名波 浩選手 スペシャルインタビュー
日本代表ベルギー、ロシア戦
「スタンドで一緒に戦っていた」
(聞き手=増島みどり)


MASUJIMA STADIUM読者のみなさまへ

 暑中お見舞い申し上げます。
 7月10日、名波 浩選手(磐田)のインタビューが東京中日スポーツに掲載されました。名波選手サイドのみなさんのご尽力によって実現したものですが、今回は、従来のような雑誌媒体を通すことなく、互いの日程調整のみでまずインタビューを行い、それを、みなさんにどう読んでいただくかを考え掲載方法を選びました。
 名波選手は、W杯の盛り上がりを今後につなげるためにも雑誌のように限られた読者層ではなく、「自分を知らない人たち、サッカーの熱烈なファンだという人ではない、大きな器に読んでいただきたい」という希望と、明確な目的を持っていました。そのため、新聞で、しかも、できるだけ多くの「地域に」ということを考え、東京中日スポーツにお願いしました。
 トーチュウの尽力で、実際には、磐田の地元である中日スポーツ、西日本スポーツ、また中国新聞と九州、中国、中部東海、関東とブロックの多くをカバーするとともに、発行部数は二百数十万を超えることになりました。複数の、違う新聞で、同じ内容を、しかも別々の形(一挙掲載、2分割、3分割)で掲載する形は、スポーツの分野では例がないそうです。
 ひとつの新聞、しかも、原稿量も大変多いインタビューを正月のような特別な紙面立てではない、通常の中で一挙掲載するというのは非常に難しいものです。ですから今回は、インタビューの成立方法、枠組み、掲載方法、とさまざまな点で新しいものになりました。
 もっとも重要なのは、各新聞に、こうした「新しいチャレンジ」を決断させた名波選手の話のクオリティーだったことは言うまでもありません。

 もっとも欠点もあります(笑)。朝刊紙の命が短いことです。名波選手のファン、サポーターのみなさんからは、「夕方、翌日、聞いて慌てて買いに走ったが売っていない」「保存したいがどうすればいいか」といったメールを多くいただき、名波選手のマネージャーである杉山氏ともご相談の結果、名波選手の公式HPと、スタジアムでも、掲載することにしました。これによって、今度は海外のファンにも読んでいただけることになると思います。

 夏も本番となり、連日厳しい暑さが続きます。みなさまどうぞお体を大切に、また楽しい休みをお過ごしください。お元気で。

スポーツライター 増島みどり
 


悲運のレフティーが見たW杯

    ◆新鮮な経験

写真提供=東京中日スポーツ
名波
 W杯をよく見て堪能し、サッカーにしっかり取り組めた1か月だった。ファンのみなさんに混じってスタジアムへの道を歩き、ボディーチェックを受け、荷物検査では、これ携帯です、ってね。こんな経験はないから新鮮であったし、いい意味で素人になることができた。

──意外ですね。W杯は見ていないだろうと思っていました

名波 いや、ベルギー戦、ロシア戦はスタジアムで国歌を聞きながら、不思議な気持ちになった。これまでピッチで何度も聞いたはずなのに、別の感動がある。いつの間にか、オレも一緒に戦うぞ、という気持ちになっていた。本当にみなさんと同じで、オイ、今のファウルか? ロスタイム長げえよな、なんて文句を言ったりね。

──そこに自分がいない寂しさを思うことは?

名波 もちろん、そういう寂しさは感じていたし、代表に入らなかったことには確かに大きなショックも受けた。2大会連続出場のために4年を積み重ねてきたわけだから。ただ、選考前、こう考えることにしたんだ。もし選ばれても選ばれなくても、オレは日本代表を心から応援しようとね。それとやっぱり、サッカーが好きなんだろうね。改めてそう思った。

──初戦はどうでした?

名波 前半は蹴って走る、まるで80年代のようなシンプルさで心配したけれど、意図した戦術だと聞いていたんでね。隆行(鈴木、鹿島)のあのシュートは本当に難しい。みんなの気持ちと、トルシエが我慢し続けた気持ちと、すべてが彼の足先に込められたシュートだったんじゃないか。あの1点は日本に本当に多くのものをもたらしたと思う。

──ロシア戦は

名波 プレスが非常に効いて持ち味を出せたゲームだと思う。勝ち点3はうれしかった。明神(智和、柏)は決して目立つことはないがいいプレーをしていたね。戸田(和幸、清水)もJリーグのように気負いなくやっていたと思う。予選リーグ通して柳沢(敦、鹿島)も安定感のあるプレーだった。

──フランス大会のジャマイカ戦で名波選手と交代した小野選手(伸二、フェイエノールト)、同じ98年の経験者、森島選手(寛晃、C大阪、同年齢でともに静岡の高校出身)は

名波 伸二の体調は気の毒だった。でもトルシエの戦術では欠くことのできないポジションであり、伸二も腹を決めてプレーしたと思う。それと4年前の出場時間(11分)への思いや悔しさが伝わってくる、気持ちの入ったプレーだった。モリシのゴールはもうメチャクチャうれしかったね。アイツが出てくるタイミングがわかんないから、こっちも心の準備ができなくて。でもあの時(チュニジア戦)は後半の頭からで、何か仕事してくれるな、と予感があったね。

──感動した場面はありましたか

名波 特に1点取った後の動きを見ているとね、やってやるぞ、行くぞっていうみんなの気持ちがプレーの躍動感に現われていて素晴らしかった。

──トルコ戦ですが……

名波 腑に落ちない、それだけ。比較されるけれど、韓国のヒディンク監督が1点を奪おうと攻撃を厚くしたさい配とは違い、見ている者にはわかり難い起用だった。

──日本代表の総括は

名波 外からではわからないいろんな苦労して、大変な思いをひとつずつ乗り越えた結果であって、本当によくやったと思う。よくやった、なんて簡単に終わらすなよって、アイツら怒るでしょうね。でも本当によくやった。

    ◆後悔はない

──ご自身の怪我、リハビリ、復帰について伺います。間に合わないと考えていたのですか

名波 代表決定までワンチャンス、それも自分だけ特別なものではなく、1試合の限られた時間でアピールするしかないと考えていた。ワンチャンスよりナビスコ杯に残り、試合カンの部分を万全にし、代表にはぶっつけで入ろうとプランは持っていましたね。ナビスコの仙台戦(5月12日、予選リーグ最終戦)でベンチにいたことが結果を分けたと言われたが、それも運。後悔はないし、実力で落ちたと言ったのは負け惜しみでも何でもなく、本当にそう思ったからだった。

──キャリアでもない程長いリハビリ期間ですね

名波 焦らないこと、これがすべてだった。膝の靭帯は大丈夫でも軟骨が傷んでいることでカコン、カコンという感じの痛みが出るんだね。そこまでは我慢してもガコンと抜けそうな痛みになったら即止めるようにしていた。辛いのは高圧酸素治療で、膝に溜まった汚れた血を抜いて、軟骨の再生を促すために高圧で体の循環をよくする。週4回ほど特別な部屋でやるんだけれど、辛かった。圧力がかかるとまるで深海にスーッと落とされて行くようで……。耳もキーンとするしね。意識も薄れ現実離れして行く時間、チームが負けないでいることを考え(昨季リーグ戦年間3敗)、アイツら頑張っているんだ、オレもやらなくてはとものすごく勇気づけられたね。それと、やはりW杯のことを思い、やり抜こうと。

──W杯では他国のサッカーはどうでしたか

名波 W杯の楽しみは、自分が知らない国や選手を見る驚きにあるんだと思う。トルコ対セネガルは、サッカーにも特徴があって勢いもある新しい力で、試合はノーガードの打ち合い、非常におもしろかった。選手ではベルギーのウィルモッツ、彼は技術、人柄すべて素晴らしい選手だね。ブラジル戦で決めたヘディングがノーゴールとされた時も紳士的なコメントをしていた。もし自分なら怒るか、へこむかで、あんな態度が取れたかどうか。チームではアイルランド。最近、ゲームはいつもアイルランドを取るようになったよ。ダフとキーンのコンビはいいねえ、楽しかった。韓国は、らしさを十分に出していたと思う。

──ウィルモッツ選手は33歳、4度目のW杯だったんですが

名波 そう、年齢のことについて言えば森島も「これが最後と思っていたけれど、終わってみればもう一度と強く思う」と言っていたね。その通りだ。オレも今、そう思っている。

──名波選手というと、私は脱水症状で倒れたり、物をぶつけられながら苦しんで戦ったアジア予選(97年)を思い出す

写真提供=東京中日スポーツ
名波
 勘弁してよ。2度と嫌ですよ、あんな辛いの。でも、ドイツ大会のことを言う前にまず、あのシビれるような予選、これにまたチャレンジしたいよね。アジア枠(今大会は4)も未定で、ホーム&アウエーの苦しさもある。でも、ああいう、後がない中でいい仕事をしてみたいと思う。

──今大会でも、30代が味のあるプレーで活躍していましたから

名波 そうだね。年齢を別にして次の目標を考えたとき、他国で奪う勝ち点ではないかと。開催国としてではなく、海外で行なわれるW杯で、初めて奪う勝ち点3、この新たな夢にチャレンジしたい気持ちはある。

    ◆4年後に向け

──さしあたって何から始めましょうか

名波 もちろんJリーグのレベルとクオリティーを高く維持することだろう。今回のゲームを見ていても、個人のテクニックなどで引けを取るようなことはなかったんじゃないか。一方では、800人くらいが所属するJリーグの選手がみんな、ある高いレベルにあるかと言えばそうではない。つまり、激しくてレベルの高いサッカーの日常を過ごすことが一番重要だと思っている。鹿島、マリノス、ウチ(磐田)が常にレベルの高いいいサッカーをし続けてお互いを磨いていくことが重要で、予選も、2006年も、自分自身の移籍の可能性も、すべてここにかかっている。毎日の積み重ねがなくていきなり大きな目標というのは、無理なんじゃないかな。

──日本代表も新監督でスタートを切ります

名波 トルシエとこれまでのチームは4年という猶予を与えられていたわけだけれど、これからは予選が一番の目標になる。チーム作りなどもこれまでとはまったく異なるから、ジーコが監督にしてもいろいろと大変だと思う。協会は選ぶ立場で、みなさんマスコミは評価する立場でしょう。じゃあ選手は監督の何を見ているかというと、まず結果がどう出るか、出ないか。次に選手の発掘も含めた起用法、トルシエに対してこの部分での不平はなかったんではないかな。そして3つめが、どういう考えを持った人なのかなという人間性の部分だろうね。鹿島の選手がみな歓迎しているし、楽しみだ。もっとも神様だからねえ。オレなんか、子供の頃はジーコのフリーキックを真似していたクチだから、そんな偉大な選手が代表の監督なんて、まずは驚きがある。

──W杯では、FIFA(国際サッカー連盟)ブラッタ―会長が、2002年は最高の大会ではないと総括していましたね

名波 いろいろ問題はあるだろう。でもオレはサッカーの純粋な部分、技術やゲームの前向きな部分に対して懸命に努力をしたいし、高いクオリティーをずっと維持しようと考えている。W杯は終わった。そうしてみんなが新たなスタートを切る13日から、それを実現したいと思っている。

(東京中日スポーツ・2002.7.10より再録)

 
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