており、現在の二酸化炭素排出量は1950年当時の約4倍に達している。
 (図1-5)
 西側先進諸国では、1970年代の2度のオイルショックにより、経済成長にかかわらず二酸化炭素の排出が減少する時期を経験したが、近年においては、基本的に増加しているという。しかしドイツのように90年レベルより10%も削減した国もあれば、イギリスのように90年の排出レベルに安定させた国もある。旧ソ連や旧東欧諸国などでは、オイルショックの影響もなく増加の傾向にあったが、1980年代末の大きな政治変動以降は急激に減少している。特に1986年から94年の間に炭素排出量は、ロシアで20%、ポーランドで27%、ウクライナで38%減少したといわれている。以上これらの先進国全体では、1990年から95年の間に旧ソ連や旧東欧諸国の激減もあったことから4.6%減少しているが、アメリカ、日本、カナダ、オーストラリアなどでは依然として増加しており、中でもアメリカと日本だけで全増加量の8割を占めている。
 (図1-6)
 人間の経済活動に伴うメタンの発生源は、農業(家畜の反芻、糞尿、水田など)、廃棄物(埋め立てなど)、エネルギー(燃料の燃焼、石炭や天然ガスの採掘時の漏出)などである。また、亜酸化窒素の発生源は燃料の燃焼、化学工業プロセス、施肥などである。二酸化炭素同様いずれのガスも人間の経済活動に伴い発生するものであり、大気中のメタンの濃度は産業革命以前に700ppbv(体積10億分率)だったのが現在では1720ppbvにまで、亜酸化窒素は275ppbvから310ppbvにまで増加した。
 赤外放射の吸収能力が高いほど、また大気中に残っている期間が長いほど、そのガスの温暖化効果は強くなる。つまり原因物質の種類によって効果の強さが異なる。メタンの温室効果は二酸化炭素の20倍から60倍、またフロンガスの温室効果は二酸化炭素の数十倍から1万倍で、しかも大気中の寿命が100年を超えるわけだから、なおざりにはできない。
 これら原因物質の発生源は、50%がエネルギーの利用、熱帯雨林の破壊15%、化学物質の生産・利用20%、米作・肥料・家畜・ごみ処理など15%となっている。
 京都会議では、削減対象温暖化ガスを二酸化炭素、メタン、亜酸化窒素だけでなく、他3種を含む6種としている。温室効果ガスの排出量は国によってさまざまである。
 (図1-7)
 これは各国の経済活動の基盤が異なるからである。国別でみると全体の22.4%がアメリカ、ついで中国13.4%、ロシア7.1%、そして日本は4.9%である。日本の1996年度の二酸化炭素排出量は炭素換算で3億3700万t、1人当たりの排出量は2.68tであり前年度と比べ排出量で1.2%、1人当たり排出量で1.0%の増加であった。
 (図1-8)
 現在は先進国が途上国に比べより多く排出しているが、21世紀半ばには途上国が先進国全体を上回ると予測されている。
 (図1-9)
 しかし1997年開催された京都会議で採択された京都議定書には、途上国に対しての削減義務はもちろん、自主的参加さえも盛り込まれてはいない。

 第3節 温暖化の影響
  第1項 人間社会への影響
 今、地球環境は人口の増加と経済成長の肥大によって日1日と劣化している。これは現在まで経験しなかったような環境条件をもたらし、人々の健康に大きな影響を与える可能性がある。直接的な被害としては、成層圏オゾン層の衰退による有害な紫外線の入射増加によるガンの多発、異常高温による熱中症の多発などがある。間接的な被害としては、気候帯の移動による農業帯、植生帯の移動、それにともなうマラリア、黄熱病などの感染病媒体生物や病原菌の変化である。
 1997年3月に環境庁が取りまとめた報告書「地球温暖化の日本への影響」によれば、二酸化炭素換算濃度を現在の2倍とした条件の下で、日本においても水資源、農業、森林、生態系、沿岸域、エネルギー、健康などの分野において温暖化が様々な悪影響を及ぼすことが予測されている。
 IPCCによれば、特にマラリアは3〜5度の温度上昇により、熱帯、亜熱帯のみならず日本などが属する温帯を含めて、年間5000〜8000万人程度患者数が増加するおそれがある。温帯地方では、マラリアを媒介する蚊の数が10倍以上に増加すると予想される。さらにコレラ、サルモネラ感染症などの感染症についてもその増加が懸念されている。
 また温度上昇による光化学スモッグの劇化による健康被害、花粉の発生時期や発生量の変化によるさまざまな病気発生も予測されている。
 病気だけが私たち人間社会を脅かすのではない。前にもふれているが、海岸低地と島々を脅かす海面水位の上昇と気候の極端化は、沿岸地域における洪水、高潮の被害を増加させる恐れがある。仮に海面が50cm上昇した場合、適応策がとらなければ、高潮被害を受けやすい世界の人口は、現在の約4600万人から約9200万人に増加すると予測されている。海面上昇で、領土の大部分が水没してしまう恐れのあるモルディブなどの島しょ国では、大変大きな問題としてとらえている。
 環境難民という言葉がある。海面下に没したり、サイクロン、台風の危険にさらされ、また雨がまったく降らなかったりして、これまで定住していたところに住み続けることができなくなり、他のところに移り住まなければならない人々のことである。現在既に少なくとも、1000万人に上る環境難民が存在すると推計されている。もっともこの1000万人という数字は、政府の公的な機関によって認定された人数に基づいて推計されたものなので、実際にはそれ以上ではないかと考えられる。政治・宗教・人種などという環境以外の原因に基づく難民の数は、現在世界全体で1700万人と推計されている。環境難民の問題がいかに深刻であるかはこの数字の比較からもわかる。しかも環境難民はすべて発展途上国で起きていて、その半分以上はアフリカのサハラ地域に集中している。

  第2項 生態系への影響
 地形や気象などの条件の細かな違いにより、その土地に好んで生える植物は異なる。温暖化により気温や降水のパターンが変われば、植生はその変化に適応しようとする。つまり元の環境と似たところまで分布域を移動する。日本を例としたのが(図1-10)であり、温暖化にさらされた場合、植生は北方へ、高所へと移動する。植物種の構成が変化する過程において、温暖化のスピードに森林の変化が追いつかず、一時的に森林生態系が破壊され、大量の二酸化炭素放出が起こる可能性も指摘されている。IPCCによると、世界全体の平均気温が2度上昇した場合、地球の全森林の3分の1で、現存する植物種の構成が変化するなどの大きな影響を受ける。
 植物とその集まりである植生を生存基盤とする動物は、温暖化で植生が変化して餌や隠れ家となる植物が減少したりすれば、移動せざるを得なくなる。特に海峡や山脈、あるいは都市などの人工物に阻まれて移動ができない動植物は、温暖化により絶滅の危険が高まると考えられている。また、ひとたび乱れた生態系が回復して安定するまでには、非常に長い時間がかかる。

  第3項 農業・食料生産への影響
 世界全体で、1億3400万平方キロメートルの土地があり、そのうち耕地として利用されているのは約11%にあたる1500万平方きろめーとる。その他に牧草地が3200万平方キロメートル、森林が4100万平方キロメートルで、合計して8800万平方キロメートル、約65%の土地が農業となんらかの関わりをもっている。農業に従事している人々は焼く11億人で、経済的に活動している人口の半分が農業に従事している。日本の場合だと、38万平方キロメートルの土地のうち、耕地が4万7000平方キロメートル(12.5%)、牧草地が6000平方キロメートル(1.5%)、森林が25万平方キロメートル(66.0%)。
 世界の森林は4100万平方キロメートルだが、乾燥地はもっと広く、6000万平方キロメートルの面積を占めている。そのうち耕作可能な土地の約70%で、砂漠化が進行中で、世界の人口の6分の1に当たる約9億人がその被害を受けている。特に深刻なのはアフリカ大陸で、乾燥地の80%で砂漠化が進行している。
 大気中に温室効果ガスの濃度が2倍になったときの気象条件の変化について、正確な予測することは困難だが、これまで降水量が多かったところはいっそう多くなり、少なかったところはますます少なくなると考えられている。アメリカの中南部、中国の黄河流域、アフリカ大陸中近東などでは、降水量は極端に少なくなると予想されている。それに反して、バングラディッシュなどの東南アジアでは、降水量が今までよりずっと多くなると考えられている。
 このような降水量のパターンの変化は、農業に対して大きな影響を与える。アメリカの中南部をはじめとして、世界の穀倉地帯といわれているところの多くは今でも雨が少なく、地下水に依存しているので、降水量の減少は農作物の栽培に決定的な被害を及ぼすことになる。現在から21世紀の中頃にかけて、世界の人口は56億人から80億人まで増加すると予測されている。食料不足が21世紀最大の問題の1つとなることは間違いないように思われる。
 4〜5年に1回強の頻度で夏の定温(冷害)に見舞われ、東北、北海道を中心として手痛い被害に遭う日本では、気候が温暖化すると冷害は少なくなり、農業に好影響を及ぼすと考える人が多いと思う。ひかし、温度が高くなると作物の成長が促進され、植物帯は意外に早く老化する。このため、モミのなかへのデンプンの蓄積が不足したり、デンプンのつまり方が粗になったりする。例えば、夏から秋にかけて異常な高温に見舞われた1995年、九州のコメ生産の作況指数は106と豊作だったが、コメ粒の中が白い「乳白粒」や「心白粒」が多く発生している。また世界の麦作地帯では、稔りの時期に気温が高いと発熟期間が短くなり、収量が低下する。
 また二酸化炭素増加の直接的影響の効用として、仮に作物の生産性が高まり、主要な農業生産地で湿度が上昇したとしたら、世界の主食穀物の生産高は需要に合わせて伸び、その結果、食物価格は下落することになる。反対に、二酸化炭素増加の直接的恩恵はほとんどなく、気候変動が主要な農産物輸出地域のすべて、あるいは、ほとんどで生産力に悪影響を及ぼすとしたら、世界の農産物の平均価格は著しく上昇する。このようにして上昇した価格は、世界の農業総生産の10%を上回ると予想される。つまり、温暖化は結局、最終的にはなんの好影響を及ぼさない。


第2章 環境に対する捉え方と環境管理
 第1節 発展途上国における環境管理
  第1項 深刻な現状
 この節では発展途上国、特にアジア地域を中心にみていきたい。アジア地域は全世界の陸地の約5分の1を占める広大な地域である。この地域には多くの優れた自然環境が残されており、とりわけ地球生態系の維持に不可欠な熱帯雨林の約4分の1がこのアジア地域にある。この地域に住んでいる人口の数は現在33億人を超えており、世界人口の60%近くがこの20%の陸地に住んでいることになる。この地域の人口は今後とも増え続けて、21世紀末には約60億人近くになる可能性が高い。
 (表2-1)
 また、この地域の経済活動は着実に伸び続けてきており、21世紀末には世界の総生産の50%を占める予測もある。
 このように、アジア太平洋地域とりわけアジアの発展途上国においては、今後急激な人口増加と経済成長が見込まれており、地球温暖化の原因となる温室効果ガスの排出量の増大、温暖化対策に伴う影響、そして地球温暖化に伴う影響が予想される。
 アジア地域から排出される温室効果ガスは等価二酸化炭素量(放射加熱量をもとに二酸化炭素の濃度に置き換えた量)でみると、二酸化炭素、メタン、フロンガスの順に多く、なかでも二酸化炭素の排出量が7割近くを占める。
 (図2-1)
 一方国別にみると中国、インド、日本の順に排出量が大きく、日本を除けばそのほとんどが二酸化炭素とメタンで占められる。
 (図2-2)
 二酸化炭素の発生源をみてみると、アジア地域では、石炭燃焼と土地利用変化に伴う排出量が大きく、とりわけ森林減少による土地利用変化によって膨大な二酸化炭素が排出されていることがわかる。
 (図2-3)
 アジア地域の温暖化対策は二酸化炭素とメタンの排出抑制が焦点となり、石炭を中心とする化石燃料の消費抑制、森林の保全、水田および家畜からのメタン抑制の3つの研究をまず優先させる必要がある。特に、現在1人当たりの温室効果ガス排出量が小さく、人口の大きい中国、インド、インドネシア、フィリピンなどの国々においては、今後急激な温室効果ガスの増加が見込まれており、これら3つの方策について検討が急がれる。
 将来の温室効果ガスの排出量を、国立環境研究所で開発中のアジア太平洋地域温暖化対策分析モデル(AIM)により推計することができる。このモデルは、温室効果ガスの排出量を推計して地球温暖化を予測する総合モデルで、各種の対策の効果を分析することができる。対象とする範囲は主にアジア太平洋地域であるが、世界規模の予測も可能なように世界モデルとリンクしている。(表2-2)は(表1-1)の人口増加と経済成長をシナリオとして与えたときの、1次エネルギー消費量と二酸化炭素排出量の予測結果を示している。来世紀末にかけてアジア太平洋地域と旧ソ連および東欧地域の伸びが著しく、特にアジア太平洋地域における1次エネルギー消費量と二酸化炭素排出量は来世紀末に世界の半分のシェアを占める可能性がある。
 アジア地域は今後、地球温暖化防止のうえで最も大きなカギを握っている地域であり、この地域の温室効果ガス排出量と削減対策の効果が正確に予測できる手法の開発が不可欠である。
 次に、地球温暖化に限るということではなく、広い意味で発展途上国の環境について考えたいのだが、どうして途上国で公害が発生するのだろうか。
 発展途上国の環境問題は全般的にみて、近い将来必ずしも改善方向にはないことが懸念されている。途上国が直面している環境問題は、発展の基盤となる環境資源の管理に関する問題と、発展に伴う環境汚染の問題に大きく分けることができる。前者は、熱帯林の減少、野生生物の減少、砂漠化の進行などの問題であり、後者は、大気汚染、水質汚濁、地球温暖化などの問題である。
 ESCAPが発表しているアジア太平洋地域における環境状況の変化に関する表を参照したい。
 (表2-3)
 この表は、ESCAPが対象とする南アジア、東・東南アジア、さらには南太平洋の4つのアジア地域を含んでおり、1980年を境に2000年までの間に環境状況がどのように変化するかを、矢印によっておおまかに示している。この表から、例えば南アジア地域では、人口増加、経済面の立ち遅れによる制約などを受けて、都市部の環境衛生条件の悪化が80年代以降さらに進む一方で、東南アジア地域では、これとは対照的に、むしろ上下水道の設備などが改善され、生活関連の環境条件は改善方向に向かうことが予想されている。ただし、東南アジアでは、森林、海洋の資源利用に伴う環境破壊はさらに進行すると予想されている。
 環境途上国、低所得国においては、人口の主要部分が居住する農村地域で増大する人口の圧力が貧困を加速させるとともに、森林の農地転用、薪炭材の過剰伐採、過放牧が行われ、その結果、森林減少、土壌流出、砂漠化、ひいては生物多様性の喪失を招いている。また、農村地域で生活できない貧しい人々が、職を求めて都市へと流れ込む減少が生じている。
 (図2-4)
 そうした都市では、交通、下水道、ごみ処理などの社会基盤整備が人口に追いつかないため、人々は貧困が解決されないまま劣悪な居住環境の下での生活を余儀なくされている。このように貧困、人口増加、環境悪化の悪循環が、都市部、農村部の両方で起こっている。
 中所得国においては、工業化が進む一方で工場などにおける公害防止対策が不充分なため、汚染物質が未処理に近い状態で環境に放出され、産業公害が発生している。自国の人的資源や天然資源を活かした工業の拡大は、雇用機会の増加や外貨の獲得など途上国の経済発展に寄与する反面、適切な公害防止対策が取られない場合、環境汚染を引き起こす。また、都市部を中心とした自動車交通の急増によって大気汚染が増長されるとともに、渋滞が発生したり、また、産業廃棄物に加え家庭からの一般廃棄物の発生量が増大するなど、都市生活に起因した環境問題が発生している。
 発展途上国では、一般に汚染物質などの監視・モニタリング体制が不充分なため、公害の現状はあまりよくわかってないが、国連機関などの調査結果をもとに判断すると、かなり深刻な状況に達しつつある。発展途上国の都市では、大気汚染は先進工業国の都市と同じ程度か、またはそれ以上の場合が多く、しかも先進国では改善の方向にあるが、途上国では悪化の傾向にある。工業都市では、重油や石炭の燃焼に伴う汚染がひどく、首都などの大都市では、自動車を原因とする汚染が深刻である。
 (表2-4)
 なかでも、冬季に暖房が必要な都市や盆地に位置した都市では特に深刻である。また、熱帯の都市でも、自動車以外の公共交通機関がない超過密都市や産業開発の進んでいる都市では大気汚染が深刻で、バンコク(タイ)、ジャカルタ(インドネシア)などはこの典型的な例である。

  第2項 環境意識調査
 1996年アジア経済研究所で、中国、タイなどを中心とした大規模な広い意味での環境問題に関する世論調査を行った。
 図2-5は中国における各種環境問題の実情を、住民はどのように捉えているかというものである。横軸は深刻はのパーセント、縦軸は軽視はのパーセント、斜め軸は無関心はのパーセントである。そして、A〜Fのゾーンを設けている。図から、住民は騒音振動、緑地不足、大気汚染、河川汚濁というような、日常生活で感覚的に感じられる項目は深刻に見るものが多い。地球温暖化は今すぐ日常生活と関係するわけではないが、マスコミなどの影響によるものと考えられる。次に環境問題と経済問題を対立させた質問、回答が(表2-5)であり、環境政策への理解を示している住民が意外に多いことに気付く。
 タイにおいても同じ質問がされ、環境問題に関心を寄せ、環境保護の重要性を強く認識している。(表2-6)集計結果によれば、環境の悪化はタイ社会のさまざまな問題のうち最も深刻なものの第1順位に位置付けられ(図2-6)、環境保護を経済発展より重視するという回答がバンコク首都圏で約6割を占めた。
 (図2-7)

  第3項 対策の歩み
 1972年の国連人間環境会議は、環境問題を国際舞台に初めて登場させたという意味で大きな成果をあげたが、発展途上国からは、「公害は先進国の贅沢である。途上国はむしろ公害が発生するほどの経済発展を達成したい。」というような意見も出され、環境保全と経済発展をめぐる南北間の対立が表面化した。ところがその後、途上国でも公害による地域住民の健康被害や、水質汚濁による漁獲量の減少など公害による経済的な損失が明らかとなり、環境を無視した一方的な開発ではなく、環境保全と開発を調和させた「持続可能な開発」の達成こそが、長期的にはその国に最大の利益をもたらすという認識が世界的に定着した。92年のサミットで採択された「環境と開発に関するリオ宣言」においても、地球規模での持続可能な開発の達成に向けたグローバルパトナーシップの重要性が強調された。
 持続可能な開発の達成に向け、途上国でも公害対策に取り組みつつある。今後、温暖化に関して期待できるものはエネルギー代替可能性についてである。太陽エネルギー導入の可能性は中国、オーストラリア、インド、インドネシアなどで大きく、これらの活用に向けた検討が必要である(表2-7)し、水力発電の可能性についても中国をはじめとして膨大な潜在的発電量が見込まれている。アジア太平洋地域における森林資源は中国、オーストラリア、インドネシア、インドなどに大量に蓄積されており、今後、これらの活用の検討が不可欠になってくる。
 (表2-8)
 1970年代半ば頃から、アジアの途上諸国では環境関連の法律を制定し、環境に対する関心が少なからず高くなってきた。
 (表2-9)
 また、多くの発展途上国が環境担当の官庁を設置し、各種の環境法制、環境基準などを整備するとともに、公害防止機器の導入や下水道整備などの対策を取りつつある。
 (表2-10)
 このように、発展途上国も公害防止への取り組みを始めてはいるが、次のような直接的な理由により、必ずしも成功しているとは言えない。
1. 実施体制の不備:環境法体系が整備されてきているものの、法制度を実施すべき公害対策の担当機関が弱体である。
2. 人材の不足:公害防止対策を担当する人材の層が薄い。
3. 技術の不足:モニタリング技術、対策技術などの蓄積がない。
4. 経験の不足:公害防止対策の歴史が浅く、経験が蓄積されていない。
5. 資金の不足:公害防止対策の資金が官民共に不足している。
 また、発展途上国で公害対策が進まない社会的な背景として、次の4点が指摘できる。
1. 公害防止対策は、他の分野に比べて政策上の優先順位が低くなりがち。
2. このため、公害防止対策への投資が後回しにされる。
3. 国民に公害の問題の重大さを十分知らせることができず、世論の盛り上がりに欠ける。
4. 企業の公害防止対策に対する意識が低い。

 第2節 先進国における環境管理
  第1項 企業の環境問題意識
 この節では、日本の企業が環境問題に対してどのように捉えているのか、についてみていきたい。環境保全の重要性に対する消費者、企業の双方の意識は、総論として高いといえる。
 昭和40年代後半から50年代前半にかけて、我が国の民間企業においては、公害防止技術の開発が飛躍的に進んだ。その背景としては、公害問題における世論の高まりがあったことはもちろん、技術評価を通じて将来における技術上の対応可能性が判断され、これを踏まえて国、自治体によって適切な水準の規制・指導が実施され、また技術開発への支援がなされたことが見逃せない。こうした公的な働きかけを背景に、規制・指導を遵守するための企業における技術開発への取り組みがなされたものと考えられる。総理府の調査によると、環境規制の強化が集中して実施された昭和40年代後半から50年代はじめにかけて、環境保護関係研究費が飛躍的に伸びている。
 (図2-8)
 政策の選択の結果が技術の開発動向に影響したと思える。
 我が国には、環境保全に関して政治的なプロセスによる政府の市場介入よりも、企業の自主性を尊重すべきだという意見が強い。これには、あくまで市場における企業のイニシアティブをできるだけ確保しておきたいとする意図がある。そこで、「自主的取り組み」というキーワードが出てくる。
 企業では、地球環境問題に対し自主的な対応を迫られることになり、各企業で多彩な取り組みが進められるようになった。このような取り組みがどのようなものであるかについては、例えば、1993年4月に経済団体連合が定めた「地球環境憲章」がある。この憲章は、世界の「良き企業市民」として、社会からの共感を得て、持続的発展の可能な環境保全型社会の実現に向かう新たな経済社会システムの構築のために、企業が環境問題に真剣に取り組むことを促したものであり、翌年5月の経団連の調査では、7割以上の企業が同憲章を活用して、環境問題への取り組みを強化している。その中で会員企業に推奨されている取り組みは、おおむね(表2-11)のようになり、極めて多岐にわたっている。
  また、経団連は1997年6月、経団連環境自主行動計画を発表した。
 (表2-12)
 これは経団連の呼びかけに答えて、製造業、エネルギー産業の他、流通、運輸、金融、建設、貿易など36業種137団体が、地球温暖化対策と廃棄物対策について数値目標を掲げて行動計画を策定したものである。
 地球温暖化対策については、多くの業種が経済の持続的成長を目的とした上で、第1にエネルギー利用の効率向上に主眼を置いており、オフィスの省エネを含む操業管理面でのきめ細かい工夫、設備・プロセスの改善、技術開発と成果の導入といった有効な利用の仕方を打ち出している。だが、この計画は「2000年までに二酸化炭素排出量を1990年水準に抑制する」という気候変動枠組み条約の第1段階の目標を念頭に置いたものであり、京都会議で第2段階の目標が示されたのを受け、目標強化などの見直しを迫られる可能性もある。
 廃棄物対策としては、工程改善などにより発生量そのものを抑制するもの、路盤改良材やセメントの混和材などとして副産物、廃棄物のリサイクル率を高めるもの、リサイクルのための用途開発あるいは他業種との連携強化による総合したリサイクル率の向上、さらにLCAによる環境負荷の少ない製品づくりやリサイクルが容易な製品づくり、オフィスでの分別回収やグリーン調達、ペーパーレス化など、多岐にわたるものとなっている。
 1993年の「地球環境憲章」を受けての取り組みの実施状況に関しては、環境庁が1部、2部上場企業を対象に行ったアンケート調査(1995年5月、第3回「環境に優しい企業行動調査」、回答率26.6%)がある。
 (図2-9)
 まず、企業の業務のうち、環境配慮の対象となっているものをその種別ごとに見ると、通常の業務については約79%の企業で、また、廃棄に係る業務については、約67%の企業でそれぞれ何らかの環境配慮が行われていた。これに対して、企業活動のいわば上流に位置する資源採取に係る業務については、事業活動が直接資源採取と関係する企業は少ないこともあって、約13%の企業で対応を行っているに過ぎなかった。なお、こうした環境への取り組みに要する経費については、この環境庁調査によれば、わずか約30%の企業でしか把握されていない。また、経費を集計している企業でもその集計内容はまちまちであって、今日の多様な環境対策のごく1部の経費しか把握されていない状況にある。
 企業の行う保全業務は、製造過程での公害対策はもとより、相当大量の業務となっている上に、企業内の各組織が担当する各種の業務においても環境への配慮が行われており、その全体は複雑でかつ大量なものとなっている。こうしたことから、企業では環境保全自体を業務とする組織を設けつつある。前述の環境庁アンケート調査の結果によると、企業内に環境対策組織が設置されたのは、地球環境問題が注目されるようになってきた1990年以降が最も多い。また、昭和40年代後半に公害対策部署が設けられていた製造業においても、公害問題だけでなく地球環境問題などを含めた環境問題全般を扱う部署に改組された例も多くなっている。
 (図2-10)
 また、事業活動が環境に負荷を与える割合が多いと思われる第2次産業以外においても、環境保全業務を担当する部署を設置する企業が増えてきた。また、全体で約48%の企業で環境に関する方針を設定しており、さらに製造業に限ってみれば59%と半数以上の企業が何らかの方針を制定している。
 (図2-11)
 次に、企業の組織の中で環境担当部署はどのように位置付けられているかを、同じアンケート調査により見ると、環境担当部署は、社長直属の「全社スタッフ」機関、「総務・管理部門の1部」とされているところが併せて48%と約半数を占めている。なお、他のあり方としては、製造部門や営業部門の1部というライン組織として機能しているものが併せて11%あった。
 (図2-12)
 このように環境担当部署については、いわゆる本社組織の1部となっているところが多く、スタッフ組織として機能し、ライン組織の行うものも含めて社内の環境対策を統括している事例が多いと言える。また、環境担当部署の長について見ると、社長・会長も含めて取締役以上が半数を占めている。以上のことからみても、企業の内部においては環境保全は、全社的にまた、経営のトップレベルで推進すべきものとされていると考えられる。しかし、組織の大きさを見ると、環境担当部署の本社専任スタッフは約6割の企業で10人以下となっており、企業内における組織としては決して大きなものではない。
 (図2-13)
 では、企業の環境教育の現状はどうなっているのだろうか。
 (図2-14)
 人々の環境保全の取り組みを進めるに当たっては、環境教育・啓蒙活動が重要であるという指摘がある。これは企業においても例外ではない。企業の自主的な環境保全活動を支え、促進させるために、企業における環境教育は地味ではあるが重要な役割を果たす。1例として、大成建設の事例を挙げる。同社では1992年に「地球環境問題への取り組み」方針を定め、これを1996年に「大成建設環境方針」として改訂している。1992年からスタートしたのが、社員・役員向けの「地球環境フォーラム」である。環境問題に関する有識者を招いて講義を聴き、質疑応答を行うというもので、毎回150〜250人の参加があるという。社内のメディアも有効に活用されている。社内のPCネットワークには掲示板を開設、社内報でも隔月で「地球環境委員会だより」を載せている。さらに新入社員教育で「地球環境問題と当社の取り組み」というという講義を1時間設け、建設業と環境問題のかかわりなどを学習させているほか、年次別教育、作業所教育でも環境保全の取り組みの学習が行われている。また、ユニークなのは地球環境表彰制度(社長、支店長などにより優秀な環境保全活動の作業所と協力業者を表彰)と地球環境実践事例発表会である。社内の環境教育はアピール性も低く、必ずしも重視されていない面もある。しかし、消費者が「環境へのやさしさ」を理由に企業を選択するのと同様に、従業員が「環境へのやさしさ」を理由に企業を選択する時代がいずれは訪れると考えたい。社内の環境教育はその時代への先行投資と考えられるであろう。
 企業の主要なコミュニケーション活動である広告の世界にも「環境」というキーワードが確実に根を下ろしつつある。トヨタ自動車、日本アイ・ビー・エム、イトーヨーカ堂など大手企業約20社が、廃棄物や二酸化炭素排出抑制など環境保全への取り組みを積極的に情報公開することに取り組む、横断的組織を旗揚げした。この組織は「環境報告書ネットワーク」で東京大学の山本良一教授等の有識者が中心になって設立し、企業に参加を呼びかけたもの。これまで、企業パンフレットで情緒的表現がとかく目についた環境保全対策のメッセージを、統一的で内容のあるものに改善し、環境報告書というコンセプトを定着させたい考えだという。既に環境報告書を制度化している企業も多い。例えばNECは「環境アニュアルレポート」を毎年、1回発行する。1997年度版を例にとれば、1.環境目標と結果 2.地球環境問題の対応 3.ISO14001の取り組み 4.環境監査 5.環境配慮型製品の取り組み 6.使用済み製品とリサイクル 7.環境保全技術 8.教育・啓発
9.自然環境の保護 10.受賞一覧 11.NECの環境憲章 12.コーポレートファイルのような目次構成で17ページに及ぶパンフレットが作成されている。地球・人間環境フォーラムの平成9年度、環境にやさしい企業行動に関するアンケート調査でも、回答を得た上場企業の26.2%、非上場企業の28.3%が報告書などにより環境に関するデータ、取り組みなどの情報を公開している状況が明らかにされている。
 (図2-15)
 ISO14000シリーズにおける環境マネジメントシステム規格の要素として、環境声明書の作成が位置付けられていることから、我が国企業の認証取得の拡大にあわせて、今後「環境報告書」の発行は今以上に拡大していくとみられる。

  第2項 消費者の環境問題意識
 企業の自主的な環境保全の取り組みが進展してくるなかで、消費者もしくは生活者としての個人の意識は変化しているのだろうか。
 経済企画庁が実施している国民生活選好度調査によれば、国民生活に係りのある数多くの具体的項目について、今の、あるいはこれからの生活によってどのくらい重要なことであるかを調べた結果を見ると、「大気汚染、騒音、悪臭などの公害がないこと」が、常に重要度が高い上位10位以内に入っており、かつその順位は経年的に上がってきている。
 (表2-13)
 このような結果になっているものの、実際の購買行動において環境にやさしい行動をとることについて、欧米人ほどの一貫性を有しないことがよく指摘された。しかし、1997年9月に国立環境研究所の青柳氏らが行った調査によれば、「環境を守るうえで最も重要な役割を担っているのは個人である」とする回答が、16〜29歳の若年層では全体の4割前後という結果になった。これは50歳以上の層で「環境を守る上で最も重要な役割を担っているのは国である」とする回答が最も多く、4割程度あるのと極めて対称的である。時代は少しずつ動いているように見える。また総理府が行っている「環境保全と暮らしに関する世論調査(1995年)は興味深い。
 (表2-14)
 結果は必ずしも、若年層で「多少の生活水準の低下もやむを得ない」という環境保全を優先する意見が多いわけではない。しかし、「国民1人ひとりの生活が直接の原因」という意見を持つ人には「多少の生活水準の低下もやむを得ない」と考える人が多く、「ほとんど産業活動が原因」という意見を持つ人には「生活水準を向上させることを前提」と考える人が多いことが読み取れる。また総理府が行った1996年の「地球環境問題に関する世論調査」の結果は(図2-16)である。
 また、気候変動第3回枠組み条約でわいた京都でも、地球温暖化をテーマにした市民環境モニターを対象にアンケートを行っている。アンケートは1997年6,7月、市環境モニター147人に対して実施、94.5%に当たる139人から回答があった。地球の「健康状態」については「重症」と認識している人が64%、「軽症」が23.7%で、より悪い「重体」も4.3%にのぼるなど、温暖化に懸念を示す回答が9割を超えた。日常生活が温暖化に影響を与えているか、の質問には「大いに与えている」が67.6%、「少しは与えている」29.4%で、97%が影響を与えている認識を示した。ヨーロッパなどで導入されている炭素税については「賛成」24.4%、「必要ならやむを得ない」54.6%で、肯定派が79%にのぼり、「反対」の16.5%を大きく上回った。また電気、ガソリン、灯油などの年間使用量を制限する考え方には「規制が必要」14.3%、「そこまでする必要はないが、制限することも考えないとダメ」62.5%で、「温暖化への強い危機感がうかがえる」(市環境保険局)結果となった。一方、身近な取り組みとして、マイカー使用規制について「進んで協力する」は20.1%、「ある程度協力する」55.3%となり、マイカー規制に協力してもよい、との回答が大半を占めた。
 今後、環境教育が普及し、環境負荷から生じる生活への悪影響が顕在化してくると、人々の内省的な意識が高まることは必至であろう。高くても環境にやさしい商品を買う、利便性を犠牲にしても環境にやさしい行動をとるというライフスタイルが普通のものになることが予想されるし、そう願いたい。


第3章 エネルギー需給と温暖化
 第1節 経済成長とエネルギー消費の増大
 18世紀末、イギリスの産業革命を主導したのは、蒸気機関を用いた力織機の普及による綿工業の機械化であった。綿工業の発展は鉄工業、石炭業、機械工業の発展を促した。その結果、石炭の大量消費が始まり、その結果として、大気中の二酸化炭素濃度は定常状態を脱し、上昇局面を迎えたのである。
 21世紀に入ると、ガソリンや軽油を動力源とする自動車の大量生産が始まり、灯油を主燃料とする航空機が長距離輸送の主力となり、石炭や石油を燃料とする大規模な火力発電所が電力の大量供給を開始し、家庭電化製品が急速な普及を遂げ、石炭や石油の大量消費を伴う重化学工業製品の生産高が急増したため、二酸化炭素排出量の増勢は一段と加速された。
重化学工業とは、重工業(鉄鋼、造船、車両・機械など)と化学工業(板ガラス、セメント、製紙、石油精製・化学など)を総称する称呼であり、そこに含まれる産業はいずれもエネルギー多消費的である。今日ある富の蓄積と生活の利便性は、二酸化炭素の排出量をひたすら増加させることにより達成された、つまり地球温暖化問題を解決するには、エネルギー需給のあり方を見直さなくてはならない。
 石炭・石油・天然ガス・水力・原子力・太陽光・地熱・風力などのことを「1次エネルギー」といい、電力・都市ガス・石油製品などのことを「2次エネルギー」という。
 二酸化炭素量を削減するには、2次エネルギー消費を削減(省エネルギー)すること、1次エネルギーから2次エネルギーへの転換効率を上げること、そして1次エネルギー供給に占める化石燃料の比率を下げることが必要である。1995年の統計になるが、各1次エネルギーの総1次エネルギー供給に占める比率は、石炭16.5%、石油55.8%、天然ガス10.8%、水力3.5%、原子力12.0%、地熱などの新エネルギー1.3%である。化石燃料が全エネルギー供給の83.1%を占めており、オイルショックに見舞われた1973年の94.4%に比べると相当減っているが、依然として、日本のエネルギー供給の化石燃料への依存度は高い。最終比率は、石油製品60.9%、石炭・コークス11.2%、電力20.9%、都市ガス5.7%、その他1.3%である。最終エネルギー消費は次のような部門別に分割される。産業部門(製造業、非製造業)49.6%、民生部門(家庭、業務―サービス産業)26.0%、運輸部門(旅客、貨物)24.5%。部門別最終エネルギー消費は(図3-2)に示す通りである。また、1次エネルギー供給構成の推移は(図3-3)の通りである。
 過去100年間にわたる日本経済の成長の過程をみながら経済成長とエネルギー消費の関係について論じたい。
 国内総生産(GDP)とエネルギー消費はほぼパラレルな動きをしている。
 (図3-4)
 しかし、経済成長率とエネルギー消費の伸び率である、エネルギー消費の「GDP弾性値」(1%の経済成長が何%のエネルギー消費の増加を伴うかを示す値)の時系列的推移を見ると、それなりのブレが観察される。
 1890年から1940年までは、エネルギー消費の伸び率は経済成長率を大きく上回っていた。言い換えれば、エネルギー消費のGDP弾性値は1.0を大きく上回っていた。ところが、1940年から1960年にかけての戦中・戦後には、エネルギー供給の不足を反映して、エネルギー消費のGDP弾性値は1.0を下回っていた。高度成長期(1960年から73年にかけて)を迎えると、弾性値は再び1.0を上回るようになった。この間、日本経済の重化学工業化がとめどなく進み、国民の所得水準の向上が、家庭電化製品の急速な普及を誘い、家庭用電化消費の急増を促したからである。
 1965年と1973年の耐久消費財の普及率を比べてみると、電気冷蔵庫は23.0%から94.7%へと、電気洗濯機は40.5%から97.5%へと、エア・コンディショナーは0%から12.9%へと増えた。テレビでは白黒からカラーへ置き換わった。電化製品が急速に普及した結果、1965年から73年にかけての8年間に、家庭用電力消費は2.7倍(平均年増加率13.4%)にもなった。自動車の急速な普及が始まったのも、ちょうどこの時期である。
 (図3-6)
 保有自動車台数(自動二輪、軽自動車を含む)は、1960年に340万台だったのが、65年には812万台、70年には1892万台へと激増した。(1994年には7010万台)輸送人・キロメートルで測った旅客輸送の輸送機関別内訳をみると、乗用車の占める比率は65年に17.8%、70年に42.3%と推移した。(1995年には59.1%)輸送トン・キロメートルで測った貨物輸送についてみると、貨物自動車の占める比率は、65年に26.3%、70年に39.1%と推移した。(1995年には52.7%)旅客と貨物を輸送するに当たり、鉄道と自動車の消費エネルギーの差は極めて大きい。輸送手段を船舶や鉄道から自動車へとさせてきたことが、運輸部門のエネルギー消費の堅調な伸びの過半を説明するのである。
 では、エネルギー消費の増加を伴わない経済成長は可能なのだろうか。1973年の第1次オイルショックを経て後、エネルギー消費のGDP弾性値は0.34へと大幅に低下した。すなわち、GDP1%の成長に伴うエネルギー消費の増加率は、高度成長期には1%を超えていたのが、オイルショックを経て後には、わずか0.3%程度にとどまるようになったのである。この間の弾性値の推移をもう少しきめ細かくみてみると、70年から75年にかけてが0.61、75年から80年にかけてが0.36、80年から85年にかけてが0.11であった。なぜ弾性値が低下したのかというと、国際原油価格の高騰に起因する2次エネルギー(電力、都市ガス、ガソリンなど)価格の急騰が、最終エネルギー消費の伸びを抑制したからに他ならない。
 1990年を100とする電力料金指数は、73年までは33.2と横ばいだったのだが、75年には62.4、82年には126.4にまで上昇した。また、同じく90年を100とする石油製品の平均価格指数は、73年に27.4だったのが、75年には69.7、82年には、157.1にまで上昇した。2次エネルギー価格が4ないし5倍高になったのだから、エネルギー消費の伸びが抑制されたのは当然の結果だといえる。
 第2次オイルショック後の3年間(1980年から82年にかけて)、日本のGDPは平均年率2.9%で成長したにもかかわらず、エネルギー消費は平均年率マイナス3.8%で減少する、という一見奇異なことが起きた。この3年間の動向を顧みる限り、エネルギー消費の増加を伴わない経済成長が現にあり得ることが実証されたことになる。なぜ経済が成長したにもかかわらず、エネルギー消費は増えなかったのか、その理由は以下のとおりである。
 まず第1に、エネルギー単位(例えば鉄1トンをるのに必要なエネルギー)が、あらゆる製造業において有意に低下したこと。この3年間、製造業各社は生産プロセスの省エネルギー化に全力を傾注した結果、製造業全体でのエネルギー原単位は21%も低下したのである。貨物運輸部門では、貨物トラックの積載率を向上させるなどして、貨物輸送の原単位(トン・キロメートル当たりのエネルギー消費)を4%減少させた。他方、旅客運輸部門の原単位(人・キロメートル当たりのエネルギー消費)は、乗用車の普及率の向上に抗しきれず1%増加した。
 第2に、エネルギー原単位の高い産業からエネルギー原単位の低い産業へと、産業構造の重点が着実に推移したこと。製造業からサービス産業に産業構造の重点が移行すればするほど、また同じ製造業でも、鉄鋼、セメントなどの重化学工業から、電子部品や電子機器のような加工組立型産業に重点が移行すればするほど、マクロのエネルギー原単位すなわちGDP1単位当たりのエネルギー消費は減少する。
 第3として、民生用エネルギーの消費の増減は、気温に依存するところが大きい。1982年は冷夏と暖冬が同時に起きたため、家庭用と業務用のエネルギー需要はともに目に見えて減少した。79年と82年を比べると、冷房度日(平均気温が24度を超える日の平均気温と22度との差の合計)は全国平均で42%も低下し、暖房度日(平均気温が14度を下回る日の平均気温と14度との差の合計)は全国平均で7%低下した。その結果、冷房用エネルギー消費は2%減少し、暖房用エネルギー消費は14%も減少し、家庭用エネルギー消費の総量は1%の減少を見た。極端な冷夏であったにもかかわらず、冷房用エネルギー消費の減少幅が小さかったのは、この時期、エア・コンディショナーの普及率が急伸したためである。1980年に41.2%だったエア・コンディショナーの普及率は1985年には54.6%にまで高まった。80年から82年にかけて冷夏が続いたため、エネルギー高価格のもとで家計は、気候異変の恩恵を大いに授かったことになる。同様の恩恵は、業務(サービス)部門の冷暖房用エネルギー消費にも及び、床面積の増加にもかかわらず、業務部門の冷暖房用エネルギー消費はともに減少したのである。
 1980年から82年にかけての3年間、私たちは「エネルギー消費の増加を伴わない経済成長」という不思議なことを経験したのだが、冷夏という天の恵みを割り引くにしても、今後の省エネルギーを考える上で、この3年間の経験から学ぶところが多くある。なおこの間、二酸化炭素の排出量は7.5も減少した。

 第2節 省エネルギー
 1986年以降、エネルギー消費のGDP弾性値は再び1.0に接近した。85年から86年にかけて、原油輸入価格が40%も下落したのが、エネルギー消費が再び増勢に転じたことの主たる原因であった。原油価格の下落が2次エネルギー価格を押し下げたことは、もとよりいうまでもない。実際、85年から90年にかけて、電力料金は21%も下落した。また、85年から88年にかけて、石油製品の平均価格は39%も下落した。その当然の結果として、エネルギー消費が伸びたのである。2度のオイルショックによりエネルギー価格が上昇したとき、エネルギー消費は目に見えて減った。1986年の逆オイルショック、すなわち原油価格の予期せざる急落を受けて、エネルギー価格が下落したとき、エネルギー消費は目に見えて増加した。この2つの事実は、エネルギー需要もまた、価格に対して十分に弾力的であることを示している。
 80年代後半、日本経済はバブル経済期に突入した。エネルギー価格の下落の影響もさることながら、人々のライフスタイルが、エネルギー多消費型のそれへと急旋回を遂げつつあったこともまた見逃せない。その頃次々と売り出された3ナンバーの高級車が、燃料効率という点で小型車に劣るのはいうまでもない。乗用車の保有台数もまた、この時期、加速度的な増勢を示した。80年から85年にかけて乗用車の保有台数は430万台増えたのに対し、85年から90年にかけては660万台も増えたのである。大型冷蔵庫、大型テレビなど、家庭電化製品の大型化が進んだのも、また待機電力を無駄遣いする家電製品のリモコンが普及し始めたのも、ちょうどこの頃であった。単に電力多消費の大型家電製品が急速な勢いを駆って普及したのみならず、ぜいたくを格好良いとするライフスタイルの美意識の蔓延が、エネルギー消費を押し上げた効果もまた見逃せない。「もったいない」という言葉は無論のこと、省エネルギーという言葉ですらが、80年代後半には、死語同然と化していた。地価急騰のあおりを受けて、不動産投資が過熱し、高級(エネルギー多消費的)なホテルや貸しビルの建設が進んだことも、業務用エネルギー消費を押し上げた要因として見落とせない。エネルギー消費の増減は、所得と価格の変動によって概ね決まると考えられがちだが、民生部門や運輸部門のエネルギー需要は、流行、ライフスタイル、気温などの非経済的要因に依存するところもまた極めて大きいのである。
 さまざまな要因が合わさった結果、86年から91年にかけての5年間に、最終エネルギー消費はなんと22.0%(平均年率4.1%)も増えた。80年から86年にかけての最終エネルギー消費の増加率はわずか2.7%(平均年率0.4%)にとどまったことと照らし合わせると、バブル経済期におけるエネルギー消費の伸びが、いかにすさまじかったのかが思い知らされる。86年から91年にかけての最終エネルギー消費の伸び率を部門別で見ると、産業部門は19.2%(平均年率3.6%)、民生部門は24.5%(平均年率4.5%)、運輸部門は27.6%(平均年率5.0%)であった。なお、この間の実質経済成長率は4.8%であった。また、86年から91年にかけての5年間に、二酸化炭素排出量は21.6%(平均年率4.0%)も増えた。
 地球温暖化防止のために二酸化炭素排出量を削減するには、何よりも省エネルギーが必要である。また、省エネルギー対策は、その費用が効果を上回らない限りにおいて、やって損のないノー・リグレット・ポリシーでなければならない。
 最終エネルギー消費の47.3%を占める産業用エネルギー消費は、国内総生産のレベルによって大きく左右される。例えば、年間の鉄鋼生産高が1億トンから1億2000万トンに増えれば、鉄鋼生産のために必要なエネルギーは概ね20%近く増えるだろう。鉄鋼の生産高は製鉄会社が勝手に決めるのではなく、需要があって初めて決まるのだから、鉄鋼の生産量が増加したために、鉄鋼業のエネルギー消費と二酸化炭素排出量が増えたからといって、製鉄会社が責めを負ういわれは全くない。責めを負うべきなのは、むしろ鉄鋼を需要する側である。なぜなら産業用のエネルギー消費を削減するためには、生産プロセスにおける省エネルギーに加えて、リサイクルを制度化することによって、素材としての鉄鋼、セメントなどの消費を削減しなければならないからである。
 産業部門のエネルギー消費は、次の3つに依存して変わる。第1、生産量の変化、第2に産業構造の変化。そして第3にエネルギー原単位の変化、すなわち1単位の生産に必要なエネルギー量の変化。エネルギー原単位を向上させるには、省エネルギー技術の進歩に委ねざるを得ない。産業構造のサービス化、素材型産業から加工組み立て型産業への産業構造の転換はエネルギー消費を削減する。産業部門のエネルギー消費は、1973年から82年にかけて21.5%低下したが、上の3つの要因それぞれの寄与度をみると、産業構造の転換の寄与もさる事ながら、エネルギー原単位の低下の寄与度が圧倒的である。
 第1次オイルショック以降、石油の高価格化に対して適応すべく、エネルギー多消費型の大型企業を中心とする製造業は徹底的な省エネルギーに努めた。だからこれ以上の削減は難しい。産業構造の転換の余地はまだ残されているとはいえ、円高による素材型産業の生産拠点の海外移転が、世界全体のエネルギー消費と二酸化炭素排出量を増やすことを懸念する向きもある。以上のような点から、化石燃料の消費削減のためには、中小製造業の省エネルギー、そして近時、増勢を強めている運輸部門と民生(家庭と業務)部門のエネルギー消費の削減を主軸に考えていかなければならないということになる。
 最終エネルギー消費の14.2%を占める家庭用エネルギー消費の多い少ないは、住宅の壁面、床、窓ガラスの断熱効果によるところが大きい。家庭用エネルギー消費の約50%が冷暖房用だからである。新築に際して壁と床に断熱材を使用したり、窓ガラスを2重にしたり、日当たりや通風を良くすることによって、冷暖房用エネルギー消費を削減することができる。また、テレビ、エア・コンディショナーなどのサイズを適性化するよう心がけ、白熱灯である必要のない照明を蛍光灯に取り替えることにより、電力消費を相当削減できる。外出する際などに、テレビ、ビデオ、ポット、トイレの便座などのコードをこまめにコンセントから抜くことにより、家庭用電力消費の15%を占めるといわれる待機電力消費を削減するのも、多少の手間はかかるが有効な対策である。いまだ高価に過ぎるとはいえ、政府が適切な施策を講じることにより、太陽電池を住宅の屋根に取り付けようとする動機づけることができれば、その効果もまた大きい。
 以上のような省エネルギー対策は、それが実践されたからといって、私たちの生活水準が劣化するようなことはない。絶え難いほどの無理や我慢を消費者に強いるわけでもない。保つべきなのは生活水準であって、エネルギー消費量でなない。家庭用エネルギー消費を削減するための対策を、政府が各家庭に強制するわけにはゆかないし、また、目下の電力料金やガス料金のもとでは、これらの政策は経済的には必ずしも引き合わないため、消費者が自主的に対策を実施することもまた期待できない。しかし、温暖化を防止するには、これらの対策をできるだけ早く、また、できるだけ大規模に実施すべきであるからには、消費者に対策を動機付けるための政策的措置が必要になってくると思う。
 最終エネルギーの24.5%を占める運輸用エネルギー消費の内訳をみると、旅客輸送が62.6%、貨物輸送が37.4%を占めている。輸送機関別にみてみると、自動車が88.1%、鉄道が2.4%、船舶が4.5%、飛行機が4.9%となっており、運輸用エネルギー消費の90%近くを自動車が占めている。今日までの過程から、旅客輸送と貨物輸送の伸びはともに、実質経済成長率に強く関わっているように思える。
 旅客と貨物の輸送需要を所与としたとき、自動車から鉄道への輸送のモーダル・シフトが進めば、どのくらいエネルギー消費を減らすことができるのかを試算してみると(95年実績)、仮に旅客と貨物の自動車での輸送量の20%を鉄道にシフトさせたとすると、最終エネルギー消費の約3.8%を節約することができる。その結果、旅客輸送に占める自家用乗用車の割合は59.1%から46.5%に低下する。また貨物輸送に占める貨物自動車の割合は、52.7%から42.2に低下する。
 日本の産業界では省エネ法に基づく措置による省エネ対策が進められている。主要な省エネルギー設備は、欧米諸国に先駆けて積極的に導入されている。
 (表3-1)

 第3節 石油代替エネルギー
  第1項 新エネルギー
 二酸化炭素排出量の削減を行うには、省エネルギーとともに、二酸化炭素を排出しないエネルギー源への転換をはかってゆく必要があり、再生可能エネルギーの導入が望まれる。再生可能エネルギーとは、太陽、風力、水力、地熱、バイオマス(生物有機体をエネルギー資源として用いる方法で、糞尿をメタン発酵させるなど)、海洋エネルギーのことを指している。(これに廃棄物発電などのリサイクルエネルギー、コージェネレーションなどの従来型エネルギーの新利用形態を加えたものを「新エネルギー」という)
 政府は1994年12月、新エネルギーの導入に向けて、国全体の基本方針である「新エネルギー導入大綱」を決定し、新エネルギー政策を進めていくとしている。しかし、日本において大きな潜在的可能性が見込まれている風力は、2000年に2万キロワット、2010年に15万キロワットとごく小さな目標値になっている。さらに新エネルギー全体の目標値も、2010年時点においても、1次エネルギー総供給量の3%にしか過ぎず(表3-2)、新エネルギーに力を入れているデンマーク、ドイツなどとは、ほど遠い数値である。
 (表3-3)
 デンマークでは、1990年5月に発表された「エネルギー2000」計画によると、2005年までの再生可能エネルギーの達成目標値は全エネルギーの12%であり、最終的には2025年までに全エネルギーの35%までをまかなうことになっている。このうち、風力発電量の2005年までの目標値は150万キロワットで、電力需要の10%である。
 日本に目を戻して、新エネルギー導入大綱の中で、最も高い導入目標値が設定された太陽光発電についてみていきたい。
 太陽光発電については、実用化のための技術開発が進んでおり、その成果として世界でもトップクラスの変換効率を達成するなど、多くの成果を挙げている。問題となるコストは、最大出力当たり数百万円/キロワットしていた太陽電池が、60万円/キロワットを切るところまできている。1994年度から始まった通産省の半額助成制度により、急激にコストダウンが進んでいる。
 (図3-7)
 しかし、1996年度における自宅用3キロワットの価格は、システム全体で350万円であり、モニターに採用されれば1キロにつき50万円の助成が行われ、消費者の負担は200万円と、まだ高額である。この負担額が100万円を切るようになれば、普及は飛躍的に進むものと見られている。ちなみに導入実績は、1995年3月末時点で約2万キロワットとなっている。
 しかし、電力中央研究所の試算によれば、「種々の制約条件を考慮した上で、実際に設置可能な普及規模」は、日本全国で2474万キロワットもあるという。これは原子力発電所20基にも相当する数字である。また、以前日本太陽エネルギー学会会長である、大阪大学の濱川圭弘教授の試算によれば、個人住宅45万棟の屋根の50%に20キロワットの太陽電池パネルを設置すると、日本の総発電量の45%をまかなうことができるという。
 新エネルギーについては、長期的には大きな潜在力を有しているものの、現状では、技術的、経済的制約などにより、1次エネルギー総供給におけるシェアは1%で停滞している。ただ、環境負荷の小さい国産エネルギーとして、また需要地との近接性によるエネルギー損失の少なさ、負荷平準化に資するなどの利点を有していることを踏まえると、その導入拡大に最大限取り組むべきである。技術面では、システム構成要素の効率向上や信頼性の立証・確保、建材一体化技術の確立、量産化技術の確立などが今後の課題である。
 
 第2項 原子力
 1997年の京都会議において、2008年から2012年の1990年比での温室効果ガスの削減率が定められ、日本は6%という数字が課せられた。政府は基本的に、その削減率を原子力発電所20基増設で取り組もうとしている。しかし、原子力発電所の立地に際しての「パブリック・アクセスタンス」(公衆の容認)の問題もあり、少なくとも日本では立地に著しい困難がつきまとっているし、その前途はいたって厳しいと言わざるを得ない。1997年11.12月に財団法人社会経済生産性本部で、全国の成人5500人を対象(回答数1890)としたエネルギー(原子力)に関する世論調査を行っている。意外にも原子力について、前向きの回答が多いように思える。
 (表3-4)
 しかし、1999年9月に起きた茨城県東海村の臨海事故では、放射能が施設の外に漏れたことから、今後さらに難しくなると思う。
 確かに原子力自身は二酸化炭素を排出しないが、ウランの採掘に始まる核燃料サイクルや原子力発電所の建設、放射性廃棄物の処理、処分のためには、化石燃料が大量に必要である。さらに、重大事故の危険性、地震災害の危険性、平常時運転の微量放射線の危険性、灰炉の処理問題、核拡散の危険性、地球環境に重大な影響を及ぼす放射性廃棄物の処理問題など、原子力発電の抱えている問題はあまりに多い。特に、何万年にもわたって管理が必要とされる高レベル放射性廃棄物の処理については、いまだ見通しが立っていない。原子力発電が、将来の世代及び環境に重要なツケをまわす技術であることは明らかである。原子力が環境負荷の少ないエネルギーであるなど、全く事実に反するのである。
 原子力発電は、1990年代に入り、立地から運転までのリードタイムが長期化しており、1996年8月に行われた原子力発電所建設をめぐる新潟県巻町の住民投票で「ノー」が出るなど、電力会社がこれを供給源として重要視するのは厳しい状況にあるといえる。
 では実際、電力供給会社、東京電力では地球温暖化における原子力発電をどう見ているのだろうか。1998年度東京電力では、提供した電気の46%が電子力発電であり(表3-5)、電子力による電力量は年々増えつづけている。
 (表3-6)
 今後も電力需要の増加が見込まれる中で、長期的な安定供給の確保、地球温暖化防止などの観点から、「安全性の確保」と「国民の理解促進」に取り組みながら、約4割の電子力比率を保っていきたいという。


第4章 温暖化防止対策 
 第1節 経済システム改革としての炭素税 
  第1項 経済措置としての炭素税
 地球温暖化を防ぐための国内での対策は、大きく分けて3つある。1つは自主的取り組み、2つめは規制的措置、そして3つめが炭素税導入などの経済的措置である。経済団体連合会は、自主的取り組みと環境倫理によって温暖化を防げるとの見解を早い時期から提示している。
 1996年7月に発表された「経団連環境アピール」は、次の3つを重要課題に挙げている。個人や組織のありようとしての環境倫理の再確認。経済性の改善を通じて環境負荷の低減を図る環境効率性の実現。それと自主的取り組みの強化。しかし、このアピールをみてもピンとくるものがない。それだけでいいのだろうかと、思ってしまう。なぜならそのアピールは、近年の日本経済を取り巻く環境の変化への適切な配慮を欠くのではないかと思うからである。80年代半ば以降、経済の国際化・自由化が着実に進展しつつあり、今や行政改革と規制緩和、そしてグローバル・スタンダードへの平準化が、最優先の政治課題に掲げられるようにさえなった。戦後50年余りを経てようやく、戦後復興期から高度成長期にかけて有効に機能した日本型制度・慣行の色々が、今日的な時代文脈にそぐわないことがあらわになり、その抜本的な改編が迫られつつあるのが現状である。
 話を環境問題に限るにしても、60年代後半から70年代前半にかけて、悪化の一途をたどっていた産業公害と都市郊外、特に都市の大気汚染と水質汚濁は、その後数年のうちに見違えるほどにまで改善された。大気と水質の浄化に大いなる貢献を果たしたのが、企業の環境倫理と自主的取り組みであり、また、自主的取り組み推進のための旗振り役を買って出たのが、各種業界団体とその元締めの経団連であった。しかし、各種規制の緩和・撤廃に伴う経済の自由化・国際化の急進展が、業界団体や経団連主導の秩序維持を次第に難しくしつつある。つまり、中央省庁による業界団体への行政指導という、日本特有の上位下達の仕組みが、経済の自由化・国際化に伴い風化しつつある。厳しい市場競争にさらされている中小の新規参入企業に対して、環境倫理を再確認せよ、環境保全の自主的取り組みに励めというのは、かなり無理なことのように思える。
 過去数年間、二酸化炭素排出量もエネルギー消費も、産業用はほぼ横ばい、家庭用、運輸用は増勢と保ちつづけた。
 (図4-1)
 1995年の二酸化炭素排出量は、1990年比で8.3%増えたが、部門別に見ると、産業用0%、民生用16%、運輸用16%の増加であった。こうした部門間のアンバランスの意味するところは、環境倫理や自主的取り組みを個々の消費者に求めるのがいかに難しいかである。同じことが、競争的市場に新規参入してくる中小企業についてもいえるはずである。大企業には自主的取り組みをするだけの余裕があるのに対し、中小企業にはとてもそんな余裕はない。その結果、全体としての二酸化炭素排出量は増加してしまう。
 そのような現状認識を前提とする限り、環境倫理と自主的取り組みを2本の柱とする「経団連アピール」は、今日的な時代文脈にそぐわないと思う。もちろん、企業の自主的取り組みによって二酸化炭素排出削減目標が達成されるのなら、それに越したことはない。また、産業界の旧来の秩序が今後とも維持されるのなら、自主的取り組みの有効性は保たれる。しかし、5年先、10年先、そして将来のことを考えると、環境倫理と自主的取り組みだけに委ねるとは思いたくない。
 規制的措置についても触れたい。1997年、日本でも環境アセスメント法の話が出た際、環境アセスメントの法制化をめぐる論議の中で「環境アセスメントを法制化して民間企業にアセスメントを義務付けるのは、規制緩和の潮の流れにさおをさす時代錯誤である」との批判が出た。さらには自由主義社会の原理・原則にそむくとさえまで。しかし、今日、一方において規制緩和が進むからこそ、他方において守らなければならないルールを明文化する必要があるのではないのかと思う。しかしやはり、規制的措置の効果はあまり期待できない。炭素税や排出権取引などの経済的措置は規制的措置に比べてより効果的である、すなわち、より安い費用で同じ効果を達成できるし、技術革新を誘発する効果もまた大きい。なぜなら二酸化炭素排出削減のための規制的措置を講じるには、省エネルギーに供する既存の機器のリストを作り、それぞれの可能性を見極めた上で、規制または基準を定めて、それらの機器を半ば強制的に普及させようとするからである。規制的措置は、一定の効果が期待されるものの、新しい技術開発を促す効果までを期待することはできない。つまり、民間企業や家計の創意工夫を抑圧するのが、規制的措置の欠点である。

  第2項 炭素税の有効性
 地球温暖化の主な原因である二酸化炭素の排出を抑制するため、石油など、化石燃料に課税する炭素税の導入に関する議論が活発している。また経済協力開発機構(OECD)は加盟国に導入を勧告するなど、世界的な動きとなっている。
 環境庁は1996年6月、環境問題の解決には経済的手法の活用が不可欠と報告し、同年7月には、炭素1トン当たり3000円(ガソリン1リットル当たり約2円)の炭素税をかけ、年間約1兆円の税収を二酸化炭素の抑制事業に対する補助金に当てれば、2000年の二酸化炭素排出量を1990年水準に抑制できるとする報告書をまとめている。特に民生・運輸部門においては効果を発揮するといわれている。
 これに対して経団連は、「安易な炭素税の導入は日本経済の高コスト構造をさらに強める、国際競争力が低下する恐れがある、また産業界だけに負担を求めることになりかねない。」という理由のもとで、1996年11月経団連はドイツ産業連盟(BDI)と共同で、「炭素税反対」の宣言を発表した。両者共に「二酸化炭素の抑制は炭素税という国家規制ではなく、あくまでも自主規制に任せるべき」という立場をとっていた。その際ドイツ産業連盟は、もし自主規制を達成できない場合は、自らペナルティを課す、と明言しているのに対し、我が国の経団連はペナルティには触れていない。しかし、その後ドイツでは、1999年4月より環境税が導入されている。地球温暖化は切迫した問題であり、経済発展を前提とする反対理由は、もはや国際社会では通用しない、ということなのではないのだろうか。
 経団連などからの反対を受けて、1997年7月「環境に係る税・課徴金等の経済的手法研究会」が、エネルギー多消費型産業への課税を軽減することや、特定産業部門は全体を非課税とするなどのオプションを加え、産業界に優遇、配慮した環境税四案を提示している。
 (表4-1)
 特徴としては、炭素換算に限るということではなく、炭素プラスエネルギーの発熱カロリーで課税額を決めるということである。これは炭素税導入が、原発の推進につながるという批判にこたえたものだと考えられる。
 二酸化炭素排出量を減らす上で、炭素税が有効であることは間違いない。オイルショックの際に、原油価格の高騰を受けて石油消費が極端に減ったことは、つまり、どんな財・サービスに対する需要であっても、価格に対して多かれ少なかれ弾力的だからである。すなわち価格が上がれば需要は減るし、価格が下がれば需要は増えるということである。
 そこで炭素含有量に応じて化石燃料に課税を施し、化石燃料の価格を人為的に引き上げることにより、炭素含有量の多い石炭や石油から、炭素含有量の相対的に少ない天然ガスへの燃料転換を促し、二酸化炭素を排出しない再生可能エネルギーの利用を促し、そしてガソリンや電力などの2次エネルギーの短期的かつ中長期的な節約を促そうというのが、炭素税の本来のねらいである。目下のところ、環境庁、環境保護団体、経済学者のほとんどが、炭素税の導入に賛成とする立場に立つ。他方、鉄鋼などのエネルギー多消費型産業界、石油業界、経団連、そして通産省は、炭素税の導入に不賛成とする立場に立つ。
 二酸化炭素の排出に対してかけられる炭素税の税率は、地球温暖化によって、将来の世代がこうむる被害の大きさを反映したものとなることが望まれる。実際政府は、今のところ酸素1トン当たり3000円の炭素税で検討しているようだ。この数字は、二酸化炭素は大気中に放出すると、ずっと遠い将来の地球環境に影響を及ぼし、将来の世代にまで地球温暖化の被害をもたらすことになる、ということを前提として推計されたもの。
 炭素税の制度を採用することによって人々は、化石燃料の消費をできるだけ少なくするように努力するだろう。また、都市をつくったり、新しい交通機関を設計するときにも、二酸化炭素の大気中の排出が少なくなるように配慮することになる。政府としては、適切な税率を設けることで、人々へ二酸化炭素削減という意識を促すように努めなければならない。
 炭素税に関するアンケート結果がある。自主的取り組み、規制、炭素税に関する上場企業973社のアンケート調査(環境庁)によると、「自主的取り組みだけで十分だから炭素税導入に反対」が10.6%、規制的措置だけで十分だから炭素税導入に反対」が28.7%、「自主的取り組みだけでは不充分だから炭素税導入に賛成」が32.5%という結果が得られた。日本経済新聞(1996年11月8日)の企業アンケート調査によると、47%が「何らかの炭素税導入に賛成ないし反対しない」と答え、36%が「炭素税に反対」と答えた。朝日新聞(1997年8月31日)の主要100社を対象とする企業アンケート調査によると、炭素税について「薄く広くかけるなら賛成」との答えが37社(製造業24社、非製造業13社)、「温暖化防止に有効なので積極的に賛成」の答えが5社、「世の中の流れだから仕方がない」が2社、合計44社が炭素税の導入に賛意を表明した。また、朝日新聞の世論調査(1997年6月21日朝刊に掲載)によると、84%の人が「経済成長や景気に多少影響があっても、二酸化炭素排出量を減らすべきである」と答え、58%の人が「今後、炭素税が必要になる」と答えた。このように、我が国の世論は炭素税導入を支持する方向に傾きつつある。
 つぎに化石燃料の需要の価格弾力性についてみていきたい。化石燃料への需要が価格に対していかほど弾力的なのかを統計的に推し量ることは難しい。価格の変動に対する各種化石燃料の需要の反応を示す指標、すなわち需要の「価格弾力性」(価格が1%上昇するに伴い、需要が何%減少するかを示す値)が、代替エネルギーの利用可能性、それらの価格、経済成長率、産業構造、ライフスタイルなど、時間的に不変でない様々な要因に強く依存するからである。
 同じ価格弾性値とはいっても、短期と長期の違いもある。仮に石油の価格だけが上がったとしても、石油から天然ガスや石炭に燃料を転換するには、燃焼機器を取り替える必要があるため、石油の需要がすぐに減るわけではない。また、目下のところ、自動車を走らせるにはガソリンか軽油が不可欠である。したがって、ガソリンや軽油の値段が上がるにしても、短期的には節約するしかないわけだから、石油製品の需要の短期の価格弾性値はさほど大きいとは思えない。しかし、機器の交換をも視野に入れた、長期の価格弾性値は決して小さくはない。
 炭素税による化石燃料の需要抑制効果(中長期の価格弾性値)を高めるためには、例えば自動車の燃費基準、電化製品の消費電力基準、建物の断熱効果に関する基準などを強化することが考えられる。その他、公共交通機関を整備したり、太陽電池やハイブリッド・カーの普及を推し進めるための補助金を導入したり、税制面での特典を与える(例えばハイブリッド・カーの取得税を免除し、保有税を半額にする)などの措置が考えられる。炭素税がガソリン価格を上昇させるとはいえ、それが自動車の走行距離を短縮する効果、通勤手段を自動車から電車・バスに変更する(モーダル・シフト)効果などをひとくくりにしての、ガソリン需要の短期の価格弾性値は差ほど大きくはない。しかし、次に自動車を買い換えるとき、燃費効率の良い自動車を選ぶことを動機づける効果、すなわち中長期の価格弾性値は決して小さくないはずである。もともと需要の価格弾性値とは絶対的に定まった数値などではなく、所与の制度的枠組みのもとでの、企業と会計の合理的行動の結果として決まる、あくまでも相対的な数値なのである。政府は炭素税の導入を図ると同時に、化石燃料の需要の価格弾性値を高めるための適切な制度改革をすべきである。

  第3項 諸外国での炭素税導入の現状
 気候変動防止政策として二酸化炭素の人為的排出を抑制するという、明確な政策目的を持って炭素税を導入している国は、スウェーデン、ノルウェー、デンマーク、フィンランドの北欧4カ国とオランダ、そして今年の4月から導入されたドイツの、計6カ国とまだ少ない。北欧諸国の実例は、炭素税を主たる政策手段とする国(スウェーデン、ノルウェー、およびデンマーク)と、一般環境税、その他の税制を補完する手段とする国(フィンランド、オランダ)に分けることができる。ドイツに関しては今年4月から導入されたということもあり、どちらに分類されるかは確認できませんでした。
 いずれの国も日本とは異なり税収中立(増減税同額)を原則としていて、炭素税導入と同時に法人・個人の所得税減税が施行され、炭素税収は一般会計に繰り入れられる。スウェーデン、ノルウェーデンマークでは、炭素税の導入の際に包括的な税制改革、または既存税制の大幅な見直しが行われている。それぞれの国の状況についてみていきたい。
 (表4-2)
 ●フィンランド
 1990年1月に炭素税を導入したが、これが欧州における最初の炭素税であったといわれる。しかし、翌年には早くも改正されている。この国の炭素税は、燃焼用消費の鉱油、天然ガス、石炭、ピートに対して各燃料の炭素含有量に応じた課税であり、これと自動車用燃料に負荷的に課せられた消費税を併せて「環境損失税」と呼んでいる。環境損失税は特定部門に対する減税措置がないだけ、炭素税本来の趣旨に合致しているが、税率が低いために化石燃料の消費を抑制する効果は少ないとみられている。自動車燃料に対する環境損失税は、燃料消費への課税に比べてはるかに大きい。また環境関連の課徴金として、石油製品には環境損失税の他に石油汚染料が課せられている。1993年には、炭素税率の大幅な改定に加えて「新電力消費税」も導入されている。炭素税率は炭素1トン当たり約3500円(ガソリン1リットル当たり3.1円)となっていて、原材料として使用される場合、国際航空・船舶用燃料、風力発電は非課税とされている。また併せて1000kwh当たり87円のエネルギー税も課せられている。
 ●スウェーデン
 1991年1月から、エネルギー税制の体系的な改革の一環として炭素税とエネルギー付加価値税が導入され、従来からの燃料税は50%に引き下げられた。1992年には、化石燃料による発電に炭素税を課税し(導入は1994年)、石油および石炭火力には、炭素税率に加えて硫黄税も課税すべきであると提案された。1993年1月の税制改革では炭素税率の引き上げが行われたが、産業部門に対しては炭素税率が引き下げられると共に、非エネルギー用燃料に対するエネルギー税が撤廃され、他部門への炭素税増税とガソリン税増税により補われることになった。これは、他の北欧諸国が自国産業に対して、炭素税の軽減措置を実施したことによるものと考えられている。税率は1トン当たり22000円(ガソリン1リットル当たり14円)で、炭素税導入国の中で最も高い税率となっている。スウェーデン自然保護庁の報告によれば、1987年と1994年の二酸化炭素排出量を比較すると、民生・産業部門全体では約19%減少したという。このうち炭素税の効果によるものは約60%と評価されている。
 ●ノルウェー
 スウェーデン同様、ノルウェーでも1991年1月にかなり本格的な二酸化炭素税が導入され、1992年には税率の引き上げと課税対象の拡大が行われた。二酸化炭素税は、石油・石油製品、天然ガス(使用分およびオフショア生産での排燃分)に課税される。92年からは石炭、コークスにも課税されるようになった。ただし、金属産業の生産工程での使用分は非課税である。石油製品のうち、外航船用油、航空機燃料、沿岸航海および漁業用船用油は非課税とされる。なお、本土における燃料油にはすべて課税される。他の炭素税導入国と異なり、エネルギーの炭素排出量に比例した税率が設定された。税率は各燃料ごとに異なっていて、炭素1トン当たり約11800円から24500円となっており、1995年まで毎年上昇している。二酸化炭素税導入に際し税制改革を伴ったわけではないが、税負担が増大しないよう所得税の減税が行われている。ノルウェー中央統計局によれば税導入により、1991年から1993年の二酸化炭素排出量は1年間に約3〜4%減少し、約30万トンの二酸化炭素の排出が抑制されたとの報告がされている。
 ●デンマーク
 1992年5月に炭素税が導入された。当初3月の予定が2ヶ月遅れた理由は、EC委員会の自由競争に対して障害になることを懸念して検討を加えたためである。導入後の動きとしては、免税扱いの産業用燃料消費に対して、1993年1月から50%の税額還付のもとに炭素税が導入されたことである。この国の炭素税の特徴は、これまで課税されていなかった産業の燃料消費に対して課税されることと、電力の課税が石炭、重油、天然ガスなどの発電燃料に課税されるのではなく、電力の最終消費を対象にしていることである。1996年に税制改革が行われ、炭素税に加えて、二酸化炭素・エネルギー税、天然ガス税、ガソリン税の引き上げなどからなる包括的な新環境・エネルギー税制が導入された。これによりガソリン、天然ガスおよびバイオ燃料を除くすべての二酸化炭素排出源に対して、炭素税が課せられることとなり、税収は基本的に省エネ投資のインセンティブとしての活用、企業の社会保障負担の軽減、中小企業者に対する補助金に使用されている。
 ●オランダ
 1990年2月に国家環境政策計画(NEEP)の実施に関連した歳出増加をまかなうために、一般燃料課徴金が増税され、二酸化炭素排出量をベースとした炭素税がこの中に含まれることになった。1992年7月から、一般燃料課徴金に代えて、エネルギー分50%、炭素分50%を課税標準とする、新たな燃料に対する環境税が導入された。税収のうち使途特定は廃止され、一般財源に繰り入れられることになった。この制度改正により、燃料への課税は全体として増税になった。税率は炭素1トン当たり約2600円。ガソリン1リットル当たりでは1.7円となっている。
 ●ドイツ
 最後にドイツでは今年4月より環境税が導入された。今年11月には環境税の改正法案が可決され、これによりガソリンや電気料金が段階的に値上げされる。法案によると、環境税の中心となっているガソリン価格は、2000年から2003年まで1年ごとに約3.6円ずつ値上げされるほか、電気は同じ期間に1キロワット時当たり約2.4円ずつ引き上げられる。環境税の増税分で年金保険料を段階的に引き下げるという。4月の環境税導入時には、ガソリン価格や電気・ガス料金の値上げに伴って、年金保険料が20.3%から19.5%に引き下げられた。

 いずれの国においても、これらの税は国際的枠組みとは無関係に独自に導入されているため、国際貿易・投資に及ぼす資源配分上のゆがみ、あるいは国内所得分配に及ぼす影響などへの配慮から、産業別・エネルギー使途別に特例が設けられている場合が多い。
 ヨーロッパ諸国における地球温暖化防止政策としての炭素税/環境税の経験から、次のような点を学ぶべきだと天野明弘氏は「地球温暖化の経済学」の中で記している。
 「第1に、地球温暖化防止措置としての二酸化炭素税が、各国独自で導入されており、その税率は高く、また導入当初に比べて引き上げの方向で改定されてきている。これは、これらの国々における環境問題への社会的関心の強さを表すと同時に、地球温暖化防止政策としての経済的手段の合理性が、これらの国々では社会的に承認されていることを示している。第2に、かなり本格的な炭素税が導入される場合には、税制の見直しが行われていることである。これは、税収が大きく増加し、従来から存在していたさまざまなエネルギー関係税制の整理が可能になること、エネルギー・コストの上昇を相殺するような他の減税(例えば企業の社会保障負担の軽減)が行われ得ること、投資抑制的な税の軽減が可能になること、炭素税/環境税の政治的受容性を高めるための所得税減税も行い得ることなどの理由によるものである。第3に、地球環境問題への配慮とともに、その他の環境改善を目的とした環境税も同時に導入・強化されている。すなわち、単純な炭素税としてではなく、エネルギー税、その他の環境税、一般間接税などと組み合わせて実施されている場合が多い。第4に、単独導入のため、国際競争にさらされている産業の競争力低下が懸念される場合には、課税の軽減もしくは免除が考慮されていることである。地球環境問題への効率的対応という観点からは、炭素税は本来すべての国で同じ税率で導入されるべきものであるが、単独での採用を決定する場合には、このような配慮もやむを得ないであろう。他の国々がまだ導入していないからという理由で決定を延期するのは、むしろ国際的な取り組みを阻害することになる。」と。

  第4項 経済に及ぼす影響
 先にも述べたが、炭素税をめぐりこれまで環境庁の検討会が、ガソリン1リットル当たり2円、炭素1トン当たり3000円を課税し、その税収を二酸化炭素排出の抑制技術の開発に回せば2000年の二酸化炭素排出量を90年レベルに抑制できると報告している。これに対し、通産省や経団連は「実効性を持たせるには高い税率が必要で、国内経済成長を鈍らせる恐れがある」「国際競争力を失い、生産の海外移転を招く」などと指摘し、議論がかみ合っていない。確かに、二酸化炭素量と国内総生産の値は比例している。
 (図4-2)
 では本当に炭素税は経済成長を純化させるのかみていきたい。
 (表4-3)は、OECDで行われたグローバル・モデルの比較ワークショップの結果を、代表的な3つのモデルについてまとめたものである。この表の数字は、炭素税を導入し、炭素排出量の成長率を標準に比べて2%削減するシミュレーションの結果から、改めて炭素排出量を標準ケースの水準に比べて1%削減するために必要とされる炭素税の水準(トン当たりドル)およびGDP減少率(対標準ケース比%)の割合を計算し直したものである。表では、それぞれを「炭素税比率」および「GDP減少率」と示している。GDPの減少率は2000年の弾性値では0〜1.1%、2100年の弾性値では0.4〜0.8%となる。いずれの数字も短期的には若干高く、長期的には小さくなる傾向が見られる。同様のシミュレーションを日本で行った結果が(表4-4)である。やはり炭素税に関しては、中長期的な見方をするべきであると思う。
 炭素税収入は、温暖化防止対策のための財源としても、また従来経済的効率性を損なう原因となっている税制改革のための財源としても利用できるのであって、そのようなプラスの効果を加えて考えれば、炭素税の導入は地球温暖化の防止に貢献するばかりかGNPを高める効果さえあるという結果を得ている研究もある。(炭素税によって地球温暖化が防止できるという利点と、税制のゆがみが是正されてGNPの増加が生じるという利点の2つが生じることを、炭素税が2重の配当をもつと表現する人もある)
 炭素税の導入が、現在の排出量水準での安定化、あるいはさらに進んでそこからの削減のような目標を達成しようとする場合には、炭素税収は相当額に上る可能性があり、その税収の処分形態が、全体としての政策効果に重要な意味をもつだろう。現在環境庁検討会では、炭素税収は二酸化炭素抑制技術の開発などに当てるという方向で話が進んでいる。しかし、税収中立を目的と考えた際にも、多くの可能性が考えられる。例えば、炭素税収を個人・法人所得税や他の間接税の減税、企業の社会保障負担の軽減、投資税額控除などのさまざまな目的に使用することができる。言い換えれば、税収中立性維持の方法をどういう風にするかによっても、所得分配上その他の結果が異なってくる。
 (表4-5)
 表はエネルギー価格を20%上昇させるようなエネルギー課税政策について、税収の使途の違いがマクロ経済の諸側面にどのような影響を及ぼすかを調べるために、欧州4カ国(ドイツ、フランス、イタリア、イギリス)を連結したHERMESモデルを用いたシミュレーション分析の結果を紹介したものである。それによれば、税収の還元によって実質GDPへの影響が小さくなるという点の他に、税収の用い方によって設備投資、物価上昇率、エネルギー消費削減率などの面でかなりの違いが生じ得ることがわかる。
 結局、税制中立にしても、二酸化炭素抑制技術の開発に税収を当てることは、消費者と企業から政府への強制的所得移転とみなす事ができる。炭素税収が何らかの形でリサイクル(還流)されるのであれば、二酸化炭素排出量を削減するという目的を持った炭素税が、全体としての経済活動水準を低下させる必然性は全く見当たらない。
 炭素税の経済的コスト(総生産へのマイナスの影響)は、既存税制が持っているゆがみ(すなわち経済的非効率性を生み出すような構造)を炭素税収の利用にとって除去すれば、完全に相殺可能であると論じている研究もある。これは、炭素税あるいは環境税が生産減少という望ましくない副作用を持っている点を相殺できるようなほかの政策手段があるという主張である。
 佐和降光氏は「地球温暖化を防ぐ」の中で「しかるべき措置を施した上での炭素税の導入が、マクロ経済に及ぼす影響にはプラスとマイナスの両面があり、それらが相殺しあった結果がプラスなのかマイナスなのかは一概に評価しがたいけれども、いずれにしてもゼロに近い値になる。」と述べている。
 このように、当初の政策の副作用を除去しながら、主たる目標を達成できるような政策パッケージを考えるのが、本来の政策課題であり、炭素税が導入される際にも当然そのような考え方がとられなければならない。また、エネルギーが必需品的性格をもつことから、炭素税やエネルギー税が一般に逆進性をもつことが指摘されている。しかし、アメリカのデータを用いて逆進性の存在を実証的に示したポテルバ自身が認めているように、そのような効果を相殺できる多くの政策手段がある。この点も、炭素税・環境税・エネルギー税などの具体化に当たって、同時に考慮されるべき問題である。
 ここに、炭素税による価格上昇幅は需要の価格弾力性に依存するという説がある。
 (図4-3)
 炭素税は価格に転嫁されるはずなので、化石燃料の価格は上昇する。石炭、石油、天然ガスの値上がり幅は、それぞれの炭素含有量と需要の価格弾力性に依存して決まる。その結果、生産工程で化石燃料を大量消費する産業の製品、すなわち電力、都市ガス、ガソリン、灯油、鉄、紙などの価格もまた上がる。電力料金やガソリンの価格が上がれば、運輸、サービスなどの価格もまた上がる。その結果、さまざまな財・サービス、特に炭素集約度の高い(化石燃料多消費型の)財・サービスの需要が減ることに間違いはない。別の言葉で言うと、炭素税の導入により物価が上がり、その結果、家計の実質所得すなわち購買力が減価し、消費が減る。しかし、すべての財・サービスの需要が減るわけでは必ずしもなく、炭素集約度の相対的に低い財・サービスへの需要は、代替効果を通じてかえって増加するはずである。炭素税による化石燃料の値上がり分を、生産者が製品価格に転嫁するものと仮定すれば、結局、税金を負担するのは消費者と企業だということになる。図の価格上昇分を消費者が負担し、税と価格上昇分の差額を企業が負担する。財・サービスの価格がどのくらい上昇するかは、個々の財・サービスの炭素集約度と需要の価格弾力性に依存する。炭素集約度が高ければ高いほど、需要の価格弾力性が低いほど、当該財・サービスの値上がり幅(消費者の負担)は大きくなる。
 結局、閉鎖経済においての炭素税の影響は、税導入により損失をこうむる業界と利益を得る業界とが併存するという転に尽きる。大まかに言うと、炭素集約度の高い(化石燃料多消費型の)産業は全体として損失をこうむり、省エネルギーに資する設備や機械、再生可能エネルギー利用設備などを製造する産業は全体として利益を得る。多くの経済学者はそれらを総合したマクロ経済への影響について、プラスの効果とマイナスの効果が相殺し合う結果は、ほぼゼロになると考えている。
 炭素税導入による化石燃料の値上がりを、オイルショックに際しての原油価格の上昇と同一視して、1973年のオイルショックにより原油価格が4倍高になったために、経済成長率が激減した(73年の経済成長率8.0%が74年にはマイナス1.2%)という過去の苦い経験を指摘する向きもいる。しかし、原油価格の急騰の結果、石油供給の99%を輸入に頼る我が国から、石油輸出国に巨額の所得移転(オイルマネーの流出)が生じたからこそ、国内の有効需要がそれだけ減少し、経済成長率が低下したのである。オイルショックにより経済成長が減速したのは、日本だけではなく、いずれの先進国も、そして非産油途上国も、膨大な所得移転の結果、経済成長の減速を余儀なくされた。
 しかし、やや長い目で見れば、石油価格の上昇は日本経済にとって有利に作用した。燃費効率の良い小型車の製造を得意とする日本の自動車メーカーの比較優位性は一挙に高まり、日本からの自動車の輸出が急増した。省電力の日本製電化製品の輸出もまた急増した。また、オイルマネーの還流(巨額の外貨を勝ち得た産油国による工業製品の輸入)という現象も生じた。こうした点を含めると、オイルショックは日本の産業界に災いどころか幸いしたとさえ言える。
 アメリカで最も標準的とされている計量経済モデルである「DRI(Date Resource Institute)モデル」は、温暖化対策のマクロ経済影響を次のように評価している。
 2010年以降のアメリカの二酸化炭素排出量を、1990年水準に安定化することが米国に義務付けられたとする。2000年から2010年にかけて、二酸化炭素排出量を90年水準にまで徐々に減らすこととし、その間、年間の許容排出量に等しいだけの排出許可証を、政府が入札(オークション)により化石燃料販売業者に売買する(このことは、落札価格に等しいだけの炭素税を導入するのと同じである)。2010年以降は、発行する排出許可証(排出総量)を90年水準で横ばわせる。こうした対策のマクロ経済影響を評価すると、対策に起因するGDPの損失が最大となる2005年に、対策を講じた場合のGDPは、何も対策を講じなかった場合のそれを約1%下回る。言い換えれば、最初の5年間に限っては、GDP成長率は平均年率約0.2%程度低下する。その後、対策によるGDPの損失は次第に縮小し、2012年以降には損失がマイナスに転じる。すなわち対策を講じた場合のほうが、対策を講じない場合よりもGDPは大きくなる。したがって、温暖化対策を講じた場合のほうが、2006年以降のGDP成長率はかえって高くなる。要するに、二酸化炭素排出削減の経済影響は、短期的にはわずかにマイナス、中長期的にはプラスというのが、DRIモデルの主な結論である。
 (図4-4)
 温暖化対策は、何らかの制約条件が経済に課せられたとき、即時的には経済成長率が抑制されるが、資本設備の更新などの調整が完了した後には、資本ストックの増加と効率化のおかげで、従前より高い水準の成長経路上を走るようになる好個の事例であることを、DRIモデルは明確に示している。
 輸出入に関する炭素税導入の影響、対策についても触れておきたい。化石燃料の価格上昇はエネルギー多消費型産業の生産コストを上昇させ、それら産業の国際競争力を低下させ、輸出の減少と輸入の増加を招き、その結果、経済成長率はいささかならず低下するであろう。成長率がどの程度低下するかは、もちろん税率の大きさによる。税率が小さければその影響は微々たるものに過ぎないであろうから、特段の手当てを必要としないはずである。その影響が無視しがたいほど効率の炭素税を導入するのなら、輸出品(例えば鉄鋼)に対しては水際で税金を払い戻し、輸入品(例えば韓国からの鉄鋼輸入)に対しては水際で課税するといった、何らかの「国境措置」が必要になってくる。しかし現在政府としては、炭素1トン当たり3000円の炭素税導入を検討しているので、国境措置について、取り組みはされないのではないかと思う。

 第5項 炭素税をめぐる国際的諸問題
 1国あるいは国々のグループが国内で炭素税を課した場合、いくつかの国際的な波及効果が生じる。重要な1つの変化は、炭素税の導入による国内エネルギー価格の上昇により、化石燃料、特に石油に対する需要が減少し、それにより世界の化石燃料価格(とりわけ石油価格)が低下する可能性である。これは少なくとも次に示すような3つの異なった経路で波及効果をもたらすであろう。
 第1に、世界エネルギー価格の低下は、エネルギー輸出国の交易条件(輸出価格/輸入価格)を不利化させ、エネルギー輸入国の交易条件を有利化させる。すなわち、国際的規模での所得再分配を引き起こす。OECDでの研究によれば、このような交易条件の変動が関係国の実質所得に及ぼす影響は、無視できないものがある。第2に、国際エネルギー価格の変化は、諸国の比較優位構造に影響を与える。もし炭素税が国際的に一律の税率で課されるのであれば、最適な国際分譲構造は大きくゆがめられることはなく、むしろ国際価格構造が社会的限界費用をよりよく反映したものとなるため、国際的資源配分の効率性は高められる。しかし、炭素税が1部の国のみで実施されるとか、国により大幅に異なった税率で導入される場合には、炭素集約度の高い財の供給源が、効率性の高い高炭素税国から効率性の低い低炭素税国へ移動するという「貿易転換効果」が生じるかもしれない。エネルギー課税がもたらすこの種の貿易転換効果は、既に存在していることが指摘されている。既存のエネルギー課税がOECD諸国の間でも大きく異なっているため、それをエネルギーの炭素含有量で炭素税換算をした税率も大きく相違している。さらに、世界全体についてみれば、エネルギー補助金が多用されているため、さらに大きな格差が存在する。したがって、炭素税導入(あるいは補助金の撤廃)を契機にこれらの格差が是正されるのであれば、資源の効率的利用でのゆがみはむしろ低下する可能性もある。第3に、1部の国々のみが炭素税を導入する場合、それによってもたらされる国際エネルギー価格の低下は、炭素税導入に同調していない諸国でのエネルギー需要の増大をもたらす。炭素排出量の初期の減少は、後者の国々での増大によって相殺される。この効果は、第2の効果による炭素排出増大への影響と合わせて、「炭素リーケージ」と呼ばれる。つまり、炭素リーケージとは、特定の国々での一方的な排出削減が、他の地域での排出増大によって相殺される割合を表そうとするものである。
 炭素税導入について考えると、1部の地域で実施されているのが現状だが、今後世界的な取り組みとして見ていかなければならないように思う。

 第2節 国内・政府の取り組み
 政府の取り組みなしでは地球温暖化問題は解決しない。そこで、これまで、そして現時点で政府はどのような措置・取り組みを行っているのか見てみたい。
 平成6年に閣議決定された環境基本計画では、長期的には「気候変動に関する国際連合枠組み条約(気候変動枠組み条約)」の究極的な目標を達成し、中長期的にはそのための国際枠組み作りに貢献するとともに、いっそう積極的な対策の実施に努めることとし、平成2年に策定された「地球温暖化防止行動計画」の推進などを行うとの基本方針が定められている。行動計画においては、二酸化炭素の排出抑制目標については、
1.  1人当たりの排出量について、2000年以降概ね1990年レベルでの安定化を図る
2.  革新的技術開発などが早期に大幅に進 展することにより、排出総量が2000年以降概ね1990年レベルで安定化するよう努める
としている。そしてこの目標達成に向けて、都市・地域構造、交通体系、生産構造、エネルギー供給構造、ライフスタイルなどのあり方を見なおす対策を広範に掲げ、これらにより二酸化炭素排出を抑制するとともに、メタンなど他の温室効果ガスの排出抑制、二酸化炭素吸収源である緑の保全、調査研究・観測監視の推進とその普及、国際協力、普及啓発などの対策を進めることとしている。こうした内容の行動計画を着実にフォローアップしていくため、計画に基づいて関係各省庁が行った対策の実施状況および我が国の二酸化炭素排出量などが、毎年度報告されている。
 1996年度には、政府全体で440の関係施策が実施されている。しかし、1995年度の二酸化炭素の排出量は炭素換算で総量は3億3200万トン、1人当たり排出量は2.65トンとなっており、計画の基準年次である1990年に比べると、総量で8.3%、1人当たりで6.7%増加している。また近年の増加基調、特に民生、運輸部門における排出量の著しい伸びが改善されているとは言い難く、このままでは、行動計画の目標の2000年時点での達成は困難な状況であり、温暖化対策のこれまで以上に強力かつ効果的な実施が必要となっている。
 平成10年には、地球温暖化防止行動計画にある平成12年の目標達成期限までわずかになったことから、環境庁をはじめ関係各省庁で、検討が行われ、法律など取り決められた。地球温暖化対策の国際的な枠組みとして、1997年12月の気候変動枠組み条約第3回締約国会議(京都会議)で附属書T締約国の数値目標、政策措置などを定めた京都議定書が採択されたのを受け、京都議定書の着実な実施に向け、「地球温暖化対策推進本部」が内閣に設置され、1998年6月に2010年に向けての対策を取りまとめた「地球温暖化対策推進大綱」を決定した。
 (図4-5)
 また、1998年6月には、トップランナー方式の導入による自動車・家電・OA機器などのエネルギー消費効率の改善の推進、工場・事業場におけるエネルギー使用合理化の徹底などを内容とした「エネルギーの使用の合理化に関する法律の一部を改正する法律(改訂省エネ法)」が公布された。さらに同年10月には、地球温暖化防止を目的とした世界初の法制度である「地球温暖化対策の推進に係る法律」が成立した。
 (図4-6)
 次に具体的なことについて見ていきたい。
 経済活動のあらゆる局面で関係してくるエネルギーについては、地球温暖化防止行動計画、地球温暖化対策推進大綱、大気汚染防止法などに基づき、環境への負荷の少ないエネルギー供給構造の形成、汚染物質排出などにかかわる規制的措置を確実に実施するとともに、エネルギー消費効率向上に向けた取り組みを進めている。安全の確保を前提とした原子力の開発利用などを進める一方、発電部門、都市ガス製造部門等のエネルギー転換事業部門におけるエネルギー効率の向上や、1997年4月に制定された「新エネルギー利用などの促進に関する特別措置法(新エネ法)」の着実な施行に努めている。それらに基づき、太陽光発電・廃棄物発電・クリーンエネルギー自動車・コージェネレーション・燃料電池などの環境への負荷の少ない新エネルギーの技術開発・導入などを行っている。また、下水および下水処理水の持つ熱を地域冷暖房などに活用する「熱利用下水道モデル事業」、未利用エネルギーを活用する熱供給システムの建設に対する支援などにより未利用エネルギーの活用を進めた。国自らの取り組みとして、率先実行計画に基づき、事務所の単位面積当たりの電気使用量を1995年比で2000年までに概ね90%以下にすることに努めている。
 また、省エネルギー設備投資への支援、省エネルギーに資する技術開発を進めるとともに、省エネルギー型のライフスタイルはスマートなライフスタイルであるとの意識改革に向け、1998年9月から、人々が自ら地球環境に優しいライフスタイルを工夫し実現するきっかけとすべく、サマータイム制度の日本における導入について、「地球環境と夏時間を考える国民会議」を開催して国民的な議論を開始した。
 自動車交通に起因する大気汚染、騒音などは既存の政府の規制措置にかかわらず、大都市地域を中心として依然として深刻な状況にある。低公害車(電気自動車、天然ガス自動車、メタノール自動車およびハイブリッド自動車)の普及は、このように依然として深刻な自動車公害問題の解決を図る上で有効であるとともに、地球温暖化に係る二酸化炭素の排出削減などにも資するものである。
 (表4-6)
 近年、電気自動車、ハイブリッド自動車についてはメーカーなどによる技術開発・市場投入が進んできており、各低公害車の特性に応じたさまざまな分野での実用化が進行しつつある。政府としては総量削減計画において、2000年までに首都圏・近畿圏の特定地域での30万台の普及を目標とするなど、環境保全のための低公害車の普及推進を方針として掲げ、低公害車の導入に対する各種支援措置の実施、技術開発の推進、インフラ(燃料などの供給施設)整備の推進、公用車への低公害車の率先導入といったさまざまな取り組みを実施している。
 (表4-7)
 先進国以上に環境問題が深刻化している発展途上国に対して、環境基本計画・環境基本法において自助努力を支援するとともに、各種の環境保全に関する国際協力を積極的に行うとしている。また、環境ODAを中心とした今後の環境分野の国際協力についての基本理念と今後の協力の柱を示すものとして、「21世紀に向けた環境開発支援構想(ISD)」を取りまとめ、1997年6月のUNGASSにおける総理演説において表明した。このISDでは、具体的な行動計画として、「東アジア酸性雨モリタリングネットワーク」の推進や汚染対策技術の移転促進などによる大気汚染および水質汚染対策、発展途上国への省エネルギー・新エネルギー技術移転の促進などによる地球温暖化対策、などを掲げている。
 また、発展途上国の行政機関・研究機関などへの技術協力を行うために、国際協力事業団(JICA)は、関係省庁、地方公共団体などの協力の下に専門家の派遣を行っている。例えば、環境庁関連では、1998年度に中国、インドネシア、サウディ・アラビアなどへ144名の専門家を派遣した。
 (図4-7)
 近年、ニーズが急速に高まっている環境分野の専門家派遣は、その派遣件数が増加しており、人材の確保と養成が大きな課題となっている。JICA、関係省庁などにおいては、人材育成のための研修の拡充、円滑な派遣のための人材登録などを推進するとともに地方公共団体などとの一層の連携に努めている。

 第3節 国際的な取り組み
 地球温暖化の問題が注目されたのは20世紀に入ってからであり、1979年にはWHO(世界気象機関)の世界気候計画が開始されるなど、気候変動に関する研究や情報収集が世界各地で進められた。温暖化に関する知見が集まるにつれて、地球温暖化防止のための政策について検討する必要性が認識されるようになり、1985年地球温暖化に関して初めての世界会議がオーストリアのフィラハで開催され、地球温暖化に関する研究成果が整理され、1987年、イタリアのべラジオ会議で地球温暖化防止策について初めて行政レベルの検討が行われた。その後、各国の政府や各種国際機関の主催により、トロント会合などさまざまな会議が開かれている。
 (表4-8)
 1988年には、UNEPとWHOの共催により、地球温暖化に関する科学的側面をテーマとした初めての公式である政府間の検討の場として「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)」が設置され、1990年の第4回会合で第1次報告書が取りまとめられた。(2001年に第3次報告書が取りまとめられる予定)1990年12月国連内に「気候変動に関する枠組み条約交渉会議」が設けられ、翌年2月より交渉会議が開始された。気候変動枠組み条約は1992年6月の国連環境開発会議(地球サミット)の開催期間中に、我が国を含め155カ国が署名を行った。なお、1997年5月時点での締約国は、我が国を含む167カ国である。
 そして国際的に、特に私たち日本人にとって地球温暖化を考えさせられた1997年12月の気候変動枠組み条約第3回締約国会議(COP3,京都会議)についてみていきたい。
京都会議での1番の議題は、温室効果ガス排出の削減目標率をどのように定めるかということであった。削減目標を高くおくEU、産業界から強い反発が予想されるアメリカ、そして議長国としての日本が中心となり会議は進められ、先進締約国全体で、2008年から2012年までの間に1990年比で5%以上の排出削減を行うことが規定された京都議定書が採択された。
 (表4-9、表4-10)
 法的拘束力を持つ京都議定書では、先進締約国について排出削減のための数値目標(表4-11)、政策措置を定め、また京都メカニズム(排出量取引や先進締約国間で排出削減のための事業を行う共同実施、先進締約国と開発途上締約国との間で排出削減のための事業などを行うクリーン開発メカニズム)などの新たな仕組みを導入している。しかしその際結論が得られずじまいだったが、1998年11月にアルゼンチンのブエノスアイレスにおいて、気候変動枠組み条約第4回締約国会議(COP4)が開かれ、京都メカニズムの実施細目についてCOP6(2000年開催)までの合意を目指すことなどを具体的内容とした、ブエノスアイレス行動計画が採択された。
 また、地球全体の温暖化の防止のためには、中長期的には発展途上国の取り組みが重要となるのだが、京都議定書には途上国の温室効果ガス削減の義務は、大きな反発があったために削減され、努力目標としか盛り込まれなかった。しかし、COP4では、議題とはならなかったものの、条約および京都議定書上の義務のない途上国の自主的な約束にも焦点が当てられ、アルゼンチン、カザフスタンが自主的約束の実施を宣言するなど、大きな進展となった。COP3で定められた目標率に向けての今後の会議にこれからも注目していきたい。


おわりに
 地球は美しい自然をもち、多様な生物が生きている唯一の惑星である。宇宙には無数の天体があるが、このように美しい自然のなかで生命が生きつづけている星は地球しか存在しないのではないだろうか。地球に美しい自然があり、生命が生きつづけることができるのは、まさしく地球を覆っている大気のおかげである。この微妙な大気の構成が今人類の活動によって崩されつつあるのは、本文で述べたように、産業革命を契機とした大量の化石燃料の消費、熱帯雨林の大量伐採によるためである。
 地球温暖化は、二酸化炭素をはじめとする温室効果ガスの大気中の蓄積によって引き起こされたが、単に平均地表温度の上昇だけでなく、気候条件の極端な不安定化をもたらし、美しい自然を大きく変えて、数多くの生物の存在に大きな脅威を与えることになる。また自然環境の激変によって、多数の環境難民まででてきてしまうだろう。
 そのような事態にならないため、遠い将来の世代に対しても取り返しのつかないかたちで被害を与えないためにも、今起きている現状を見つめ、私たち国民1人ひとりが問題発生の原因者であり、それゆえに課題克服の担い手でなければならないとの自覚に立って、行動しなければならない。地球温暖化に限らず、ほぼ全ての環境問題に対して言えることは、「1人ひとりの自覚と行動が鍵」ということである。


《参考文献》

、1998年。