単独インタビュー
Jリーグ・チェアマン川淵三郎
「Jリーグ、構造的欠陥による危機」。


 '98年12月2日、横浜Mと横浜Fが正式に合併調印を行い、横浜フリューゲルスの名前は「Jリーグ」から事実上消滅した。
 そのわずか5日前の11月27日、湘南ベルマーレ平塚はこれまでの支出規模を大削減する運営改革を、数字を公開して発表した。
 クラブスポーツの概念を、日本のスポーツ界に根づかせたはずの読売新聞社は、波辺恒雄社長の「Jリーグは商業主義を否定し自治体中心などとバカなことを言っている」との見解から、30年続いた読売FCの歴史と精神を、自ら放棄してしまつた。
 日本代表が悲願のW杯の舞台を踏んだ'98年、世界に肩を並べるには絶対不可欠とされたプロリ−グは、代表強化というひとつの大命題を果たし、皮肉にも、存続の根幹を揺るがす大転換期を迎えて終わろうとしている。
 問題は、本当に「理念と理想だけでは生きては行けない」と評されたJリ−グの理念のつまずきにあるのか。こうした事態を招いた理由は、先行きの見えない日本経済、そして企業の勝手な論理だけに起因するのだろうか。
 さらに、「横浜フリューゲルス」の名前を地域とファンの財産として、一企業から人々の手に譲波してもらう、そんなささやかな願いは実現不可能な絵空事なのだろうか。'98年最後になって起きた事態は、想定されていた範囲において最悪ともいえる。
 問題は、色の落ちかけたビルの塗装にあるのではなく、ビル自体を支える骨格の構造にある。混乱し歪んだ鉄骨や柱をもう一度整理し、強固に組み直すことによって、各クラブ、あるいはJリーグそのものが抱えている、「構造的欠陥」による崩壊は、食い止めることができるのではないだろうか。
 今ならまだ、間に合う。
 それをこのレポートの前提にしたい。

「なぜ合併なのか。クラブの出資構造は」

──合併は最悪の選択肢ではありませんか。またなぜあの時期で、過去の清水や鳥栖のような救済措置、あるいは情報開示が出来なかったのですか。理念を自ら踏みにじるような手順のミスではないでしょうか。
川淵 これまでリーグ、そして私がチェアマンとしてどんなに危機的な数字や状況を把捉し、水面下でクラブや親会社とともにどんな打開策を模索したのか、それをご存じないから、そういったご批判が出るのだと思います。明らかにできるものもあれば、できない状況もあります。清水、鳥栖を救済した状況、あるいは平塚があれだけ明確な数字を世間に公開してまで改革を断行する、こういったサポーターや報道のみなさんが考えておられるような常識的な手段の限りは現実的に尽くしているんです。来年度のベルマーレ平塚のように、事前にそのことを行政や市民に訴え、可能な限りの努力をして、その結果どうにもならなかったのなら、世間は納得すると思うんですよ。でも今回に限ってはそんなことを言える状況にはなかった、ということですね。クラブを潰したくないというのは誰がどう考えたって私自身もそうだけど、両クラブの社長が一番そう思っているわけです。存続にはもうこれしかない、生き残る唯一の策である、なんとか認めてほしいという両社長の説明を受けて、もし私がガンとして反対していたらどうなったかということなんです。
──共倒れ、ですか。つまり横浜Fの佐藤工業だけでなく、全日空、あるいは今夏、親会社の日産自動車が本社ビル(東京都中央区)の売却をせざるを得なかった横浜Mも危機的状況だったと。
川淵 それも考えなければならなかった。今年の段階で十数億の赤字を抱える、これは横浜両クラブだけでなく、金額の多寡はあってもどこも同じ状況、将来的な見通しも立ちにくい。そういう中にあって、親会社が撤退するたぴにクラブがひとつ潰れるというようなことがあってはならないと。しかも全日空は撤退するのではなく、日産と共に横浜をひとつのクラブにして強化していくんだと言ってくれている。ならば、ふたつがなくなるよりはひとつでも残した方がいい、そう考えたんであって、安易に認めたわけではありません。ただし、選手への通告の仕方、サポーターのみなさんへの伝達などきちんとした対応をお願いしますよ、と話しておいたのですが。
──では、末期的症状を迎える前に施すべき治療は十分になされていたのでしょうか。
川淵 クラブ経営を行なう上で根幹となる出資金業の株の持ち分には問題があったとみるべきでしょう。外国では一部企業の撤退があっても、株の持ち分が分散されているため、直ちにクラブの危機には繋がらない。そういった意味では出資金業の株の持ち分、これはクラブ経営を考える上では基本となるもので、今後改革していかなければならないだろう。

 まず最初に指摘されるのは、クラブの出資企業の構造的欠陥である。
 明確に調べることができるのは、出資が全体の5%を上回るものだけだが、横浜Fの場合は佐藤工業が資本金1億円のうち40%、問題の全日空は本体の全日本空輸が同社の関連企業4社と合計60%を負担している。横浜Mは資本金2000万円全額を日産自動車が出資する。こうなると、親会社の経営危機の打撃は100パーセント、クラブ経営を揺るがす。
 佐藤工業が撤退を検討して以来、全日空は某玩具メーカーを新パートナーとすることなどを模索してはいた。マリノスも同様に、本体が本社ビルを売却するような危機に、メディアをも含めた新パートナー探しを水面下で行なっていたともいわれる。ともに親会社の負担比率そのままに打撃を受け、撤退するのを避けようとしたからだ。
 リーグ発足から問題視された株主構成は、要するに100%親会社の出資、つまりいわゆる実業団スポーツとまったく同じエンジンを搭載しながら、ボディだけを「クラブスポーツカー」に塗り替えた車のようなものである。
 横浜F・Mが合併した現在、企業が100%出資するクラブ(本来これが企業スポーツ)は、川崎の日本テレビ、柏の日立製作所、90%で浦和の三菱自動車がある。「赤字の補填のような状況で、自治体やパートナーに手伝ってはもらえない」(在京クラブ)との誠実な姿勢の現れでもある。しかし、日本を支えてきた大企業さえ、もはや安泰ではない。そういう時代にこそ、企業色からの脱却を株主構成から変革する必要がある。
 企業名をつけ広告塔として活動しながらも、企業スポーツは今年、過去最多の廃・休部が続出した。バスケットボールの名門住友金属、落合博満を育てた東芝府中野球部、松野明美の活躍で宣伝効果は数億円とも言われたニコニコドー女子陸上部。どれも不況の波に飲み込まれ、企業スポーツの限界を如実に物語っていた。Jリーグの理念が間違っているのではなくて、理念だけでクラブ経営を成り立たせようとする方法論に無理があるのだ。

「クラブ経営の構造は健全なのか」

──クラブ経営の問題点ですが、リーグは経営委員会(仮称)を設置し目標数値に徹底的に近づける、と強固な方針を打ち出しました。出資金業の構成が親会社の経営危機のあおりをまともに受ける原因だとすれば、クラブ経営の危機にはどんな構造的問題がありますか。
川淵 今年の1月に、リーグとして各クラブの数字をもっと透明化して、しつかり連携を取りながら経営努力をしないと先の見通しが立たないし経営危機を乗り切れないと、クラブにチェック機関としての監査委員会を設けることを提案したんです。しかしそれは、経営権への不信、侵害などと指摘を受けてしまったんで、一旦取り下げたんですが、事務局内ではそのルール作りを一年かけて検討してきました。数字の中で大きな間題は人件費、年俸の比率ですね。各クラブの具体的な数字は明らかにできないが、リーグの平均として、クラブ収入のうちの55から60%くらいの間。これはまあ、世界的に見てもとんでもなく高い数字です。
──欧州などでは多くとも45%が適正といわれますね。Jリーグ発足時のひとつの理想に、入場料収入を人件費(年俸)に当てられればとの考えがありましたが。
川淵 各クラブとも収入体系や競技場の大きさが違うので、全部が一緒の比率とはなかなか言えない部分があります。平成10年で、人件費が50%を切ったのはわずか4チーム。上は70%くらいのところもある。Jリーグの発足から'95年まではどこもみな黒字かトントンで来たんで、まあ悪くとも50%は切るような状態で堆移はしていました。ところが'96年頃から50%を超えて、年俸がクラブ経営を圧迫するような状況になってしまつた。もちろん収入が落ちたのがその大きな要因でもありますが、今ひとつの指標にしようと考えているのは、あくまで指標だけれど、過去2年間の入場料収入の枠内、あるいは年間の総収入の50%以下。この2つならば現実的な数字であり、各クラブはすでに実施の方向で動いています。
──高額年俸のツケは後に回ってくるわけですね。それから、一時期ほどではないにせよ外国人選手の獲得資金ですが、これも経営にはかなりの打撃を与えていませんか。例えば3年3億で取って1年で帰す。こうなると、実質2億分の損失を抱える。この辺の計算が数字で出しにくいということですよね。
川淵 数字の透明化の中でもっともわかりにくいのが、じつは外国人選手も含めての移籍金にあるんです。チームによってはキチンとしているところとアバウトなところがある。いずれにしても減価償却ということなんですけど、移籍金、レンタル料、契約金と、どれも全部オープンにするべき。少なくともクラブ間で情報開示を基本に共通のビジネスをしていかないと、改革なんて不可能だと思いますよ。
──ここまで株主構成、経営における人件費や年俸の比率と、構造的な問題を挙げましたが、リーグ全チームが優勝を追うような補強や経営にも欠陥はありませんか。
川淵 今回、メディアのみなさんには随分と書いてもらったのだけれど、要するに身の丈にあった経営、ということです。これまで18チームの数を随分と批判されたけれど、数が問題なんじやなくて18チーム全部が優勝だけを狙っていこうとする体系が問題なんです。もちろんプロは優勝を狙うべきですが、一方では経費がある。目標は優勝だけど収入は少ない、だけど外国人選手も必要。それだと当然破綻するわけで、毎年優勝を狙うクラブ、中堅を目指す名門、あるいは1部、2部の入れ替え戦を行き来するクラブ、と違った目標設定をする時期に来たのではないかとも考えています。

 経費は公開されていないため独自の調査によるもので誤差はあるが、一例として、清水が'96年経営難に追い込まれた際、リーグ3年目の'95年時点で人件費が全体の約60%を超えていた(約20億円相当)ことが判明した。また、リーグ内でもっとも高額年俸を支払ってきた川崎では、昨年の人件費(選手年俸も含む)が約30億円にまで上昇していたという関係者の証言もあった。どう試算してみても、収入の65%前後に達してしまう。
 人件費ひとつとっても、見通しの立たない補填を次から次へと行なえば、親会社とて限界はある。横浜Fも関係者の証言や、新聞に掲載される推定年俸を総合すると、昨年の人件費は約10億から11億円程度となる。優勝争いをした昨年は、ホームゲーム16試合で約16万人を動員、入場切符の平均価格は約2500円として試算すると、入場料収入は4億円。年俸だけでなく、総人件費をチェアマンが示唆した過去2年分の入場料収入としても、11億円の人件費は、8億円を3億以上超える計算だ。
 また、平塚は約10億円から4億4000万円に年俸を削減すると発表した。中田英寿がペルージャに移籍した第2ステージ、ホームの観客動員は平均で約8000人と第1ステージよりも3000人減少している。年間のホーム1試合平均入場者1万人として、切符の平均価格約3000円で試算して約3億円になる。4億4000万円でようやくトントンである。「人件費は総収入の50%まで」という目標に照らし合わせてみると、4億4000万円は平塚の試算収入(9億円)からして、妥当範囲である。
 平塚に限らず、プロの名の下にどのクラブもかなり無理な人件費をかけながら、上位を狙い続けた「しわ寄せ」が見え隠れする。隣家が高級車を購入するからウチも買う、のではなくて、家計と構成メンバー、家族の状況を考えて購入するか、国産中古でよしとするかを決めねばならないだろう。撤退を考えた親企業の関係者の中には「負けてばかりではみっともない。企業のイメージを落とす」という意見もあった。しかし欧米でも、経営と同時に、成績設定の明確なランクづけは存在する。
 常に優勝を狙える力と安定した資本力を持てばA、優勝は狙えないが確実に中位クラスには入ることが可能で人気、経営も比較的計算が立つようならB、下位で毎年入れ替えを想定しながら経営、補強をしなくてはならないならばCと、おおよそこんな分類ができる。こうしたランクを、公開されたデータで計算できる入場料収入、ここ2年の成績、株主の構成、などからJにあてはめてみれば、Aは4、Bも5程度、Cがもっとも多く10程度になるのではないか。リーグでは近々に経営委員会(仮称)を設置し、目標をあげてリーグ全体で数字を追うという。平塚の経営状態のよし悪しは別として、数字を公表した意味はクラブの「目標設定」、選手、ファンにそれを理解してもらう経営の透明化、これらのために有効ではあった。

「三位一体構造の危うさ」

 '97年の第1ステージ、残り4試合のところで2位にいた横浜Fは、ベルマーレとホーム三ツ沢で対戦した(14節)。この時の観客はわずかに7043人。「今、応援してもらえないと、一体いつ応援してもらえるんだ」と嘆いた選手もいた。
 また、今年はリーグ2番目の動員をしたことが人気のバロメーターのように言われるが、詳細を見ればこれもかなり無理がある。今年第1ステージは4試合を三ツ沢で行い、平均入場者数はわずかに5669人。第2ステージも磐田戦のみ(9節)約1万4000人を集めたが、次の神戸戦は今季ホーム最低の3762人である。そしてクラブ消滅という事態で迎えたホーム最終戦(対福岡)には1万3156人が訪れた。ちなみに咋季のホーム最終戦(対広島)はなんと4601人で、同日の8試合中最下位だった。今年はマリノスも横浜国際競技場で観客を増やしており、これでは観客増はチームへの興味ではなく、新競技場への興味との解釈もできる。
 こうした事態に、自治体も懸命に地域スポーツの発展を要望し、実現しようとしたのだろうか。最後に、クラブ、自治体、サポーターの三位一体構造の危うさを考えたい。

──三位一体そのものにもかなりの歪みが生じているのではないでしょうか。今回の合併でも、もちろん合併は企業行為なのでどこまで公開するかの判断はあるにせよ、選手とサポーター、由治体は事前に詳細に知らされず、それでいて、地域で親しまれ愛されるクラブ、とはちょっと虫がよすぎませんか。
川淵 現実的には自治体の協力、あるいはサポーターの理念に対する理解と努力がなければリーグはとっくに崩壊していたかもしれません。しかしわずか6年で、チーム消滅に反対する声、理念を叫ぶ声がここまで上がるとは想像はしなかった。僕が驚いているんだから、両クラブ、親会社も驚いておられると思う。
──日本の自治体というのは、スポーツに限らず横並びで突出することは嫌がりますね。資本金への出資額を調べると、自治体(市)が5%以上の出資をしているのは福岡市の約12%が最高ですか。
川淵 これからは行政も経営に加わっていただかなくてはいけない、あるいは市民持ち株会を必ず入れなくてはならない、とか、こういう仕組みのやり直しは5年くらいの期限を設けてもやるべきだと思ってます。
──サポーター、いわゆる市民が持ち株を保有する(5%以上)クラブも札幌、神戸だけです。欧米では市民株やクラブの会員制度がありますね。
川淵 トヨタ杯に来日した南米サッカー連盟のデルーカ事務総長にも聞いたんですが、南米ではだいたいどのクラブにも100人につき1人の代表者を選び、そのなかで20人くらいの理事を選出するそうだ。向こうは公益法人だから利益は出してはいけないので、利益が出たら施設に投資するし、赤字になると選ばれた理事たちがそれを補填するんだそうです。本当に羨ましいと思いました。
──今回の失敗を今後にどう生かすのか、その方策を具体的に教えてください。
川淵 指摘されたような構造の見直しですね。株主構成、収支のバランスと人件費の割合、それから移籍金や契約金などの金額を透明にするようにしたい。欧州では、移籍金の一定の比率が選手会に支払われる。こういうシステムを採用することで、選手へ還元できるだけでなく、金額をクリアにできる。
──経営陣への要望は?
川淵 現実的には、本社を向きながら帰りたそうに仕事をした方もおられましたよ。日本社会の仕組みでは仕方ない面もある。でも、今の経営陣を見ても、半分くらいの方がこれで失敗すると帰るところがないという姿勢でやってくださっている。絶対に黒字にします、と宣言する社長もいる。本当に、選手、サポーター、支えてくれた企業すべてにとって大変な1年になりましたが、どこに問題があり、どうすれば改善できるのか、それが明確になった。それをどう実施に移していくかです。
──最後に、横浜Fの名前を地域リーグに残すことは不可能ですか。懸命な存続活動はもう2か月続き、すでに40万人を超す署名が集まっています。天皇杯が始まることを考えても、これを強硬に拒否すると感情的なシコリだけが残り、合併で横浜のファンが根本的にシテケてしまう可能性もある。私見ですが、もしも受け入れられれば、これだけ評判の落ちた全日空も多少は企業イメージの回復ができるかもしれません。
川淵 その件は現時点で答えられませんが、両クラブも会社もJリーグも、少しでもよい解決方法を見出す努力は継続していきたいと思います。しかし当然のことながら、すべての商業権は全日空が所有することになるでしょう。リーグ発足当時に契約を結び、今回もマリノスに30%の出資をする。マスコットを新クラブとしてどうするか、リーグがああだこうだ、などと言う立場にはありません。リーグはこれまでも柏の昇格、清水、鳥栖の経営危機、福岡の招致、さまざまな署名を受け取って、クラブとともに一番いい方法をとってきたつもりです。今回もリーグの考えはあっても、クラブがどう考えているかが先で、そこで初めて善後策が出てきます。
──来年への抱負を聞かせてください。
川淵 五輪予選など、また日程で難しい面もあります。しかし選手も、クラブも、もちろんリーグも、みな置かれた立場への危機感を心底実感したはずだ。教訓にするしかない。経営委員会を中心に、具体的な数値で理想のクラブ経営の「サンプル」を作っていく。クラブ経営の健全化、これは各クラブと力を合わせてやり抜くつもりです。


<参考資料>
Jリーグクラブ別出資企業一覧
横浜フリューゲルスホームゲーム入場者数 '96〜'98

Number 460-461合併号より再録)

HOME