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■ヒディンク革命 ヒディンクに学ぶり−ダーシップ
赤坂英一/著
2002年8月 ダイヤモンド社 1,600円(本体)

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評者・増島みどり スポーツライター 2002.10.13 update

「技術とメンタル」の両面から韓国を変身させた名匠の哲学

 あれは、韓国代表にヒディンク監督が就任後、まだ3か月も経たない頃である。2001年4月、日韓両国にとってW杯前哨戦として行われた「コンフェデレーションズ杯」」(同6月)を控え、済州島で抽選会が行われた時だった。古傷の膝の手術を母国で受けた直後で、松葉杖をついていた。韓国の記者たちがどこか遠巻きに彼を見ていた様子は印象的であったし、監督の周囲にできたスペースは、オランダから迎えた世界有数の監督への韓国サッカー界、メディア、ファンの疑心を微妙に示しているのではないか、と、広い会場にポツンと座っていた監督を眺めていたことを覚えている。

「歴史に対し敬意を払うことは重要で韓国の美徳だ。しかし、度が過ぎるのもどうかと思う。ピッチでは欧州サッカーへの尊敬の念など必要でないことを、韓国代表に浸透させたいと思っている」

 監督に「何を変えたいか」と問うとそう答えた。W杯4強は、まさにその変革、つまり「イタリアでもポルトガルでもドイツでも、恐れる相手ではない」(韓国代表FW7黄善洪)と選手が胸を張るような自信を、技術、メンタル両面で徹底させた結果だった。

 本書を貫くテーマは、彼の手法がピッチだけではなく、CEO(最高経営責任者)としての知恵でもあり、「マンネリズムに陥った個人や組織、企業が変革を通じて成功をおさめる過経と根本的に似ているという事実である」(はじめに)と記した、会社経営、リーダー論といった高層ビルの中でこそ役立つものだという前提である。根幹をなすのは、監督が指摘したような、欧州や歴史に学ぼうとする韓国民の謙虚な姿勢である。

500日のドラマ

 韓国のベスト4進出に拍手と喝采を送った一ファンとして本書を読むならば、韓国は韓国サッカーをあまりに過小評価している。「韓国サッカーは考えなしに根性だけのロボットサッカー、戦術なしに押しまくるだけの無鉄砲サッカー(中略)いわゆる草サッカーだったのである」。
 自己分析の手厳しさに苦笑するが、本書に登場する過去の韓国サッカーの分析や問題点の指摘は、むしろ新鮮でユニークな視点である。アジアをリードし続けたサッカーが「反復注入式サッカー」とされるなど、W杯で勝ち点3を奪えなかった事実がどれほど重く、地元で開催されながらも二の舞を踏むかもしれないことへの国民の恐れも理解できる。だからこそ、どれだけヒディンクに対して期待を抱いていたのか、あの「テーハンミングッ(大韓民国)」と人々があげていた声の、太い芯というものが鮮明になる。
 サッカー界、ファン、もしかすると選手たち自身が感Cていた閉塞感の正体やその打破について、ヒディンクの行った改革を500日のドラマチックな出来事としてとらえる点は、サッカーをピッチ上の科学として扱う評論とは一線を画しており興味深い。

 一方、スポーツライターとして読むならば「前回のフランスW杯と今回の違いは監督が変わっただけだ」とする分析は、結果に寄り過ぎている。スポーツの指導者のチーム作り、選手育成方法が、しばしば「経営者」になぞらえられ、経営論や組織論の優れた実践者として祭り上げられることはむしろリスクが大きい。プロ野球でもサッカーでも、学生スポーツでも、勝利を手にした監督のリーダー論が時間をおいて出版される頃には、チームは連敗の最中、監督自身クビになっているなどというブラックジョークは、この世界では実に観繁に起きるからである。
 経営者は重要だが、サッカーは監督の力だけで成し得るものは実は少ない。オランダ代表、スペインのレアル・マドリードといった、信じ難いほどの毀誉褒貶の世界を生き抜いてきたヒディンクが、「私が指導できるのは、自分で考えろということだけだ」と常に繰り返すのは、そのことを熟知しているからだ。世界的企案として度々登場する、GEのジャック・ウェルチ前会長とヒディンクは「似て非なるもの」なのだ。

 代表選手の多くが、監督に与えられたものについて「自信」と答えている箇所がある。欧州サッカーに対し抱き続けた「過度の敬意」、隠れたコンプレックスの除去こそ、韓国にとって、あるいは日本やアジアサッカー全体にとって大きな「勝ち点」でもあったことを、本書は同時に明確にした。

(「週間現代」2002年9月28日号「現代ライブラリー」より再録)

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