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大籠


岩手県東磐井郡藤沢町大籠地区。知名度は島原のそれとは比較にならないが、切支丹殉教の地である。現在、藤沢町にキリシタン殉教公園、資料館、クルス館が完成し、その歴史を伝えている。大籠のキリシタンの残された史跡についてたずね歩いてみた。資料館を訪ねた後周辺の史跡を歩いてみると歴史的背景もわかり、良いと思う。
前沢SA
大籠にキリスト教が広まったのは今もっとも有力な説として、元々砂鉄を原料とした、たたら製鉄で炯屋(どうや)が数多くあった。大籠での製鉄は当初芳しくなかった。そこで永禄元年(1558年)に師匠であった千松兄弟を吉備の国から呼び寄せた。そして、この兄弟がキリスト教を布教したと考えれているようである。この後、さらに炯屋が増えるとともにキリスト教が広まっていった。その後、徳川幕府がキリスト教の禁教を命じて、キリスト教弾圧が大籠に届いたのは1639年。300余人が殉教した。
地蔵の辻
地蔵の辻 1639年に84人、1640年に94人が打ち首、磔により殉教した刑場跡
首実検石
首実検石 切支丹刑死のとき、伊達藩の検視役がこの石に腰をおろして処刑される様を監視していたと言われている。
上野刑場
上野刑場 1640年94名が処刑された。
元禄の碑
元禄の碑 何れの処刑場においても遺体の処理は厳禁とされ、漸く許されるようになった1703年に遺体を集め、この供養碑が建てられた。信徒処刑後は夜な夜な男女の泣き叫ぶ声が・・・
トキゾー沢刑場
トキゾー沢刑場 処刑された12名の名前が連ねてある。亡霊に悩まされた遺族が供養塔を建てた。
ハシ場首塚
ハシ場首塚 殉教者の首を曝し首とした後、その傍らに穴を掘り斬罪の理由書とともに埋められた場所と伝わっている。
台転場
台転場 炯屋に向かう一本道に作られた、台転場。踏絵によって切支丹の可否を検問した。ここで踏絵を踏めないものは地蔵の辻で処刑された。当時は毎晩亡霊に悩まされたという。
千松大八郎の墓
千松大八郎の墓 千松兄弟の墓が見つからないと、長年探していたが昭和に入っての調査の結果発見された。この石碑が墓ではなく、木の根元に欠片が一部見えているものがそれである。
上袖首塚
上袖首塚 地蔵の辻で処刑された遺族の何人かが肉親の遺体を夜、袖の中に隠しそこに埋めたと伝えられている。
祭畑刑場
祭畑刑場 上野処刑場で処刑されるものの中で逃げたものを捕らえ、鉄砲により射殺した場所。その他、近くの隠し穴に隠れていた者も同様に撃ち殺された。
大柄沢洞窟
洞窟内の祭壇 キリシタン弾圧後、しばらくの間、この洞窟でミサが行われていた。神父が捕らえられ、処刑された後はミサも行われなくなり、350年間人に知られず、この地に残されていた。
大籠カトリック教会
大籠キリスト教会 300余名の霊を弔うために作られた教会。
キリシタン殉教公園資料館
資料館 キリスト教布教から迫害までの歴史が紹介されています。
キリシタン殉教公園クルス館
クルス館 資料館より300段ちかくの階段を上がったところにある。十字架上のキリスト像などが展示してある。

藤沢史跡マップ

走行距離的には短いツーリングではあった。

藤沢町がこのキリシタン記念館を作ったことは評価できることだと思う。
参考文献 藤沢町史 本編 上
大籠の切支丹と製鉄
七時雨 安比 八幡平 小岩井
遠野 岩手山 葛巻 青森
大籠 一戸 建物 環状列石
大柄沢洞窟の祭壇
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