少し間を置いてしまったが、本シリーズ4回目の連載。今回のハイライトは、ブナ新芽への飛来の観察結果である。
それに加えて、個体による色彩変異について若干思うところも書き記してみたい。 1.ブナ新芽への飛来 ヨーロッパコルリクワガタがブナの新芽に飛来することについては、「月刊むし」の記事の中で、 スロバキアにおける観察例が紹介されている(「世界のブナの森と虫たちB スロバキア編(2)」永幡嘉之、月刊むし2005年4月号)。 スロバキアの積雪地域でない場所でコルリが新芽に飛来するとすれば、同じように積雪のないパリ近郊においても コルリが新芽に来て然るべきであろう。しかしながら、2005年から3回の春を経ても、コルリが新芽に飛来する場面には 遭遇できないでいた。 そして、2008年。北フランスは春の到来の遅れを取り戻すかのように、4月下旬になると陽気の良い日が続いた。 27日の日曜日は快晴となり、フォンテーヌブローの森(パリの南50km)では気温がぐんぐんと上がって、 半袖の装いでも十分であった。 まずは、ブナの巨木に囲まれたギャップ(倒木などでできた、森の中の開けた空間)で腰を下ろして、 じっとコルリの飛翔を待つ。時おり林床から甲虫がフワッと飛び立つが、ネットで掬ってみると トラフコメツキ近縁の美麗コメツキムシなどで、コルリは見られない。ギャップにあるブナの幼木の新芽に注目しても、 またブナの梢の間を見上げてみても、コルリが飛んでいる影は確認できなかった。 ![]() トラフコメツキ近縁種(Selatosomus cruciatus) そこで、フォンテーヌブローの森の中でブナの密度が最も濃いと思われる場所へ向かう。そこでは、昨年までの新芽の季節においても、 コルリは林床で歩いているところしか観察できていないでいた。この日もさして期待を高めずに歩いていると、ふと、 ブナの若木の新芽の上を歩く真っ青なコルリ♂の姿が目に飛び込んだ。 4年目にしてようやく出会えた、待望の場面であった。
なお、ヨーロッパコルリは、パリ郊外においては6月半ばまで活動中の成虫を見ることができる。 すなわち、パリ郊外という一つの地域において、成虫の活動期間は4月下旬から6月中旬という長きにわたるのである。 もちろん、5月中旬になるとブナは葉を開き切り、もはや新芽は残っていない。そのような時期のコルリは、 後食しないということだろうか。 なお、5月中旬を過ぎてからの観察例は、いずれもコルリが林床を歩いているところであった。 また、日本のコルリの新芽への飛来は、ブナに限らずトネリコやカエデ、ミズナラなどいくつかの樹種にわたるが、 ヨーロッパコルリはブナの新芽でしか見ることはなかった。ただし、この点についても観察例が少なすぎるので、 飛来するのがブナの新芽に限るのかどうかは何とも言えない(永幡氏による前出の記事には、カエデ類に潜る コルリの画像が載っている)。
![]() コルリ♂の色彩バリエーション ![]() コルリ♀の色彩バリエーション 材採集の経験がすべて合わせて数十頭にも上ると、特に♂については、ブナ材からは青系が、ナラ材からは緑系が出るというような 規則性があるように感じるに至った。ただし、落ち枝の樹種を常に明確に特定することは難しく、この経験則には根拠もなく 正確に実証できたわけでもない。また、同じ材から出た複数のコルリが、すべて同じ色合いであるということでも必ずしもない。 しかし、確率論としては、ブナ=青、ナラ=緑というよう中が育つ樹種による色合いの符合は、ある程度当たっているように思われる。 なお、パリから東150kmのシャンパーニュ地方の森では、観察例はごくわずかでありながら、2度の材採集でどちらの場合も 黒い色合いのコルリ♂が見られた。北フランスの森は市街地や広大な畑によって分断されているため、森によって個体の変異があり、 それが色合いにも反映されるのかもしれない。
さて、今回がヨーロッパコルリクワガタについての考察シリーズの最終回となる。というのも、2004年夏から4年間続いた パリ滞在を終え、本(2008)年夏に帰国したため、今後は新たな知見が望めないからである。連載を振り返って読み通してみると、 右往左往した内容となってしまっていて汗顔の至りである。論文ではなく気楽な読み物として書いているものであることに 免じて、お許しいただければ幸いである。
参考:「世界のブナの森と虫たちB スロバキア編(2)」永幡嘉之、月刊むし2005年4月号
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