2000年6月11日


キリンカップサッカー2000
日本×スロバキア

(宮城スタジアム)
キックオフ:13時32分、観衆:45,831人
天候:雨、風:弱、気温:17.0度、湿度:93%
ピッチ状態:芝=全面良芝/表面=水含み

日本 スロバキア
1 前半 1 前半 1 1
後半 0 後半 0
9分:中村俊輔

ズリク:7分

 ハッサン2世杯での2試合(1勝1分け)から帰国し中2日での試合となった日本代表は、中田英寿(ASローマ)、名波浩(ヴェネツィア)、城彰二(ヴァジャドリッド)の3人を欠いての戦いぶりが注目された。
 2トップはフランス戦と同じ森島寛晃(C大阪)、西澤明訓(C大阪)、中盤には中村俊輔(横浜)を起用し、平均身長185センチとフィジカルで勝るスロバキアを迎え撃った。前半開始直後の7分、モロッコとは9時間の時差と疲労からか相手コーナーキックでこぼれたゴール前の混戦に一瞬足が止まり、この隙にこぼれ球をズリクに左足で押し込まれて先制点を許してしまった。
 しかしその直後のプレーでファールを受け、ゴール前約25メートル付近からフリーキックを得る。中村が左足からのフリーキックを蹴り、ボールは壁7枚を越えて右ポストに当たって内側へ。中村の代表2ゴール目(今年アジア選手権のブルネイ戦以来)となる見事なフリーキックですぐさま同点として追加点を試みる。
 しかし前半は1−1のまま終了。後半も、スロバキアが常に6人はエリア内を守るような守備的布陣で圧倒的に守りを固めたこともあって両者膠着状態に。ここでトルシエ監督は、西澤を替えて柳沢敦(鹿島)へ、また好調だった中村を下げてユーティリティプレーヤーの中西永輔(市原)を2トップへ、森島を1列下げるなど「あえて慣れていないポジションへ入れて刺激したかった」(監督)と打開策を計るが結局そのまま、久保を残り5分で投入したものの1−1で終わった(シュート11本)。
 日本代表はこれで、W杯壮行試合となった98年のパラグアイ、チェコ戦、昨年のベルギー、ペルー戦、そしてこの日のスロバキア戦と、キリン杯では3年連続5試合でドローが続いている。

 6月中の4試合で10月までのオプションとして指揮をとるかどうかが判断されるトルシエ監督は会見で「我々はシドニーとアジア選手権への準備段階にいる」とモロッコでのフランス、ジャマイカ戦での結果を強調。日本協会では岡野会長が「いいゲームでした」とだけコメントし、川淵副会長は「中田たちがいない試合をどう戦うかがこの試合の課題。まあまあという試合だった」とそれぞれ試合の感想を話した。
 一方、現場の責任者である釜本強化推進部長と大仁副本部長は、試合終了を待たずに報道陣を避けて会場を後にしてしまった。

スロバキア/アダメツ監督「日本の攻撃は多彩だと判断し、我々は今日、シュートチャンスを与えないことを戦術の柱とした。特に後半は、自分たちの守備に徹しなくてはならなかった。この試合で日本の五輪選手のデ-タを入手したので、帰国してそれをチームに伝えるつもりだ(アダメツ監督は五輪の指揮はとらない)」

トルシエ監督「1週間で3試合を戦い、やはり疲労もあれば時差もある。また3人の選手(欧州組)を欠いて、怪我で出られない選手もいる。それを差し引けば、いろいろな点で私は満足をしている。辛抱強く耐えることができた試合だった。2点目が入っていればという多少のフラストレーションはあるが」

同点のフリーキックも交代にやや不満足気な中村俊輔「フリーキックは、どこに、という感じで狙いを定めたのではなく、あの辺に決めればいい、という気持ちで蹴った。フリーキックだけ、と言われたくないので、最後までプレーしたかったんだけど仕方ないです」

楢崎正剛(名古屋)「失点の場面はクリアできたボールだったと思うが、みんな本当に一瞬、足が止まった。疲れもあるだろう。(何度かDFが重なったシーンがあったが、という問いに)そうですね、フラット3の一番の問題でもあるんですが、相手が2トップの場合はいいんですが、1トップになるとかなり厳しく押し込まれる場面がある」

試合データ
日本   スロバキア
11 シュート 8
5 GK 10
1 CK 7
11 間接FK 11
2 直接FK 3
2 オフサイド 2
0 PK 0


「耳を疑った……」

 DF全てのポジション、さらにジェフでは前線もこなしている中西とはいえ、さすがに代表で居並ぶFWを押しのけまさかトップに入ることなど予想はしていなかったという。
「(日本代表の)練習では、この前のモロッコも含めて一度もやっていませんでしたから、ベンチでトップで行くぞ、と言われて耳を疑いました」
 試合後もまだ驚いた様子のまま、報道陣からの質問に答えていた。
 モロッコでは現地で練習に参加しながらも出番がなかった。プライドにもすり傷を負って帰国しただけに、本人はポジションよりもまずは試合に出ることに集中していたようだ。
「監督にはもっと激しく、と言われた。試合には出たかったのでポジション云々ではありませんでした」と、代表での試合時間をかみしめていた。

 中西はそれこそGK以外すべてのポジションをこなすことのできる「元祖」ユーティリティとしてリーグ、そしてW杯を生き抜いてきている。FWに、という突然のテストにも慌てることなく冷静に対応した点にキャリアがにじみ出ていたといえる。
 驚くだけではなく、その時間帯に日本の前線のプレスが体力的な問題からか効かなくなっていたことを見極め、自らが守備をする際のような正確なプレスをかけるなどし、判断の面でも「万能」であることを印象づけた。

 監督は「慣れないポジションを試合中にあえて与えてみて、選手にマルチな動きを求めた。中西に関して言えば、あそこで出して久保竜彦(広島)のアップの時間も稼ぎたかった」と試合後に話していたが、試合の中でこうした采配をとるのは去就が自らの中ではすでに決まったという余裕を示すものなのだろうか。
 たとえ去就などがかかっていない試合であっても、Aマッチの最中に「慣れないポジションで選手を試して能力を引き出す」ような状況に、日本代表がいるのかどうか。協会が後手、後手に回った結果、去就を親善試合4試合の結果で、などと回避姿勢を取ったことは常識外れである。同時に、監督の指揮能力にも長所もあれば欠点もあるだろう。
 だからこそ2年で点検をし、感情面ではなくて「技術上での」改善を図れる点があれば改善する。協会もその上で最大限の協力をし、五輪、アジア選手権までのオプションを両者合意の上で結び直す、これが今回の騒動でほんのわずかながらせめてもの「良心」になるのではないか。

 フィジカルを武器に堅実なサッカーをするスロバキアを相手に、引かれてしまった場合(守備的布陣を敷かれた場合)の攻撃の課題は残る。しかし疲労や時差を考えた場合、試合結果自体は悪いものではなかった。
 中西の起用はユニークな発想であり面白さもある。あるいは五輪でのオーバーエイジ枠を考えた起用方法かもしれない。しかし、指揮をとって2年目にもなるチームで、しかも中西のような選手に「マルチな能力を試合で試したい」とするプロセスを理解するのは難しい。
 ハッサン国王杯、キリンカップでの10日にも及んだ合宿中、少なくとも練習でただの「一度もやっていなかった」中西をFWに投入するような采配が、土壇場に追い込まれたフランス戦で初めて見せた思い切りのある、いわばようやく開花し始めたかもしれない若き監督の持ち味までをもしぼませてしまわなければいいのだが。
 監督は「来週のボリビア戦へ大きな期待を持てる試合だった」と締めくくり、チームをいったん解散させた。


「自己愛と自己犠牲」

 中村と三浦淳宏(横浜)は後半に入ってからポジションチェンジを頻繁に行い、中でもらうとDFが集中してしまっていた中村をアウトサイドに開かせることで、奥大介(磐田)からのアシストでのヘディングなどチャンスを導き出した。ヘディングについて中村は「あれは……聞かないでください。反省してます」と苦笑していたが、2人は横浜でそうしているように相談をし、さらにそれを三浦が監督に試合中に伝えて実行に移したという。どうすればお互いが一番うまく動けるかを模索し続ける思考は、興味深い。
 中田、名波らがいない試合でどう戦うか、それがこのゲームの最大のテーマだったと言ってもいい。彼らが日ごろ抜けているにも関わらず、合流した時にチームとしての力を発揮できる理由もまた同じテーマである。
 彼らが抜けてわかることは、イタリアでのプレーは個々の能力を高めることだけではなく、「チームメイトを活かす」という本質である。人を活かして自分も活かす、その原点である。
 彼らが生き抜くリーグは、ライバルがひしめき、それこそ一瞬の隙にポジションは奪われる。こういう状況の中で、中田も、あるいは1年遅れて加わった名波も、自分の持ち味を最大限に発揮しようと、いい意味での「自己愛」を思うはずである。
 面白いのは、自分の持ち味を出そうとすれば、チームメイトの持ち味を発揮しなくてはならない、つまり「自己犠牲」をも伴う点だ。
「名波さんとはずっとやっていなかったとは思えない感じでしたね。楽しい、って試合中にも思えるほどでした」
 モロッコでのジャマイカ戦(4−0)、後半から久々に磐田のボランチコンビとしてポジションをカバーし合った奥がそう話していた。
 名波は、中村が苦しくなると機敏にそれを見てポジションをチェンジ。中田は西澤に対してどうすればいいボールを好きなポジションで受け取れるかを試合中から指示していた。彼らは以前にも増して、人を活かすことを覚え、自己犠牲と自己愛のバランスをいかに取るかを学んでいるはずだ。
 彼らが抜けると、戦術的な色合い以上に、自己犠牲もないが強烈な自己愛もない、そういうコンセプトのないサッカーになってしまうのではないか。
 自分の力を出そうとしても、他人が生きない。こうしたバランスの欠如が試合のメリハリを奪う。自分の持ち味だけではなく、相手の持ち味を生かすことを考え、結果的にはそこで自分も生きる。この日、三浦と中村が見せたこうした成熟したチームになれる兆しがつかめれば、6月に行なった4試合の親善試合の価値は大きい。


    ●日本代表先発メンバー
     GK:楢崎正剛
     DF:大岩 剛、森岡隆三、松田直樹
     MF:森島寛晃、三浦淳宏、伊東輝悦、奥 大介、中村俊輔、稲本潤一
     FW:西澤明訓
     <交代出場>
     68分:柳沢 敦(西澤明訓)
     73分:中西永輔(中村俊輔)
     85分:久保竜彦(奥 大介)

    ●スロバキア代表先発メンバー
     GK:ススコ
     DF:ベツコ、ズリク、バルガ、ティムコ、レイトネル、バラホビッチ
     MF:パリシュ、ネメト、イェジク
     FW:コジュフ
     <交代出場>
     56分:ピンテ(ベツコ)
     61分:パンチク(イェジク)
     91+分:ザテク(パンチク)
     93+分:ファプシュ(コジュフ)


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