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全員で守り、ボールを奪ったらアマラオ、ツゥットの2トップを中心に分厚いカウンターをしかける戦法で、少なくともここまではJ2から昇格したばかりの新参者とは思えない見事な戦いっぷりである。たいした補強もなく臨んだFC東京が善戦以上の戦いを見せるのは大熊監督の頭脳によるところが大きい。 FC東京の戦術はシンプルだ。FWから全員で相手にプレッシャーをかけてボールを奪ったら素早く前線に入れる。誰もが目指すモダン・サッカーである。しかし、言うは易し行うは難し、である。「ゾーンプレス」という用語を使って、この戦術を身上とした加茂周現京都監督は日本代表を率いた3年間でついぞ完成できなかった。 ところが、この青年監督には選手に意図を明確に単純に伝えるための表現力がある。まず、大熊監督は全員守備、全員攻撃を実践するに当たり、役割を個人やポジションでなく、ゾーンで決める方法を取り入れている。フィールドを攻撃ゾーン、中盤ゾーン、守備ゾーンに分けて、そのゾーンに入ったら、DFであろうとFWであろうと、そのゾーンに適したプレーを要求するのだ。これを徹底的に選手に意識付けする。 さらに攻守の切り替えの速さを植え付けるために、大熊監督は選手に対して「ボール保持者を追い越せ」という指示を出す。名古屋戦で後半起用された戸田光洋もこの言葉でピッチに送り出された。ただ「急げ」とか「前線にボールを入れろ」と言うのでは、蹴るだけ、走るだけになってしまう。しかし、ボールを追い越す選手が増えることで、ボール保持者には前方に多くのパスコースができる。自然に前方へのパスが出て、攻撃がスピードアップできるようになるわけだ。そして、カウンターでも4〜5人がゴール前に走り込み数的優位を作る分厚い攻撃ができるのだ。 ただし、これらの戦術を実践するには恐ろしいまでの運動量を要求される。しかし、大熊監督はこのオフそれをやってのけた。 「他のチームの練習は見たことないし、うちだけ走っているとは思わないけど」と言うが、1月下旬からの石垣島合宿では「練習も含め1日10キロちょっとは走った」と言う。そのおかげで横浜にも福岡にも名古屋にも走り負けしなかった。名古屋戦では前半先制されて押し込まれても選手には余裕があった。佐藤由紀彦は「失点さえしなければいけると思っていた。うちは走り込んでいたので精神的にも余裕があった」と話している。まさに無駄を省いた「シンプル・イズ・ベスト」の戦術。その無駄を省くための努力がピッチで実っているのである。 「特別なメニューなんか何もないですよ。普通のことをやっているだけ。ただ守備と攻守の切り替えの意識付けはやってる」と自らの指導法を謙虚に語る大熊監督は現役時代はDFで、浦和南高から中大を経て87年に東京ガス(現FC東京)に入社。引退後は中大に戻って94年からFC東京コーチ、95年から監督を務める。2年前にS級ライセンスを取得したが「その時にいろんな人から聞いた話がためになっている」という。ブラジル留学の経験もあるが「その時も練習のメニューは同じだなあと思った。違いといえば練習でも試合並に削りあうこと」と言う。練習中も練習メニューなどが書かれたバインダーを抱えて片時も離さない勉強家である。謙虚で3連勝や首位で慢心する人ではない。今日も江東区の深川グラウンドに若々しい声が響いているはずだ。 |