Bi-Weekly Column 1/8「Eye from the SHOT
ボールを止めて蹴る単純な作業に 玄人受けするワケがある


「日本の選手に一番足りない技術は……」
 かつて、FIFA(国際サッカー連盟)の国際コーチ、日本協会のナショナルトレセン・コーチとして、日本中を巡回指導したパチャメ氏(アルゼンチン、元アビスパ監督)に同行取材をした時、こんな話を子供たちにする場面があった。
「一番足りない技術のひとつは、ボールをきちんと止めることなんだ。ポールを止めて蹴る、こんな簡単なこと、ってみなさん思っているかもしれないけれど、簡単なことはじつはとても難しいし、大切なことなんだ」
 パチャメ教室を受講した選手なら、「止めて蹴る、ハイ、止めて蹴る」と、嫌というほど繰り返された単調な練習を思い出すだろう。
 さて、足りない、と言われたこの技術を、最も正確にこなす日本選手の1人が、清水にはいる。
 エスパルスのボランチ、伊東輝悦は、どんな体勢に追い込まれたとしても、正確にポールを止める。簡単なようだが、簡単ではない。例えば練習を見ていても、あるいは試合前の短い練習でもいい。ボールがきちんと止まっているか、あるいは、止めたようにごまかしているのか、すぐわかる。
 記者や評論家からはよく、「伊東は玄人受けする」などと言われるが、その理由のひとつがこんな単純なところにある。
「別に自分が特別ってことはないと思う。基本をちゃんとやることは、それこそ基本だから。例えば、ボールの回転ひとつとっても、どこでどうすれば正確に対応するか、とか、次のプレーへの最短距離を探すとか。そういうことは神経を使ってやっているんだけれど、まあ特別なことはないけどね」
 ボールを扱うほど、話すことは得意ではないのだが、そんな話を聞いたことがある。
 エスパルスのほとんどのボールが、ボランチである彼を通過して行〈。決して華やかでもないし、人にアピールするプレーではない。しかし、そんな堅実な技術が、チームのミスを極端に減らし、好調さを支えている。
 冗談好きのアルディレス前監督は、伊東の技術についてもこんなことを言っていた。
「伊東のプレーが正確だって? もちろん、高級時計より遥かにずっと」
 華やかさはないが、それでも自立つ。髪の色以上に、である。

(週刊サッカーマガジン・'99.4.7号より再録)

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