3月22日
弘山晴美(資生堂)がボルダーへ出発、
小出義雄監督(積水化学)はボルダーから帰国
(成田空港)
陸上女子10,000mでシドニー五輪代表を狙う弘山晴美(資生堂)が、米国コロラド州のボルダーに出発、4月23日の春のサーキット選考レース(5月には静岡)を目指してのトレーニングを本格的に始めることになった。
一方、マラソンの代表に決まった高橋尚子(積水化学)を指導する小出義雄監督が、同じボルダーからオリンピックに向けての合宿地、コースなどの下見を終えて帰国した。
ボルダーは、1,600メートルの準高地で、ランナーにとって環境が整備されていることから「ランニングのメッカ」と呼ばれ、海外の有力選手たちも移住し、有森裕子(リクルートAC)も住んでいる。
弘山は今回、2時間22分56秒の好記録をマークしながらもマラソンの代表選考からは漏れたが、依然、トラック3種目(1500メートルから5000メートル)の日本記録を保持する実力は揺るぎない。
「選考から時間が経って、しばらくは複雑な心境でしたし、気持ちの切り替えもそう簡単にできるものではありませんでした。でもようやく悔しさとか、いろいろな気持ちをまた通り越えたような感じで、整理がついてきました」と、複雑ではあるが、それでも前へ一歩踏み出そうという意志を口にした。
また小出監督は、ボルダーを拠点にしてさらにそこから近郊の超高地まで上がるために、家探しなど具体的な準備を終えて帰国しており、高橋に今後、シドニーのコースを10回は下見させるとの考えを改めて強調した。
「これが運命かもしれない」
大阪国際(1月30日)では、2時間22分台で世界チャンピオンのシモン(ルーマニア)と争いながら、それでも代表になる夢がかなわなかった弘山には、「10,000mに気持ちを切り替えて代表を狙ってほしい」などと言うことはできない。
夫でコーチである勉氏でさえ「いくら夫婦とはいえ、軽軽しく口にできるものではない」と話していたが、その意味は、あの選考理事会(13日)から10日が経過した今こそ、いかに重いものであったかがわかる。
この日も、「ボルダー行きの一番の目的は自分たちのペースを取り戻すこと」と2人ともしみじみと話していたが、これまでの半年近く使った体力、精神力、そしてそれが最後の最後に結ばなかったことを思うとき、今は休養が一番重要なトレーニングだ、とさえも思える。
決定以前、また以後も、選考方法や、陸連関係者やましてライバルたちのことについて言及したことは一度もなく、「悔いはない」とだけ話してきた弘山が、その陰で、どれほどの思いをかみしめてきたか、は想像を絶するだろう。
しかし、この日空港にやって来た2人には、やはり「恨めしさ」といった雰囲気が少しも感じられなかった。
「今も考えればキリがないですが、幸い体の調子もよくなってきた」と弘山は笑顔を見せた。肉体的に心配されるのは、マラソンからトラック、つまり、スタミナ系からスピードへの転換だが、それについては意外なほどスムーズな形で移行できそうだ、という。
「むしろ、例年よりはいいくらいだ」と勉氏は説明する。長い距離をひたすら走るマラソンの中では、走りも変ってしまうケースもあるが、それが逆に欠点の補助に作用することもある。弘山は、従来から武器であった脚の運びに加え、マラソンをすることで、上体とのバランスが整ったという。
多くの励ましはあったはずだが、なかでも会社のランニングクラブあてに届いたメールに勇気づけられたという。
「メールには、弘山さんに10,000mの日本記録を作ってもらう(現在、歴代2位の31分22秒72)、まだトラックにも遣り残したことがある、ということだと思います。日本記録を10,000mでも作ることが定めなんだ、と書かれていました。うれしかった」
五輪で10,000mのメダルを取ることは、もちろん、マラソンに比べれば確率は低いだろう。
しかし、弘山には可能性がある。
「考えようによっては、シドニーでメダルを取り、日本記録を作る、そういう風に仕組まれた運命かもしれません。そう考えることによって、少しは前進できますから」
勉の言葉に、晴美は横で頷いていた。
ボルダーには、大自然とスポーツを愛する人々以外に、これといった名所はない。しかし、そういう環境こそ、弘山を心底リラックスさせるはずだ。
帰国は4月中旬、4月23日、あるいは5月3日、10,000mの選考レースのスタートラインに、彼女が立っていることを祈りたい。
「今までも真剣だったけれど」
わずか30分ほどの違いで、小出監督がボルダーから1週間ぶりに帰国した。
住、食、休(肉体のトリートメント)を3本の柱として、ボルダーよりもさらに標高の高い場所でのトレーニングを行うための下見で、夫人にも食材の調達から調理用具の準備などを頼むために同行してもらっていた。
エアコンを完備し、選手のプライバシーなどを考え、ベッドルームも多く持つ家をすでに契約してくるという念の入れようである。
「今回は真剣にやるよ。これまでも真剣だったんだけど、真剣のレベルが違うね、俺が選手より真剣にならないとダメだね。それにどんなマラソンになるか楽しみでしかたないよ」
監督は、高橋がシドニーで金メダルを取るだけではなく、さらに世界最高をも樹立したいと強調する。下見は、アトランタで有森が銅メダルを獲得した際も7回行っていたが、今回は最低でも10回。23キロ過ぎから延々と続くアップダウンがもっとも重要なポイントとして、その攻略法を「目をつむっても走れるくらいにする」と、徹底的に体に教え込む予定でいる。
高橋は春のサーキットは走る予定がないが、積水化学には、10,000mの日本記録保持者であり日本の長距離界第一人者・鈴木博美、また大阪を走った宮崎安澄らがいる。
「彼女たちもすごく調子を上げている。彼女たちも送り込むから、4月の下見は5月のサーキットが終わるまでできそうにないね」と、シドニー試走は延期する意向を見せた。
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