2002年4月29日

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キリンカップ2002
日本×スロバキア
(東京・国立競技場)
キックオフ:16時10分、観衆:55,144人
天候:晴れ、気温:19.6度、湿度:20%

日本 スロバキア
1 前半 1 前半 0 0
後半 0 後半 0
38分:西澤明訓

 
 

<交代出場>
●日本
  H T :福西崇史(稲本潤一)
 56分:波戸康広(柳沢 敦)
 61分:鈴木隆行(三都主アレサンドロ)
 67分:明神智和(戸田和幸)
 67分:久保竜彦(西澤明訓)
 69分:小笠原満男(森島寛晃)
●スロバキア
 54分:チネゲ(ミンタル)
 72分:ファブシュ(ズリク)
 74分:アンチッチ(ビテク)
 77分:ハネク(コザク)
 80分:デブナル(キセル)
「みなさんを驚かせる試合になる」と、トルシエ監督が前日に話し、注目されていたこの日の日本代表の布陣は、右サイドに柳沢 敦(鹿島)、トップ下に中村俊輔(横浜FM)を配置する攻撃の新たなオプションを試す形でW杯まで残り32日となった親善試合に臨むことになった。前半開始30秒、日本は三都主アレサンドロ(清水)へのファールからフリーキックのチャンスを得る。この後、日本が終始先手を取る形で試合が展開。加えて、日本のオフサイドはほとんど取られないという、有利なホームタウンデジションの中、選手が裏を思い切り取りに行くライン際の攻防に積極的に動く。
 9分、中村のパスから三都主がGKと1対1になるチャンスを得たが、これはキーパーに脚で止められた。12分にはサイドを突破した三都主から、中央へ走り込んできた森島寛晃(C大阪)へ折り返すがこれも合わず、さらに15分、戸田和幸(清水)からの浮き球を中村がゴール前でシュート。これもGKに阻まれたが、試合の序盤で確実に攻撃の主導権は握って試合を優位に進めた。
 ほとんどのボールを身体的に有利となる空中戦で展開してくるスロバキアに対して、日本はボールをなかなか奪うことが出来ない場面も。しかし、稲本潤一(アーセナル)、戸田のボランチ陣で、こぼれ球に素早く反応して、前線にボールをつなげる。28分には、フリーキックからゴール前には直接上げず、サイドに開いた森島に流すトリックプレーを見せ、森島は中に走り込んだ稲本へクロスボールを入れる。これもわずかにタイミングが合わなかったが絶好のチャンスとなった。33分、右サイドで中村からの左足のスルーパスを受けた西澤明訓(C大阪)が、ペナルティエリア内でGKと1対1になったが、シュートはわずかにゴールマウスをそれる。しかし西澤は1トップとして前線でただ一人、ヘディングで積極的な競り合いを見せた。
 そして迎えた39分、中村、柳沢のワンツーから、西澤へ頭越しのパスが出される。右サイドを走りながら、西澤はこのボールをいったん頭でさばいて前進、ゴール前に走り込んでいた森島を狙って絶好のボールを折り返す。混戦からゴールはライン上を転がり、これを西澤が体で押し込んで、日本がようやく先制点を奪った。そのまま前半は日本が運動量を維持し、試合のペースを終始握ったまま終了した。
 後半、稲本に変えて福西崇史(磐田)を投入、中盤での運動量を落とさない形でまず足固めする。ペースをつかんだ後、柳沢を波戸康広(横浜FM)、三都主を鈴木隆行(鹿島)、西澤を久保竜彦(広島)、森島を小笠原満男(鹿島)、戸田を明神智和(柏)、と70分までに次々と交代し、追加点を狙う積極的な姿勢を見せる。
 74分、代表ではまだゴールのない久保に絶好のパスが出て、久保はこれを走りながら軽く浮かせるループシュート。ボールはクロスバーに当たったが、後半の攻撃の流れを象徴するようなプレーとなる。
 小笠原が入って、中村は左アウトサイドへ、右は波戸となり、これまでとは違うコンビネーションに組変える。しかし、守備は、宮本を中心に、中田、松田と終始一度も変えることなく、前半ミスはあったものの安定した連携を見せ、プレッシャーの少ない中盤へボールをつないだ。
 75分過ぎからは、アウェーのスロバキアの運動量に押される場面もあり、やや一本調子で中だるみの展開となったものの、結局、日本は後半も攻撃的な姿勢を保ったまま、1点を守りきり1−0で勝利。2000年の同カードの対戦(1−1)から2年ぶりとなる試合を制し、2日のホンジュラス戦へつなげた。

トルシエ監督(要旨抜粋)「実に気に入った試合だ。投入した選手全員がいい動きをしてくれたし、確かにもう1〜2ゴールを決めることはできたかもしれないが、我々のプロセスの勝利である。1点しか奪えなかったが、一方ではドローの脅威もあった試合だった(良い試合運びだったという意味)。(中田や小野がいなくても攻撃的にできるかとの質問に)もちろん、かなり攻撃的にいけるだろう。柳沢と、三都主がディフェンスに回った場合、かなり外に開いてしまい(本来のサイドの守備のポジションからは)大きく開いてしまう。これがフラット3の欠点であるかもしれないが、私はこれを受け入れている。中田や小野がいなくても、心配はない。今日は、スロバキアが点を取りに来ないということを前提にしていた。柳沢の右サイドについて、彼はフランスのヴィルトールになれるクオリティを持っている選手だ。1トップのオプションとしては、以前から一度試してみたいと思っていた。これを(ある試合の)残り30分では試すことができないだろう(だから今日やった、ということ)。柳沢も、もしベンチか右サイドをやるかと聞かれれば、もちろん右を選ぶに違いない。中村の働きについては、大いに満足をしている」

岡野俊一郎・日本サッカー協会会長「この時期にオプションを試しておくことはとても重要でしょう。向こう(欧州遠征)2試合でそれは厳しいからね。今日の試合は、新しいことに挑戦していくチーム一丸となった雰囲気があったことを評価したいと思う」

川淵三郎・Jリーグチェアマン「今日は選手もとてもリラックスしてやっていた。交代もいつもはコロコロ変わるのに、今日は落ち着いて時間を決めてやっていた。それにしても西澤がすばらしかった。あんなに素晴らしい出来は、フランス戦のボレーシュート(2000年のハッサン国王杯、モロッコ)以来ではないかと思う。柳沢の右? 監督の意図することがあるんでしょう」

木之本興三・強化推進本部副本部長「今日も勝つことが一番大事だと思っていた。これから海外で2試合があるが、とにかく勝ち癖をつけなくてはならないし、最低でも引き分けをする試合をしてもらいたい。確かにビッグチャンスが何本かあった。アレを決めて欲しかったが、まああまり欲を言っても。今日は新しいシステムに戸惑いもあったようだし、相手の高さにもてこずっていたと思う。残り30日、監督、選手、スタッフ、一丸となって一次リーグ突破を狙うので、みなさんにご迷惑をおかけしていることは承知ですが(公開練習がまったくないこと)、なんとかよろしくお願いいたします」

西澤明訓「(得点したシュートについては)自分のシュートでほとんど入っていたみたいだったんで。それよりも、もっと前のシュートを決めていれば問題ないわけですから。(33分のシュートがサイドネットにいった場面)あそこは、一度GKを見たら、中に入ったのが見えたんで(むしろ慎重に)外を狙って行った。今日はいい形で裏に抜け出せるような動きができたのと、DFとうまくすれ違う形で(最終ラインの)突破ができたのではないかと思う。DFからのクリアを一発で狙って裏を取れる、そういう動きもできたのではないかと思う。(柳沢の右サイドについて)もちろん、柳にとって不慣れなポジションですけれど、積極的に行っていたと思う。難しい仕事の中でも、自分の持ち味を出せるように動いていた。監督からはやりずらい部分もあるはずだから、みんなで持ち味を出せるように柳をカバーするようにと指示が出ていました。俊(中村)とモリシ(森島)が、(自分の)1トップ気味で動く中で、いいタイミング、いいポジションでのボールが出てくることが非常に多かった。1トップの場合は孤立することが一番怖いわけですから、こうしていいサポートを受けながらプレーできたことでとても楽しかった」

一昨年10月のアジアカップ決勝(サウジアラビア戦)以来のフル出場の中村俊輔「もっと前気味に行かないといけなかった。1トップのプレーだから、もっとチームとして必要なプレーをしなくてはいけない。監督からの指示は、最後にバランスをとっていくように、前に行きすぎるなと言われていた。得点になった場面は、かなり気を使ってパスを出した。アキさん(西澤)が、体を半分(DFに対して外に)出したので。(外めを狙って)ボールを出した。(攻撃での役割について)アキさん、モリシ、ボクの3人で作る“トライアングル"でいい連携を取ろうと言うことに一番注意したし、(守備でも)連携は崩さないように心がけていた。柳さんも、僕と一緒(左サイドをこなすこと)で、いろいろと大変だとは思う。もっとレベルの高い相手とプレーしないとわからないことがあると思う。監督には、三都主と2人の関係になるんではなくて、と注意はされていた」

右サイドでスローインも3回忘れたと苦笑していた柳沢 敦「チーム戦術の中で4年間、繰り返してきたことなので、誰が(どのポジションでもできると言う監督の意図から)やってもできるという意味では、自分もできたとは思う。攻撃は残りの30%でいけ(戦術を70%で守っていけという意味)と言われていた。試合中に、松田と話していたが、これは右サイドのコミニケーションが必要であるし、いつ(プレスに)行くか行かないか、こういうのを判断するのは(あのポジションでは)難しい。全員にうまくカバーをしてもらったと思います。(前日、新しい発見があるかもしれないと話していたが)そう簡単には、見つかりませんよ。第一僕がFWであることには変わりがないわけですし。(スローインもやっていたねと聞かれて)ええ、完全に忘れてました、3回くらい。右サイドはもちろん完璧ではないですし、FWだって完璧にはできないわけですから。(監督がヴィルトールになれるといっていたが)それに関してはノーコメントです。今日はポジショニングが一番難しかった。いずれにしても、(自分がミスをすれば)より失点の可能性があるポジションにいるわけですから」

明日30歳の誕生日を迎える森島寛晃「ゴール前相手と一緒に潰れているところへアキ(西澤)がガツンときてくれたんで。自分は相手と一緒にゴールに入りましたが、ボールには触っていません。今日は、俊(中村)といい形でキープができたし、アキとは入れ替わりながら、ボールを受け取るようにしていた。1トップの形は、福島(Jヴィレッジ)でもいろいろとやっていたので、戸惑いはなかったし、チームとしてやることはかわりがないと思う。明日は誕生日、30代はよくしたいと思う」


「新しい発見? そう簡単に見つかりません」

 日本代表のこの日の「総力戦」を象徴するかのように、試合後、面白いハプニングに関係者が走り回った。前半38分の得点を巡って、非常に珍しいハプニングである。
 試合中、西澤からのボールが最後であることはわかったもののゴール前の混戦がはっきりしなかったために、ゴールは長いことコールされないまま、しばらく経って「日本はスロバキアのオウンゴールにより」とアナウンスされた。西澤のゴールではなく、混戦でDFが入れてしまったという判断が、まずはビデオでなされていたわけだ。ところがこれが試合後の公式記録作成の段階になって、マッチコミッサリーがもう一度ビデオを再生して確認したところ、今度は森島のゴールと判明。公式記録がメディアに配布されたときには「森島」が得点者となって記録された。

 ここまでならば、つまり一転二転くらいなら、サッカーではよくある混乱だが。
 試合後、選手を取材するミックスゾーンで、出てきた森島をつかまえて話を聞く。
「あの場面は?」
「いや、ボールは全然触ってません。キーパーがボールをかき出そうとして、自分もボールと一緒にゴールに入ったけれど」
「エッ……」
 報道陣も、森島の愛すべき「正直さ」に笑い出してしまったが、彼がゴールを決めてないとすると……。
 次に、隣で話を聞いた西澤である。
「あの場面は?」
「(自分が打ったところで)ほとんど入っていたんで(ゴールラインをまたいでいたと西澤は見えていたということ)、まあ、誰のゴールだっていいんじゃないですか」

 こんなことは珍しいのだが、シュートに絡んだ当人同士が、もちろん、それ以上に正確ではっきりとした「ビデオ」などあり得ないのだが、試合後「証言」したことで、公式記録のミスが判明したわけだ。
 この発言、つまり森島は「触ってない、かき出したときに自分がボールと入った」とし、西澤は「ほとんどゴールラインをまたいでいた」とした発言をもって、マッチコミッサリーが再度確認。さらに本人の発言を、もう一度代表チームに連絡をして「事情聴取」し、約2時間後、ゴールは、西澤のものと確定した。もっとも、ピッチにいた本人、ほかの選手にしてみれば、最初から「西澤」だったわけで、オウンゴールも、森島の得点も、「なんで」という話だったはずだ。

 3回も得点者が変わる珍事は例がないが、一方では、「総力戦」を象徴していたのではないかと思う。
 目に見えた「新しいオプション」は、柳沢の右サイドだったが、これが機能をしていたという場面は、柳沢の能力の問題では決してなく、ほとんどなかったといえる。むしろ、中村、森島とトップ下が2人いるようなシステムになっていた点、中田にもし不測の事態でなにか起きたときを想定して、そこに西澤が1トップとして絡んだ点が、本当の「オプション」である。

「FWとしては孤立することが一番怖い。1トップの場合は、中盤との距離が最も重要になるわけで、その点では、今日は俊とモリシのコンビネーションが自分の動きをより思い切ったものにしてくれた。やっていて非常に楽しかった」

 前線で、190センチもの相手DFと競り合い、ボールをさばき、くさびを務め、シュートを狙い、ほぼ完璧な動きを続けた西澤は言う。前半は、副審が日本のオフサイドをほとんど取らなかったこともあり、西澤は非常にクレバーに、裏を狙い、ポジションをチェンジしていた。この積極性が、結果的にゴールを生んだことになり、こうした動きと中村のボールを出すタイミングの「要」を果たしたのが、森島である。
「アキさんとモリシのトライアングルの連携を考えていました。攻撃では、それがうまくいったと思う」
「らしさ」を発揮し、フル出場、昨年のフランス戦以来の先発を果たした中村は、「トライアングル」のスムーズな動きについてミックスゾーンで積極的に話していた。フィジカルコンタクトでも、決して負けることはなく、ウクライナ戦で務めた左サイドでは「フィジカルが厳しい。中村は遠くを見られない選手だ」と、監督にされた酷評には、きっちりと、肉体と視野で答えを返したと思う。
 西澤はポーランド遠征前から、「すでにチーム戦術はできている。あとは、2〜3人による小さい戦術だと思う。モリシとはボールが入ったら、どう動くかはっきり同じイメージを描ける。それを代表でも、できるだけ短い時間で、小さな動きのなかでできれば完璧だと思っている」と、互いを導き合うような「トライアングル」形成を、最大のポイントにあげていた。
 その点では稲本が試合後、「ああいう形(トップ下に2人)が機能したことは面白いし悪くないと思う」と話した通り、こういうやり方で、日本代表の決定的なチャンスを造る「トライアングル」が生まれたことには大きな収穫があった。

試合データ
日本   スロバキア
15 シュート 8
11 GK 6
2 CK 3
30 直接FK 16
4 間接FK 7
0 PK 0
 この時期になってチャレンジする監督の意図は、本当にオプションを作ることと同時に、オプションをさらに求めようとする意欲をまとめることであり、それをやり抜こうとする選手の向上心に、残り1か月のエンジンとなるべき推進力を持たせようということだったと思う。
 明らかに力の差がある相手と、普通に平凡に勝つことよりも、「新しさ」への団結や、内部的危機感を求めたのだとしたら、これもW杯への有効な貯蓄になったことは間違いない。
 柳沢が試合後言ったように、「新しい発見はそう簡単には見つからない」としたことは正しい。この試合で試したことがまずまずの成果だったからといって、すぐに次の試合、あるいは本番で機能すると考えるのはあまりに簡単すぎる。右サイドについていえば、波戸、市川のポジションであり、本筋が機能しない限り、オプションも存在し得ないからだ。トップ下2人の1トップも同様である。
「柳をカバーするように、カバーして全体を動かすように、お互いを助け合えるように」
 西澤は、試合前、自分たちでした約束事をそう明かしていた。
 代表は、何でもやり抜く。少なくても、やり抜こうとする集団だと、柳沢の右サイド、中村、森島のトップ下は明確に示した。監督の手腕や発想というのではなく、集団として、90分同じ目標を達成しようとしたその「意志の強さ」こそ、監督が前日の会見で言った「みなさんが驚くべきこと」だったのもしれない。


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