■ピッチの残像
「修羅場は人の顔を変える」


 顔が変わった。
 そう指摘すると、市川大祐(清水)は笑いながら頬をさすった。
「いやあ、なんだかヤツレちゃったように見えますか。不健康に見えますかね」
 思っていたのは全く違うことである。

 実際、あのベルギー戦直後、体重が3.5キロも減少していたことに驚いたという。消耗していたのは肉体だけではなかったのだろう。あの緊張と興奮は信じられない、ほかのどんな大会でも、局面でも味わうことのないものだった、と市川は振り返る。

 18歳だったフランス大会では、直前にメンバーから漏れ、しかし選んで帯同し続けた。足りなかったものを受け入れ、同時に緊張感から開放され、父親に国際電話をしながら涙が止まらなかったと、後に聞いた。

 ベルギー戦の直前、秋田豊(鹿島)が「4年間を見つけて来いよ!」と、笑って声をかけてくれた。力が抜けた。
「ピッチに答えがあったのだと信じたいです。試練は前進のためだったと思います」
「18歳の修学旅行」といった批判に、市川は4年をかけてそう答えを出して見せた。

 7日、日本のメディアセンター(静岡県森町)では、市川と鈴木隆行(鹿島)が囲みでの取材に出席した。
「あのゴールがもしも決らなかったら、と思ったら怖くなりました。本当にホッとしたという気持です」
 鈴木が言いたかったのは、責任に対する「畏れ」であろう。本人たちは全く気がついていないと思う。しかしこの日2人の、ベルギー戦以前とはまるで変わった表情を見ながら思った。

 修羅場は人の顔を変える。真摯に苦難に取り組むと、男の顔はここまで変わるということである。これほどまでに凛々しく。

(東京中日スポーツ・2002.6.8より再録)

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